かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2009年09月

一昨日、犬や猫の殺処分の話を書いたら、mikiさんから意見を頂きました。 同じように考えた人もいたかと思いますので、取り上げてみます。 全文は長いので、部分的に取り上げながら、話を進めます。 途中、まるでmikiさんを責めているかのような文章があるかもし ... 続きを読む
一昨日、犬や猫の殺処分の話を書いたら、mikiさんから意見を頂きました。

同じように考えた人もいたかと思いますので、取り上げてみます。

全文は長いので、部分的に取り上げながら、話を進めます。


途中、まるでmikiさんを責めているかのような文章があるかもしれませんが、決してそのようなことはありません。

正直な意見に感謝しています。



>阿部様は、菜食主義ですか?


僕は基本的に肉は食べません。

基本的と書いたのは、レトルト食品などにも肉の成分が含まれていて、完璧にはできないからです。


しかし、菜食主義ではありません。

「主義」ではないのです。

「主義」とは、心の奥で相反する自分がいた場合に、それを抑え込むのに必要なスローガンのようなものです。

心の底からそう思えば、主義は要りません。

たとえば、僕たちは人間の肉は食しませんが、それは「人間を食べない主義」だからではありません。

食べたくないから食べないし、そこに主義は必要ありません。

「菜食主義」とは、心のどこかで肉を食べたい人の為のものです。



ではなぜ僕は食べないのでしょう。

ひとつは、動物の肉も人間の肉も、成分としては同じようなものだからです。

それに、もし道路でネコの轢死体があれば顔をそむけますが、あれとあまり変わらない状態のものを、焼いたとしても食べる気になれません。



>私は、空腹を満たすため鶏肉、豚肉、牛肉を日々食べています。


空腹を満たすためなら、他にも食べ物はあります。

肉を食べる人は、食べない人に比べて、大腸がんになる可能性が2倍以上あります。

健康面から見ても、環境破壊の面からみても、肉食はいずれ少なくなっていくか、淘汰される運命にあると思っています


あなたが肉を食べる理由は、単に肉が食べたいから、肉が好きだからではないでしょうか。

責めているのではなく、そこを混同すると正確なやりとりができないから、あえて書きました。

もし他に食べるものがなければ、僕も肉を食べるからです。



>犬に至っては、これを食す民族もいます。


食は文化によっても影響されています。

寿司屋で生のタコを食べるなど、西洋から見ればゲテモノでしょうが、日本人の多くは平気で食します。

そもそも、何を食べるかは、良い悪いではありません。

それは感性の問題です。


人間は何をか食べなければ生きていけません。

動物の肉を食べないのに、魚を食べるのは矛盾しているとか、野菜だって生き物だとかいう意見は、すべて思考から生まれています。

何を食べていいかは感受性が決める話です。


思考は論理的に結論を導こうとします。

肉を食べないと言いながら、魚を食べるのは矛盾しないかと。

理屈的には矛盾したとしても、何を食べるかは理屈ではなく、その人がどう感じるかの話です。


なんでも思考で答えを出そうとするから、今のような世の中になったのだと思います。

環境問題や、命の軽視など、現代社会が抱える問題は、感じることより考えることを重視してきた結果です。

人間の感受性が一段低いところに置かれ、思考が最も高い能力として扱われてきた結果です。


思考は、次のような考えを思いつきます。


>アフリカで飢餓に直面している乳幼児がいる何万人いる。

>先進国で飼われている猫は、マグロ、ささみを食べ,飢餓地帯の子供は泥水をすするような生活をしている。



だから、犬やネコの命だけを重視するのはおかしいのではとなるのです。


僕の知り合いで、モンゴルの子供たちの支援をしている方がいます。

つい先日もお会いしたのですが、その方はよく「なぜモンゴルの子供たちなのだ。沖縄にだって困っている子はいるし、世界にも飢餓があるというのに」

と言われるそうです。

まるで自分がやっていることが、偽善であるかのような言われ方もするそうです。

でもその人は、人生での出会いや、その瞬間のやむにやまれぬ衝動によって、その活動をしているのでしょう。

それは理屈ではありません。

一人の人が世の中のすべての問題を抱えることはできませんが、自分がこうしたいと思った目の前のことは、ささやかでも解決することが可能です。


「世界には困っている人がたくさんいるのに、なぜそれだけを助けるのか」

と指摘する人に限って、ただ批判をするだけで、自分では何もしていません。

もし何かをしていれば、そのような発想は沸いてこないからです。



