かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

しんちゃんとなっちゃんの物語は小出しにしているわけではなくて、一つの記事を書くのに膨大なエネルギーを使うのと、細部にわたって関係者への許可を仰ぐのとで、一気に書くことができない。 考えてみればこの一週間、それだけに時間を費やしていたな。 ちょっとお休みし ... 続きを読む
しんちゃんとなっちゃんの物語は小出しにしているわけではなくて、一つの記事を書くのに膨大なエネルギーを使うのと、細部にわたって関係者への許可を仰ぐのとで、一気に書くことができない。

考えてみればこの一週間、それだけに時間を費やしていたな。

ちょっとお休みします。

気分転換が必要みたいだから。



昨日は秋分の日コンサート。

みつろう君とやり始めて今年で4回目。

やっぱり音楽は楽しい。

来てくれたみなさん、ありがとうございました。

会場を楽しませようとする、みつろう君のまっすぐなエネルギーを横から見て凄いなって思った。

練習の成果もあって、二人の音楽ユニットの個性も出てたよね。


気づきは言葉を学ぶことからではなく、笑ったり泣いたりしながら、自分の本当の気持ちに触れることでしかないと思った。

そして王道は、やっぱり瞑想だと思う。


みんな瞑想すればいいのにな。


瞑想はいまに帰ること。

いまの中には不安や心配が入り込む余地はない。


そういえば、みつろう君の曲で、「スターライダー」というのがあって、その詞の中に


不安の正体は未来

僕らの正体はいま



という箇所がある。

これって僕が書きそうなフレーズで、確か5年くらい前のブログに書いたような気がする。

彼がこの歌のレコーディングをしたのは3年くらい前だから辻褄は合う。

無断で使ったとしても彼には色々世話になっているから、許してあげよう。


そう思って過去記事を検索してみたが、該当する文章はなかった。

彼自身はまぎれもなく自分の創作だと言う。

彼のファンたちもそれを信じている。

さらに僕には、実際に書いたという確信はない。


ということは、やっぱり彼が書いたと言うことだ( ̄^ ̄)ゞ

言いがかりをつけてスマン。


とにかく彼とのユニットは楽しい。

そもそもみつろう君が

「ウチの嫁が、『最近阿部さんエネルギーがないから、あなた一緒に音楽やったら』って言うんですよ」

って言ってくれて、それでその気になったのに、彼は忙しくてオイちゃんと遊んでいる暇なんかなさそうだし、僕としては最後の手段で

「オレはいつまで生きているかわからんよ」

って脅迫しながら、次のスケジュールを決めさせようとしている。


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昨日のコンサートの打ち上げの後で、中学の頃の同級生と飲みに行って、そこで僕が

「この数年は意欲がなくなって、半分黄昏ているんだ」

って言ったら

「お前からそんな話は聞きたくない」

って叱られた。

彼にとっては僕のイケイケな生き方が理想だったみたいだ。


でも意欲がなくなるのも悪いことじゃなくて、年齢とともに身体が変化するように自然な流れなんだと思う。

すでに「こうなりたい」という目標が消えて久しいけれど、それはそれでいい感じだ。


別れ際に友人が

「最近、死が怖くて眠れない時がある」

って言うから、初めて彼に僕が活動で伝えていることを真面目に話したら、

「よく分からないけど、ちょっと楽になった」

って。


そういえば子供の頃の友達に、真実の話をしたことは一度もなかったな。

どうせ聞く耳を持たないと思って、僕からはしてこなかった

でも、みんな歳をとって、死を自覚するようになって、これから彼らに何かしてあげられるのかもしれない。


横にいた智子さんが、とにかく瞑想したらいいと彼に勧めてくれて、彼もその気になったみたいだ。

ちょっと嬉しかった。


とりとめのない話に付き合ってくれてありがとう。
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2016年10月5日 「テンカワ神社・・・テンカワ神社・・・カワの字はサンズイの河」 ???? ここはどこだ? 何かの道場か神殿のようなところの板の間で、お婆ちゃんが一心に祈りを捧げています。 いつもはそれほど神仏に関心を持っているわけではないお婆ちゃ ... 続きを読む
2016年10月5日


「テンカワ神社・・・テンカワ神社・・・カワの字はサンズイの河」


????

ここはどこだ?

