かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2009年01月

昨夜はすごく楽しい時間を過ごしました。 これこれ!!これだよって魂が小躍りするんです。 というのも札幌から雲黒斎さんが来沖してくれて、今日の打ち合わせを兼ねて二人で話をしたんです。 考えてみれば、スピ系の話をじっくりするのは初めてで、お互いにブロ ... 続きを読む
昨夜はすごく楽しい時間を過ごしました。

これこれ!!これだよって魂が小躍りするんです。


というのも札幌から雲黒斎さんが来沖してくれて、今日の打ち合わせを兼ねて二人で話をしたんです。

考えてみれば、スピ系の話をじっくりするのは初めてで、お互いにブログを読んでいるから相手の考えはわかっていても、実際に言葉のキャッチボールをすると、また違った響き合いがあって、あ~こんな時間が人生で一番好きなんだよなって、そう思いました。

こういう話は二人でするのはもったいなくて、皆さんにも聞かせたいフレーズが後から後から飛び出して、あんまり話すと本番に出てこなくなっちゃうので、打ち合わせするのをやめました(笑)

後は本番を待つのみです。



僕たちは何かの因果で、ほんの少し早く、人間が将来到達する次元を見てしまったのだと思います。

それをいかに翻訳して、わかりやすく言語化するか、その役目がお互いにあると思いました。

ブログは、そのための最も直接的な手段なのだと思います。




朝起きて黒斎さんのブログを見たら、沖縄に来たことを喜んでくれていました。

よかった、よかったニコニコ




今日もいい日でありますように。

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今日は黒斎さんが沖縄へやってきます。 考えてみれば彼と会ったのは昨年暮れの札幌が初めてで、以来一度も会っていません。 それなのにまるで旧友と再会するかのような気持です。 この世に偶然はないと言いますが、期せずして同じ時期にブログを始め、同じカテ ... 続きを読む
今日は黒斎さんが沖縄へやってきます。


考えてみれば彼と会ったのは昨年暮れの札幌が初めてで、以来一度も会っていません。

それなのにまるで旧友と再会するかのような気持です。


この世に偶然はないと言いますが、期せずして同じ時期にブログを始め、同じカテゴリーの人気ランキングで互いに刺激を与えあってきたのも、将来このような展開に結びつくためだったのかもしれません。

これはまだまだスタートに過ぎず、この先もっと多くの人たちと力を合わせることで、精神文化の新しい流れが生まれる可能性さえあると思っています。


宗教を超えた新しい精神文化です。

それは個人による個人のための宗教性の共有です。


僕は昔から宗教という組織には馴染めないできました。

それはこれからも変わらないと思います。


でも人間にとって「宗教性」は最も大切な要素です。

それを見失ってしまったら、人間はただの進化した肉体にすぎません。



これからの時代の劇的変化の中心的役割を果たすのが、人間の霊性(宗教性)への目覚めだと考えています。



これを読んでくれている人の中にも、特定の宗教と深い縁で結ばれた人もいるかと思います。

それが自分の感性と一致するのならば素晴らしいことです。


でも、自分が信じる組織や宗教だけが真実だと思わないでください。

極端な言い方をすれば、悟り方は人の数だけ存在し、宗教も人の数だけ存在します。

これからの時代は、どちらが正しいかを競ったり、相手を説き伏せたりするのではなく、お互いの違いの中に流れる共通の真実を見つけあっていくことが大切だと思います。




今回の黒斎さんとのイベントは、そんな気持ちで臨んでいます。




ありがとうございました。
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もしもあなたが、このブログに書かれた文章を読んで、これは真実だと感じたとしたら、その真実は最初から、あなたの中にあったことになります。 そうでなければ真実だとわかるはずがありません。 実際の話、あなたは最初の最初から全てを知っています。 ただそれ ... 続きを読む
もしもあなたが、このブログに書かれた文章を読んで、これは真実だと感じたとしたら、その真実は最初から、あなたの中にあったことになります。

