かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2008年11月

波照間島は日本最南端の島として知られています。 その島にご縁あって訪れています。 昨日は講演会をさせてもらいましたが島民の三分の一にあたる200名もの皆さんが詰め掛けて下さいました。 文化風習は違えど、ほんの少し踏み込めば人は皆同じだなぁと、当 ... 続きを読む



波照間島は日本最南端の島として知られています。

その島にご縁あって訪れています。

昨日は講演会をさせてもらいましたが島民の三分の一にあたる200名もの皆さんが詰め掛けて下さいました。
文化風習は違えど、ほんの少し踏み込めば人は皆同じだなぁと、当たり前の事に改めて気付いた次第です。

みんなで仲良く生きられたらいいですね。

冬を迎えた日本列島に最南端の青い海をお届けします。

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久しぶりの更新です。 今日はスピ系から離れて、社会の中での独り言です。 最近麻生総理の暴言?珍言?妄言?が批判されていますが、僕は自分の感覚を疑うことがあります。 何故かというと、批判されている発言は、僕から見ると「もっともだ」と思うような内容 ... 続きを読む
久しぶりの更新です。

今日はスピ系から離れて、社会の中での独り言です。


最近麻生総理の暴言?珍言?妄言?が批判されていますが、僕は自分の感覚を疑うことがあります。


何故かというと、批判されている発言は、僕から見ると「もっともだ」と思うような内容が多いからです。


たとえば、「医師には社会的な常識がかなり欠落している人が多い」との発言。

僕もそう思います。


それは医師が初めから非常識な考えを持った人が多いわけじゃなくて、医師会という「とんでも団体」の中でしか活動できない現実や、大学病院の腐敗や権力争いや、あれやこれや社会から見たら特殊な環境に長く身を置くことで、自然におかしくなっていくんだと思います。

教師も似たような面がありますが、業界内で成功しても医師ほどには巨万の富を得られないから、まだ社会常識が少し残っているように見えます。


「医師には社会的な常識がかなり欠落している人が多い」と言うと、「まじめに頑張っている医師に失礼だ」って。

論点が違うんじゃないかと思いますけど・・・


そのことを指摘されたとき、医師会側に、自分たちの何が非常識なのか、いったん立ち止まって振り返るくらいの人間性があればとも思うわけです。



それから、「健康に気をつけない人の医療費をなんで俺が払わなきゃいかんのか」という発言。

これも本当にそうだと思いますよ。


僕はこの20年間に一度も医者にかかったことはなく、それなのに一千万円以上の国保金(掛け捨て)を払ってきています。


僕が健康なのは自分の健康に留意しているからで、「健康に気をつけない人の医療費をなんで俺が払わなきゃいかんのか」とよく言ってくれたと思いました。


こういう発言に対しても「好きで病気になっているわけじゃない」とかの論理がまかり通るのです。

たしかに不慮の事故や、逃れられない病気もありますが、現代人の病の多くは生活習慣の不摂生が引き起こしていることはみんな知っているはずです。


瞑想習慣を身につけて、暴飲暴食を抑えるだけで、いまの国民医療費は半減すると思います。


そこに気をつけている人が、まったく気をつけない人の分まで世話をする。

平等の仮面をつけた制度は、実はものすごく不平等だと思います。




それから田母神(前航空幕僚長)さんの論文。

あのような正論に対して、寄ってたかって吊るしあげにするこの国のマスコミは、もはや末期症状です。

しかも彼に賛同する側の発言はほとんど無視です。


桜井良子さんや渡部昇一さんらを、もっとテレビに出して喋らせたらいいと思うのですが、せいぜい月刊誌あたりに彼らの発言が載る程度で、一般の国民には届きません。


歴史を踏みこんで学べば誰でもわかることを、偏向したマスコミ報道を信じて思考停止しているこの社会は、やっぱりおかしいと思うのです。


多勢に無勢だと、こうやって「おかしい」と思う僕がおかしいのかと思ってしまう今日この頃です。




ありゃりゃ!




