かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

自己を超えた次元に誘われたとき、人はそこで様々なことを感じます。 いままでの人生が夢のように消え失せ、代わりにいつも「いまここ」にあったにもかかわらず、すっかり忘れ去っていたリアリティーに目覚めます。 それを禅では見性といいます。 たとえば、先日頂いたカ ... 続きを読む
自己を超えた次元に誘われたとき、人はそこで様々なことを感じます。

いままでの人生が夢のように消え失せ、代わりにいつも「いまここ」にあったにもかかわらず、すっかり忘れ去っていたリアリティーに目覚めます。

それを禅では見性といいます。


たとえば、先日頂いたカンナさんのコメント


悟りの瞬間、それら人生ストーリーが、自作自演だとわかって、大ゴケしました^_^

それがわかると、こんなすごいシナリオを書いていたのかと驚愕するし、共演者全てに感謝だし、ワクワクしたり、色んな心情を感じる個の自分が可愛くて愛しくてたまらないですね。


これは明らかに、自己を超えた境地からの声明です。

自作自演のストーリーを一生懸命に演じていた自分への可笑しさと憐みが湧いてきて、ずっと抱えてきた肩の荷を下ろすのです。


この経験を自らの手で作りだすことはできません。

忘れたころに突然起きるという人がほとんどです。

これはあなたからの作用ではなく、大いなるあなたからの作用なのですから。


このようなことを、ブログでは長年にわたってお伝えしてきました。

と同時に、より深く伝わるようにと「禅サンガ」を提供してきました。


禅サンガは20年前に向禅師と発足させた「禅スクール」のネット版です。

スタート時には、多くの試練と禊を経験しましたが、半年ごとに新規募集をして、今回で5期目になります。

いまは、このサンガを愛するスタッフのみで運営し、できるだけ参加しやすい条件で提供していますので、それぞれの人生の指針として役立ててもらえたらと思います。


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真実は極めてシンプルです。

シンプルすぎて見逃していると言ってもいいでしょう。

しかしこの真実だけが、人を根底から救うことが出来ます。

それが夢の終焉です。


人生で得たいものや、達成したいものが沢山あるかと思いますが、じつはあなたが最も望んでいるのは真実との出会いであり、苦しみや悩みからの解放なのです。







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【お知らせ】

※禅サンガを知っていただくために、10月20日からオープンキャンパスを公開する予定です。

新規入会お申し込みは10月23日から27日まで、オープンキャンパスの中で受付します。


ちなみに禅サンガが発足した2015年一月にも、天河神社でご報告の神事をさせてもらいましたが、あの時は玉串の奉納をする時だけ、しかも本殿の前だけに雪が降り注ぎ、とても不思議で美しい体験だったことを思い出しました。
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奉納させていただく大祓詞(祝詞)を奏上する楽曲「リーラ」は、次の歌詞から始まります。 ♪ 私は地球です いつもあなたの中にいるのです 一人が悲しくなったら どうぞ私を思い出して 神様たちは歌い続ける 終わりはいつも始まりだから 「私は地球です」 このフ ... 続きを読む
奉納させていただく大祓詞(祝詞)を奏上する楽曲「リーラ」は、次の歌詞から始まります。


私は地球です

いつもあなたの中にいるのです

一人が悲しくなったら

どうぞ私を思い出して


神様たちは歌い続ける

終わりはいつも始まりだから




「私は地球です」

このフレーズは、地球意識、宇宙意識と呼ばれるものを、そのまま表しました。

いま思えば、まさに国常立尊(くちとこたちのみこと)であり、この神事の歌のような気がしてきました。

この歌を作ったのは昭和63年ですが、初めてドンピシャの気持ちで歌えそうです。


さてここで大切なことがあります。

この歌の中では、「私である地球」が「あなた」の中にいるとしていますが、これは表現上のことであり、この二つは同じものです。

あなたが地球意識、宇宙意識なのです。

したがって国常立尊は、あなた自身でもあるということ。


人間の苦悩は、この大いなる存在との分離が引き起こしています。

たとえ神を崇めようと、神を自分の外側の存在としてイメージしていれば分離は無くなりません。


神を崇めるというのは、あなたの本当の存在を崇めることです。

いつも非難している自分自身の、本当の素晴らしさを認め、そのことに感謝することなのです。

参拝される方は、どうぞそんな気持ちで手を合わせてください。

ご神体である鏡が、ご神体の前に立つあなたが「それ」であることを教えてくれます。


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現象界の出来事に疲れてしまったときは思い出してください。

本当のあなたは偉大なる純粋意識として、どんな出来事にも汚れることなく、傷つくことなく、いまもここに在り続けているということを。


今日も2分間動画をお届けします。





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【お知らせ】

11月5日に名古屋で「瞑想セミナー」を行います。

未経験者の方も実践中の方も、瞑想への理解を、そして本当のあなたへの理解を深めにいらして下さい。

全員で瞑想を実践しましょう。

詳細とお申し込みはコチラから。


11月19日の天河神社特別神事は、一人でも多くの方が神事にご参加できるよう、様々な調整を考えています。

いま少しお待ちください。
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起きる出来事と言うのは、個人の思惑を超えていて、いろんな要素が絡み合って全体として展開していきます。 よく歴史などでも、誰それが何々をしたからこうなったとかいう記述がありますよね。 信長だとか、家康だとか、竜馬だとか、たくさんの英雄伝があります。 でも事 ... 続きを読む
起きる出来事と言うのは、個人の思惑を超えていて、いろんな要素が絡み合って全体として展開していきます。