何かの道場か神殿のようなところの板の間で、お婆ちゃんが一心に祈りを捧げています。

いつもはそれほど神仏に関心を持っているわけではないお婆ちゃんが、今日に限っては何かにとりつかれたように、世界の平和を祈りながら、大きな声で同じ言葉を繰り返しています。


「テンカワ神社・・・テンカワ神社・・・カワの字はサンズイの河」


『サンズイの河?』


その一言が頭にこびりついたまま、しんちゃんは目を覚ましました。


夢か・・・それにしても変な夢だった。

お婆ちゃんに何かあったのかな。


部屋を出て和室に繋がる襖をそっと開けてみると、お婆ちゃんはまだスヤスヤと眠っています。


あーよかった。


それにしても変な夢だった。

サンズイの河、天河神社って言っていたよな。

本当にそんな神社があるんだろうか。


夜明け前のまだみんなが寝静まっている時間、なるべく物音を立てないように自室に戻ると、しんちゃんはスマホを手にしました。


テ・ン・カ・ワ・神社・・・っと。

カワはサンズイの河って言ってたな。

だいたいからして、天河ってアマガワって読むと思うけど。


そんなことを呟きながらググってみると・・・


あった!

しかもたくさん出てくる。

なんだ、有名な神社なんだ。


パワースポット?

ここにいけば何かがあるんだろうか。

このひと月というもの、ずっと抱え続けているどうしようもない苦悩を溶かしてくれるとでも言うのか。

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しんちゃんはひと月前に起こしてしまった、とある出来事に打ちのめされたままでした。

あの日から時間が止まったまま無彩色の日々をただ過ごしている中での不思議な夢。

しかも今日はあの日からちょうど一か月目に当たります。


もしかしたら何かの導きかもしれない。

とにかく向かってみようと、その週末に取るものもとりあえず天河に向かうことになりました。


その日、天河神社では旧暦の節句の祭りが執り行われていました。

そして神事の最後に宮司が

「※今日ここにお集まりの皆さんは、呼ばれてきた方々です」

と話しました。

(※もとより天河は呼ばれた人しか行けない場所と言われていて、どんなに行きたくても行けない人は行けなくなると言い伝えられています。にもかかわらず宮司にはそのような発言をあえてする意図があったのでしょう)


しんちゃんにしてみれば、夢の導きによって天河を訪れたのですから、宮司のその言葉には説得力を感じました。


たしかに自分はここに呼ばれてきた。

その意味は何だろう。


初めての天河で、これといったドラマチックな体験があったわけでもなく、ただ本殿から少し離れた場所に鎮座する禊殿(みそぎでん)に行った時、無条件に癒される「気」に包まれたことだけが印象的でした。


天河から帰った後も、自分がなぜその地に呼ばれたのか考える日々が続きました。
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もしあなたが普段のなっちゃんと会っても、まったく障害には気づかないことでしょう。 むしろ凛としたたたずまいや、誰にでも明るく接する人柄から、魅力的で美しい一人の女性として見えるはずです。 会話も知的で、私たちと何ら変わるところがないのです。 ただ、彼女の ... 続きを読む
もしあなたが普段のなっちゃんと会っても、まったく障害には気づかないことでしょう。

むしろ凛としたたたずまいや、誰にでも明るく接する人柄から、魅力的で美しい一人の女性として見えるはずです。

会話も知的で、私たちと何ら変わるところがないのです。


ただ、彼女の場合は何かのきっかけで発達障害の特徴が顔を出します。

通常私たちは、育ってくる途上で場の空気を読むことを覚え、皆が静かにしている時は静かにしようとしますし、TPOをわきまえることで社会に順応していきます。

人間社会の暗黙のルールを体で覚えていくのですが、彼女の場合は認知機能がうまく働かないことで、自然に習得する事が困難になります。


また聴覚 視覚 触覚 嗅覚が一般の人より過敏なので、私達が何も気にならない事が本人にとっては、ものすごくうるさかったり、辛い事だったりします。


なっちゃんに特に見受けられるのは、いわゆる思いこみの強さのようなもの。

一度思いこんでしまったら、たとえそれが誤解に基づくものであれ、頑として考えを変えることはありません。

たとえば、あの人は私を嫌っているとか、私はダメな人間だとか、そのような思いがリアルな現実としてのしかかってくるのです。

そして自分をとことん追い込んで苦しめていきます。


考えてみればこれらの症状は私たちの中にもあります。

相手の嫌なところを一度でも見てしまうと、その先は相手をそのような人としか見れなくなりますし、おそらくはあらゆる人に対して張っているレッテルは、良いも悪いも含めて、すべて思いこみの産物です。

人は誰にでも様々な面があって、「こういう人」などと決めつけることはできません。


そのようにして見ていくと、精神的な障害者も健常者も、単なる程度の差でしかないということになります。

ただその程度が、社会生活に支障をきたすケースを障害者と呼んでいるのです。

したがって本人自身にも、自分が病気であることへの自覚がないことがほとんどで、なっちゃんも、自分がまるで異常者であるかのようなレッテルを張られるのは耐え難いことでした。


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なっちゃんは作業にも熱心で、言われたことには何でも「はい」と元気よく返事をして働いていました。

