かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2007年07月

今日もここに来てくれてありがとう。 毎日暑いね。 この一両日、マスコミから流れてくるのは選挙結果と政治の問題ばかり。 僕の中には言いようのない違和感がある。 古い人たちが、古い社会を、古いやり方でやりくりしようともがいている。 ... 続きを読む



今日もここに来てくれてありがとう。


毎日暑いね。



この一両日、マスコミから流れてくるのは選挙結果と政治の問題ばかり。

僕の中には言いようのない違和感がある。


古い人たちが、古い社会を、古いやり方でやりくりしようともがいている。


古きは死に、まったく新しい人類が生まれようとしているのに・・・




○○県選出の議員に、有権者からの期待の声。

「○○県のために頑張ってください」


!?

国政に参加するのに、しかも今は地球規模の問題と向かい合おうとしているのに、地元のために国会議員を選んでいるようじゃしょうがないね。





二大政党制があたりまえのように言われているけど、それって本当なのかな。

大家族があって、その家族が生きていくための仕事やルールを決めるのに、父派と兄派が主導権争いをする必要があるのか。

本気で互いのためを考えれば、自ずと一番良い方法を見出す、それが人間の力ではないのか。



そもそも二大政党制って、一党にまかせておくと好き勝手なことをしだすから、その歯止めに二大勢力を作ろうって発想でしょ。


まかせたら好き勝手やるようなレベルの人類なら、どんな制度も世の中を幸せにはしないよね。




まずは制度の前に人間性だ。

それは政治家だけじゃなく、有権者も含めたものだよ。




何が言いたいかといえば、自分さえよければいいという発想の古い人類は死んでいき、僕らがひとつの同じ存在だという発想の新しい人類が生まれてくるってこと。



新しい人類が創り出す文明は、古い人類が創った文明の修正じゃない。


それはまったく新しいものだ。




「個別意識」から「全体意識」にシフトした人類だけが、環境などの地球の問題を解決できると思う。




その淘汰がアセンションなのかもしれない。

これから地球が迎えようとしている大変革は、政党が変わるような程度のものじゃないって思うよ。





さて、まずは僕自身の自我をお掃除しなきゃ。



そして身を持って新しい生き方を示していけるような大人でありたい。

21世紀を担う子供達のためにね。






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今朝も、精神性を学ぶ上での基本の話をしよう。 こうして毎朝記事を書くという習慣は、僕にとってきわめて重要な行為になっている。 というのも、書き始めるまでに約1時間の時間が必要で、それが僕の朝の瞑想の時間になっているからだよ。 怠け者の僕が ... 続きを読む



今朝も、精神性を学ぶ上での基本の話をしよう。


こうして毎朝記事を書くという習慣は、僕にとってきわめて重要な行為になっている。

というのも、書き始めるまでに約1時間の時間が必要で、それが僕の朝の瞑想の時間になっているからだよ。


怠け者の僕が、毎朝こんなに素晴らしい時間を過ごせるのも、読んでくれる人がいるおかげだ。




さて今日も伝えたい事がたくさん出てきた。

少し専門的な話になってしまいそうだけど、なるべくわかりやすく表現してみるね。



昨日、僕たちの成長を「こだわりのない素直な心」と書いたよね。



それじゃ反対に、「こだわりのある素直じゃない心」って何だろう。

それを・・・「自我」って呼ぶんだ。



そしてこの「自我」こそが、僕たちを苦しめる元凶であり、僕たちの精神を低いレベルに繋ぎとめようとする力だよ。



しかもこの「自我」はとてもずる賢い。

なんでも自分の都合のいいように変えてしまうんだ。


自我の無い状態こそが「こだわりのない素直な心」なのに、自我は「こだわりのない素直な心」を練習し、それさえも自分の一部にしてしまう。



言っていることわかる?