よく歴史などでも、誰それが何々をしたからこうなったとかいう記述がありますよね。

信長だとか、家康だとか、竜馬だとか、たくさんの英雄伝があります。


でも事実は彼らが時代を作ったのではなく、時代が彼らを作ったのです。

違う言い方をすれば、個人が全体を動かしたのではなく、全体の動きの中で個人が動かされたということ。


そういうことって僕らの人生にも起きていて、自分の力で成功したとか、自分のせいで失敗したとか言うけれど、やったのは自分じゃなくて、全体がそのように動いたということです。

同じ行動をしても結果が違っていくこともあるわけで、やっぱりなにひとつ誰のせいでもなく、誰の功績でもないと思うのです。



さて、今回の天河神社のご神事。

もともと僕がこの時期に天河に行きたかったのは、さとうみつろう君とのユニット「絶対他力」のライブを天河神社でやってみたかったから。


そんな折に古文書の話を伝え聞いて、しかも僕がいつも気になっていた禊殿(みそぎでん)だというから身体の中からメラメラと燃えるものが。

国常立尊(くにとこたてのみこと)という神様にもすごく惹かれるものがあって、このタイミングも偶然じゃなくて、こうなることになっていたんだと思いました。

その思いを宮司さんに人を介して伝えてもらったら、とても喜んでくれたそうで、そういうことなら全力を傾けようって言ってくださって、宮司さんの普段の神事も半端ないけれど、そこに強い思いを乗せてくれたら、こりゃ凄いことになると、いまからワクワクしているわけです。


そうなると、もともとの意図だった「絶対他力」のライブが脇役になってしまった(笑)

で僕の最初の予想としては、なにせ天河というとても遠い場所だから、100~200人くらいの人が来てくれたらいいと思っていたのが、ふたを開けてみたら、それをはるかに上回るお申し込みがあり、それはそれで嬉しいことだけど、問題もいくつか発生しています。


まずは宿の問題。

天河神社周辺だけでなく近隣の旅館も民宿も全て一杯。

洞川温泉までが、10数件ある旅館がすべて満室になってしまって、地元ではいったい何があるんだという声が上がっているそうです。

エグザイルのコンサートかもってね。

まさか「絶対他力」の練習ライブだとは思ってないだろう(笑)

恐るべし国常立尊パワー。


さらに困るのは車のこと。

駐車場は神社で用意できるのが最大50台。

中学校の駐車場もお借りできることになったけれど、そちらも最大50台。

早い話が最大でも100台しか駐車できません。

一般の参詣客もおられるでしょうから、全部こちらが押さえてしまっては申し訳ない。


以前、神社で大祭があったとき、路上に駐車する車がズラッと並んで警察に注意されたこともあったとのことなので、自家用車でいらっしゃるのは極力避けてください。

神社の大祭の時も、みなさんにそう呼びかけています。


それともうひとつ困っているのは、情報が間違って拡散していること。

この日は国常立尊の復活神事と、絶対他力のライブであって、最近ちまたでよく耳にする瀬織津姫の神事ではありません。

どちらも日本古来の神様で、地球の源なので、名前が違うだけで同じことだという考えもありますが、あくまでも国常立尊への祈りを捧げる日であり、瀬織津姫ではないので、あなたの周囲に勘違いしている人がいたら、くれぐれもそう伝えてください。

瀬織津姫にも興味はあるので、それはそれで瀬織津姫の神社で奉納演奏しようと、みつろう君とも話しています。


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宮司さんにいろいろお骨折りいただいて、参集殿で行うはずだった、19日の神事後の「絶対他力」のコンサートと、宮司さんとの対談は、近くの天川中学校の体育館をお借りできることになりました。

そうなると、音響などどう手配するかまた新たな問題が出てきますが、それはそれでまた考えてみます。

追記

そういうことでいろいろ動いてみた結果、やはり体育館でライブをするのは、音響的にも無理でした(^^;)

ちゃんとした音を聴いてもらいたいので、予定通り参集殿で行います。

スミマセンでした。


でもキャンセル待ちしている人達に、何かできないかいま思案中なので、明日には報告できると思います。


「絶対他力」を天河神社でやってみたいという思いが、さまざな人を動かし、さまざまな偶然の一致が生じ、もうすでに僕の手を離れてしまっています。


ことはこのようにして起きていくのですね。

誰がやっているのでもなく、誰のせいでもなく、すべては


かんながら



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【お知らせ】

沖縄でのハートマントラ瞑想の伝授は10月21日に開催します。

直前の告知になってしまって申し訳ありません。

10月29日の東京のクラスは残り席わずかです。

詳細とお申し込みはコチラから。
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静かに目を閉じて静寂の中に佇んでいると、ただ当たり前の存在が当たり前にここに在ります。 外側で起きている様々なことが夢や幻のように淡くかすんできます。 この静寂の中には、なにひとつ対立はありません。 そこに思考がやってきて、自分というものが強固になってく ... 続きを読む
静かに目を閉じて静寂の中に佇んでいると、ただ当たり前の存在が当たり前にここに在ります。