そうでなければ真実だとわかるはずがありません。


実際の話、あなたは最初の最初から全てを知っています。

ただそれが漠然としていて掴みきれないだけです。

ここに書かれた記事の数々は、そんなあなたの心の中の思いを、言語化しているだけの話です。



真理を発見するために、世界中を旅する必要もありません。

ただ自分と共にいるだけで、この人生で知るべきあらゆる神秘を経験することができます。

その経験に比べたら、どこかの国の聖者が成すという奇蹟など、子供だましのようなものです。



秘境の奥地にある寺院で、真理をおごそかに伝授してもらおうなどとは思わないことです。

そんな場所よりも、「いま」いる「ここ」こそが、聖なる寺院なのですから。



あなたは全部知っています。

したがって、あなたがすることは、自分が知っていたことを思いだすことだけです。


それは常に「いまここ」で起きるのです。


僕たちは「いまここ」さえも先伸ばししてしまうから、気をつけましょうね。



最近はとても深い瞑想に入れるようになりました。

この場で適切なメッセージを送り続けていくためにも、さらに精進していきたいと考えています。

共に道を歩みながら、多くの人たちの成長に貢献していきましょう。




・・・・・・・・・・・・



PS


「あの世に聞いたこの世の仕組み in 沖縄」に、たくさんのお申し込みありがとうございました。

おかげさまで大盛況となりました。


当日の会場への道のりをお伝えします。


那覇から糸満に向かい、瀬長交差点を右折します。

アウトレットモールを左に見て、高架橋をまっすぐに行くと、西崎に入ります。

西崎運動公園(左手)が終わった交差点(左角にファミマがあります)を、右折して400m行った左側に、会場(首里天楼別邸)があります。




本土から来られる方は、タクシーに乗って、上記の文章を見せてください。



それではお気をつけてお越し下さい(^o^)

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今日は、今週末にせまった「あの世に聞いたこの世の仕組み in 沖縄」の雲黒斎さんの話をしてみます。 黒斎さんは社会の第一線で活躍するサラリーマンですが、長年溜めこんできたストレスが高じ、記憶がおぼつかなくなってしまい、心療内科に通い出したのだそうです。 ... 続きを読む
今日は、今週末にせまった「あの世に聞いたこの世の仕組み in 沖縄」の雲黒斎さんの話をしてみます。


黒斎さんは社会の第一線で活躍するサラリーマンですが、長年溜めこんできたストレスが高じ、記憶がおぼつかなくなってしまい、心療内科に通い出したのだそうです。

そこで副作用の強い薬を処方されます。

ところがなんと、その薬の副作用で脳に変化が生じ、いわゆる魂の覚醒を体験してしまうのです。

それまではまったくの唯物論者だったところが、僕と同じです。


このような意としない出来事によって、彼方なる世界への通路が開いてしまうということもよく聞く話です。



僕が初めて宇宙意識を垣間見た時、

「あー、この体験がいつ起きるのかは最初から決まっていた。いままで起きた全ての出来事はまさにこの体験をするためのものだった。いままで起きた全ての出来事には何一つ無駄がなく、何一つ偶然もなく、すべては完璧な計画のもとに進行していたことだった」

と強く感じました。

しかしその一方で、人生は瞬間瞬間の僕たちの選択が作り出しているというのも、これまた真実であり、やはりこの世の仕組みはあの世に聞くのが一番かなと思ったりします(笑)。