その巧妙な自己欺瞞は幾重にも仕掛けられているので、自我の策略を見抜くのはとても難しいことなんだ。




今日伝えたい基本はそのことだよ。



たとえば、自我の特徴として「特別意識」というものがある。

「自分は他者と違ってユニークで特別な存在だ」という想いのこと。



本当は自分を特別だと思っている状態こそが最もありふれたあたりまえの状態で、自分があたりまえの存在だということを心底理解した人が特別な存在なのにね。



僕らは実際にはものすごくあたりまえな人間で、他者に優越意識を持てるような特別なものは何一つ持ち合わせていない。



でも自我はそれが面白くないんだ。

こうやって精神性を学んでいることさえも、自分の特別さにしてしまうんだよ。



物質主義を捨てた自分はとても精神的な存在ですよってね。


その愚かさを「精神の物質主義」(Spiritual Materialism)と呼ぶんだ。



精神の道を進むというのは、そんな自分と向かい合いながら、いっさいの正当化をやめて、自分の狡さや愚かさを見抜いていくことだよ。


その道の途上では、天使が花を投げてくれたりラッパを吹いてくれたりという華やかさは何も無い。



誰が見てくれるわけでも、誉めてくれるわけでもない。

乾いた砂利道を一人で淡々と進むような、とても地味な道のりなんだ。



でもその態度を基本姿勢にできれば、学びが本物になってくる。


今日伝えたことは、あらゆる本格的な修行僧や修行者にとっても、重要なポイントだと思う。




「自分」という囚われが消えた時、僕たちがひとつの同じもので、最初からすべてと繋がっていたことを思い出すだろう。

それは考えられる限り最大の祝福の体験だ。


こんな愚かで罪深い自分が、実際には宇宙から一瞬も見放された事がなく、それどころか想像を超えた深い愛で、いついかなる時も包まれていたことを知るのだから。



その愛は今も、僕をあなたを包んでくれている。




最後まで読んでくれてありがとう。

これからもいろんな言い方で、お話させてください。





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さて今日の話は自戒も込めて、基本の基本の話。 「いまここ塾」ではよく話すけど、ブログで伝えることは少ない。 ちっとも劇的じゃないし、奇跡的でもない。 耳が痛いだけで、聞きたくない話かもしれない。 だけどすべての成長の土台の話だよ。 ... 続きを読む



さて今日の話は自戒も込めて、基本の基本の話。

「いまここ塾」ではよく話すけど、ブログで伝えることは少ない。



ちっとも劇的じゃないし、奇跡的でもない。

耳が痛いだけで、聞きたくない話かもしれない。


だけどすべての成長の土台の話だよ。

だから最後まで読んで、しっかり頭の中に入れておいてね。




そもそも魂の成長って何だろう。

これから地球規模で人類の霊的成長が進むって言うけど、どこに向かって進むの?



日本で精神世界がブームになって10年余り。

ブームのおかげで多くの人たちが見えない世界に興味を持ってくれたけど、その半面で大切なことが等閑(なおざり)にされてきた。


それは「自分」だ。



最初に答えを伝えておくね。



成長とは・・・こだわりのない素直な心を取り戻すこと

方法は・・・・幾重にも身にまとった欺瞞の皮を剥いでいくこと。



皮を剥ぐ?

痛そうガ-ン


そう、それは実際に痛いし、屈辱的だし、骨が折れる作業なんだ。


だからみんなそこを見ないで、成長だ進化だと浮かれている。


ニューエイジブームの落とし穴は、なんでもショートカットして楽して結果を得ようとするところ。



「嬉しい」「楽しい」「幸せ」「ありがとう」「ツイてる」もいいけど、それは問題の本質を見ないで、麻酔薬を服用しているだけの話。

そういう話をしてくれる人が、時代の寵児のようにもてはやされる。

楽だし簡単だから一般受けするんだ。


誰も欺瞞に満ちた自分なんか見たくないからね。



それから一部の本やテレビの影響で「前世」ブームだけど、これもかなり危ない話。

いつかまた話す時が来ると思うけど、「前世」はあると言えばあるし、ないと言えばない。

物質界を超えた次元の話は、一言で言いきる事ができない微妙な世界だよ。


でもみんなその手の話に飛びつく。


何故か。

それは心の底で死を恐れているから、永遠の命を保障してくれるような話は嬉しいんだよ。

だからといって自分が魂の不滅を理解しているわけじゃない。

有名なあの人が言っているし、みんなも信じているからからそうだって思いたいだけの話。



僕はなにも、輪廻転生を否定しているわけじゃないよ。

もう一度言うけど、それは「ある」と言えばあるし、「ない」と言えばない。

その両方だ。


前世があるという考えは、過去が存在するということが前提になっている。

時間の観念の世界の話だ。

でも実際にはいつも「いまここ」があるだけで、過去も未来も存在していない。


そのような話は比喩としては面白いし、使い方次第では大いなる啓示に繋がる可能性もあるが、ひとつ間違えば誤解だけが残ることになる。


テレビなどで有名人が霊的世界の話をしてくれるのはプラスの面もあるし、彼らを批判するわけじゃないけれど、同時に人を惑わしている面もあると思う。


だからもし彼らが本当の事を理解しているなら
「これもたとえ話ですが・・・」
という前置きをすべきだと思う。


どんな話もすべては「方便」なのだから。



さてここまでの話はわかった?