外側で起きている様々なことが夢や幻のように淡くかすんできます。


この静寂の中には、なにひとつ対立はありません。

そこに思考がやってきて、自分というものが強固になってくると、自分と違う考えや、自分と違う生き方の者を、非難したりさげすんだりということが起きてきます。


対立は、全ての人が静寂を知る日まで続いていくことでしょう。



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一昨日に公表した天河特別神事。

すでに700名以上の方が参加を申し出てくれています。

ありがとうございます。


そして前夜の神事と坐禅会。

11月18日は奇しくも新月に当たり、天気がよければ天の河をはっきりと見ることが出来ることでしょう。


新月だといいなとは思っていましたが、本当にそうだと知ったのは昨日のこと。

しかも11月の新月は20時40分で、まさにみんなで瞑想に入っている時間です。


ありがたいめぐり合わせに、思わず手を合わせてしまいました。


この日は、どこにいても一緒に瞑想しましょうね。
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11月18、19日の天河神社特別神事は、すべて満員となり、お申し込みは締め切りとなりました。 文字通り、北は北海道から南は沖縄まで、当日の天河は日本中の人達で賑わいます。 この賑わいこそが、長く天河に眠っていた国常立尊のエネルギーを復活させるものと予感し ... 続きを読む
11月18、19日の天河神社特別神事は、すべて満員となり、お申し込みは締め切りとなりました。

文字通り、北は北海道から南は沖縄まで、当日の天河は日本中の人達で賑わいます。

この賑わいこそが、長く天河に眠っていた国常立尊のエネルギーを復活させるものと予感しています。


昨日FBにもこの情報を載せたところ、

「国常立尊が立ち上がると、人の中に神が目覚め、完全な配置にチューニングされる」

というコメントをもらいました。


内なる神の目覚め。

これこそが長年望んできたビジョンです。



僕が初めて天河を訪れたのは平成元年3月のことです。

240年ぶりに執り行われる遷宮祭の4か月前です。


当時僕の心は、いまは亡きインドの覚者OSHOと共にありました。

まさか建て替えられた本殿の地中に、OSHOから天河神社に贈られた宝物が埋まっていることなど夢にも知りませんでした。

その宝物を埋める地鎮祭の折り、OSHOから寄せられたメッセージは


古い時代は終わりを告げようとしている。

古い人々はことごとく失敗した。

いま新しい人々が地平線から朝日と共に現れようとしている。

古い国家、古い社会、古い政治、古い経済、古い宗教は崩れ去り、 新しい世界が立ち現れる。

日本はその魁(さきがけ)となり、世界の雛形となる役割がある。



というものでした。


OSHOはアメリカにおいてあまりに大きな影響力を持ったことで、強烈なネガティブキャンペーンに見舞われ、最後は命を奪われることになります。

彼に悪印象を持つ人もいますが、彼が残した無数の真理の言葉たちは、いまもいっさい色あせることなく輝き続けています。



奉公していた間にもOSHOから日本に送られたメッセージが天河神社に届き、そのFAXを社務所に取りに行くように頼まれた時は、あまりの巡り合わせに身体が震えました。

そして遷宮祭で喜納昌吉氏に出会い、そこで、「来月からインドのOSHOのもとに一緒に行かないか」と誘われたのですが、なにぶんお金がなく、あきらめました。


しかし奉公を終えて帰京してみると、たった1件だけ仕事が入っていて、その仕事とは

「喜納昌吉とインドに行ってほしい」

というものだったのです。


レコード会社を変わることになった喜納昌吉のプロデュースを頼みたいとのことでした。

このときも、いったい何が起きているのかと思いました。


そのとき僕は天河と同時に、OSHOに呼ばれていると直感しました。

今日はカミングアウトして初めて話しますが、いまの僕の活動もOSHOの遺志を受け継ぐものです。


彼の遺志とは

禅のパワーと、瞑想の普及により、日本人の精神の殻を打ち破り、立ち上がることによって、大国の暴力に支配されたこの世界に影響を与え、新しい人類の誕生に寄与すること。


彼は日本の禅が宗教の本質を携えていると説き、亡くなるまでの最後の1年間は、禅のことだけを話し続けました。


彼が死の直前に日本に向けて残したメッセージがあります。



日本は今や世界の超大国だ。

危機に満ちたこれからの時代、 アメリカの世界支配がつくりあげてきた物質的な欲望と暴力から人類を解放する唯一の希望を日本が担うだろう

代わって日本は、世界を平和と繁栄の黄金の未来へと導くことができる!

世界は日本に注目している。

日本はこの大いなる責任を引き受けて立ち上がるべきだ。

大悟した禅師たちという日本の黄金の過去こそが、 新しい夜明けと、世界を導く洞察、責任、慈悲を 日本に与えるだろう

全世界の遺産相続を生まれながらの権利として主張する「新しい人間」を創造する上で、日本において東洋と西洋が出会いうる。

日本に今必要なのは、創造性、自発性、反逆精神という、「本来の面目」を取り戻す21世紀の禅革命だ

日本人の精神は、不幸なことに、もっとも規律を課せられた 精神のひとつでありつづけている

そして、その規律のなかで、すべての自発性と創造性が死んでいる

日本の自殺率が世界でもっとも高いのは偶然ではない

緊張があまりにも強いので、圧力と緊張のもとで生きるよりは、 自殺する方がたやすいようだ

そして、この圧力と緊張はひじょうに尊ばれているので、それに反逆する者はひどい非難を受ける

だから、日本には反逆者が存在しない

反逆そのものが、日本ではまだ知られていない

日本に必要なのは「新しい人間」の誕生へと向けて人類を導くことができるよう、その創造性と反逆と意識を 再び開花させることだ



OSHOが言う反逆とは、世界への反逆とか、常識への反逆という意味ではありません。

そのような反逆は、世界や常識と同じ土俵で反発しているだけです。


彼が言う反逆とは、それらを超えることであり、マインドを超えて何物にも縛られない自由な精神を持ち、己の心に従って生きることです。

そのとき初めて「自灯明」が実現するのであり、それ以前ではありません。


OSHOが言うように反逆者をこの国で生きるのは並大抵のことではありません。

それでもそこを生きる勇気が、新しい時代の礎になっていきます。

そして初めて、生きるとは何なのかを知るのです。



天河の奉公が終わった最後の夜に、一人本殿の前で祈りを捧げました。

「この身体と命を自由にお使いください」


そしてたったひとつお願いをしました。

「正真正銘の禅僧と出会わせてください」


その後多くの僧侶との出会いがありましたが、ほどなくして向禅師と出会い、その願いは叶えられました。

彼はこの内なる真理を、すべて理解してくれた最初の人となりました。


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僕はいまでも、天河とOSHOによって生かされていると感じています。