ところが不幸なことに、この思いこみの強さや感覚過敏が間もなくして現れてきたのです。


スタッフもいい人達で、みんなが気持ちよく働けるように気を配ってくれているのですが、なにぶんその作業場の狭さが、他者との間に保っていたい安全距離を脅かすように思えたのかもしれません。


やがてすぐに

「あの人は私を嫌っているに違いない。みんな私を迷惑がっている。」

と悩むようになり、その兆候はもはや治まることはありませんでした。


あんなに頑張って働いていたのに、ほどなくしてその職場を退職することになります。

天にも昇るような喜びからスタートしただけに、その落胆は私たちの想像を超えるくらい激しいものだったことでしょう。


「ここに勤められないということは、もうどこに行っても勤まるはずがない」

それからの数週間は身動きが取れないほどの暗闇が、彼女を襲い続けました。
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なっちゃんが就職したのは、自動車部品のそのまた部品を組み立てる小さな職場。 障害を持った人のケアをするサポーターも配属されていますし、最低賃金も保証されていて、なっちゃんの場合は一日5時間、週5日間の仕事なので、それなりの収入を得ることが出来ます。 だか ... 続きを読む
なっちゃんが就職したのは、自動車部品のそのまた部品を組み立てる小さな職場。

障害を持った人のケアをするサポーターも配属されていますし、最低賃金も保証されていて、なっちゃんの場合は一日5時間、週5日間の仕事なので、それなりの収入を得ることが出来ます。


だからここに決まったときは、


「やったーーーー!!!」


「嬉しいーーー、私ここで頑張ります」


と、天にも昇るような表情で喜んでいたそうです。

まさか自分が定収入を得ることができるなんて。

夢には見ていましたが、本当に現実になるとは思わなかったからです。(v^ー°) ヤッタネ


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なっちゃんは中学高学年の時に、クラスメイトとの関係や学校生活が上手くいかず、在宅生活になりました。

その後、統合失調症という診断をされ、10代の終わりころには数ヶ月入院することになります。


統合失調症とは、見た目で分かる身体障害と異なり、目に見えない障害です。

見た目は普通に見えるので、他者からは

「当たり前の事を何で出来ないの?」

と障害を理解されない事が多く、本人はとても深い傷を負ってしまいます。


さらに当事者は、幻聴や幻覚があっても家族や医師にさえ、その症状を隠してしまう傾向があります。

それは、周囲に心配をかけたくないためもありますが、処方される服薬の副作用によって、逆に頭が働かなくなったり、動けなくなったり社会生活にさらなる支障をきたすからです。

服薬治療はとても大変な事なのです。


そうやって、自分の苦しみを一人で背負い込み病状を悪化させてしまうケースも多いのですが、なっちゃんも、それらの症状を外部に覚られないようにしながら、たった一人で苦しみを背負っていました。


その後は、適切な医療受診と服薬管理により、統合失調症特有の妄想や幻覚幻聴は落ちついているように見えましたが、本当の事は本人しか分かりません。



~続く~



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ここに紹介する不思議な物語は、すべて事実に基づいています。 関係者各位の許可を得て、みなさんと分かち合いたいと思います。 ・・・・・・・ しんちゃんは就労移行支援事業所というところで働く30代の男性です。 就労移行支援というのは、様々な障害を持った人た ... 続きを読む
ここに紹介する不思議な物語は、すべて事実に基づいています。

関係者各位の許可を得て、みなさんと分かち合いたいと思います。


・・・・・・・


しんちゃんは就労移行支援事業所というところで働く30代の男性です。

就労移行支援というのは、様々な障害を持った人たちが一般就労できるように、職業訓練をしたり、就活をサポートしたりする福祉事業です。

それぞれが持っている得意なことや苦手なところを見つけ出して、その人を必要としてくれる会社を一緒に探し出すのが仕事です。


そんなしんちゃんの卒業生の一人に、なっちゃんという23歳の女性がいました。

なっちゃんは、決して人を傷つけることのない天使のような女の子。

魔女の宅急便に出てくる主人公のキキによく似ていたそうです。


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なっちゃんはもともと発達障害と呼ばれる症状を持っていましたが、中学の時に統合失調症を患い、その後は入院生活を送っていました。