>現実に起きていることこれにどう折り合いをつけていくか?私には、永遠のなぞです。


その気持ちに応えようと思い、今日の記事を書きました。


いくら考えても折り合いはつきません。

矛盾を矛盾として抱えながら、まさにいま、目の前の現実に心をこめて生きていきましょう。


あなたも僕も、そのままでいいのです。

もしあなたが、動物が無残な方法で殺され、食肉として生産されていく現場を想像し、それでも肉が食べたいなら、食べればいいのです。

想像力と感性を働かせてみて、それでもしたいことはすればいいと思います。

良い悪いの話ではないのですから。



感性は気づきに繋がっていきます。

その気づきが、地球規模の多くの問題を解決する糸口になっていくことでしょう。



考えの時代から、感性の時代へ、世の中は大きく動こうとしています。



・・・・・・・・・・・・・



お知らせ


「いまここ塾 in 名古屋」は、満席のためメールでの受付を終了しました。


大阪での雲 黒斎さんとのコラボ講演会にも、たくさんのお申し込みをいただいています。

大きな会場なので、まだお席はありますが、お早めにお申し込みください。


詳細はコチラから。




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まずは沖縄のみなさんにお知らせ。 今夜の「いまここ塾」は中城村、吉の浦会館で開催します。 ・・・・・・・・・ 先日、博多いまここ塾に来てくれた方からメールを頂きました。 その方は「大丈夫だよ」という言葉を、誤解していたのだそうです。 今 ... 続きを読む
まずは沖縄のみなさんにお知らせ。


今夜の「いまここ塾」は中城村、吉の浦会館で開催します。



・・・・・・・・・


先日、博多いまここ塾に来てくれた方からメールを頂きました。

その方は「大丈夫だよ」という言葉を、誤解していたのだそうです。

今日はその話をします。


何を隠そう、5年前に沖縄で最初に出した本が「大丈夫、大丈夫、だいじょうぶだから」でした。

伝えたいメッセージを集約すると、どうしてもその言葉になってしまうのです。


「ありがとう」や「ツイてる」同様、最近ではこの「大丈夫」が流行りのようですね。


で、その人は、「大丈夫」というポジティブな言葉を連発していれば、心も前向きになって、その結果いいことが起こる・・・だから僕もこの言葉を伝えていると思っていたそうです。


それなのに、生の講演を聞いてみたら、あれ?なんか違うぞ。

「心を明るくする呪文じゃなかったんだ!」


何か悪いことが起きた時や、不吉な予感がした時、「大丈夫」って言葉にして、大丈夫そうな顔をしていれば、それ以上悪くならないよって。


でも、僕が伝えてきたのは、そういうことじゃないんです。

たとえ、悪いことが最悪の事態になって、不吉な予感がすべて実現したとしても、やっぱり「大丈夫」っていうことなんです。


これは気休めじゃありません。

考え方でもありません。

ものの見方でも、心の態度でもありません。


大丈夫というのは、真理なのです。

何がどうなろうと、死のうと生きようと、僕らは最初の最初から100%救われていて、本当の自分は何一つ傷つくことがありません。

まったくもって純真無垢、愛と幸せに満たされた、光のような存在です。


え?幼いころは自分もそうだった気がするって?


いまも何も変わりませんよ。

あなたは、それ以外の存在だったことはないのですから。


ただちょっと冒険心を持ったあなたは、生まれた時に自分の本当の姿を忘れた振りをして、痛みと苦しみに満ちたスペクタクル・アドベンチャードラマに、参加しただけの話です。

生まれる前に、自分のドラマを選んだのもあなたなんですよ。




今日は小さな秘密を教えましょう。



実はこのドラマを選んだ時は、まさか人生がここまで困難だとは思わなかったんです。

困難であることは知っていました。

自分の成長のために、そして深い幸福感を再発見するために、困難と出会いたかったくらいです。


あの世で現象界の自分を想像した時は、もっと楽に人生の壁を乗り越えられそうな気がしたんです

でも実際に、このドラマに参加してみると、想像を超えた苦しみが待ち受けていました。


というのも、この世のアドベンチャードラマに参加するには、「忘却」という初期設定が義務付けられ、人生の目的も、無限の能力も、自分が何者であったのかも忘れてしまったからです。

しかも現象界は、あの世に比べて重力があり密度が濃く、何をするにも心身に負担がかかります。

さらには、参加者全員が忘却状態なので、それぞれに自分の安全を確保しようとして、油断も隙もあったもんじゃありません。


そんなドラマに疲れ果て、身も心もボロボロになってしまいました。


でも、大丈夫!