今回の天河神社の特別神事も、流れの中で自然に起きたことです。

国常立尊が立つことが、日本人の内なる神の目覚めに繋がるのであれば、なんと素晴らしいことでしょう。


当日お越しになる方にも、来られないけれど関心を持ってくれた方にも、心から感謝申し上げます。



祓えたまい 清めたまへ


かんながら


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昨日も書いた通り、人生の先が全く見えなくなって、しかも社会を生きることに辟易としていた頃に訪れたのが天河神社でした。 そこでは数々の不思議な現象や偶然の一致を経験するのですが、その中にOSHOのことがあります。 OSHOは、僕が感じたことを最も正確に伝え ... 続きを読む
昨日も書いた通り、人生の先が全く見えなくなって、しかも社会を生きることに辟易としていた頃に訪れたのが天河神社でした。

そこでは数々の不思議な現象や偶然の一致を経験するのですが、その中にOSHOのことがあります。

OSHOは、僕が感じたことを最も正確に伝えてくれていたインドの覚者で、4年間というもの、毎日彼の本を持ち歩いていました。

もし世界が破滅してしまっても、この本さえあれば生きられるというくらい大切にしていました。


天河でご奉公していた時も、時間さえあれば彼の本に触れ、そして瞑想を続けました。

そんなある日、天河神社とOSHOは並々ならぬ関係があることを知りビックリします。


そのことについてはまた明日触れるとして、今日は11月19日に行われる天河神社での特別神事のご案内をします。



近年になって天河神社を襲った洪水により出土した古文書。

その古文書により、天河神社禊殿に、国常立尊(くにのとこたちのみこと)が祀られていたことが判明しました。

実は禊殿には深い愛着があります。

というのも天河神社にご奉公していた当時、よく一人で禊殿のお掃除をさせてもらっていたからです。


そんなこともあってか、この半年間、禊殿が気になって仕方なかったころに古文書の話を聞きました。

宮司が一人で禊殿に足を運んでお祈りをしているという話も耳にし、もし多くの人の関心とエネルギーをそこに向けることができれば、国常立尊の復活が早まるのではと思うようになりました。


国常立尊は日本書紀によると、最初に日本に現れた神であり、国が常に立っている、日本の不滅を表した神でもあります。

そして天河神社は、神武天皇が「ひのもと」という言霊を得て、日本という国名ができたと伝えられる場所でもあり、国常立尊の出現は、ただひとつの神様としては捨て置けない大きな意味があるように感じました。


すると不思議なことに、次々と縁が成就し始め、多くの人の協力を得て今回の神事の運びとなりました。


このようなことを言いながらも、実は僕自身は神についてあまり詳しくありません。

その存在がいったいなんなのか、おそらくある種の高い波動エネルギーであろうと思っています。

が、こうして気になるということは、理屈を超えた何かを感じているということなのでしょう。


11月19日11時から、天河神社禊殿で特別神事が執り行われます。

その中でギターを奏でながら大祓詞(祝詞)を奏上させていただきます。
最大で300人しか参加することができないので、有志のみなさんに申し込んでもらうことにしました。


神事の後に、参集殿にて絶対他力(さとうみつろう&阿部敏郎)のライブと、柿坂宮司との対談講演を開催します。

すべて参加費は無料ですが、神社へのお心付けをお願いします。


当日は奈良交通が、近鉄下市口駅から、朝9時に臨時バスを3台出してくれます。

ご希望の方は9時までにバス乗り場に集まってください。

ちなみに8時45分の定期便もありますので、どちらかをご利用ください

帰りも同様に、15時25分の定期便の後に臨時バスが3台出ます。

参加ご希望の方はコチラからお入りください。


またその前日の18日の夜は、19時から本殿で御祈祷神事が執り行われます。

ここでも僕が祝詞を奏上します。

神事が終わった後、参集殿にて坐禅会を行います。

前夜から、さとうみつろう君と雲黒斎君も参加します。

参加ご希望の方はコチラに神事のお申し込みがあります)

(周辺民宿ならびに少し離れたところにある民宿・旅館はすべて満室です。車で15分程のところに洞川温泉がありますが、こちらも少なくなっていますのでお確かめください。




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平成元年、神社に関心がなかった僕が、背中を押されるようにして天河神社に向かった。 正直に話せば、その時はこの社会で生きるのがほとほと嫌になっていた。 内側に大きな変化が生じてから4年が過ぎていて、その4年間は社会の中で活動しながらもいまと同じメッセージを ... 続きを読む
平成元年、神社に関心がなかった僕が、背中を押されるようにして天河神社に向かった。