退院後は地域活動支援センターに通ったりしていましたが、普通の人のように社会で働きたいという希望を持って、しんちゃんがいる福祉事業所にやってきたのです。


来た当初のなっちゃんは、とても緊張している様子でした。

ただ、働きたいという意欲は人並み以上で、

「私頑張ります」

「私できます」

と、ややこわばった顔で繰り返し伝えていたそうです。


障害には段階があって、一級は社会生活が不可能なレベル、三級は制限があるにしろその範囲内で社会に対応できるレベル、二級はその中間です。

なっちゃんは一級だったのですが、本人の意志の強さもあり、医師が特別に許可証を発行してくれたことで、就労支援をするしんちゃんの事業所に来ることができたのでした。


それからの訓練の日々は、なっちゃんにとっては大変なものでした。

企業の一角を借りきり、清掃などの訓練をするのですが、制限時間の30分を過ぎてもなっちゃんだけは終えることができません。

それでも人の手を借りながらなんとか頑張っていたそうです。


そのうち次第に明るさを取り戻し始めたなっちゃん。

いつも元気に

「おはようございます」

とみんなに声をかけ、困っている人がいるとすぐに自分のほうから駆け寄って行って助けようとします。

キキとそっくりな容貌もあいまって、みんななっちゃんを大好きでした。


なっちゃんもみんなのことが好きなのに、一人だけ好きになれない人がいました。

それは他ならぬ自分自身です。


なにかにつけ

「私はダメな人間だから」

「私は生きている価値がない」

って、そんなことをつぶやくこともしばしばでした。


そして1年半にわたる訓練期間が終わり、いよいよ就職先を探す時が来ました。

しんちゃんとなっちゃんは雇ってくれそうな会社を回り、そしてついに就職先を見つけたのです。


~続く~
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台風が九州に上陸したみたいですね。 備えあって憂いなし。 この先、列島縦断とのことなので、基本の備えだけは十二分にね。 いま僕の周囲の人達にいろんなことが起きていて、僕自身にもこの数日間ちょっとしたアクシデントがあって、そのたびにいろんな思考や感情が湧く ... 続きを読む
台風が九州に上陸したみたいですね。

備えあって憂いなし。

この先、列島縦断とのことなので、基本の備えだけは十二分にね。


いま僕の周囲の人達にいろんなことが起きていて、僕自身にもこの数日間ちょっとしたアクシデントがあって、そのたびにいろんな思考や感情が湧くけれど、また静かに「いま」に佇んでみると、結局は何も起きていなくて、全体はあいかわらず淡々と全体している。

そういう時は、いままで何も起きなかったし、これからも何も起きないことを教えてくれるんだけど、こういう話って通常の意識状態には理解不能の話だね。


でもどちらが本当のリアリティかと言えば、静寂側だと感じるけれど、

色即是空

の言葉のように、それは同時に両方が起きているってことなんだね。


今日の話は、何が何だか分からない人もいると思うけど、つまるところ「大丈夫」ってことを言いたいわけ。


トラブルに見舞われている人は、そんなこと信じられないと思うけれど、それでも「大丈夫」って伝えておくね。


そのうえで、大いに悩んで、苦しんで、泣いて、笑って、一緒にこの人生物語を生きていこう。

生きている間にしかできないことを、生きている間にするってこと。


社会的には失敗や成功があるけれど、存在の本質においてはそんなものはない。

みんな同じ位置にいるし、上も下も、先も遅れもないんだから。


ほんとだよ。

だから、いまやることをやっていこう。


どんな人も、いまを生きているだけの話。

自分から見て羨ましい環境にいる人も、その人にとっては当たり前なことになっていて、その上に立って同じように、悩んだり迷ったりしているんだから。

比較は意味がないとつくづく思う。


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縁あって、いまこのブログを見てくれている人。

ありがとう。


みなさんの健康と幸せを祈っています。



・・・・・・・


【お知らせ】

雲黒斎くんとの、阿雲の呼吸のブログが始まりました。

二人で語ると、また違う世界が展開していくと思うので、

こちらも楽しんでくださいね(^^)


阿雲の呼吸

降参のススメ
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今回の台風は速度が遅くて、沖縄では暴風雨の時間が長かったけれど、連休中は速足で日本列島を縦断するとか。 かなり強い台風だから、油断しないでくださいね。 明日はまだ九州に上陸しないようだけど、明日予定していた博多での阿雲の呼吸とハートマントラ伝授は、開催を ... 続きを読む
今回の台風は速度が遅くて、沖縄では暴風雨の時間が長かったけれど、連休中は速足で日本列島を縦断するとか。

かなり強い台風だから、油断しないでくださいね。


明日はまだ九州に上陸しないようだけど、明日予定していた博多での阿雲の呼吸とハートマントラ伝授は、開催を見合わせることにしました。

このようなことは全国で活動させてもらうようになってから初めてのことです。


いつも頼りない直感で動いてきていますが、今回はそのほうがいいと思いました。

遠方から来られる方たちも多いしね。


明日の日程は12月2日に延期とさせていただきました。

ご予定を入れられていた方には申し訳ありません。


翌17日の瞑想伝授も延期となります。

申し込まれていた皆さんにはメールを差し上げますから、ご確認くださいね。


18日は日帰りで博多に行けるようにしましたので予定通りです。



そんなわけで土日は何をしようかな。

みつろう君とコーラスの練習でもすっか。

それとも江原啓之さんの本でも読むか。


最近、周囲で不思議な話を連続して聞くようになって、以前はまったく無関心だったけれど、最近は

「ほう~」ってな感じで聴いています。


歳を取って、いまさらながらスピ大好き人間になってきたかも。



神はいる!!!!



