かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

今日はこのブログのコメント欄について、僕の希望を書いておきます。 常時コメントをする人の数は千人に一人の割合であり、その人達がこのブログを代表しているわけではありません。 できたら、このコメント欄には、その日の記事が自分にどう役立ったのか、あるいは役立て ... 続きを読む
今日はこのブログのコメント欄について、僕の希望を書いておきます。


常時コメントをする人の数は千人に一人の割合であり、その人達がこのブログを代表しているわけではありません。

できたら、このコメント欄には、その日の記事が自分にどう役立ったのか、あるいは役立てたいかを書いてくれると張り合いがあります。


特定の人同士のやりとりや、ご自分の考えの発表は、どなたかが代表でブログを作ってそこで展開するか、自分たちでコミュニティを作ってもらえたらありがたいです。

いきなりそれらのコメントのすべてを非掲載にするのも問題があると思い、こうしてお願いすることにしました。


ここは僕自身にとっても、そしてこのブログからインスピレーションを得たり、心の休息を求める人にとって大切な場です。

結果的にコメント数が、一日に数個になってもいいと思っています。


たとえお花畑だろうと、ここはそんな安らぎの場でありたいと思います。

ご理解のほど、よろしくお願いします。

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【お知らせ】

いまも阿雲(阿部敏郎と雲黒斎)の話を聞きたいという人がいてくれるので、二人でまたブログを作ろうと思っています。

以前二人のDVDが、TSUTAYA貸し出しのビジネス部門で、全国一位になったと聞きましたが、なぜビジネス部門なのかは謎だとしても、二人にしか表せない世界があると自負しています。


そんなこんなで新しいブログも楽しんでくださいね。


9月16日は、5年ぶりに二人で博多に伺います。

お時間がある方はいらしてください。
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今年の夏は、 しに暑いばーよー これね、沖縄では「もの凄く暑い」っていう意味。 こんなに暑い夏は、引っ越してきてから初めてかも。 そういえば僕らが子供のころは、運動中にどんなに汗をかいても水は飲むなって言われたよね。 水を飲むと疲れてしまうからって。 ... 続きを読む
今年の夏は、

しに暑いばーよー


これね、沖縄では「もの凄く暑い」っていう意味。

こんなに暑い夏は、引っ越してきてから初めてかも。


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そういえば僕らが子供のころは、運動中にどんなに汗をかいても水は飲むなって言われたよね。

水を飲むと疲れてしまうからって。

いまは水をどんどん飲むように奨励されている。


たぶん、どちらにも一理あるんだと思う。

メッセージの目的と、それが誰に向けられたかで変わるんだろうね。


20年くらい前から、「頑張らなくていい」というメッセージが盛んに言われ出したけれど、これなんかは高度成長時代への反動もあった。

昔は、頑張るということ以外の価値観はなかったし、頑張らないと怠け者とかズルいとかいうレッテルを張られたよね。


いま思ったけれど、「頑張らなくていい」というメッセージを発する人って、自分がたくさん頑張ってきたか、あるいはいまも頑張っている人に多いのかも。


僕なんか、子供のころから怠け者だったから、「頑張らなくてもいい」なんて言葉は出てこない。

むしろ、「やるときゃやれ!」って言いたくなる。

あはは、メッセージって自分に言っているよね。


もう一つ言えるのは、頑張るという言葉が意味しているもの。


たとえば好きなことをしている時は、時間を忘れて熱中していて、それを傍から見れば頑張っているみたいに見えるけれど、本人はそんな気はさらさらない。

僕なんか一日中瞑想していられるし、それを修業と捉えて頑張る人から見れば、僕は相当な頑張り屋ということになる。

できたらそう見られたい(^^)


さっきも書いように、メッセージって、どんな人にどんな目的で発しているかによって変わるわけで、

自己犠牲的に頑張りすぎている人には

「頑張らなくていい」と伝えるだろうし


何ごとにも投げやりの人には、

「もっと頑張れ」と伝える。


昔の覚者のメッセージも同じで、記録されたメッセージは当時その覚者の目の前にいた人に発しているから、全ての時代の全ての人に当てはまるとは限らない。


それが宗教になってしまうと、「~すべき」とか「~するな」とかを頑なに守ろうとする人がいて、それに反する人を攻撃したりする。

これが原理主義の危ういところ。


頑張ってもいいし、頑張らなくてもいい。

偶像を崇めてもいいし、排除してもいい。

お祈りの仕方も一つじゃなくて、心がこもっていれば何でもいい。


何ごともほどほどが丁度いい。

だから正しさを押し付けるのは好きじゃないわけで。

要するに、他者の意見より、自分の感性を信じて生きるのがいいと思います。



今日も柔らかい気持ちで生きようね。



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【お知らせ】

9月2日の東京瞑想伝授は残りわずか。

9月16日の博多伝授は今年最後になります。

一クラス10名様です。
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いまのままで完璧だとかOKだとか言われても、なかなかそう思えないのはなぜでしょう。 その原因は、心身全体を覆っている慢性的な不快感です。 程度の差こそあれ、だれもがこの状態にあります。 ずっとこの状態が続いているので、普段はいちいち不快感を認識することは ... 続きを読む
いまのままで完璧だとかOKだとか言われても、なかなかそう思えないのはなぜでしょう。

その原因は、心身全体を覆っている慢性的な不快感です。

程度の差こそあれ、だれもがこの状態にあります。


ずっとこの状態が続いているので、普段はいちいち不快感を認識することはありません。

ずっと不快のままだと、それがあたりまえになってしまうのです。


この慢性的不快感の正体は、ある種の抵抗と緊張のようなもの。

絶え間なく自分を守ろうとしている防衛機能です。


無意識に、何か悪いことが起きないように見張っているこの緊張は、一人になったときでも続いています。

心の壁のようなものと言ってもいいでしょう。


これを解いていくのは簡単ではありません。

自分が危険にさらされるような恐怖を覚えるからです。


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実は、この緊張と収縮と抵抗こそが「自分」という幻想の元です。

