かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2008年02月

今朝も頭の中には、伝えたいことが渦巻いています。 実際に人と会って話をしたとしたら、きっと当たり障りのない話題に変えてお茶を濁すのでしょうが、こうやって毎朝ブログを書こうと気持ちを引き締めると、その内容を一歩も妥協することなく、ここに表したいと思っ ... 続きを読む


今朝も頭の中には、伝えたいことが渦巻いています。

実際に人と会って話をしたとしたら、きっと当たり障りのない話題に変えてお茶を濁すのでしょうが、こうやって毎朝ブログを書こうと気持ちを引き締めると、その内容を一歩も妥協することなく、ここに表したいと思ってしまうのです。



でも、最も伝えたいことが、最も伝えるのが難しいときています。



それはちょうど、新しい味を教えようとするのと似ています。


たとえば誰一人「甘さ」という味覚を知らなかったとしましょう。


何の因果か、あなたはある時、ひょんなことで生まれて初めて「甘さ」を知りました。

それは生まれて初めて味わう、無上の美味しさでした。


そこであなたは、多くの人に教えてあげたいと思いました。

この世には「甘さ」というこの上ない味覚が存在していることを。




さて、「甘さ」を知らない人に、あなたはどうやって「甘さ」を教えますか。


ある人は、そんな味覚が存在するわけがないと言い張ります。

ある人は、そんな味覚は取るに足らないと言います。


でもその人たちは「甘さ」を味わったことがありません。



あなたはその人たちに、どうやって「甘さ」を教えますか。



きっと、言葉で伝えることはあきらめて、砂糖のありかを教えるのではないでしょうか。


だってその人がひとたびペロリと舐めれば、それでおしまいだからです。

そうなれば「甘さは存在するか否か」「甘さとは何か」という議論はいりません。



未知なるものを知るためには、未知なるものを体験するしかないのです。



さて、ここで大きな問題があります。


それは、砂糖のありかを探しているその人自身が、砂糖でできているということです。

ここ以外に砂糖はありません。


それなのに、多くの人はずっと、どこか外側を探し求めるのです。


「どこか」にはありません。

「ここ」にあるのです。



「いつか」見つかると思わないことです。

「いま」しか見つからないのですから。





「いまここ」


これが真理を体験するキーワードです。




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今あなたが生きているのとは別の、もう一つの超リアルな現実が存在しています。 そこでは、一切の苦しみや悲しみは消えうせ、祝福と歓喜が泉のように湧き出して、終ることはありません。 しかもそれはさらなる歓喜に向かって成長していて、退屈するどころか、瞬間 ... 続きを読む


今あなたが生きているのとは別の、もう一つの超リアルな現実が存在しています。

そこでは、一切の苦しみや悲しみは消えうせ、祝福と歓喜が泉のように湧き出して、終ることはありません。

しかもそれはさらなる歓喜に向かって成長していて、退屈するどころか、瞬間瞬間が新しい驚きと発見に満ちているのです。


その世界は、生きていると感じている今の現実よりも、さらにリアルな世界なのです。




今こうして生きていると思っている世界は、単なる夢のような存在です。


確かだと感じる肉体も、あらゆる物質も、実体は「無」からできています。

最先端の物理学は、やっとその真実を科学的に発見しました。



僕たちは幻想の世界、夢の世界に生きているのです。



僕たちがこうして現世(幻世)に生まれてきた理由は一つしかありません。

夢から覚めること・・・目覚めることです。



その目覚めが「見性」と呼ばれる体験です。



それは実在します。



でも、いくらそのことを信じようとしても無理があるでしょう。

僕たちは五感によって作られた世界を真実だと思っていますし、見えないものはにわかに信じられないからです。


釈迦が言っているから、キリストが言っているからと信じこもうとしても、心の底では信じ切れません。



信念を持っても無理です。

信念とは、どこか強制的なもので、心の底ではそう思っていないから信念が必要になるのです。



ではどうすればいいのでしょうか。



たとえば「空気」

空気も見えませんが、みんなその存在を疑うことなく認めています。

空気の存在を信じようとしなくても、存在するという信念を持たなくても、あるものはあると知っています。


なぜなら、いつも空気を吸っていて、その存在を経験的に知っているからです。



電波も同じです。

見えないけれど、携帯電話などで知っているから、その存在を信じる必要もありません。


したがって、大切なのは信じることではなく、経験的に知ること、体験することです。



「見性」は学問や知識ではなく、経験なのです。



僕たちに必要なのは、そのことについて論じることではなく、そのことを実際に経験することなのです。





僕は自分のことを、道先案内人だと思っています。






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世界にはたくさんの人が生きていて、みんな微妙に違う価値観、人生観を持って、それぞれの人生を生きていますが、そこには共通している事があると思います。 それは「幸せになりたい」という思いです。 僕たちは様々な願望を持っていますが、その内容が何であ ... 続きを読む