宇宙人もいる!!!



霊魂はある!!!



前世もある!!!!



なんだってある!!!




あー、スッキリした(笑)


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今日の沖縄は台風です。 朝早くから、さとうきび畑や木々の枝たちが大きく波打つように揺れています。 テレビでもこの台風のことがトップニュースになっていて、と同時に13年前の9月に沖縄から本土に上陸した、その年の大型台風21号と進路も激しさもよく似ているから ... 続きを読む
今日の沖縄は台風です。

朝早くから、さとうきび畑や木々の枝たちが大きく波打つように揺れています。

テレビでもこの台風のことがトップニュースになっていて、と同時に13年前の9月に沖縄から本土に上陸した、その年の大型台風21号と進路も激しさもよく似ているからと繰り返し注意を促しています。


それを見て、またあの日のことを思い出しました。

まさにその台風が沖縄本島に上陸したあの日です。


今回の進路は宮古島地方が中心ですが、あの時の台風21号は沖縄本島を直撃しました。

それを考えると、今回以上の激しさがあったことになります。


人の記憶は次第に薄れていきますが、今日あらためてあの無謀な挑戦と、その結果見せてもらった奇跡を思い出します。

起きたこと自体も奇跡でしたが、何よりそれを僕に決行させた力自体が奇跡だったと思います。



僕はあの日、台風の上陸時間に、野外コンサートを決行したのです。

なぜしたのかといえば・・・お告げがあったからとしか言いようがありません。


こんなことを書くのは憚れるのですが、やはりこのことは事実として語り継いでいくことが必要だと感じています。

それにあの時僕は、その神(?)に約束したのですから。


僕はこの奇跡を人に伝え、本当にあなたがいることを、『神は確かに存在することを』表明していきます。

もう恐れません。

僕はあなたと共にあります。

(かんながら・月光編より)




記憶が鮮明のうちにと思い、その2日後にしたためた手記があります。

誇張することなく、さらには遠慮した表現にすることもなく、起きたことの事実を淡々と書き記しました。

もしこれが数年後に書いたとしたら、もっと違うニュアンスになっていたことでしょう。



僕はいつも神という存在に対して、それは万物を生かしている源であり、大いなる一つであり、崇めるような対象としての神など実在していないという立場からメッセージを伝えてきました。

これは度重なる内的経験からも明らかな真実です。


ところがあの日の出来事は、直接僕に対してコンタクトを取ってきた、何らかの人智を超えた存在を示しています。

まったく矛盾していますが、このことを約束通り伝えていかなければ片手落ちになると、今日の台風でまた思いを新たにした次第です。

考えてみれば、あの日の体験が、人生の流れを信頼することへの確信に繋がっているのですから・。

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最後にもう一つだけ言わせてください。

僕はあの日、「天河」を感じたのです。

神社でいつも浴びていた天河の神気と同じものを感じていました。


あれはいったい何だったのか。

神とはいったい何なのか。


やはり人は何も知らず、何もわからないままこうして生かされているのでしょう。


せめて、見えない力への畏敬の念を忘れずに、お陰様の心を生きたいと思います。


あなたの思召すまま


流れのままに



その時の手記がこちらです。

かんながら・月光編
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人が心底から安心するのは稀です。 親しい人といる時でさえ、僅かな警戒心が残っていたりします。 世の中で生き残っていくために身につけた防御癖が、解かれることは滅多にありません。 それが何かの瞬間に外れた時、そこに訪れるのが愛です。 人間の状態には、防御(怖 ... 続きを読む
人が心底から安心するのは稀です。