だから緊張が完全に解けてしまうと自分が消えてしまうような気がします。


この緊張のおかげでいままで生き残ってきたと信じているので、おいそれと手放すことはできません。

さらには、幼少のころから溜め込んできた様々な心の傷も、この防衛機能を強化する役目をしています。


奨励している瞑想は、これらの抜本的な解決に取り組む道です。

理屈ではなく、ただ力を抜いてみようというわけです。


最初のうちは、溜め込んできた様々な感情が表面に出てくることがあります。

気持ちよくなるために瞑想を始めたのに、真逆のことが起きていると考える人もいますが、このような作用はお掃除であり、実際には上手く行っているのです。



こうして力を抜くことで、自分の本質に近づいていくことになります。

その本質において、いまのままで完璧だという言葉が真実であることを知るでしょう。



先ほど、瞑想教師育成トレーニングに参加している女性たちと話をして、このことを皆さんにも伝えたいと思いました。



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秋分の日のイベントの宿泊コースは受付を終了しました。

当日の本番は、実に興味深い体験をしてもらえると思うので、ご都合がつく方はいらしてください。


詳細はコチラ
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人の心の中には、お悩み専用スペースがあるのを知っていますか。 そのスペースの中身は、抱えているトラブルだったり、お金の問題だったり、仕事が思うように順調ではなかったり、様々です。 それらの問題が解決すれば悩みから解放されて、清々しい人生が始まっていくはず ... 続きを読む
人の心の中には、お悩み専用スペースがあるのを知っていますか。

そのスペースの中身は、抱えているトラブルだったり、お金の問題だったり、仕事が思うように順調ではなかったり、様々です。


それらの問題が解決すれば悩みから解放されて、清々しい人生が始まっていくはずだと信じているので、四六時中それらを考え続けることになります。


ところがその問題が解決すると、それまでは表面化していなかった新しい悩みが登場します。

お悩み専用のスペースは、空っぽではいられない性質を持っているからです。


このことを本当に理解している人は僅かで、頭で分かっていても、結局はこの問題さえ解決すればという生き方になってしまいがちです。


もちろん、問題に取り組んで、より良くしていこうとするのはOKなのですが、その問題が解決するまでは幸せになれないと思ってしまっているところに本当の問題があります。

お悩み専用のスペースがある限り、どこまでも永遠に幸せを先延ばしすることになるからね。


というわけで、いまから話す言葉は、瞬時に抵抗したくなるかもしれません。

でも真実なので、耳の穴かっぽじってよく聞いてください。


それではお伝えします。



人生はこれ以上よくならない!!

以上!!




あはは、どう思いましたか。


夢も希望もない言葉だから一般受けしないのはもちろん、極論だとばかりに無視するかもしれません。

でもね、もしあなたがこの言葉を受け入れることができたら、あなたの人生への最高の贈り物になります。


その時初めて、いまを生きるということが容易くなります。

いつか解決した暁にはというストーリーがなくなるから。


それにね、力が抜けて、けっこういい気分になるんですよ。

そんな気分で、やるべきことに取り組んでいけばいいだけのこと。


皮肉なことに人生がスムーズになっていきます。


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さて、そんな専用スペースをいったん脇に置いて、取りあえず楽しくやろうぜと、来月は毎年恒例のスペシャルイベントがあります。

さとうみつろう君と毎年開催している秋分の日イベント。

今年は東京と大阪の真ん中、浜松で行います。


最高の一日になると思うので、参加ご希望の方はコチラから詳細をご覧ください


また前日には前夜祭パーティーが、そして明け方5時の秋分点には、一緒に瞑想する企画もあります。

こちらは少人数制の宿泊コースです。

人数に限りがありますのでお早めにお申し込みください。

詳細は同じくコチラから。





普段は忘れがちですが、人生を謳歌できる僕たちは本当に果報者ですね。

こうして平和を享受できるのも、いまの時代の礎になった先人たちがいればこそ。


先の大戦で亡くなられた全ての御霊に、感謝と哀悼の意を捧げます。
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いまはお盆休みの方も多いでしょうね。 昔は、何かをしなければ一日が無駄になるとばかりに、あちこち出かけたものです。 何もしない日があると、こんなんでいいのだろうかと後悔したりね。 現在は何をしていても、しなくても、まさにいまどんな自分が表現されているかが ... 続きを読む
いまはお盆休みの方も多いでしょうね。

昔は、何かをしなければ一日が無駄になるとばかりに、あちこち出かけたものです。

何もしない日があると、こんなんでいいのだろうかと後悔したりね。


現在は何をしていても、しなくても、まさにいまどんな自分が表現されているかが、より重要なことになりました。


まさにいま

リラックスしているのか、力が入っているのか、


まさにいま

優しい気持ちでいるのか、何かを裁いているのか、


まさにいま

いまにいるのか、頭の中の世界にいるのか


立ち止まって、いまの状態に気づくことは、とても大切なことだと思います。



何かの問題や、理不尽な出来事が頭を離れないことってありませんか。

そういう時は、「いま」を見失って、想像上のストーリーの中にいます。

うっかりすると、何時間も何日間もその世界に暮らすことになります。


でもね、そんな時でさえ、いまに帰ることは簡単なんです。

というのも、「そのような思考がいま湧いている」という単純な事実に気づくだけだから。


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ところがたいていの場合は、その思考の内容に囚われてしまいます。

たとえ苦しいストーリーでも魅惑的なのです。

ですから、内容に埋没する瞬間に、いま思考が湧いているという単純な事実に気づいてみるのです。


実際に起きているのは、「いまそのような思考が湧いた」ということだけであり、その内容ではありません。


その気づきが、いまここに連れ戻してくれます。

ほんのちょっとの気づきがあれば、人生の風味は大きく変わっていきますよ。



日々是好日



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先日ご紹介した方広寺接心は満員のためお申し込みを終了しました。

またの機会にいらしてくださいね。


さとうみつろう君と毎年開催している秋分の日のスペシャルイベントは、前夜祭も含めて明日からお申し込みを開始します。
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Mondogurosu >講演を聞くことは、悟りに関して有用と思われますか?  >情報として悟りに纏わる色々を知識として入れても、なんら本質は変わらないと、長年の経験から思います。 >自分では、若干なりとも悟りに近づけたのは禅を実践しだしてからです。 >講演を聞いても、 ... 続きを読む
Mondogurosu

>講演を聞くことは、悟りに関して有用と思われますか? 