正直に話せば、その時はこの社会で生きるのがほとほと嫌になっていた。

内側に大きな変化が生じてから4年が過ぎていて、その4年間は社会の中で活動しながらもいまと同じメッセージをことあるごとに人に伝えていた。

どうやったら「このメッセージ」を多くの人に届けられるかにしか関心がなく、バブル経済の真っただ中ということもあり投資してくれる人はいくらでもいて、そのお金を湯水のように使ってメッセージバンドを作ったんだけど、商業的には大失敗。


お金なんて所詮は人間界のものという考えは、現実面において通用しうるはずもなく、その責任としわ寄せが一気に襲い掛かってきていた。

自分のお金も使い果たし、明日をも知れぬ毎日が続いていたが、不思議と落ち着いていられたのは、やはり内なる気づきが大きかったと思う。

天河を訪れたのはそんなころだった。


山の中なのに、まるで海の底みたいで、いままでに感じたことがない静かなる優しい「気」を感じた。


できるだけ長く滞在したいと思ったら、宮司がやってきて

「アンタはここに縁がある人だから、4か月後にある240年ぶりの大祭の準備を手伝ってくれないか」

と言ってくれた。


どんな縁なのかは知る由もなかったが、当時から伝説的人物だった柿坂神酒之祐宮司からそう言ってもらえて何となくうれしかった。

なぜ宮司がそう思ったのかはいまも知らない。

きっと理由などなく、ただその時そう思ったのだろう。


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ある日突然、内側に生じた変化によって、我々を生かしている命はひとつのものだと確信していた。

そのひとつなる命を各自が「私の命」だと信じているということもわかった。

その命は同時に意識体でもあって、したがって各自が「私の意識」だと思っているものは、実際には大いなる意識の現れということだ。


したがってこの肉体が死を迎えても、命は消滅せず、意識も消滅せず、そのような意味から我々に死は存在しない。

だってそれまでも「私の命」「私の意識」だと思っていたものが、そのまま残るのだから。

失くすものは何もない。


いつも繰り返し

「大丈夫だよ」

と言い続けるのはこのことからきている。


そんな「大いなる命」、「大いなる意識」のことを、人は神として崇めてきたのだろう。

これが、僕が感じている神の概念だ。


にもかかわらず神社に行けば、そこにおわすであろう神に祈りを捧げるのは何故だろう。

自分の源に手を合わせているという説明もできるけれど、それでもそこに何かがいるような気がするのも事実だ。


それが何なのかは分からないけれど、それはとてつもなく大きな愛であり、無条件に全ての人を受け入れてくれるそんなエネルギーに満ちている。

人間界の善悪や判断を超えて、ただ優しさで迎えてくれる場所が僕にとっての天河だ。


行くたびに何かがリセットされて、そこから新しい人生が流れだす。


実際にいままでにも、不思議な巡り合わせが何度もあった。

いまの人生は天河から始まったと言っても過言ではない。


4か月間の奉公が終わり天河を下りる時、神殿に向かって

「この身体と命を、お好きなようにお使いください」

と祈念してから28年が過ぎた。


最近になって、また行ってみたいという思いが強くなり、なぜか禊殿(みそぎでん)が気になっていたところ、今回の特別神事の運びとなった。

やっぱり呼ばれたんだと思う。


この数年間、天河詣でをした人達から、

「宮司さんが阿部さんによろしくと言っていました」

という言葉を何回聞いたことだろう。


当日はどんな人が集まってくれるのかは知らないけれど、見えない仕組みの中で起きているこの流れを大切にしたいと思う。



禊殿での特別神事は11月19日11時。

前日の18日の夜には、本殿にて特別神事が執り行われます。


それも含めて、明日には詳細のご案内と先行予約が開始できる予定です。



かんながら
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「個の私」という錯覚は、骨の髄まで浸透しているので、おいそれとは消えてくれません。 自分はいないということを自分に言い聞かせたとしても、どうにもならない。 でもね、本当にいないんですよ。 外側の現象は刻々と移り変わって、次々に思考がわいて、感情が訪れ、 ... 続きを読む
「個の私」という錯覚は、骨の髄まで浸透しているので、おいそれとは消えてくれません。

自分はいないということを自分に言い聞かせたとしても、どうにもならない。


でもね、本当にいないんですよ。


外側の現象は刻々と移り変わって、次々に思考がわいて、感情が訪れ、そのつど感覚が生じて、そういう全てのことがただ起き続けているだけです。

それらを経験している個としての自分がいるような気がしてしまった。

でもその個としての自分自体が思考が作り出した作品なんです。


まず最初に自分という思考が生まれ、次にその自分が他の思考を作り出していると思っているわけです。

この基本的な勘違いも含めて、全てはただ起き続けています。


でも、これら全てが起きているということを認識している存在があります。

その認識がなければ、何一つ存在することはできません。

存在は存在を認識するものがあって、初めて存在できるのです。

難しく考えなくてもわかりますよね。


その認識をしているものが本当のあなたです。


そして最後のだめ押しですが、

存在を認識しているものという言い方は、存在と認識するものを分けてしまいますが、実際には存在自体に認識があります。

というわけで結論を言えば、あなたはこの存在自体なのです。


何が何だか分からないという人もいることでしょう。

ただ分からないということが起きているだけで、分からなくていいんです。

この話は忘れてください。



( ̄  ̄;) じゃ最初から言うなよ!