親しい人といる時でさえ、僅かな警戒心が残っていたりします。

世の中で生き残っていくために身につけた防御癖が、解かれることは滅多にありません。


それが何かの瞬間に外れた時、そこに訪れるのが愛です。

人間の状態には、防御(怖れ)と愛の2つしかないのです。


さいしゅうへいきさんが寄せてくれたコメント

わたしのまわりで起こることはわたしの現れであり、

それをありのままにうけとめられた時、

それは消えてなくなる。


全体に溶け込んでいるとわたしはいるようで、いない。

溶けこんでないときはいまここにいられてない。

いまここに居ないときは、不安や期待やどう思われてるだろうとか、

自分の決まったキャラを演じようとしてる時だ。


静寂の中で心を落ち着け、周囲と一つになって全体に溶け込んでいる。

これが、これから地球で生きるための最終秘密兵器かもしれない。



そうです。

その最終兵器こそが愛です。


愛は作られるものではありません。

「愛が大切だから愛していこう」というようなものでもないのです。

愛は世界を変える道具ではなく、自分自身の変容をもたらすものです。


愛とは、怖れが消えた時に訪れる最も高い波動。

これは学ぶことではなく、体験することです。


それは時として、グループ全体に起きることがあります。

場が安心と静寂に包まれた時、何かの拍子に個々の意識が怖れから愛にシフトするのです。

昨日まで行われた接心でも同じことが起きました。


誰もの中に、それを可能にする力が内在しています。

一般の社会は警戒と防御によって成り立っているので、社会を超えた人達が集まり、同じ志を持って安心し合えば、愛を顕現することができるでしょう。

そのような本質を外さないワークが増えていくことは、いまの時代の一筋の希望だと思っています。

すでに世界中で、様々な人達が、その個性を通して本物のワークを展開していることでしょう。


それが本物の愛かどうかを見極めるのは簡単です。

愛とはとてもリアルなものだから。

そこには一片の疑いも入り込む余地はなく、場全体が高い幸福感に包まれています。

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さいしゅうへいきさん

差支えなければ昨日掲載させてもらったイラストの作者名を教えてくれますか。

とても素晴らしい波動ですね。


昨日まで接心に参加してくれた皆さん、ありがとうございました。

僕も一参加者として、とても素晴らしい時間を過ごさせてもらいました。

もしよければ、あなたの感想も聞かせてください。


今日の最後にジョンレノンの「LOVE」の歌詞を掲載して終わります。

ここに真実の全てが表現されています。


Love is real, real is love
Love is feeling, feeling love
Love is wanting to be loved

Love is touch, touch is love
Love is reaching, reaching love
Love is asking to be loved

Love is you
You and me
Love is knowing
we can be

Love is free, free is love
Love is living, living love
Love is needing to be loved


・・・・・・・・・・・・・・


【お知らせ】

さとうみつろう君との秋分の日イベント。

あと25席を増やすことができました。

参加ご希望の方はコチラからお申し込みください。
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静寂の中で心を落ち着け、周囲と一つになって全体に溶け込んでいる。 かたや、頭の中の世界に埋没して、混乱したマインドに振り回されながら、慌ただしく生きている。 前者はいまここを十分に捉えているが、 後者はいまここを完全に見失っている。 でも、 どちらもお ... 続きを読む
静寂の中で心を落ち着け、周囲と一つになって全体に溶け込んでいる。

かたや、頭の中の世界に埋没して、混乱したマインドに振り回されながら、慌ただしく生きている。


前者はいまここを十分に捉えているが、

後者はいまここを完全に見失っている。


でも、

どちらもおなじ今を生きていることに変わりない。


なんだって同じこと。

ただ、いまそのようにことが起きているだけで、上も下もありゃしない。

だから心配しないで自分の人生を生きればいい。


僕は、静寂 の中で、こうして落ち着いている時間が好きだ。


これ以上の幸せを知らない。


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方広寺接心が始まりました。 禅堂での生活を取り入れて、静寂の中でカリキュラムをこなしていきます。 早い話が、目の前のいまここに身も心も投じて生きるということです。 これは普段の生活の中でもできますが、なにぶん一人だとまたすぐに思考の世界に取り込まれてしま ... 続きを読む
方広寺接心が始まりました。

禅堂での生活を取り入れて、静寂の中でカリキュラムをこなしていきます。

早い話が、目の前のいまここに身も心も投じて生きるということです。


これは普段の生活の中でもできますが、なにぶん一人だとまたすぐに思考の世界に取り込まれてしまうので、集団で気を揃えてやっていこうというわけです。

歩くときはただ歩く、食べるときはただ食べる。

いま自分がなにを食べているのか、十分に意識を向けていきます。

いくつかの作法があるのですが、まったく無駄がなく合理的に考案されていて、皆で気を合わせて食事を頂くことを通して、一つの美しい流れができます。

茶道が禅をベースに完成されていったことがよくわかります。


本来は生きるということはシンプルなことで、ただ目の前を生きることにつきます。

完全にいまここに成り切れば、悩みなど入り込む隙はなく、ただあるがままにあるだけであり、足りないものなど何もありません。


なんという美しさ。

この禅の心が、我々の祖先によって長年にわたり培われて来たことをもう一度思い出し、暴力によって秩序を保とうとする世界に、新風を吹き込んでいくのが日本の役目だと勝手に感じています。