>情報として悟りに纏わる色々を知識として入れても、なんら本質は変わらないと、長年の経験から思います。

>自分では、若干なりとも悟りに近づけたのは禅を実践しだしてからです。

>講演を聞いても、知識と悟りたいという欲望ばかりが大きくなるばかりで、かえって悟りから遠ざかると思います。


言いたいことはよく分かります。

確かに正しい情報を得たとしても、そのことが悟りに繋がるわけではありません。


だからと言ってそれらの情報が無意味ということでもありません。

あなたが目覚めた時、それまでに学んだ言葉たちが一斉に命を吹き返し、その境地がまぎれもない真実だということを証明してくれるでしょう。

そして気づきを豊かにしてくれます。



さてここからは、もう一歩踏み込んだ話をしましょう。

何度も言ってきたことですが、悟りというものは、悟っていないと思っている人の言葉であって、実際は全ての存在は最初から悟りの中にあります。

もの心ついてからの長年の習慣で、「分離した自己という錯覚」と同化してしまい、悟っていないという夢を見ているだけです。


このことが理解できる人に先ほどの説明をするとしたら、説明自体が変わってきます。


講演を聞いたり、本を読んだり、特定の修業をしたり、経典を学んだりすることの全ては夢の中の出来事だということ。

何故言い切れるかといえば、それらをやっている自己そのものが夢だからです。


そして悟り(自己という錯覚からの目覚め)は、何かをした結果起きることではありません。

ふいに訪れる、突然変異のようなものです。


もし確実に目覚めに誘われる方法が存在していたら、人類はもっと早く目覚めていたことでしょう。

でもそういうことは起きません。

繰り返しますが、その方法を実践している人自体が夢だからです。


夢の中のあなたが、夢から覚めるためにあらゆることをしても、夢が強化されるだけだというのは分かりますか。

夢から覚めるのは、夢の登場人物ではなく、夢を見ているその人です。


では誰が夢を見ているのか。

あえて言うなら、全体が自己という夢を見ています。


したがって夢から覚める(悟る)のは、あなたではなく全体です。


>自分では、若干なりとも悟りに近づけたのは禅を実践しだしてからです。

いま述べたように、悟る手段としての実践はあり得ませんが、本当の禅の実践は、そのまま悟りそのものです。

これは禅寺で修行僧を導く立場の者であれば同意してくれると思いますが、修業とは悟るためのものではなく、実際に悟りを生きるためのものです。


このことはマインドには理解できません。

マインドは過去や未来をリアルなものとしているので、いつの日か、いま以上の自分になれると信じていて、そのための修業を生き甲斐とします。


そのことが駄目だと言っているのではないですよ。

あらゆる経験をするためにこうして生きているのですから、なんでも思ったことをやったらいいのです。


然るべき時が来たら、芽が出て花が咲きます。

それは起きることであって、自己が起こすことではありません。



身もふたもない話でしたが、それでも真実の情報に触れ続けることは大切です。

坐禅や瞑想の実践も続けたらいいと思います。


坐禅も瞑想も、自己がやる行為ではなく、全体によって為されるものなので、それそのものが無自己と言えます。

そこに、本当の自分の香りが漂ってくることでしょう。

美容にもいいですよ。


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おっ、いまグッと掴んだかも(笑)


さて頂いたコメントですが、昨日の深夜に頂いていた分を、間違って消去してしまいました。

謝ろうと思っていたら、いったんコメントを開いたページが残っていて、そのページを更新すると消えてしまうために、コピーして新たにコメント欄にペーストしました。

そんなわけで、いくつかのコメントが今朝の7時50分に同時にアップされています。

他意はありませんので、ご了承ください。


そう言えば2年前にも同じことがあって、その時も同じように処理したのですが、不具合で僕の名前でアップされてしまい、自作自演だと騒がれました。

そんなこともあって躊躇したのですが、今回はサイト自体が変わったからか、ちゃんとできました(^^)



それにしても阿部という男は、執拗に攻撃対象になりますね(笑)

これも不徳とカルマの現れなのでしょう。

僕自身は何を言われてもいいのですが、僕にシンパシーを持つ人が切ない思いをするのではと、そのことは気になります。


そんなこんなでいろいろありますが、よろしくお願いします。


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【お知らせ】

恒例の秋分の日の瞑想会。

今回は9月23日に浜松で行います。

会場でのイベントは昼の12時からですが、今年の秋分点は早朝5時なので、その時間に少数の人だけで瞑想会をします。

場所はホテルオークラ浜松のインペリアルスイートルームで150平米もある超豪華な部屋。

参加者のみなさんも前日から同ホテルに宿泊していただきます。

明日また詳細をお知らせしますので、年に一度のイベントを一緒に楽しんでくれる人はお早めにお申し込みください。

今年もいつものメンバー(僕と、智子さんと、さとうみつろう君)がお相手します。
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暑いので手短に話します(笑) まるでこの世には真理に近づいている人と、世俗に浸かって遠くかけ離れた人がいるように見えますが、どちらも違う夢を見ているだけで、その質は同じです。 真理探究者は、いつの日かその達成を願い、世俗者はより良い生活を願います。 どち ... 続きを読む
暑いので手短に話します(笑)


まるでこの世には真理に近づいている人と、世俗に浸かって遠くかけ離れた人がいるように見えますが、どちらも違う夢を見ているだけで、その質は同じです。

真理探究者は、いつの日かその達成を願い、世俗者はより良い生活を願います。

どちらも、いま以上の時があることを信じています。


世俗的であるか、精神的であるかは、夢の内容の違いに過ぎません。

真理は極めてシンプルであり、いまここにあからさまにあります。

そして夢の内容が何であれ、真理(いまここ)から離れることはできないので、誰もが救われていることに違いはありません。


世俗的な話も対立しやすいけれど、それが真理に関わる話だと命がけで対立し、まことに深刻になりますね。


その緊張感が緩んで、いまここに完全に寛いだ時、あるいは執拗にいま以外の時を求める衝動が止んだとき、それがゴールです。


そのゴールは、スタート地点と同じ場所。

早い話が、誰一人としてどこにも行っていなかったということです。


したがって真理とは、目指すものでもなければ、達成すべきものでもないということ。


だからあとは夢の世界を遊ぶとしましょう。


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多くの人の発言を見ていると、これだけは譲れないといった生真面目さが香ってきます。