あなたは身でも心でもなく、その背後に静かに鎮座している魂そのものだからです。


魂は、この世の出来事には影響されていません。

だから本当のあなたはいつもピカピカです。

最初の最初からピカピカのままです(^o^)


だから言うんですよ。

「大丈夫だよ」って。



あなたを励まそうと思って言っているんじゃなくて、単なる事実の表明です。


どうします?もう少しスペクタクル・アドベンチャーを楽しみますか?

それとも、そろそろ本当の自分に目覚めます?


もう十分楽しんだ(苦しんだ)んじゃないですか?

そろそろ目覚めてみましょうよ。


♪赤


さて、お待たせしました。

雲 黒斎さんとの「コラボ講演会in大阪」の受付を開始します。


この世の仕組みを、あの世に聞いてみます。

そして、目覚めについて、立体的に語り合っていきます。

最強コンビによる、抱腹絶倒真理トークショーをお楽しみください。


詳細はコチラから。

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一昨日の博多いまここ塾で、ペットに関する質問がありました。 その中で質問者が「ペットも人間と同じ魂ですか?」と問われたので、「そうです」と答えました。 この世の全てのものは、同じひとつのエネルギーによって生かされています。 究極的には、魂は「ひと ... 続きを読む
一昨日の博多いまここ塾で、ペットに関する質問がありました。

その中で質問者が「ペットも人間と同じ魂ですか?」と問われたので、「そうです」と答えました。


この世の全てのものは、同じひとつのエネルギーによって生かされています。

究極的には、魂は「ひとつ」しかなく、それが個々の個性を通してこの世に表現されています。

したがって、僕はあなたであり、あなたは存在する全てであり、全ては「ひとつ」です。


ことわざに

「一寸の虫にも五分の魂」

とあります。

これは、どんなに弱い立場の人にも、それなりの意地があるのだから、侮ってはいけないという格言です。



「5分の魂」とは何でしょう。


一説によると、5%の魂とか、半分の魂とか言われていますが、そうではないと思います。


相手が小さな虫だとしても、僕たち人間と、五分五分(対等)の魂という意味ではないでしょうか。


動植物や昆虫でさえも、その中で生きているのは自分自身であり、彼らもあなたと同じ内的感覚を持っています。

そのようなイマジネーションを通して、生きとし生けるものと接することができれば、それが愛を生きるということだと思います。

その想像力は極めて大切なもので、昨日書いたような理想世界のベースになるものです。


もし残酷な方法で殺されていく生き物を見たとしたら、その中で苦しんでいるのは、自分とまったく同じ存在だと思って下さい。

それが事実ですから。



さて、ここ沖縄では一年間に、ネコが2800匹、犬が3200匹、動物愛護管理センターに持ち込まれています。

本来は人と動物との触れ合いのための機関ですが、実際には「殺処分場」としての役割を担っています。


さきほどのおびただしい数は、捨てられて捕獲されたペットの数ではありません。


飼い主が、自分の都合(引っ越しや結婚など)で、飼えなくなったという理由で持ち込んだ数です。

おそらくは「愛護センター」という名称が、罪の意識を減らしているのだと思います。


実際には、少しの猶予期間を持って、彼らは殺されていきます。

首に付けられた入所日は、彼らがあと何日生きられるかの情報です。


せめて、薬によって安楽死させてあげたいのですが、毒ガスで数十分間苦しませて殺しているのが現状です。

ここでも財政的理由が優先してしまうのです。


愛護管理センターの人達に罪はなく、彼らは持ち込む飼い主たちに、せめて可愛がってきたペットが、どのように死んでいくのかを見届けてほしいと言います。

そうすれば、自分が何をしたかがわかるからです。


我が家のネコも6匹になりました。

街の駐車場で、下半身にハエが集ったネコを見つけたので、また家族がひとり増えました。



ずっと無力感を抱えてきましたが、とにかくできることからやっていこうと思い立ち、チャリティーコンサートを企画しました。

妻の智子さんが、女性の愛をテーマに歌います。

僕もゲスト出演します。


収益金は全額、県内で数百匹の犬やネコを保護している民間団体に、エサに変えて寄付します。

慢性的なエサ不足に悩まされているからです。

たった6匹でも大変なのですから、それだけの数になったらどんなご苦労があるのか想像できます。



10月12日(祝)