一人ツッコミ


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とはいうものの、こうして個としての自分を生きているのも事実なわけで、メッセンジャーを気取るなら、個としての自分の人生をいかにスムーズに生きていくかというアドバイスも送りたいと思っています。

そういうつもりで今日の記事を書き始めたのに、結局こういう話になってしまうのは、苦悩が道づれのこの人生から根本的に救い出すことができるのは、究極のメッセージしかないと思うから。

だから今日の文章は、何度も自分の奥に落とし込んでほしいのです。


明日は天河の話を書こうかな。

なんでこんなに天河に惹かれるのか、自分でもよくわかっていない。

早い話、現象界で起きることは分からないことだらけだ。


しんちゃんとなっちゃんの不思議な話も、ここからが本題だし、書きたいことは山ほどあるなァ。


・・・・・・・・・


【お知らせ】


なんやかんやある中で、ひとつ言えるのは瞑想を実践することの大切さ。

心身の調整のためにも、真実の自己に近づくためにも、この瞑想はとても効果的です。


直近の瞑想伝授とご指導

東京10月29日11時

名古屋11月4日11時30分(残り席わずか)


NIKE瞑想HP





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僕の周囲で何かが起き始めています。 みなさん、国常立尊(くにのとこたちのみこと)って知っていますか。 日本書紀に、日本が誕生した時の最初の神と記されている神様です。 名前の由来は、「日本国が永久に立ち続ける」というところから来ているそうです。 近年、天 ... 続きを読む
僕の周囲で何かが起き始めています。


みなさん、国常立尊(くにのとこたちのみこと)って知っていますか。

日本書紀に、日本が誕生した時の最初の神と記されている神様です。

名前の由来は、「日本国が永久に立ち続ける」というところから来ているそうです。


近年、天河神社が洪水に見舞われたとき、天河の禊殿(みそぎでん)から古文書が発見されました。

その古文書によって、禊殿のすぐ裏にある高倉山に国常立尊が祀られたまま忘れ去られていることが分かり、その復活のために最近になって宮司が禊殿に参ることがめっきり増えたと聞きました。


ちなみに天河は日本誕生に関わる神社で、伊勢神宮よりさらに歴史は古く、神武天皇が天河の磐座に額づいて祈りを捧げたとき

「ひのもと」

という言霊を得て、それが日本という国名になったと伝えられています。


僕は国常立尊の話を聞く前から、禊殿が気になってしかたありませんでした。

もともと霊能者タイプではありませんが、何の因果か天河と縁を持ち、特に禊殿は、天河に奉公しているころ、一人で掃除したり床を磨いていたりしたので、人一倍思いが強いのかもしれません。


まさにいま、この国際情勢の中で、天河から国常立尊にお出まし願う時だという気がして、宮司だけではなく多くの人の「気」を向けることが大切だと思っていました。


そんな折、今年の11月19日に、天河で特別神事が執り行なわれることになりました。

これも神縁なのでしょうか、僕が禊殿で大祓詞(祝詞)の歌を捧げます。

宮司はこの特別神事にエネルギーを傾けるとおっしゃっているそうです。


天河は呼ばれた人しか行けないと言われていますが、呼ばれるというのは、その情報に出会い、自らも行きたいという意志を持つということです。

その情報に触れる縁と、彼方から湧いてくる意志の両方が「呼ばれる」ということです。

その情報は夢として現れることもあれば、誰かから話を聞くということもあります。


ところが天河には古くから言い伝えがあって、行きたいと思っても呼ばれていない人は何かの事情で行けなくなるとのことです。

したがって、実際にその地に足を踏みいれた時点で呼ばれたということになります。

別に呼ばれなくてもどうってことないけど(笑)


禊殿に集まれる人数は最大300名なので、来週になったら有志を募集します。

とりあえずは、ご報告まで。


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正直言って、僕は神という存在が何なのかは分かりません。

ただ一つ言えるのは、少なくとも僕の人生は天河の流れの中で起きてきたということ。

天河に行ったタイミングと、そこで出会った人の縁によって、いまの人生があることは疑いようのないことです。


この世界の大元はたった一つであり、それは他でもないあなた自身なのですが、その根源エネルギーが様々な次元の作用としてこの世に現れ、森羅万象と共に、一人一人の人生が作られているのかもしれません。

僕たちは大きな仕組みの中で、それぞれがそれぞれの役目を担い、何一つ偶然も無駄もなく、今日もこうして命が営まれているのだと思います。



さて、いまから大阪に向かいます。

盟友の雲黒斎くんとのトークライブがあるからです。

今回のツアーでは、黒斎くんが雲さんとコンタクトを取る時なにが起きているのか、そしてひた隠しにしてきた雲さんという存在について披露してくれるそうです。

これは最近始めた二人の往復書簡によるブログの流れでそうなったことです。


何ごとも起きる時に起きることが起きる。


今日の大阪、明日の名古屋、まだお入りになれるので、このタイミングで急に来たくなった人はいらしてください。


それって、呼ばれた?(笑)

詳細はコチラから
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人生はいつ何が起きるか分からないから面白いね。 そのことが怖いという人もいるけれど、どの道、起きることが起きるのだから怖がっても面白がっても同じこと。 「この先どうやっていこうか」 と自力から考えると、上手く行かないんじゃないかって怖くなるけれど、 「こ ... 続きを読む
人生はいつ何が起きるか分からないから面白いね。