比較や判断のオンパレード。

それが悪いわけではないけれど、もっと気楽に仲良くできないものでしょうか。


昨日お話したメッセージバンドの歌詞。



上とか下とか分けたつもりでも、本当はみんな一緒だよ

笑っちゃえばええじゃないか

踊っちゃえばええじゃないか

こっちにおいで、仲良く遊ぼう。

すべてはOK、my friend



いまも気持ちに変わりありません。

人様の肩の荷を降ろしてあげたいと願う、愚かなる夢人です。


今日は母が逝って2年目の命日。

生きている時もただものじゃないと思っていましたが、死んだあとも自分の命日を国民の休日にしました(笑)



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【お知らせ】

矢作直樹さんとのコラボ講演は、だいぶ席が埋まってきました。

まるで違うキャラですが、僕は矢作さんが好きです。

なんというか・・・無表情さが愛いらしい(^^)


9月8日、9日、10日に、浜松の方広寺(大河ドラマ「おんな城主直虎」にも登場しました)で、本格的な禅の修業をベースにした接心を開催します。

以下、向禅師からのご案内

【内 容】

坐禅・読経・茶礼・密教(身口意の三密)、歩行禅、笑いヨガ等、心の源に至り、禅定を日常生活に活かすヒントを学びます。

朝6時の半僧坊の太鼓を鳴らしての大般若祈祷、本堂縁側での夜坐等、方広寺ならではの体験もあります。

イス席も用意し、スローペースでマインドフルにすすめます。
 
10日午後1時より、阿部敏郎氏(全日程参加)とのコラボトークを予定しています。

【費 用】

一般、38,000円(税込、二泊七食の宿泊食事代を含む)

「いまここ道場」HPの左上サイドバー【お申し込みメールフォーム】をクリックしてお申し込みください。



9月のハートマントラ伝授は東京と博多を予定しています。

詳細はコチラから
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目覚めが訪れた直後は仕事など何でもよくて、そんなことよりこの新しい感覚を生きられる喜びに満ちていました。 現役活動を引退して何もしない期間が1年半ほど続き、いよいよ何か仕事をしなければとアルバイトニュースを買ってきたころ、なぜか僕に好意を寄せてくれていた ... 続きを読む
目覚めが訪れた直後は仕事など何でもよくて、そんなことよりこの新しい感覚を生きられる喜びに満ちていました。

現役活動を引退して何もしない期間が1年半ほど続き、いよいよ何か仕事をしなければとアルバイトニュースを買ってきたころ、なぜか僕に好意を寄せてくれていた業界の実力者が、頼みもしないのに最高のポジションを与えてくれて、それでやり始めたのが音楽プロデュースの仕事でした。


でも2年ほど経った頃に、やりたいことはこんなことではないという思いが強く働きました。

やりたいことは、この時代に目覚めのムーブメントを起こしたい、それだけでした。


ちょうどバンドブームが始まったころだったので、この気づきを伝えるバンドを作って、世の中に直接呼びかけてみたい、そうすれば僕と同じ気づきを持った人に旗振りできるし仲間に会えるかもしれないと、そんな思いが湧きました。

当時、いまのようなインターネットがあれば、もっと簡単な話だったのにね。


それまでの実績を見込んで、プロジェクトに4000万円投資してくれた会社がありましたが、そのお金はわずか3か月で使いきってしまいました。

スカウトしたミュージシャン7人を連れて渡米し、NYで最高のスタジオを借りきって、やりたい放題のレコーディングをすると、それくらいのお金はすぐに消えてしまいます。

人類に貢献するものを作るのに、お金なんかただの人間界の決め事じゃないかと、そんな奢った考えを持っていました。

そんな考え方がムードとして僕から出ていたのと、社会を軽視する無責任な態度も周囲に伝わっていました。

それでは実社会で通用しません。


うまくいっている時は何でもチヤホヤしてもらえましたが、ひとたびうまくいかなくなると、手のひらを返したようにバッシングが始まり、そんなこともあってほとほと嫌気がさして、社会からドロップアウトしたころに訪れたのが天河でした。

ドロップアウトと言ったら聞こえがいいですが、早い話が自らが作ったプロジェクトを放り出したのです。

何から何まで身勝手で、当時の関係者には多大な迷惑をかけました。

そんなことも、目覚め体験をした人へのガイドをかって出ている理由の一つかもしれません。

同じ過ちを犯さないようにね。


天河での生活は夢のような毎日で、飛ぶように過ぎていきました。

いろんな不思議なこともあったなァ。


みんなが寝静まった深夜に、神社の本殿で祈りを捧げることがありましたが、そのたびにほぼ例外なく、誰もいない本殿の中から、「ゴトン」という音がしました。

それも小さな音ではなく、驚くくらい大きな音です。

しかも一人の時にしか鳴りません。

誰に聞いても首をかしげるばかりでしたが、いったいあれは何だったのか今も謎のままです。


約4か月間のボランティア奉公が終わったときは、無一文になっていました。

天河を去る時、宮司に「この先が不安だ」と告げると、「かんながら」という言葉が聞こえました。

人生に大きな区切りがあるとしたら、あの日からいまの生活が始まったと感じます。



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昨日のコメントにお金のことに対するやり取りがありましたね。

とても面白かったです。


僕は子供ができたあたりから、お金に対する観念が多少変わったように思います。

本質は変わりませんが、みんなを養っていく責任が生じたことで、どうでもいいという考えは変わりました。

なんとかここまでやってこれたので、最小限の責任は果たしたかなという思いです。


さて、お金っていったい何でしょう。

答えは、「その人が考えた通りのものだ」ということです。


格好つけて言うわけではありませんが、僕の中には何に対しても所有という概念はほとんどありません。

だからと言って、お前のお金を全部よこせと言われても差し出さないでしょう(笑)