浦添市 てだこ小ホール

18時開演



多くの皆さんのお越しをお待ちしています。

お問い合わせ・お申し込みはお電話でお願いします。


098-866-5880(母家)
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世界中みんなが幸せだったらいいですね。 笑顔がいたるところに溢れて、街角では子供たちが無邪気に遊びまわって、誰一人虐げられた人も、誰一人忘れられた人もいなくて、みんなが命の尊厳を持ち、お互いを認め合い、共に生きていけたらいいですね。 贅沢はいらない ... 続きを読む
世界中みんなが幸せだったらいいですね。

笑顔がいたるところに溢れて、街角では子供たちが無邪気に遊びまわって、誰一人虐げられた人も、誰一人忘れられた人もいなくて、みんなが命の尊厳を持ち、お互いを認め合い、共に生きていけたらいいですね。


贅沢はいらないから、そのかわり誰一人餓えに苦しむことなく、すべての家族があたりまえの家を持ち、ささやかでも温かい暮らしができたらいいですね。


難民も貧民もいなくて、戦争や事件に巻き込まれる人もいなくて、安全で平和な生活が送れたらいいですね。



そんなに難しい事じゃないと思います。

ほんのちょっと考え方を変えて、「もっと、もっと」という気持ちを抑えて、自分だけの幸せを追求するより、世界全体の幸せを目指したほうが、心の底から満足できることがわかれば、きっとみんなでそうすると思います。


できたら、動物もみんな幸せになれたらいいですね。

人間に食べられるために虐殺される動物もいなくて、捨てられて集められてガス室に送られるペットもいなくて、人間の知恵ですべての生き物たちが、愛されながら、バランスよく生きていけるような世界になったらいいですね。


僕はそんな世界を願いながら、今日も生きています。



世界中、みんなが幸せでありますように。




9月27日朝   博多のホテルにて

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昨日は飛行機の中で山川紘矢さんの本を読み切りました。 山川さんの著書は、深い話をとても平易な文章で書き表しているので、読みやすかったです。 昨夜は奥さまの亜希子さんからもメールをいただいて恐縮でした。 亜希子さんにも多くの著作があり、さらにわかり ... 続きを読む
昨日は飛行機の中で山川紘矢さんの本を読み切りました。

山川さんの著書は、深い話をとても平易な文章で書き表しているので、読みやすかったです。


昨夜は奥さまの亜希子さんからもメールをいただいて恐縮でした。

亜希子さんにも多くの著作があり、さらにわかりやすく書かれているようで、さっそく取り寄せました。

読むのが楽しみです。


お二人は、日本の多くの人たちに、真理へのインスピレーションを与えてきた功労者だと思います。

それは僕自身がこれからやろうとしていることであり、目指すべき先輩がいてくれるのは、たいへん心強いことだと感じています。


世の中が変わる時というのは、様々な分野でそんな役目を担う人たちが、次々と輩出されてきます。

人が時代を作るのではなく、時代が人を作っているのかもしれません。

その一部が僕であり、あなたであり、それぞれの持ち場で、愛を与え、愛を受け取っていくのでしょう。



分離意識が作り出した争いの世界は、終わりを遂げようとしています。

これからは、僕たちが同じひとつのものだということを理解し、共に与え、共に幸せになっていく時代です。

世界中のあらゆる人たちが、苦しみから救われたとしたら、どんなに素晴らしいことでしょう。



ずっと待ち望んだ世界が、いままさに実現しようとしています。

その確かな足音が聞こえだした今日この頃です。




9月26日  博多のホテルにて

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昨日からさまざまな急展開があり、楽しすぎて思考でいっぱいになっていましたが、やっといつもの自分にもどりました そしたら大変! 今日の12時の便で福岡に行くことに気付きました。 てっきり明日発だと思っていたのに。 それにしても、いくつかの偶然が ... 続きを読む
昨日からさまざまな急展開があり、楽しすぎて思考でいっぱいになっていましたが、やっといつもの自分にもどりましたニコニコ


そしたら大変!