さきほど斎座(昼食)が終わりました。


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今日は浜松に行ってきます。 明日から方広寺で二泊三日の接心があります。 思えばその昔、たった一人の僕のために向禅師が接心を開いてくれたことがありました。 誰もいない100畳の大広間で、ポツンと坐禅をしていたのが昨日のことのようです。 その後、一緒に禅ス ... 続きを読む
今日は浜松に行ってきます。

明日から方広寺で二泊三日の接心があります。


思えばその昔、たった一人の僕のために向禅師が接心を開いてくれたことがありました。

誰もいない100畳の大広間で、ポツンと坐禅をしていたのが昨日のことのようです。


その後、一緒に禅スクールを立ち上げて、たくさんの人のお相手をしたものです。

あれから20年近くたって、こうしてまたご一緒できて、しかも今も変わらず全国から参加者が来て下さるのは、ありがたいことです。

禅サンガに参加してくれているメンバーも、真実の名の下に集う人達も、まさに法縁。


出会うべき人には必ず出会う。

しかも一瞬早からず、遅からず。


これからもご縁を大切に、心を込めて生きたいと思っています。


接心は明日からですが、前日入りするのには、もう一つの目的があります。

それは、浜松で行われる秋分の日イベントの音響照明の打ち合わせ。


考えてみれば浜松で大きなイベントをするのは初めてです。

さとうみつろう君の計らいで実現したんだけど、そういえば以前、いつか故郷の浜松でイベントをしてみたいと彼に話したことがあって、そのことを覚えていてくれたんだと思います。

しかも地理的には決していい条件とは言えない浜松で、いつになく強力にプロモーションしてくれて、あっという間に満員にしてしまった。

そういうことを自分からは口にしない彼の優しさを感じます。


たくさんの人に支えられながら生きているなと、改めて思う今日この頃です。

いま着ている服も自分で作ったわけではないし、これから食べるお米もそうだし、そもそも吸っている空気だって天から与えてもらっているもの。

何もかもがお蔭様。

いつもあるものって、ありがたさを忘れちゃうんだよなァ。


これだけ与えてもらっているのだから、自分からも与える気持ちが大切で、そこを生きた時に幸せを感じるように人間は作られていると思います。

みんな繋がっているんだから。

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昨日の禅サンガでのWeb講演で、特別講師のピョートルさんと対談させてもらったけれど、いまのGoogleをはじめとする最先端の企業人の心構えは、いかに人のために生きるかがベースになっているとのこと。

我欲の時代は終わり、どこまで人の役に立てるかが、より大きな生産性に繋がっているという話でした。


こうしてブログを書いていることも、読んでくれる人がいるからこそ。

いまさらながら感謝の念を心に抱きながら、出かけてきます。


今日のテーマは「感謝」にしませんか。

今日一日で、自分に与えてもらっていることをどれだけ沢山見つけられるか。

ゲーム感覚で数えてみようね。


それだけで幸せな気持ちになれるはずです。


それじゃ、いい一日を(^^)
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あの人は立派な人だ。 あんな人になりたい。 そのように注目してもらえたら悪い気はしませんね。 それは自分の存在感を強め、自分がそれなりの人であると感じさせてくれます。 しかし、そのような生き方には代償もあります。 いつも周囲に評価されるよう、一定のパーソ ... 続きを読む
あの人は立派な人だ。

あんな人になりたい。

そのように注目してもらえたら悪い気はしませんね。

それは自分の存在感を強め、自分がそれなりの人であると感じさせてくれます。


しかし、そのような生き方には代償もあります。

いつも周囲に評価されるよう、一定のパーソナリティを身にまとわなくてはなりません。

自分が誰であるかを決めるのは、自分自身ではなく周囲の目になっていきます。

いわば、他人の目が主人であり、高い承認をしてくれる彼らに従う家来にすぎなくなるのです。


これは多くの人の身に起きやすいこと。

無意識に人の承認を求め、人の目の中で生きているのです。

その結果身につけてきたのが、誰にも文句を言われないパーソナリティ(人格)だと言うわけです。


あるとき僕自身も、立派に見せてきたはずの自分が幻想だと分かって、それまで持っていた人生観が根底から崩れ去ったことがあります。

そのとき、本当の自分の顔を見つけたいと願いました。


すぐにそれまでの一切の仕事を辞め、一切の人間関係を断ちました。

一人になることで初めて自分になれると直感したからですが、結果はまさにその通りでした。

社会を捨てて山奥にこもるという修業が昔からありますが、あれは一理あると思います。

それくらい我々は、人の目や人の評価を気にしながら生きているのです。


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もはや見せかけの笑顔も、一定の人格も必要なくなりました。