今日の記事は裏ブログの「かんながら」に載せたつもりが、間違えて「いまここ塾」に載せてしまいました。


流れ的にやや不自然ですが、もう載せてしまったからこのままにします。



また次回、プチブッダ・エンジェルメッセンジャー・ソウルヒーラーのメッセージを載せることにします(笑)


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結局ですね・・・実践しかないと思うんですよ。 言葉には限界があって、それは真実を指し示すことはできますが、真実自体にはなり得ません。 だから実践しかないんです。 それが「瞑想」です。 だったらみんなで瞑想すればいいわけで、このブログもその ... 続きを読む
結局ですね・・・実践しかないと思うんですよ。


言葉には限界があって、それは真実を指し示すことはできますが、真実自体にはなり得ません。



だから実践しかないんです。

それが「瞑想」です。


だったらみんなで瞑想すればいいわけで、このブログもそのやり方を教えればいいことになります。


しかしここで問題なのは、瞑想とは行為ではなく、状態だということです。


行為なら指導できますが、状態は自分が工夫して作り出すしかありません。



その工夫として昔から伝わっているのが、たとえば坐禅の観息法などです。

静かに坐った状態で、淡々と自分の呼吸を見つめ続けるという方法です。

そこに徹底できれば瞑想が始まると言うわけです。



瞑想とは思考が消えた状態のことです。

それは純粋な目覚めた意識です。


透きとおった青空のようなもので、無限の自由がその本質です。

ところが僕たちの心には、絶え間ない雲(思考)が行き来していて、彼方なる大空が見えなくなってしまっています。

欲望や、羨望や、野望や、記憶や、そのほかゴチャゴチャしたガラクタが絶えず行き来し、大空を覆っているのです。



そんな心から離れること、無心の状態になることが瞑想です。

その静けさの中で、真実を体感することができます。


それ以外に真実を知る方法はありません。

心(思考)は真実を求めてあれこれと考えを巡らせますが、決して真実に行きつくことはありません。

心自体が真実の邪魔をしているのに、心は決して自分を失わないようにするからです。



そんな心を横に置くこと、絶え間ない思考から意識を離すことがポイントです。

それはちょっとしたコツのようなもので、一度掴んでしまえば、何度でもその境地に入ることができます。



心はいつも外側に向かっています。

いかにして成功するか、いかにして幸せになるか、いかにして欲しいものを手に入れるか・・・


人に好かれる方法、人間関係を改善する方法、あの人についての分析、自分の言動のチェック・・・


そんな方法が磨かれていったとしても、その基本姿勢は幼いままです。

70、80歳になっても、依然として権力争いに参加し、名誉や財産や、あれやこれやと貯め続けていたりします。


死がそれらすべてを奪い去っていくというのにです。



そんな生き方の無意味さを徹底的に理解した時、真実への探求が始まります。

外側に向いていた意識が、内側に向きだすのです。



心は外側志向であり、瞑想は内側志向です。

心は社会や世間を知っていますが、瞑想は神を知っています。



心によって得られたものはすべて死が奪い去っていきますが、瞑想は不死を理解するのです。


生まれもせず、死にもしないもの、常に「いまここ」に在り続ける大空、それが「本当のあなた」であり、その体感が瞑想です。





・・・・・・・・




さてこのブログですが、運営サイトのメンテナンスで25日午後6時から26日深夜12時までコメントの書き込みと記事の更新ができなくなります。

さらにその直後(27日0時)から、閲覧もできなくなり、27日20時までブログが完全停止するそうです。


またお会いしましょう。


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幸せの形・・・それは人の数だけあるのではないでしょうか。 多くの人からの相談で感じるのは、「こうでなくてはならない」という形に固執しているのではということです。 家族の形態や、子供の教育や、仕事や、人間関係や、自分の性格にいたるまで、何が一番ベタ ... 続きを読む
幸せの形・・・それは人の数だけあるのではないでしょうか。