そのあたりは微妙ですが、いずれにせよ、本当は何一つ誰のものでもないと感じています。


そもそも僕は、あまりお金がかかりません。

好きな食べ物はご飯。

桃屋の塩辛のお茶づけと、卵かけごはんが大好物です。

着るものにも関心がありません。

お酒や女遊びにお金を使うこともなく、旅行やギャンブルにも興味なく、一番好きな時間は瞑想です。


欲しいものもありません。

あえて言えば、欲しいのはお金くらいでしょうか。


これ冗談なんですけど、講演なんかで話すと本気にする人がいます。

冗談ですからね、半分。

後の半分は、やっぱり欲しい自分がいます(笑)

お金って複雑ですね。


僕に取ってのお金は、あえて言えばエネルギー交換の対価のようなもの。

あとは、サービスを提供するときのモチベーションでしょうか。


無料で提供するべきだという意見もありますが、少なくとも僕はやる気が出ません。

それが霊的成長の未熟さの現れだとしても、正直そうなのだから仕方ありません。


だからと言って、お金だけを目的に活動したこともありません。

一緒に組んだ関係者がそういう人達だったことはありますが、もし僕がそのような考え方を持っていたら、いまの成功はなかったし、あったとしても続かなかったことでしょう。


お金って何でしょうね。


あなたはどう考えますか。



今日も思いつくまま書いてみました。

若干、ええかっこしいの文章になってしまいましたが、そのあたりは差し引いてください。


いままでも繰り返し伝えてきましたが、僕は普通のただのオイチャンです。

これからもずっとそうだということに変わりありません。


模範的な生き方をしてきたわけでもなく、好きなことだけをやりながら、こうして絵に描いたような生活を享受できているのは、単なる強運だと思っています。


こんな自分を分析して、どうやったら運が引き寄せられるのか、そのことが人様の役に立つのなら、いずれやっていくことになるかもしれません。

もちろん有料で(^^)



付け足しますが、やはり瞑想は幸せな生き方の基本だと思います。



最後まで読んでくれてありがとう。




追記

昨日みなさんに紹介したことで、久しぶりにシルクロードのテーマを聴いてみました。

素晴らしいものは時代を超えて素晴らしいですね。


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人生ではいろんな経験があるのに、その中でもいつまでも心から離れないシーンってあるでしょ。 中にはショッキングなこともあるけれど、美しいシーンもある。 僕にとって今も色あせずに残っているのは、平成元年3月のこと。 初めて天河神社を訪れた日。 近鉄の下市口 ... 続きを読む
人生ではいろんな経験があるのに、その中でもいつまでも心から離れないシーンってあるでしょ。

中にはショッキングなこともあるけれど、美しいシーンもある。


僕にとって今も色あせずに残っているのは、平成元年3月のこと。

初めて天河神社を訪れた日。


近鉄の下市口からバスに揺られて1時間半。

昔はいまのような近道となるトンネルがなくて、曲がりくねった山道を延々と上って、古い小さなトンネルを抜けると、そこからが天川村。

急に「気」が変わったのが判った。

なんというか、「気」が凝縮しているというか、とにかく密度が変わった。


神社に一番近いバス停の「川合」で降りて、そこから徒歩30分くらいだったかな。


バス停から天河神社に向かう一本道の傍らに川が流れていて、その土手に座ってウォークマンを聴きながらしばし佇んでいた。

商業音楽の世界から完全に足を洗おうって決めていて、この先人生がどう流れていくのか全く分からなかったけれど、「自己」という錯覚から目覚めて数年が経っていて、この地球全体が自分の家のような気がしていた。


それまでの人生が逆転してしまうような気づきが訪れた後は、社会で生きるのが大変だった。

たまに宗教的関心を持っている人を見つけると、「私」は幻想で、すべてはひとつであって、同じ生命エネルギーが万物をまさにいま創造しているだけで、僕はあなたであって、上も下もなくて・・・

なんて話をするのだけれど、誰一人分かってもらえず、○○さんは釈迦の生まれ変わりだから、そこに入信して勉強したほうがいいとか、そんな返答しかもらえなかった。


ましてや、イケイケで仕事している人にはまったくこんな話は通じない。

世はバブルの真っ最中だったしね。


それでもなんとか音楽業界で仕事して、運も良くてすぐにいっぱしの顔になるのだけど、全然興味が持てなかった。

本屋に行っても、この気づきを説明してくれる書物もなく、だからいまの活動は、僕と同じように人生を超えた気づきを持った人へのガイドのつもりで書き続けている。


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土手に座りながら天川村の山々に囲まれた青い空をずっと見上げていた。

2羽のトンビが悠々と羽を広げて泳いでいた。


その時聴いていた曲が喜多郎の「シルクロードのテーマ
(この曲を聴きながら今日の記事を読んでみてね)


何度も繰り返し、同じ曲ばかりを聴いていた。

この時のシーンが僕の心に残るワンシーン。


何かを知っていたのかな。

しばらく天河神社に滞在することになるような気がしていた。

そしていつか、このトンビのシーンを本に書くような予感もした。



そこからの人生はまさに「かんながら」

起きることが起きて今日に至っているように思う。


この先も「かんながら」

いつどのような思考が湧いて、何を選ぶのかも、すべてお任せしながら生きている。




この世の苦しみが少しでも緩和されますように。



世界が平和でありますように。



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【お知らせ】

9月はいくつかのイベントがありますが、今日は初めてマントラ瞑想をする人のためのハートマントラ伝授のご案内です。


9月2日 東京

9月16日 博多 (先日17日とお知らせしましたが16日に変更となりました)


詳細とお申し込みはコチラから。
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この活動をしていて面白いことの一つは、興味を持った人と直接対談できることです。 いままでも各分野を代表するユニークな人たちとお話させてもらってきました。 その中の一人が矢作直樹さん。 矢作さんはご存知のように、東京大学病院の救急医療部長を長年務め、多くの ... 続きを読む
この活動をしていて面白いことの一つは、興味を持った人と直接対談できることです。

いままでも各分野を代表するユニークな人たちとお話させてもらってきました。


その中の一人が矢作直樹さん。

矢作さんはご存知のように、東京大学病院の救急医療部長を長年務め、多くの方たちの死と向かい合ってきた人です。

そんな立場の彼が「人は死なない」という本を出した時はセンセーショナルでした。

前回お話させてもらったときは、彼にしか知り得ない話が沢山あると感じました。


人間の命や死後の経験に関することだけではなく、日本人が持つ隠れた能力や、いまの地球をコントロールしている陰の勢力や、彼独自の観察眼によって見ている世界があるようです。

ともすればオカルトチックな話もあるのですが、僕はとても興味があります。


しかし、実に口が堅い(笑)

ここまでは話せるけれど、これ以上は話せないといったものが多々あるようです。



そうなると、物を言うのが聞き手の能力。

ジャジャジャーン!!