世界にはたくさんの人が生きていて、みんな微妙に違う価値観、人生観を持って、それぞれの人生を生きていますが、そこには共通している事があると思います。


それは「幸せになりたい」という思いです。


僕たちは様々な願望を持っていますが、その内容が何であれ、それは直接間接的に、今よりもいい状態、幸せな状態になりたいという願いではないでしょうか。


仕事をするのも、恋愛をするのも、健康を願うのも、占いの本を読むのも、宗教に入って特定の言葉を繰り返すのも、みんな「幸せになりたい」からではないでしょうか。


人類の歴史全体が、この「幸せになりたい」という思いによって作られてきたと思います。



しかし、何かの条件を満たすことで幸せになろうとしても、その条件が失われたら、また不幸になってしまいます。



僕たちが心の深いところで求めているのは、無条件の幸せです。

何かの理由によっての束の間の幸せではなく、永遠なる絶対的な幸せです。




その「永遠なる絶対的な幸せ」は実在します。

それはおとぎの国の話ではなく、実際に存在するのです。



一度でもそれを見つけ出せば、人生観も人生も、そして自分を取り巻く環境も一変します。


もちろんそれは素晴らしい方向に一変します。


不思議な巡り合わせが増えていき、あなたの欲しいものは何でも手に入ります。

といっても、すでにそれらがあろうとなかろうと、心の底には揺るぎない幸福感が流れているのですが・・・



そのための方法はひとつしかありません。

ずばり、「見性」です。

あらゆる願望は、その代用品にすぎません。



見性する能力は全ての人に兼ね備わっています。

僕はこれからの時代は、人類という大きな規模で、この見性体験の花が咲き乱れていくのだと信じています。



その時、世界が大きく変わります。


人類の長年の夢であった、神の国がこの地上に出現するのです。



そして見性体験とは、神の国を発見し、その仲間入りをすることなのです。




このような話に興味を持ってくれたということは、神の国の入口に来ているということです。

そしてすでに、あなた自身、その予感を持っていることでしょう。




何よりもまず、神の国を求めなさい。
そうすれば、他のものはすべてあなたに与えられる。

(マタイ伝 6章33節)







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昨日初めてラジオで、自らの見性(大いなる気づき)について話しました。 あまり語らないのは様々な理由からです。 まず、その経験は、その経験をしたものとしか通じ合うことができません。 未だ見性に至らない人は、見性体験に対してさえも評価を下そうとし ... 続きを読む


昨日初めてラジオで、自らの見性(大いなる気づき)について話しました。


あまり語らないのは様々な理由からです。

まず、その経験は、その経験をしたものとしか通じ合うことができません。

未だ見性に至らない人は、見性体験に対してさえも評価を下そうとします。


しかし、一度でもその経験をすれば、あらゆる評価はナンセンスです。



それはすればわかります。

そのような経験をしているか否かは、一目会えば、あるいはその文章を一読すればすぐにわかります。




あらゆるナンセンスは霧のように消えてしまいます。

どのような宗教的な知識も学問も意味を持ちません。


それも経験すればわかります。



このような言い方は一部の人たちの反感を買います。

自分がしたことのない経験を、絶対的なものとして宣言されたら面白くないからです。

特に、内心相手と競おうとする輩からは攻撃にさえあいます。


だから、知ったものは言わないのです。




さて昨日なぜラジオでそのことを話したかというと、昼間友人から山田耕雲老子の見性に関する文章を読んでもらったからです。


それを読む声が、僕の心の奥に響き渡りました。



まさに、「我が意を得たり」




以下にその文章を転載します。


山田老師は、僕たちよりも半世紀も前を生きた人なので、文章がやや硬い感じがしますが、じっくり読めば、誰もが理解できると思います。




哲学を研究してみても、人間が円満完全、無限絶対の実在であると説く教えは仏道以外にはない。

この事実を思想的に理解するのではなく、体験として見得し、納得することが禅のねらいであり、これを見性といい、悟道というのである。

人間の一切の不安、苦悩は、人間が本質において完全円満、無限絶対の実在(これを仏と言い、本来成仏と言う)でありながら、現象としては不完全きわまる、有限相対の、はかなき、いと罪深き存在(これを凡夫といい、衆生という)として現れており、しかも人間は、生まれながらにしては、自分の円満完全、無限絶対の本性(仏性)を知ることができない、という事実から発生するのである。