要は、浮かれてないでしっかり地に足をつけようって話。


まだ半分しか話せていないけど、続きはまたね。



こんな面白くない話を聞いてくれてありがとう。



僕はあなたに一番の近道を示したい。

一見遠回りで骨が折れる道だけど、確実な道を共に歩みたいと思っています。




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それはS○Xの10万倍の快感だった。     ↑ (ソックスではなく○は伏字) 10万倍というのは比喩で、実際には比べ物にならない、まさに次元の違いがあった。 今までの人生で僕に快感をもたらしたあらゆることは、単にこの体験の代用品だった。 ... 続きを読む



それはS○Xの10万倍の快感だった。
    ↑
(ソックスではなく○は伏字)


10万倍というのは比喩で、実際には比べ物にならない、まさに次元の違いがあった。


今までの人生で僕に快感をもたらしたあらゆることは、単にこの体験の代用品だった。

それは自己と時間の両方が消えうせた、「永遠」と「全体」に乗っ取られた体験だった。


あまりにもリアルで、人生の全てが霧のように消えうせてしまうほどにリアルで、それは疑いようの無いものだった。



たとえ全世界がその体験を否定しようと、ゆるぎない確信は生き生きと心の中で脈打っていた。


同時にそれはあらゆる人の基盤であり、いま時代は大きく変わろうとしていて、僕の役目はこの体験を多くの人に伝えることだと直感した。


全ての仕事を整理して、自分の役目を全うするために新たな旅に出た。

音楽時代の友人達にも説いて回ったが、誰ひとり耳を傾けてくれなかった。

それどころか親友までもが影で「アイツは宗教にはまった」と言いふらしていたくらいだ。



現実社会では徹底的な孤独の中に突き落とされたが、実際には孤独感はまったくなかった。


宇宙の全てが自分と共にあったからだ。



あれから20年。

いま、多くの人が話に耳を傾けてくれるようになった。

そして予感どおり、時代は大きく変わりだした。




旅の途中で、一人の禅僧と出会った。

それまでにも多くの僧侶や聖職者達と出会っていたが、誰ひとり究極を分かち合える人がいなかった。

でもその禅僧と会話をしたときに直感した。

「この人はすべてを知っている」



それが向和尚だった。

現在は臨済宗大本山方広寺の教学部長をされている。



あの日の体験は様々な言い方で昔から伝わっているが、その中のひとつに無位の真人(むいのしんにん)というのがある。


向和尚も若くしてその境地を獲得し、今に至っている。


伝統的な禅の立場から見て、それがどういうことなのか、向さんの実体験をもとに文章を寄稿してもらった。

これは、今後あらゆる人が向かうべき道なので、その道しるべとしてもお伝えしておきたいと思う。




裏ブログの<随(かんながら)神>の今日の記事にアップしました。

http://orionza.ti-da.net/




いま巷で禅がブームになっていますが、禅は知識ではなく、まさにこの境地を獲得することが、その存在理由だと思います。








人からどう思われようと、これからもダイレクトに役目を全うしていこうと覚悟を決めています。


今日も読んでくれてありがとう。

あなたとの出会いに感謝します。



追伸

本日、小禄のジャスコで、沖縄のサンゴを守るイベントがあります。
2時から一時間、僕と智子さんのステージもあるので、時間がある人は遊びに来てください。

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午後2時。 各種税金を納めに銀行へ。 あまりに高額な請求にもめげずに口元に微笑を浮かべたプチブッダアベパンマンは、混み合っている窓口の前で静かに順番を待っていた。 昔ならイライラしたところだが、今の僕は違う。 「息を吸って私は静か」 ... 続きを読む



午後2時。

各種税金を納めに銀行へ。

あまりに高額な請求にもめげずに口元に微笑を浮かべたプチブッダアベパンマンは、混み合っている窓口の前で静かに順番を待っていた。

昔ならイライラしたところだが、今の僕は違う。




「息を吸って私は静か」


「息を吐いて私は微笑む」





やっと順番が来た。

その場で支払いが完了するはずが、健康保険税は用紙を切り離さずに束のまま持ってくるように言われた。


フフフ・・・それならそうと用紙に大きく書いておけよ!なんて愚痴は言わずに、黙って炎天下の中を徒歩で家に戻り、用紙の束を持って再び銀行へ。



さっきよりもっと込んでいる。


自分の番号が呼ばれるまで20分はかかりそうだ。





「息を吸って私は静か」


「息を吐いて私は微笑む」






やっと自分の番がきた。


え?!なに?・・・JASRACへの支払いはコンビニに行ってくれ?