そのことが怖いという人もいるけれど、どの道、起きることが起きるのだから怖がっても面白がっても同じこと。


「この先どうやっていこうか」

と自力から考えると、上手く行かないんじゃないかって怖くなるけれど、

「この先どうなっていくんだろう」

って他力から考えれば、映画のストーリーの先を待つみたいでワクワクする。


ジタバタしても映画は変わらないというのが、気づきの中で得た人生観です。


8668

決まっているなんて面白くないという人もいるけれど、先のストーリーが分からないのだから、どっちだって同じこと。

自力で頑張りながら、自力さえも彼方なる他力の現れということを認めれば、肩の力が抜けて楽になるよ。


結局は絶対他力の精神が、究極の生きる知恵だと思う。



ジタバタしながら、ジタバタさえも気楽に楽しんでいこう。

そのジタバタも計画通りだから。



さて今日も、内容の濃い動画を張り付けておこう。

こんなに注文が多い料理店だと、出す方も大変だね。


みんな一生懸命生きているんだなァ。


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ムジャさんからのコメント ここ最近の自分の変化。 真理や真理の追究がどうでもよくなってきました。 たまにやっていた瞑想も全くやらなくなり、何年も熱心に読んでいたこのブログにも興味が薄れてきています。(コメント欄の雰囲気が合わないだけかもしれませんが) ... 続きを読む
ムジャさんからのコメント


ここ最近の自分の変化。

真理や真理の追究がどうでもよくなってきました。

たまにやっていた瞑想も全くやらなくなり、何年も熱心に読んでいたこのブログにも興味が薄れてきています。(コメント欄の雰囲気が合わないだけかもしれませんが)

神様にそっぽ向かれたのかもしれませんね。

ま、いっか。やりたくなったらやるだろう。


その気持ち分かる気がします。

このじれったい真理への旅を、一心不乱に歩める人のほうが稀です。

何度も何度も、どうでもよくなる気持ちが訪れることでしょう。


でも一度真理の気配を感じたら、決して忘れることはできません。

あなたがこのようなことを書いてくることがその証拠です。


人はそうやって立ち止まり、また何かの拍子に歩み出すのです。

この旅は一度踏み出したら、後戻りすることはできません。

せいぜい立ち止まることくらいです。


puple-moon

僕は長年、真理への旅のガイドのつもりで活動してきましたが、旅自体を早めることはできません。

なぜならその旅は、当人のマインドが作ったドラマの中で行われているからです。

先に進んだような気がしていても、実際にはどこにも行きついていないのです。

この旅に終わりがあるとしたら、ドラマ自体が消え失せるしかないのですが、そのことはドラマの主人公である「自分」にはできません。


瞑想はその「自分」を薄める効果があります。

ところが悟るための瞑想は、悟りたいという「自分」を強めていくので本末転倒です。


何も期待せずにただ座ることを覚えれば、瞑想習慣は肉体と精神を和らげ癒してくれます。

その結果、生きることがスムーズになっていくのです。

これだけでも瞑想をする意義は十分にあります。


そしてあなたが本当の瞑想を知ったとき、違う言い方をすれば何も期待しないことができたとき、その時すでにゴールにたどり着いています。


ちょうど先日、そのような話をしたので、今日の動画として張り付けておきます。



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多くの人は、自分が頭の中で作りだしたドラマを生きています。 ドラマは、この先の計画や、終わったことの検証によって作られていて、 「あの時、どうやったらもっと上手くできたのだろうか」 「いまは上手くやっているだろうか」 「この先上手くやるためには、どうい ... 続きを読む
多くの人は、自分が頭の中で作りだしたドラマを生きています。

ドラマは、この先の計画や、終わったことの検証によって作られていて、


「あの時、どうやったらもっと上手くできたのだろうか」


「いまは上手くやっているだろうか」


「この先上手くやるためには、どういうやり方があるだろうか」


などが主流になっています。



このようなドラマの展開が、多くの人にとって人生そのものになっているのですが、このドラマには、心配、不安、怖れ、問題、緊張が付きものです。

人はそれらの不快感を解消したくてドラマを自分の望み通りに近づけようとするのですが、ドラマ自体が持っている性質を、ドラマの中で解決することはできません。

あなたがいま欲しているものを、物理的にすべて手に入れた人が、いまも不安や問題の中に生きているのを見れば明らかでしょう。


このことへの気づきが、新しい次元に誕生する第一歩となります。

すると神があなたの心のドアをノックしだします。


真理の気配が漂い始め、目にする情報も真理に関することが多くなっていきます。

いままで好きだったことが急に色あせて見えてきて、人間関係も変わっていきます。

これらはすべて、次なるジャンプへの前兆なのです。


ドラマから真理の次元へのジャンプ。

その時、常に存在していたリアリティが、まったく純粋な形で目の前に現れます。

これほどまでに明らかなものを、どうしていままで見失っていたのか不思議に思うことでしょう。


これが目覚めの体験です。


adddefe62e

すでに前兆が現れているにもかかわらず、人がなかなか前に踏み出せないのは、このドラマに底知れぬ愛着を持っているから。

たとえそれが苦悩に満ちたストーリーだったとしても、人はそれを手放したくないのです。


自分をドラマと同化しているので、ドラマが消えれば自分も消滅してしまうように思うのかもしれません。

あるいは、これまで沢山のエネルギーを投資してきたこのドラマを、あっさり捨て去ることへの未練なのかもしれません。


だから偉大な瞬間が訪れようとするとき、人はそこに抵抗してしまいがちなのです。


・・・・・・・・・・・・


【お知らせ】

初めてNIKE瞑想をする方のためのマントラ伝授とご指導の日程です。

東京 10月29日

名古屋 11月4日

博多 12月2日

詳細とお申し込みはコチラから。

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30年前に自分の内側に起こったこと。 それは当たり前すぎて笑っちゃうことだったけれど、それまでの自分を変えるには十分すぎるくらい十分だった。 それはどんでん返し。 しかもありきたりのどんでん返しじゃない。 普通のどんでん返しは、裏側にひっくり返るでしょ ... 続きを読む
30年前に自分の内側に起こったこと。