低我のアベッチの登場です。


本にも書けない、通常の講演でも話せない、そんな話を引き出してみたい。

矢作さんとの対談はこれが最後になるので、玉砕覚悟で突撃したいと思います(^^)


矢作さんにはあらかじめ、当日はビデオ収録もしないし、皆さんには心の準備をして来るように呼びかけるから、何でも話してほしいと前置きしてあります(笑)


怖いもの見たさの、真夏の夢。

一緒に体験してみませんか。


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さて、「人は死なない」というのは僕にとっても真実ですが、この肉体が必ず死ぬというのも、もう一方の真実です。

僕はいつ死が来てもおかしくないと思って生きています。

お蔭さまで身体はすこぶる健康ですが、もしかしたら今日が人生最後の日かもしれない。


大した人生ではありませんでしたが、やり残したこともありません。

強がるわけではなく、いつでもOKです。


それでは死が全く怖くないかと言えば、そうでもありません。

まさにいま死ぬと分かれば、動揺もするでしょう。


それは富士急ハイランドのジェットコースターに乗るのと似ています。

絶対に安全だと分かっていても、初めて乗るのは怖いですものね。


死に対して僕が安心している根拠の一つは、いままで誰一人として死ぬことに失敗した人がいないということ。

まさか僕だけが失敗することもないでしょう。

そこは安心しています。


死は言われてきたような忌まわしいことだとは思っていません。

むしろ窮屈な肉体や、不条理な世界から解放される祝福の面もあると思います。


母の死顔も安らかでしたが、僕の知人のお父さんは最後を迎えた瞬間に

「よかった~」

と嬉しそうに呟いたそうです。


彼はいったいなにを見たのでしょう。



誰もが手にしている、死への入場券。

使えるのは一回きりでも、みんな公平に使うことが出来ます


必ず使えますから、それまではこの肉体を生きるとしましょう。


僕は生きるのも大好きです。

明日のことが分からないからワクワクします。


この先、どんな夢を見せてもらえるやら(^^)



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8月27日(日)

矢作直樹&阿部敏郎 コラボ講演会。

詳細と申込みはコチラから。

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道を歩いている人を観察するチャンスがあったら、一人一人を感じてみましょう。 一人一人に独自の世界があり、うかがい知れないほどのたくさんの経験をし、物語を紡いできています。 その人の目に入るあなたは、単なる通行人の一人。 自分の物語を作る、ほんの僅かな情報 ... 続きを読む
道を歩いている人を観察するチャンスがあったら、一人一人を感じてみましょう。

一人一人に独自の世界があり、うかがい知れないほどのたくさんの経験をし、物語を紡いできています。


その人の目に入るあなたは、単なる通行人の一人。

自分の物語を作る、ほんの僅かな情報としてあなたは登場しています。


あなたはあらゆる人の人生の、脇役かエキストラです。

完全にそう思えたら、心の重荷が半分減ります。


自分を中心に見ていると、いろんな人に気に入られなければと思ってしまいますが、人から見れば、あなたがどうであっても、そう大したことじゃありません。

一番気にしている自分のイメージさえ大したことじゃないのだから、この世のすべては大したことじゃありません。

語弊があるかもしれませんが、人生の全ては各々の思い込みが絡み合う冗談みたいなもので、真剣に悩むにはくだらなすぎます。


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しかも人生は、どこにも向かっていません。

ただ、いま、あるがままにあるだけ。

そして永遠に、いましかありません。


記憶と想像によって、まるでどこかに向かっているような気がするだけです。


いましか存在していない。

この真実を細胞の一つ一つで理解した時、生きることの本質が変わります。


いまどうであるか

これだけが人生になります。


昨日伝えた愛と感謝の大切さは、いつかの日のためにあるのではなく、全てを包含するいまのためにあります。

もちろん想像上の未来にある願望を実現する上でも、愛と感謝は有効でしょう。


ところがその未来も、必ず「いま」という形で訪れるので、もしその「いま」が憎しみと抵抗で覆われていたら、たとえ物理的な願望が実現したとしても幸せでしょうか。


愛と感謝は、より良くなるための方法ではなく、それそのものが結果なのです。


したがって、いまの自分に気づき、そのあり方をシフトしていく。

ここが最重要ポイントです。


いままでのあなたの生き方や考え方は、いまのあなたとは関係ありません。

そんな記憶に惑わされないで、いま、愛と感謝にフォーカスしてみましょう。


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【お知らせ】


昨日は東京でハートマントラの伝授があり、多くの人達が瞑想の醍醐味を体感してくれました。

NIKE瞑想は誰にでも可能な内側の平安です。

次回東京は9月2日に予定しているので、またご紹介します。


博多は9月17日

名古屋は11月4日

大阪は12月2日

の予定です。


その前後に、経験者用の各チャクラマントラを予定していますが、こちらはメルマガでもお知らせします。

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実際には、人生は何から何まで思い込みなのですが、それを言ってしまうと取りつく島がないので、まずは人間を見てみましょう。 誰でもいいですから、誰か一人思い浮かべてみてください。 その人はどんな人ですか。 その人物の人となりなど、いろいろ出てくると思います ... 続きを読む
実際には、人生は何から何まで思い込みなのですが、それを言ってしまうと取りつく島がないので、まずは人間を見てみましょう。