そこで、自分を不完全な、有限相対の存在と思っている人間が、円満完全、無限絶対の自己の本質に目覚め(これを見性といい、悟りという)、この事実を自ら納得する(これを証という)とき、人間の一切の不安、苦悩はいっぺんに雲散霧消するのである。

この時の歓喜は全く筆舌につくしがたい。

人によって深浅、強弱の差はあるが、一度この歓喜を体験した人でなければ、本当の禅の話は通じない。

どんなに仏教に関する学識が豊かであろうと、どれほど禅録、祖録を読破し、そらんじていようと、この体験がない限り、禅にとっては全くの門外漢である。



山田耕雲『新版 禅の正門』(春秋社)





自分に対する誤解や冷笑を避けようとするのではなく、ただあるがままの真実を伝え続けていこうと、改めて思った冬の一日でした。


この先、ひとりでも多くの人が見性に導かれますように、身を呈して貢献していきたいと考えています。


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毎朝の瞑想(坐禅)はいい感じですよ。 呼吸を数えることにだけ意識を向けるのですが、それが完璧にできることは少ないです。 ただ、瞑想の終りにイメージすることがあって、これが僕の生活に役に立っています。 それは、自分の中にみなぎるパワーがあると ... 続きを読む


毎朝の瞑想(坐禅)はいい感じですよ。

呼吸を数えることにだけ意識を向けるのですが、それが完璧にできることは少ないです。



ただ、瞑想の終りにイメージすることがあって、これが僕の生活に役に立っています。

それは、自分の中にみなぎるパワーがあるというイメージです。

腹式呼吸によって、自分の重心を臍の下(丹田)にまで下げて、そこにみなぎる力を感じてみます。



実際このパワーは誰もの中に眠っていて、とっさの緊急時に発揮されたりします(火事場の馬鹿力)。


マライヤキャリーが歌った「HERO」は、この力を歌ったものだと思います。


禅ではこの力を「主人公」と呼びます。




僕たちは将来、財政難になったり、健康が悪化することなどを恐れていますが、実際に恐れているのは、そのような現実そのものではなく、そうなったときに自分には対処するだけの力がないのではという「無力感」なのです。

たとえお金がなくなっても、それを乗り越えられる力が自分に宿っていることを知っていれば恐れることはありません。

健康問題も同じことです。


自分をとりまく現実は、いいも悪いもなくあるがままにあるわけで、その現実に対する自分の態度が、そのまま幸福感と不幸感の分かれ目になると思います。



だからもし神様が何か一つ望みをかなえてくれるとしたら、このパワーを願おうと思います。

そして神様はすでに、僕たち全員にこのパワーを授けてくれています。

それは僕らの源である、無限の本質にすでに備わっている力です。


自分の中を深く覗きこめばそこに「HERO」がいる。
(There’s a hero. If you look inside your heart.)



だから毎朝、そのパワーを感じようとします。

そうやって一日を始めています。


腹式呼吸によって腹に意識の中心を持ってくるのは、僕のようにすぐに重心が頭に上がってしまうようなタイプの人間には特に効果的です。




日々是好日(にちにちこれこうじつ)

この言葉は、毎日いいことが起きるという意味ではありません。


何が起きようと、自分次第で「日々是好日」だという意味です。



そんな気分で毎日を過ごしたいものですね。






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いまこの瞬間にも、この世のありとあらゆるレベルの波動が、人間の中に入ったり出たりしているんだと思います。 至高の体験を味わっている人もいるだろうし、反対に深い憎しみや猜疑心のような、自分をも苦しめるレベルの波動を味わっている人もいるでしょう。 ... 続きを読む