今日の12時の便で福岡に行くことに気付きました。

てっきり明日発だと思っていたのに。


それにしても、いくつかの偶然が重なって、このことを思い出せたのは奇跡みたいなもので、ほんと守られていますね。


ありがとうございます。(誰に言っているんだろう?)



そんなわけで、急きょ旅支度をしています。


もし時間ができたら、また夕方くらいにアップしますね。


それじゃ、行ってきます。

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昨日は驚きました。 願ったことが瞬時に叶ってしまうのですから、ネットの力は想像以上のものがありますね。 すぐに連絡を取って下さった皆さんに、あらためてお礼申し上げます。 それにしても山川紘矢さんという人は、素晴らしい方ですね。 見も知らぬ僕のた ... 続きを読む
昨日は驚きました。

願ったことが瞬時に叶ってしまうのですから、ネットの力は想像以上のものがありますね。

すぐに連絡を取って下さった皆さんに、あらためてお礼申し上げます。


それにしても山川紘矢さんという人は、素晴らしい方ですね。

見も知らぬ僕のために、昨日から今朝にかけて何通ものメールを下さり、その飾らぬお人柄に感動しています。

やはり凄い人は、とても普通ですね。

よい先輩に巡り合えて、大変嬉しく思っています。




昨日のコメント欄から、はるまきさんのコメントです。


“すべては大丈夫だから”といったメッセージは諸刃の剣だと思っています。

こういうメッセージを発信される方全員のことを鵜呑みにはしたくないといつも思っております。

こんなカタイこと言わなくても、“すべては大丈夫”は事実なだけだったりして??





これは正直な気持ちでしょうね。

僕が各地の講演会で「大丈夫ですよ。あなたがいまどのような状況にあろうと、人生で何が起きていようと、あるいはこれから何が起きようと、それで大丈夫ですから」

と言うと、僕の妻までもが、

「あなたは何を根拠にそんなことを言うの?安易な気休めは人のためにならないんじゃないかしら」

とアドバイスしてくれました。


その妻は、8月のタイでの集中瞑想で見性し(見性体験は突然起こるので、何かをやった結果ではありません)、それからというものは、

「なーんだ、みんな最初から大丈夫だったんだ」

って言い始めました(笑)


これは彼方なる次元を一瞬でも垣間見れば、誰でもわかることです。

自分が全体から分離したことはなく、自分は全体そのものであり、何が起きようと、何を考えようと、そんな事とは関係なく、いつだって100%の幸せの中にあるのです。



僕たちが求めている境地は、どこか遠いところにあるのではなく、まさに「いまここ」にあります。

それは目指すべきゴールではなく、最初にいたスタート地点なのです。

あなたも僕も、いつもその中にいます。


だから大丈夫なんです。


あとは、自分を楽しんで、人生を遊べばいいのです。

人生は深刻な問題集ではなく、楽しむための、喜ぶための、贈り物です。



本来、人生でやるべきことは何もありません。

あえて言えば、苦しみの幻想から、リアルな世界に目覚めることくらいでしょうか。

でもそれさえも、夢を見ていようが目覚めていようが、100%の愛の中にいることに変わりないので、やっぱり大丈夫なのです。

死のうが生きようが同じことです。


いま人生で、受け入れがたい状況と遭遇している人には、ただの空論にしか聞こえないこともわかっています。


それでも言います。

「大丈夫だよ」


それしか伝えることがないのです。




山川さんの新刊からも、そんなメッセージが聞こえてきます。

同じことでも伝える人が変わると、またそこに膨らみが出てきますし、自分の中で信頼も沸いてきます。


だって、まったく違う環境で生きてきた人が、同じことを言っているのだから、そこには何かがあると思うのが自然でしょ。

今日にでも本屋さんに行って、山川紘矢さんの「輪廻転生を信じると人生が変わる」(ダイヤモンド出版)を読んでみてください。


そこに、もう一人の僕がいますよ(^o^)



いま急速に、同じことを感じる人が増えています。


まさにいまが、時代の、そして人類の大きな変革期なのです。




・・・・・・・・・・・・・・・・



向禅師も、同じことを感じ伝えている仲間です。


10月7日(水)に来沖して、「水曜の会スペシャル」に参加して下さいます。

沖縄のみなさんは、この機会にぜひご参加ください。

詳しくはコチラから。

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