誰でもいいですから、誰か一人思い浮かべてみてください。

その人はどんな人ですか。


その人物の人となりなど、いろいろ出てくると思います。

でもその人は、そういう面もあるかもしれないけれど、そういう人だと言い切れるような存在ではありません。


逆に、その人はあなたをどう見ていますか。

その答えは、あなたが想像しているものとは違います。


人が生きている世界は、その人その人のオリジナルであり、全く違うものなのです。

その違う世界を抱えた者同士が、お互いに手探りで妥協点を見つけ出し、なんとか折り合いをつけているのがこの人間社会です。


まずは、誰一人あなたが思っているような人ではなく、相手もあなたが想像しているようにはあなたを見ていないということを理解しましょう。


そう思えば何かあったとき、失望したとか、裏切られたとかいう気持ちは最小限に抑えられます。


みんな自分がこしらえた世界で一生懸命に生きていて、みんな自分が一番大切で、なんとか守られたいと願っています。

ですから、時と場合によっては、あなたに嘘をついたり、利用しようとすることがあるかもしれません。


そんな出来事があれば、あなたはその人を嘘つきで自分勝手な人間だと感じることでしょう。

その後、その人は、そういう人としてあなたの物語に登場することになります。

その人が何を言っても信じられなくなっているかもしれません。


テレビに出てくる有名人のスキャンダルなども、いったんそういう出来事があれば、その人がどういう人なのか決まってしまいます。

ヒーローも同様です。

いずれにせよ人を決めつけていることだけは分かりますよね。

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さて話を戻しますが、そんな風にまったく違う世界に住む住人なのですが、一つだけ共通しているものがあります。

それが「愛」と呼ばれるもの。


これは表面に出ているかどうかは別として、誰もが自分の本質として携えています。

ですからどんな人のことも、その人を愛として見ることは的を射ています。


まずはそんな風に人を見るところから始めてみませんか。

その相手から愛を感じられないとしても、あなたは愛として見てみるのです。

そのことで相手が影響されるかどうかは分かりませんが、そのように見ているあなたは確実に影響されます。


中には、親のことだけはそうは見れないと言う人もいるでしょう。

そのような人にとっては、いきなり難易度が高い人から始めるのではなく、できそうな人からやってみてください。


そうやって愛と感謝の波動が内側に満たされていくことが、人生をスムーズにさせていく鉄則です。



この先もいろんな角度からお話ししていくと思いますが、結局は「愛と感謝」に尽きることを最初にお伝えしておきます。


さっそく今日からやってみましょう。
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非二元系の話は、もういいかなと思うことがあります。 こうなんだからと言って、何かが変わるわけじゃない(笑) 真理を真剣に修得しようとする人も、 そのために修業をしている人も、 興味はあるけれど、自分にはまだ遠いと感じている人も、 そんなことは考えてもいな ... 続きを読む
非二元系の話は、もういいかなと思うことがあります。

こうなんだからと言って、何かが変わるわけじゃない(笑)


真理を真剣に修得しようとする人も、

そのために修業をしている人も、

興味はあるけれど、自分にはまだ遠いと感じている人も、

そんなことは考えてもいないという人も、


どんな態度で生きようと、真理との距離は同じです。

それぞれが思考で作りだしている物語が違うだけで、物語であることは同じ事。


真理とはそういうものです。

失うこともなければ、得るものでもありません。

ただ、そうであるということです。


どの道同じことであれば、生きていることが少しでも楽に、思うように流れる方向の生き方をサポートするのもいいかなと。

そうすれば僕自身もそれを再び学ぶことができるし、楽しいです。


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そうやって話を生活レベルに落とし込んだとき、いくつか言える真実があります。


その一つは

「思考は現実化する」ということ。


それは、悪い状況を考え続けたら、その状況になるという話ではありません。

中にはそうなる人もいるでしょうが、そうならないケースもいくらでもあります。


言いたいのはそういうことではありません。

あなたが持つ思考と思考パターンが、あなたの現実と人生を作りだしているということです。


このことが本当に理解できたら、もしいまの人生を変えたいのであれば、次は思考とそのパターンを如何に変えていくかになります・

その一つが先日行われた「願望実現の仕組みと実践」の中で言っていることですが、このビデオは、このブログが好きだという人にお勧めします。

宣伝になってしまいますが、何度も見直して、自分のものにしてもらえればと思います。

もちろん買わなくても実践できます。

内容を学ぶことよりも、新しい人生を選択するという決意のほうがずっと大切だから。


現実は、あなたが考えたようになっています。

しつこいようですが、こうなったらいいと考えたようになっているということではないですよ。

まさにいまの現実に当てはめている、あなたの現実への考えが、あなたの現実になっているということです。

言っていること分かりますか?

これが、「思考は現実化する」という言葉の意味です。


極めて偏差値が高い人も、ここを知らずに生きている人が多くいます。

ですがここは、まず初めに理解すべき、最重要なことだと思います。



そんな記事を増やしていくのもいいかと思う、今日この頃です。


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前回お知らせした、さとうみつろう君との練習ライブ(?)は、日程が間違っていました。

正しくは8月23日です。
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今日の話は、僕の子供の頃のストーリーから始まります。 僕はとてもエネルギッシュでヤンチャな少年として育ちました。 目立ちたがり屋で、怒りっぽく、先生に指導されるのが日課のような子でした。 これは僕の生まれながらの性格だろうと思っていたら、ある時母が意外 ... 続きを読む
今日の話は、僕の子供の頃のストーリーから始まります。


僕はとてもエネルギッシュでヤンチャな少年として育ちました。

目立ちたがり屋で、怒りっぽく、先生に指導されるのが日課のような子でした。


これは僕の生まれながらの性格だろうと思っていたら、ある時母が意外なことを言いました。


「あなたは幼い頃、本当に静かで手のかからない子だった」


とても驚きましたが、そう言われてみて、いつから今のようになったのかと、子供心にゆっくり振り返ってみたら、思い当たることが幾つかありました。


小学校の低学年のころ、友達の一人が

「お前はあんなことされて、よく怒らないでいられるな」

と言ったのです。


それまでも周囲の子たちとの違和感を強く持っていて、彼らが夢中になることにも興味がわかず、なんとか彼らの仲間入りをしたかった僕は、何から何まで彼らを真似ていました。