多くの人からの相談で感じるのは、「こうでなくてはならない」という形に固執しているのではということです。


家族の形態や、子供の教育や、仕事や、人間関係や、自分の性格にいたるまで、何が一番ベターなのかの答えを握り締めているように思います。



そんな理想と自分の現実とを比較して、いらない不安やストレスを引き起こしている人がいるのです。





もしこの世に自分ひとりしかいなかったら、何かと比較することなく、自分独自の生き方をしたことでしょう。


こうでなくてはならないという形もなければ、ここに辿り着かなくてはならないという終着点もありません。



生きるとは、いつも「いまここ」にあふれる命を生きるということです。


「いま」がすなわち結果であり、「いま」は将来のための準備ではありません。



さあ、また深呼吸して、目の前の「いま」を生きていきましょう。




悩んでいたあなたに、ちょこっとメッセージでした。



・・・・・




さて、明日の「いまここ塾」、那覇の「てぃるる」(866-9090)で、19:30からです。

お気軽にご参加下さい。




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お久しぶりです。 前回の記事は札幌のホテルで、帰る日の朝に書いたものです。 なんだか全てを語ってしまったような気がして、次の筆が進みませんでした。 今日からまた、少しずつペースを取り戻してみます。 「大丈夫だよ」って、ただそれだけを ... 続きを読む
お久しぶりです。

前回の記事は札幌のホテルで、帰る日の朝に書いたものです。

なんだか全てを語ってしまったような気がして、次の筆が進みませんでした。


今日からまた、少しずつペースを取り戻してみます。







「大丈夫だよ」って、ただそれだけを伝えたいのだと再確認しました。

それは気休めではなく、本当に事実だから言っているのです。


ただしこれは内的体験から確信することなので、物的証拠を見せることができません。

でも僕と同じような体験をした人は、昔から異口同音に同じことを言ってきました。

それを信じることができるかどうかです。


たとえいま、どのような苦境にあえいでいようと、それがわかれば瞬時に救われます。

いやもっと正確に言うと、もともと救われていたことを思い出すのです。



今までに宇宙(神)から分離したことは一度もありませんでした。

そんなことは不可能です。


存在自体が神なのですから、そこを離れて存在することなどできないのです。


どんなに長く神を忘れようと、神は一瞬も僕をあなたを忘れたことがありません。

地球の片隅の、どんな辺鄙な田舎に暮らしていようと、一歩も外出できないような身体であろうと、神は一瞬たりともそんなあなたを忘れたことがありません。

一瞬たりともです。



そんなことが可能でしょうか。


可能です。

神は全知全能、僕たちの理解をはるかに超えたとてつもない存在だからです。


こんな言い方をすると、神というひとつのキャラが存在しているみたいに聞こえますが、そうではなく、「存在=神」なのです。

神とは「神を体験すること」です。



まるで牧師さんみたいですが、真実だから言います。

「あなたは神に無条件に愛されています」

例外はないのですよ。


そのような表現方法を持つキリスト教は、とても優れています。

単純明快、真理そのものです。



僕たちから見ると、この世には運のいい人や悪い人、幸せな人や不幸せな人がいるように見えますが、宇宙的視点から見ると、それらは全部同じことです。

僕たちは全体を見る目を持ち合わせていないので、起きている部分的な現象にとらわれがちですが、この世は完璧な仕組みによって瞬間瞬間出来上がっています。



だから任せてしまいましょう。

絶対他力の精神です。


その心境に至れば、もう怖いものはありません。

何が起きても神の思し召しだからです。



と言っても、何もしないわけではありません。

道に倒れている人がいたら、手を貸して起こしてあげるでしょう。

それも含めて、全部「思し召すままに」です。




今日は宮古島に行ってきます。

楽しみに待っていてくれる人たちに、歌を唄ってきます。




右に流れても 左に流れても どっちだっていいよ Let it Be

どんな流れも いつかは海に帰る 心配ないよ Let it Be

思し召すまま 流れのままに 任せてごらんよ Let it Be



楽しかったことも 悔しくて泣いたことも みんなありがとう Let it Be

恨んだあの人を 許してあげた時 奇跡が起こるのさ Let it Be

任せてごらん 天の力に 委ねてごらんよ Let it Be

思し召すまま 流れのままに 任せてごらんよ Let it Be

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こうして多くの人たちに出会っていって、結局何を伝えたいんだろう。 「いま」と「ここ」は同じもので、それは時間でも空間でもなくて、それは自分の存在の究極リアリティーで、僕たちは本当は宇宙全体で、あなたは僕で、僕はあなたで、すべては「ひとつ」で・ ... 続きを読む
こうして多くの人たちに出会っていって、結局何を伝えたいんだろう。