誰も見る者がいなければ、そんなものは何の役に立つというのでしょう。


一人になって思ったのは、自分はいい人でも悪い人でもないということ。

ただその瞬間の感応が訪れては消えていくだけの存在だということ。


本当は誰もが同じです。

もしこの世に最初から自分一人しかいなければ、その自分はいい人でしょうか悪い人でしょうか。

優れているでしょうか、劣っているでしょうか。

もしそこに評価する他者がいないとしたら、その時の自分はどんな人でもないはずです。


この気づきが新しい人生の始まりとなりました。

いまも心の中にはこの感覚が流れています。

自分の行動を決めるのは他者の意見ではなく、自分の感性になりました。



これはあらゆる人に与えられている力であり、特定の人の資質ではありません。


人の目から自由になること。

それで何も失わないことを知ることが、その第一歩です。


いまもあなたの中には、その強さと自由があることを忘れないでください。



・・・・・・・・・・


【お知らせ】

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初めての方にはハートマントラをお勧めしています。

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先日、どなたかから心配や不安についての質問がありました。 これって人生につきものですよね。 この世に、まったく心配や不安を持たない人はいません。 程度差はありますが、誰の中にも訪れます。 だって人は誰も、先のことが分からないのだから。 心配や不安は、僕 ... 続きを読む
先日、どなたかから心配や不安についての質問がありました。

これって人生につきものですよね。


この世に、まったく心配や不安を持たない人はいません。

程度差はありますが、誰の中にも訪れます。

だって人は誰も、先のことが分からないのだから。


心配や不安は、僕の人生でも多くの部分を占めてきました。

いまだに顔をのぞかせることがあります。


以前との違いは、そこに浸らなくなったことでしょうか。

これは瞑想効果もありますが、もうひとつは、不安の中身が何であれ、それは単なる思考に過ぎないので、そのような思いが湧いてきたとき、

「そういう思考がいま湧いただけ」

という態度でスルーできるようになったことです。


これはけっこう効き目があります。


多くの人は、思考が湧いたという事実を見るのではなく、瞬時にその思考の中身に埋没してしまいます。

不安というものは、解決策が見当たらないから不安なわけで、その状態のままストーリーを巡っても、逆に不安やストレスが高まるばかりです。


これは練習次第で誰にでもできるようになります。


「あっ、いま、お馴染みの思考が湧いた。以上!!!」

そして目の前のことを生きだすのです。


今日から意識的にやってみませんか。

最初のうちはすぐにいつもの思考に埋没してしまうことでしょう。

そのような生き方があまりにも長いので、すぐには変えられません。


何事も練習です。


新しい習慣をつけるには、いままで無自覚だったところに意識を向けて、少しずつ変えていくしかないのですから。

実はこの気づきと共に生きることが、本当の修行なのです。


あとは起きることがただ起きていきます。

起きていることがいいことか悪いことかなんて分りません。

幸運は不運に、不運は幸運に転換していくのだから。


結局、僕たちにできることは目の前を生きること。

そして「yes!」と言うこと。


「yes!」という宣言は、生への全面肯定であり、最高の祈りです。


「南無」も同じ意味ですが、現代人にはちょっと重いので、「yes!」がいいかもしれませんね。

そこに不安が入り込む余地はなくなります。


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そういえば、さとうみつろう君の「スターライダー」という曲の中に



不安の正体は「未来」

僕らの正体は「いま」

というフレーズがあります。


メロディーともマッチしていてとてもいいので、二人で作ったバンド「絶対他力」のレパートリーにさせてもらいました。

メッセージを歌で伝えるのは楽しい。



さて、今日も生きるとしよう。

僕と一緒に、思考が湧いた瞬間に気づく練習をしていきませんか。



・・・・・・・・・


【お知らせ】

浜松で開催する秋分の日イベントのチケットは完売となりました。

その日は絶対他力のお披露目ライブの他に、カノン瞑想と智子さんのガヤトリーマントラ瞑想のコラボもあって、濃い一日になると思います。

また報告しますね。
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さっき、少し時間ができたからこのブログを覗いてみたら、「幸せのありか」という名前で11年前に書いた記事にコメントしてくれた人がいて、その記事にアクセスしてみた。 ブログのタッチは当時と少し変わってきたなって思った。 「真実のありか」も大切だけど、こういう ... 続きを読む
さっき、少し時間ができたからこのブログを覗いてみたら、「幸せのありか」という名前で11年前に書いた記事にコメントしてくれた人がいて、その記事にアクセスしてみた。

ブログのタッチは当時と少し変わってきたなって思った。


「真実のありか」も大切だけど、こういう何気ないエピソードに人生の幸せが見え隠れしているんだなって思った。


あの日の屋台の店主はいまどうしているだろう。

人の何気ない優しさは、時間を超えて生き続けているなァ。

ネギとカツオ節


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