彼のブログは、そのプロローグからして大変に興味深いので、一読をお勧めします。



さてそんな彼が、初めて公の場に顔を見せるのが今回の講演会です。

僕との対談形式ですが、僕としては「あの世に聞いたあの世の仕組み」と「あの世に聞いたこの世の仕組み」の両方を聞き出してみたいと考えています。



真実はひとつです。

しかしその真実は、とうてい言葉で言い表すことはできず、したがって真実を見た人がそれをどう解釈し、どう言語化するのかによって、表現が大きく変わってしまいます。

古今東西、無数の宗教が生まれてきた理由の一端も、そこにあるように思います。

まったく違う表現をする人と話すことで、その違いの底辺に流れる共通の真実に触れた時、体に知的快感が走ります。

そんな講演になることを期待しています。



今回のイベントには本土から沖縄に来て下さる方も多く、彼の人気がうかがい知れます。

沖縄の皆さんも、このチャンスにお越しください。

会場となる首里天楼別邸(糸満市西崎)は、沖縄文化の粋を集めた素晴らしい舞台です。

きっと黒斎さんも喜んでくれると思います。

日時などの詳細は「あの世に聞いたこの世の仕組み in 沖縄」でご覧になれます。



来れない人のためには、当日の内容を少しでもブログで紹介できたらと考えています。



ブログを開設したことが、このような形となり、実際に多くの皆さんとお会いできるのですから、本当にありがたいことです。





すべての計らいに、ありがとうございます。

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先日はお寒い中、ライブ会場にまで足を運んでくれてありがとうございました。 遠方から駆けつけてくださった人も少なくなく、それはそれぞれに心の中で何かを求めているからだと思います。 その求めている世界を僕の中に見てくれたからこそ、遠くまで会いに来てくれた ... 続きを読む
先日はお寒い中、ライブ会場にまで足を運んでくれてありがとうございました。

遠方から駆けつけてくださった人も少なくなく、それはそれぞれに心の中で何かを求めているからだと思います。

その求めている世界を僕の中に見てくれたからこそ、遠くまで会いに来てくれたと思っています。


この先、時代が大きく移り変わり、それに伴って人々の意識にも大きな変化が訪れると言われています。

僕もその流れを実感している者の一人で、あらゆる活動はその流れを推し進めるためにあります。







さてそれでは、この先、人の意識はどのように変わるのでしょうか。

そして僕たちは内心何を求めているのでしょうか。


もし言葉にするとしたら、それは魂の喜びだと思います。

そしてこのことは、意識していない人も含めて、実は全ての人が潜在的に求めていることだと思います。

なぜなら、それが魂の宿命だからです。


魂が究極的に求めているのは、歓喜、祈り、一体感、安心、感謝、エクスタシー、それらを何万倍にもしたような、途方もない喜びです。

誰もがその喜びを、心のどこかで覚えています。

それが自分の本当の姿だからです。

したがって魂の喜びとは、本来の自分の姿に戻ることなのです。


歓喜があふれるその究極の世界では、自分の内側と外側が一つに溶け合っています。

内側の神(自分)と、外側の神(全て)が一つになっているのです。

その時、この世には神しか存在していなかったことを深く知ることになります。


それこそが唯一の真実です。

それ以外のことは、それぞれの頭が作り出している幻想でしかありません。

幻想は多岐にわたって様々な物語を創り出し、この世界こそが真実だと思わせます。

僕たちはすっかりその幻想のとりこになって、毎日を生きているのです。

人間関係や、仕事の成果や、恋愛や、哲学や、宗教や、思想や、それらすべてが幻想の織りなす世界です。



幻想は外側の神と内側の神を隔てるカーテンのような役割をしています。

そして、僕たちはそのカーテンが理想的な姿になれば、幸せになれると思っているのです。

ところがカーテンの一部の汚れが消えたと思っても、またすこし違う場所がよじれてしまい、こんどはそこに意識を向けると、また違う場所で問題が起きます。

そうやってエネルギーを消耗させる生き方が、旧来の生き方です。

それは永遠に幸せにはなれない生き方なのです。

そこでの本当の問題は、カーテンに現れる諸々の問題ではなく、カーテンしか見ずに、真実を見落としている視点にあるのです。



今この時代に、多くの人の意識が変わりだすと言われていますが、それを違う言い方で説明すれば、多くの人が本当の幸せのありかを発見し、意識が向いている方向がカーテンの幻想から神という真実に変わっていくということだと思います。



すべての苦しみの元である幻想のカーテン、それが自我であり、自我の作用です。


外と内を隔てている幻想を吹き払い、真実のひとつなる境地に到達したとき、ずっと探し求めていたものがあります。

実際には、吹き払ったものは幻想なので、元々は存在していなかったものです。

ないのにあるような顔をしていたものから、あるのに隠されてしまっていたリアリティーに気づくこと、その気づきがこれからの時代を創り出す原動力になると思っています。




これからも同じことを違う言い方で伝え続けていきます。


きっといつか、あなたのセンスに合った言い方ができると思います。


このようなつたない文章が、少しでもあなたのハートを打つことを願って、毎日パソコンに向かっています。



今日もここに来てくれてありがとうございました。


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昨日は、ほぼ丸一日爆睡していました。 土曜日からいきなり月曜日になってしまったかのような気分です。 今、母の家でこの記事を書いています その昔読んだのであろう「マカロニほうれん荘」という漫画が出てきました。 主人公は「トシちゃん25歳」と「きん ... 続きを読む
昨日は、ほぼ丸一日爆睡していました。