「あんなことされて、よく怒らないでいられるな」

そうか、ああいう時は怒るのか、とばかり今度は怒る練習を始めました。


最初は怒ったふりのような感じでしたが、だんだん本物になっていったような気がします。


それがいつの頃からか、怒りの種を見つけると、瞬時にそこにエネルギーをつぎ込んで、爆発させます。

「ここは怒る場面だ」

と自分に言い聞かせるようにして。


この傾向は大人になってからも続きました。

怒りの気配を感じてから、その怒りを表現するまでの時間はどんどん短くなり、いつの間にか瞬間湯沸かし器になっていました。

よく自分を観察してみると、ずっと同じメカニズムが働いていたのが分かります。


その後、いろんな気づきを得るようになってからは、今度は逆のことを始めました。

怒りの種を見つけた時に、それをただ見守るというふうに変わっていったのです。


通常、怒りが湧いたときの対処法は2つあります。

ひとつはそれを表に出してしまうこと。

しかし怒りを表現すれば、相手にも自分にも悪影響を与え、より面倒な事態になっていきます。


そのことを知っているので、もう一つの対処として怒りを抑圧します。

我慢して抑え込むのです。

しかし抑圧した怒りは心の奥に溜まったまま、いつか爆発することになります。

あの松居一代さんもそうだったのかもしれません。


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3つ目の対処法があります。

それは怒りが湧きそうになった時、その怒りにエネルギーを与えないこと。

具体的に言えば、怒りをただ見守るのです。


怒り自体にはエネルギーはありません。

自分がそこにエネルギーを注ぎ込んでいるのです。


見守ることで怒りとの距離ができ、エネルギーの供給が止まり、その関係は絶たれます。

そうなると、怒りはしばらくの間はそこにあり続けますが、やがては消えていくことになります。


それが消えていくとき、それまで以上の静寂が訪れます。

まるで怒りが、静寂を作りだすための装置だったかのように。


静寂から突如生じる怒りの感情は、その静寂をより豊かに、そして深いものにしていく装置のようなもの。


これはあらゆるネガティブな感情の効果的な使い方になります。




覚者とは怒りが無くなった人のことではなく、その怒りを見守る人のこと。


見守る

観照する


これが目覚めであり、あなたの本質です。


今度怒りが湧いたら試してみてください。

最初のうちは古い習慣が根強く残っているので、うまくいかないかもしれません。


でも何事も練習です。

これはその気になれば誰にでもできることなのだから。


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さて話はまったく変わりますが、さとうみつろう君と真面目に音楽ユニットを結成しました。

親子ほども歳の離れた二人ですが、ギターを持てば年齢は超越されます。

9月23日の秋分の日が初お披露目になりますが、その練習ライブを有料で公開します。

え?練習を有料で?


はい、本当はそれがお披露目なのですが、二人ともまだ自信がないので、練習ライブと銘打てば、そこにエクスキューズも生まれるだろうという、天才みつろう君の発案です(笑)


それでも見てみたいという人は、ぜひいらしてください。

なんたって記念すべきデビューとなる練習ライブ。


場所は沖縄の阿部さんちの瞑想スペース。

8月23日20時からです。

お申し込みはコチラから。
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朝方、向禅師から電話があって 「阿部ちゃん、今回のWeb講演見たけれど、面白かったよ」 って。 Web講演というのは、禅サンガで隔週の金曜日に生配信している僕の一人トーク。 そうやって褒めてもらえると嬉しいもので、なにを話したっけと思いながら会員サイトの動画を ... 続きを読む
朝方、向禅師から電話があって

「阿部ちゃん、今回のWeb講演見たけれど、面白かったよ」

って。


Web講演というのは、禅サンガで隔週の金曜日に生配信している僕の一人トーク。

そうやって褒めてもらえると嬉しいもので、なにを話したっけと思いながら会員サイトの動画を見直してみました。


うん、なかなか面白い。

「真理は目の前のコレだ!」って、身振り手振りで熱く語っていたら、チャットの書き込みで、低我のアベッチにも話してもらいたいというリクエストがあって、後半は娑婆(シャバ)の話もしました。


こういう話は嫌いじゃないので、今日は「オイちゃんの戯言パート4」


最近話題になった松居一代さんのyoutube動画。

大方の評判は悪いけれど、オイちゃんは久しぶりに感じるものがあった。

だって本気で怒っているのが伝わったから。

内容はともかく、久しぶりに本気を見た。

言われた方は迷惑な話だけどね。


多くの人は社会用の顔に馴染んでしまって、本当の顔を忘れてしまったように見える。

何から何まで全部見せかけ。

だから命が喜ばないんだと思う。


そんな社会の風潮に一石を投じた勇気には、座布団十枚あげたい。

ネット上で顔と名前を隠して人を攻撃するより、よほどマシだと思う。

だって発言の責任は自分が負うことになるのだから。

そういう覚悟がオイちゃんは好きなわけ。



そして今井絵理子さん。

愛する人と手つないで寝ているなんて、誰だってしたいことだろう。

オイちゃんだってしたい。

性への欲求も一番盛んな年ごろだし、これくらいは大目に見てやってほしい。

あとは当事者同士で話し合えばいいことで、いちいち他人が首を突っ込むことじゃないと思う。


そんなことより仕事を頑張ってくれるように応援しよう。

男と手を握っても、裏で一線超えてもいいから、その知名度を活かして、子供たちが抱える問題への社会的関心を高めていってくれ。


SPEEDを再結成する時は、オイちゃんも見に行きたい。


「なんだ、ただのファンじゃないか!」

はい、そのとおりです。



で結論を言えば、

松井一代さんも、

その旦那さんも、

今井絵理子さんも、

恋人の市議会議員も、

その奥さんも、

みんなが幸せだったらいいと思う今日この頃で、そんな気持ちでいられるのが一番幸せだ。



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うーーーん

今日の戯言は、なんだか重みがないな。

北朝鮮の話とか、憲法問題とか、戦後史観とか、反日思想とか・・・


また出直します。



今日も元気に過ごしてね。
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