いまこの瞬間にも、この世のありとあらゆるレベルの波動が、人間の中に入ったり出たりしているんだと思います。

至高の体験を味わっている人もいるだろうし、反対に深い憎しみや猜疑心のような、自分をも苦しめるレベルの波動を味わっている人もいるでしょう。



それはどちらも過去僕の中にあったものであり、それはいつも世界中を駆け巡っていて、いまも誰かの中にいるのだと思います。

今僕が味わっている波動も、以前誰かの中にいたものです。



もしかしたらこの世で生きているのは「波動」で、それが身体という個体に入り込んで自己表現しているんじゃないかと思ったりします。

自分という固定された人格が生きているのではなく、さまざまな人格が出入りしていると言ったほうがいいかもしれません。


そう考えたほうが自分というものが見えてきます。

その時々の波動によって、まったく違う自分がいるからです。



今日の僕は、体調はいまいちですが、心は落ち着いていていい感じです。




波動レベルと共に、思考も出入りしているんじゃないでしょうか。

いまあなたの中にいる思考は、昔僕の中にいたものかもしれません。



思考も物質的な存在だと言った人がいましたが、わかるような気がします。



嫌な考えが湧いてきたときには、それを自分が作り出したと思わずに、「おっ地上にはこんな悪い思考も存在したか」って他人事みたいに見てしまえば、自分を嫌わずに済みますよ。

それに、その思考もいずれは過ぎ去ってどこかへ消えてしまうのですから。




僕たちの実態は、波動のレベルではなく、思考でもなく、それらを映し出す鏡のような存在です。

どのような汚れた形が映しだされたとしても、鏡の純粋性はいささかも汚れることはありません。



僕たちは永遠にピュアな存在なのです。



若いころは自分を嫌いになるような低い波動や思考を引きつけていました。

きっと、何かに脅えていたからだと思います。


大人になってそれが少なくなったのは、自分が孤独な存在ではなく、いつも大いなるものと繋がっているということを知ったからだと思います。



僕は人生で多くのものを手にしてきましたが、一番の宝はその気づきです。

だからその宝を皆と分かち合いたいって思うわけです。





今日もここに来てくれてありがとうございました。


素敵な日曜日をお過ごしください。






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ちょっと風邪気味。 めったに体調を壊さないから、ちょっと悪くなると大げさにダウンします。 病院に行くのが嫌いで、売薬飲んで布団かぶってじっとしているわけです。 さて、話は変わりますが、沖縄に来てから変わったことの一つに、ますます時間感覚が ... 続きを読む


ちょっと風邪気味。

めったに体調を壊さないから、ちょっと悪くなると大げさにダウンします。

病院に行くのが嫌いで、売薬飲んで布団かぶってじっとしているわけです。




さて、話は変わりますが、沖縄に来てから変わったことの一つに、ますます時間感覚がなくなってしまったこと。

今が何月なのかわからなくなってしまって、ずっと先だと思って安心していた予定がすぐ目の前に迫っていて驚くこともしばしばです。


今回のヨンボ君とのライブも、つい数日前に、大変だ!宣伝しなきゃって・・・(笑)

新聞のコンサート欄に出そうと思ったらすでに締切。


そこで知り合いのアナウンサーやディレクターにお願いしたら、二つ返事ですぐに協力してくれて、あっという間に沖縄市は売り切れ。

那覇市も順調に売れ始めてほっと一息です。


久しぶりに沖縄でコンサートしてくれる友人に、いい体験をさせてあげたいものね。

よかった、よかった。


やっぱりここ一番というときは人間関係しかないわけで、多くの人の力によって現実が作られていることを改めて実感しました。

ご協力ありがとうございましたm(_ _)m




それと・・・やっとレコーディングが終了しました。

アルバイタイトルは「For You」

8曲入りです。



収録曲は

1 For You

2 元気出していこう中城

3 Day Dream

4 センチメンタルカーニバル

5 心の傷

6 生きてる

7 高く飛ばしたら

8 大空へ




これでひと段落したので、来週から新刊の執筆に入ります。

生きている間にやるべきことやっておかなきゃね。



今日もここに来てくれてありがとうございました。

明日は沖縄市の音市場のコンサートに出演するので、今日は体を温めてゆっくりすることにします。

みなさんも、お身体を大切にしてくださいね。






これからもブログの応援、よろしくお願いします。

   

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