「いま」と「ここ」は同じもので、それは時間でも空間でもなくて、それは自分の存在の究極リアリティーで、僕たちは本当は宇宙全体で、あなたは僕で、僕はあなたで、すべては「ひとつ」で・・・



で、結局何が伝えたいんだろう。


それはね、「だから安心していいよ」って、表面的な現象から自分を否定してしまいがちだけど、そんな判断は単なる思い違いで、本当のあなたはとてつもなく掛け替えのない、本当に本当に素晴らしいものだから、だから自分に安心していいよって、それを伝えたい。


いま人生に何が起きていても、それは起きるように起きていて、それ以外は起きなかったのだし、しかもそのことはどのように見えようと、永遠の魂から見たら全部必要なことで、最後は必ず神のもとに帰れるから、それは絶対に確実だから、だから安心していいよって、それを伝えたい。


人生は試練なんかじゃないし、何ひとつ「・・・べき」も、「・・・ねばならない」もなくて、失敗しても、こっそり悪いことをしても、怒っても、恨んでも、自分が嫌いになっても、人を愛せなくても、神にツバをはいても、神はいつもあなたが幸せであることだけを望んでいるから、その神しか存在していないから、だから安心していますぐに幸せになっていいんだよって、それを伝えたい。


あなたは必ず僕が言っていることを細胞の一つ一つで理解できるときがくるから、僕が言っていることは真実だから、だから信頼してごらん、そうすれば心の荷物を降ろせるし、そして「いまここ」で幸せになれるからって、それを伝えたい。





こうして今日も生かされています。

命ある限り、そのことを伝え続けていきます。



出会ってくれて、ありがとうございました。



・・・・・・・・・



沖縄の人は、明日「いまここ塾」で会いましょう。

同じことを違う言い方で伝え続けていきます。



週末はうるま市で、その翌日は宮古島で、その翌週は石垣島でライブをします。

詳しくはこちらから。



七尾市講演会東京講演会は12月です。

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♪ あーあーあああああー・・・(あのメロディーで歌ってください) いま、札幌です。 来る前からワクワク楽しみにしていたのですが、集まってくださった人たちは本当にナイスな人たちでした。 まさに一期一会、その場でハプニングのようにして起きる分かち合 ... 続きを読む

あーあーあああああー・・・(あのメロディーで歌ってください)


いま、札幌です。

来る前からワクワク楽しみにしていたのですが、集まってくださった人たちは本当にナイスな人たちでした。


まさに一期一会、その場でハプニングのようにして起きる分かち合いですが、昨夜もとても有意義な時間を過ごすことができました。

人生で起きることや人との出会いは、すべて紙一重の巡り合わせが交差した結果であり、まことに不思議なありがたさを感じます。




東京や三重から来てくれた人もいました。


それどころかローマから、この講演会を聞きに来てくれたご夫婦もいましたびっくり!


今行かなければと思ったそうです。


日本語堪能なイタリア人の旦那様と、日本人の奥様と、大変素敵なカップルでした。

本当にありがとうございました。



あっそれからね、「あの世で聞いた、この世の仕組み」の雲黒斎さんとも会いましたよニコニコ

これがまた、なんというか、思ったとおりの人でした。

とてもハンサムな男性でしたよ。


ツーショットも撮ったので公開しましょうか?

あはは、きっとモザイクが入ると思います。



今日は二人で対談の予定です。

対談内容も何らかの形で公開したいと思っています。





最後になりましたが、このような機会を作ってくれた佐々木さんに心よりよりお礼申し上げます。




明日沖縄に帰ります。


みなさんも、いい休日をお過ごしください。


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