それは当たり前すぎて笑っちゃうことだったけれど、それまでの自分を変えるには十分すぎるくらい十分だった。


それはどんでん返し。


しかもありきたりのどんでん返しじゃない。

普通のどんでん返しは、裏側にひっくり返るでしょ。

でも、このどんでん返しは、そこからさらに裏側にひっくり返って、元の表側になっちゃう。


ガッツ石松さんは知ってか知らずか、

「人生観が360度変わった」

って言って笑いを取っているけれど、まさにそれに近い感じ。


で、いまもこうして生かされているわけだけれど、起きることが起きていくのは昔も今も同じこと。


人生に起きたことは、気づき前のほうがラッキーの連続だったかもしれない。

気づきの後のほうが、物理的にはずっと大変だった。


だけど、僕自身は圧倒的にこっちのほうがいい。

秤にかける余地なんてないよ。


だから、求めている幸福は外側の状況改善の結果ではなく、内側の状態次第だって言い続けてきた。


30年間言い続けたけれど、耳を傾けてくれた人はどれくらいいただろう。

聞いてはくれるんだけど、結局はみんな、生きることに忙しすぎて、今日も状況改善に余念がないものね。


伝わらなかったからと言って失望したこともない。

だって誰もの人生は完璧だから。

この人智を超えた仕組みの中で、それぞれがそれぞれの役目を担っているだけだし。


にもかかわらず、あーだこーだ言うのは、阿部にはそういうことしか起きないんだから仕方ない。

そもそもやってるのは僕じゃないし。

最も深いところから言えば、あなたの人生だってやっているのはあなたじゃない。

でもこれを言ってしまうとチャンチャンだから、「あなたはどうしたらもっと気楽に生きられるか」って、そんなことを言い続けるのであった。


ちょと考えてごらんよ。

ここに来る人の中には真理を探究している人もいるけれど、その欲求はどこから来たと思う?


あなたにはそんな欲求を持つことは不可能だよ。

その欲求は、大いなる意識の欲求なんだから。


13241680

西洋風に言えば、あなたが神に会いたいと思ったのではなく、神があなたに会いたいと思ったってこと。

それは、あなたに準備ができたから。

ことはそのようにして起きていくのです。



・・・・・・・・・・・



【お知らせ】

久しぶりにライブします。

20代の頃に発売したMemorial songsです。

10月14日 沖縄

10月28日 東京

(東京は現在キャンセル待ちとなります)


THE禅サンガの新規お申し込みは10月20日から始まります。

詳細は近日中にお知らせします。

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この数日間、サンガで配信している僕のWeb講演の一部を紹介しているけれど、今日はちょっと趣を変えて、あなたに福の種をプレゼントします。 僕が向禅師に出会って一番よかったのは、どんどん気楽になっていったこと。 向さんはなにものにも囚われず、いつもあるがままで ... 続きを読む
この数日間、サンガで配信している僕のWeb講演の一部を紹介しているけれど、今日はちょっと趣を変えて、あなたに福の種をプレゼントします。


僕が向禅師に出会って一番よかったのは、どんどん気楽になっていったこと。

向さんはなにものにも囚われず、いつもあるがままで愛を表現している。


その気楽さの背後にあるもの。

それは、この世の一切を作りだしている大いなる存在への絶対的信頼。

僕やあなたを生かしている、とてつもない存在に対する絶対的信頼。


古くからその存在を「阿弥陀仏」と呼んできました。

そして絶対的信頼を「南無」と言います。


したがって


「南無阿弥陀仏」


本来は浄土宗系の念仏だけど、禅は何でもあり。

いいものはいいし、ボーダーラインなんてどこにもない。

サンガで配信している早朝坐禅会で、般若心経などの読経の後に、向禅師が必ず唱えてくれるこの獅子吼。


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向さんはいつもいまここで100%成りきって与えてくれる。

早起きできた人は、ここから一日をスタートさせています。

このご利益を、あなたにもおすそ分け。


あなたに良きことが雪崩の如く訪れますように。


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昨夜は禅サンガのWeb講演でした。 この数日みなさんにお届けしているショート動画がそれです。 僕はこの時間が大好きで、ライブでみなさんと繋がっている気がするんですよ。 前半の時間はその瞬間に思いついたことを話し始めるのですが、後半はみなさんからリアルタイム ... 続きを読む
昨夜は禅サンガのWeb講演でした。

この数日みなさんにお届けしているショート動画がそれです。


僕はこの時間が大好きで、ライブでみなさんと繋がっている気がするんですよ。

前半の時間はその瞬間に思いついたことを話し始めるのですが、後半はみなさんからリアルタイムに送られてくるチャットやメールの質問にお答えしています。

こういう臨場感が、より繋がりを感じさせてくれるのだと思います。


昨日も沢山の質問をもらいましたが、その中に

「自分を好きになるにはどうしたらいいか」

という質問がありました。


aida1

その時の答えをテキスト化してブログに書くこともできますが、せっかくショート動画シリーズをお届けしているので、昨夜のその部分を張り付けてみます。

まだ24時間たっていないホヤホヤ動画です(^^)






・・・・・・・・・


【お知らせ】

阿雲の呼吸(阿部敏郎&雲黒斎)の講演を、大阪、名古屋、東京、博多で開催します。

詳細はコチラから。


阿雲の新ブログも好き勝手に更新中です(^^)

降参のススメ


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