土曜日からいきなり月曜日になってしまったかのような気分です。


今、母の家でこの記事を書いています

その昔読んだのであろう「マカロニほうれん荘」という漫画が出てきました。

主人公は「トシちゃん25歳」と「きんどー日陽(にちよう)さん40歳」というおとぼけコンビです。


若さを持て余したトシちゃんの傍らで、何かあるとすぐに渋茶をすする40歳のきんどーさんの姿が滑稽でした。


あの頃は僕も25歳で、トシちゃんに感情移入して漫画を読んでいたように思います。

当時の僕から見れば、渋茶をすするきんどーさんは、すでに老境に達した別世界の人でした。



いつの間にか、そんなきんどーさんの年齢を、さらに一回りも上回ってしまいました。

ところが、心の中は今でも「トシちゃん25歳」です。

40歳のきんどーさんが、いまでもオジさんに見えます。



内側は歳をとっていないのです。



それどころか、実際の25歳の頃よりも、さらにエネルギッシュで充実しています。

自分への自信も、この先の時代への確信も、すべてが当時を上回っています。


これはどういうことでしょう。




五木寛之さんは、林住期(りんじゅうき)という本の中で、古代インドの考え方として、人生を4つに分けた考え方を紹介しています。


生まれてから青少年の学ぶ時期を学生期(がくしょうき)

仕事や家庭を持って働く時期を家住期(かじゅうき)

その後の人生を林住期(りんじゅうき)と遊行期(ゆうぎょうき)と呼びます。


現代では人生100年というのも珍しくなく、そこから考えて五木さんは、それぞれに25年ずつを当てはめています。

人は最初の25年間で心身を鍛え、学習に励み、次の25年間で就職し、結婚して社会的役割を果たし、次の25年間は引退した生活、さらに最後の25年間という具合です。


社会の風潮では、一番輝かしいのが最初の25年間で、一番活躍するのが次の25年間。

それにつづく後半の25年+25年は、人生のオマケのようなものと考えられています。

いわゆるご隠居さんです。

季節で言えば、春・夏・秋・冬という感じでしょうか。


僕の人生は秋に入り、すでに数年がたったことになります。


しかし、先ほどもお話したように、いまが最も輝いています。


五木さんも同じような考えで、林住期(りんじゅうき)こそが人生で最も素晴らしく実りある時期ではないかとおっしゃるのです。


今までの人生で培ってきたすべてを土台にして、大きく羽ばたくのがこの時期なのではないかと思うのです。


それは仕事のことだけではありません。


仕事は人生を生きるための手段であり、最も大切なのは「生きる」ことです。

生きることの意味を知ること、自分の存在を知ること、宇宙を知ること、神を知ること、そのようなテーマへの追求が「生きる」ことだと思います。


歳をとることが、こんなに素晴らしいことだなんて、若い頃は想像もできませんでした。


心身ともに充実したいまこそが、僕の人生のもっとも輝かしい季節であり、職業人(アーティスト)としても今が一番「旬」だと感じています。


そんな僕は、若さを持て余す若者達の中で渋茶をすすりながら、本当の青春をエンジョイしているのです。


そしてまだ見ぬ最後の遊行期(ゆうぎょうき)こそが、その名のとおり、遊戯三昧(ゆげざんまい)の境地で、仙人のように暮らすのだとイメージしています(^o^)



この先さらに素晴らしい人生を歩んでいきましょうね。




今日もここに来てくれてありがとうございました。



午後の便で沖縄に帰ります。




・・・・・・・




明日の「いまここ塾」は通常どおり吉の浦会館です。

初めての方も、お一人の方も、気軽に参加して下さい。

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いま秋葉原です。 今日も多くの人たちが遠方より集まってくれました。 何かを感じて帰ってくれるよう、心を込めて務めさせて頂きます。 このブログもそうですが、このようにしてお会いできた事を感謝しています。 一期一会 ありがとうございます。 ... 続きを読む
いま秋葉原です。

今日も多くの人たちが遠方より集まってくれました。

何かを感じて帰ってくれるよう、心を込めて務めさせて頂きます。


このブログもそうですが、このようにしてお会いできた事を感謝しています。



一期一会


ありがとうございます。
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