またこの炎天下を数分間歩かせる気だな。


いやいや、これは誰のせいでもない。


ニッコリ笑って「はいわかりました」


それにしても今日のこの暑さは何だ!



少し気持ちがひねくれ出した。

だいたい今から支払うお金は何だろう。


僕が僕自身の作った歌を唄ったコンサートでの楽曲使用料を支払うのだ。

それも複数回になると金額は大きい。

このお金は巡り巡って僕に戻ってくるが、その時には著作権協会の手数料が引かれている。



世の中、間違ってるムカッ





「息を吸って私は静か」


「息を吐いて私は微笑む」







ポケットをジャラジャラさせながら歩いた。


税金は千円単位だが、著作権使用料は1円単位だ。

今日はおつりがいらないように、小銭をしっかり持ってきた。



払うたびにおつりのコインが増えるのは嫌いなのだ。




やっとコンビニに着いた。

請求書と金額を差し出すと、51円足りないという。


何?振り込み手数料もかかるの?びっくり!




ポケットを探したら50円玉が出てきた。

え?あと1円?


ない・・・・ない・・・



あるのは一万円札だ。


泣く泣く一万円を追加し、9999円のおつりをもらうぐすん






「息を吸って私は静か」


「息を吸って私は静か」


「息を吸って私は静か」


「息を吸って私は静か」






・・・吐くのを忘れたガ-ン






そんなわけで、過呼吸をおこした真夏の昼下がりでした。





今日の反省。

「吸った息は吐きましょう」






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なんだか書いていて恥ずかしいようなタイトルだけど、実際にそう思うんだから仕方ない。 幸せの秘訣は山のようにあって、人それぞれにそれを発見して、日々使っているのかもしれない。 それは僕にもある。 いつもはあたりまえのようにやっているけど、こ ... 続きを読む


なんだか書いていて恥ずかしいようなタイトルだけど、実際にそう思うんだから仕方ない。


幸せの秘訣は山のようにあって、人それぞれにそれを発見して、日々使っているのかもしれない。


それは僕にもある。


いつもはあたりまえのようにやっているけど、こうしてブログに書こうとすると再認識できるよ。



だから今日も読んでくれてありがとう。



特にこの数年は、人と会うたびに心の中でこう思うようにしている。

「この人は僕と出会ったから必ず幸せになる。今日からすべてがよくなっていく」



このような想念は、相手に大きな影響を与えることになる。

こちらがそう思ってあげることで、相手がそれを実現するのを助ける事ができる。




中には経済的な問題や人間関係で悩んだり不安を持ったりしている人もいる。


そういう人が自分の否定的な話をし出したら、すぐに話を変える。

同情したりすると、彼らの現実がそのレベルに固定してしまうからだ。



人生の大変さを分かち合うより、その人が簡単にその状況から抜けられるということを伝える。

そして実際にその人が喜びや豊かさを経験している姿を見てあげるんだ。



そうやって相手に肯定的イメージを送り続けていると、自分に何倍にもなって返ってくる。

人は自らがフォーカスするものを引きつけるからね。



誰かが人の悪口や恨みを話し始めたら同調してはいけない。

たとえ自分も同じように感じた事があったとしても、さりげなく話題を変えよう。


エネルギーは双方向性なので、外側に向けて発揮したものは、その瞬間内側でも経験している。

しかもそれは外側に影響するよりも、内側に影響するほうがずっと大きいんだ。



いつも自分を肯定的エネルギーの泉に満たしておくこと。



「与えるものが受け取るもの」

これが宇宙の摂理なのだから。




今日出会う人みんなに、彼らがますます繁栄していくというイメージを送ろう。

すべての人が幸せでありますように。



そう思えたとき、思っている自分が不幸せなわけがない。




これが僕の幸せの秘訣です。





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基本レッスンやってますか? 僕はまあまあだったよ。 65点くらいかな。 すぐに忘れてしまって完璧にはできないけどね。 僕らが最初に取り組むべきは、自分の心の状態を整えること。 そうすれば現実の見え方が変わってくる。 今何が起きて ... 続きを読む


基本レッスンやってますか?


僕はまあまあだったよ。

65点くらいかな。

すぐに忘れてしまって完璧にはできないけどね。




僕らが最初に取り組むべきは、自分の心の状態を整えること。


そうすれば現実の見え方が変わってくる。

今何が起きているかに気をとられないで、今どんな自分でいるかを大切にしよう。


「現実がうまくいけば幸せになる」って思わないで、「幸せな気持ちになれば現実がうまくいく」って思ってみよう。



はいそれじゃ、ご一緒に


「息を吸って私は静か」

「息を吐いて私は微笑む」


ニコニコ


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