かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2009年10月

こうしてブログという旗を振っているおかげで、目覚めに興味がある人や、目覚め前夜の人や、目覚め経験者や、いろんな人が集まってくれて、自分の思いを語ってくれます。 昭和62年ですから、もう22年も前の話になりますが、そういう仲間たちと出会いたい一心で、 ... 続きを読む
こうしてブログという旗を振っているおかげで、目覚めに興味がある人や、目覚め前夜の人や、目覚め経験者や、いろんな人が集まってくれて、自分の思いを語ってくれます。



昭和62年ですから、もう22年も前の話になりますが、そういう仲間たちと出会いたい一心で、ロックバンドをプロデュースし、そこに「いまここメッセージ」を乗せた作品を作り、デビューしてもらいました。


バブルの時代ということもあり、すぐに数千万円の資金が集まりました。

今思えば、あの頃の僕は、真理だけが絶対だと信じていたので、見方によったらかなり危険な存在だったと思います。

お金だとか、社会システムだとか、そんなものはどうでもよくなっていたのです。


このブログで伝えているメッセージは、すでに当時からすべて理解していましたが、そのことをどのように現象界に表していくのか、どのように生きていくのか、そこが極端に未熟だったと思います。

一部の理解者(真理を理解していたのではなく、そんな僕を面白がっていた人達)に守られてはいましたが、周囲からの反発や圧力は強くなる一方で、しかもそこに金銭が絡んでくるので、僕自身も大変でした。


でも心の中では、「所詮は人間界の出来事。僕にはそんなことは関係ない」と思っていました。

そのバンドは、メンバー達が自発的に始めたものではなく、僕がメッセージを伝えたい一心で作ったものだったので、維持費そのものにもお金がかかりました。

私利私欲ではないにしろ、まったく採算性のないことに湯水のようにお金を使うのですから、スポンサー達は大変だったでしょうし、お気の毒でした。



そんなある時、目の前に興味深いバンドが現れました。

確実に売れると直感できた初めてのバンドでした。


しかし結局はそのバンドを手放し、苦難な道を選びました。

これも思い込みだったかもしれませんが、その時は天から試されたように感じたのです。

いまならば、両立させることが可能ですが、その当時は真理一直線(笑)でしたので、わき目も振らず、メッセージ、メッセージでした。

ちなみに、その後彼らは、歴史を塗り替えるスーパーロックバンドになっていきました。


ちょうどそんな頃に、天河神社と出会い、それからはまさに「かんながら」の流れを生きてきたと思います。


そして今はこうして、いとも簡単に多くの仲間たちと出会うことができています。

人生に「もし」はありませんが、もしあの時、浮世の成功を手にしていたら、いまとはまったく違った人生だったでしょうし、欲望や怒りや嫉妬や執着心や、たくさんの苦しみを抱えていたことでしょう。


あの時、天から、「お前は頭も悪く、危なっかしい人間だが、真理を伝えたい情熱だけは認めてやろう」と、ずっと応援してきてもらった結果、今があるように思います。




つまらない昔話に付き合わせてしまいましたね。

何が言いたいのかと言えば、いまこうしてみなさんに会えていることが心底嬉しいし、こんな時代が来るなんて夢にも思わなかったということです。



昨日、目覚めを体験した人からメールをもらいました。

その人も、自分の見た真理の世界をどのように伝えようか、試行錯誤しているようでした。

そして漫画にすることを思いつき、初めて描いたという漫画が載っている自分のHPを紹介してくれました。

読んでみて、共感することも多く、まるで昔の自分を見ているような気になりました。


楽魂というHPで、短い漫画ですから、興味がある人は覗いてみてください。


楽魂




今夜は、久しぶりに那覇でライブです。(おかげさまのsold out)

初めて息子とも共演します。




光陰矢のごとし。





感謝。

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僕達が行き着こうとしているのは何処でしょうか。 僕たちは何を目指しているのでしょう。 今日も、瞑想中に感じたことを書いてみます。 言葉でうまく伝えられるかわかりませんが、とにかく書いてみます。 先ほどの答えですが、僕達が行き着こうとしてい ... 続きを読む
僕達が行き着こうとしているのは何処でしょうか。

僕たちは何を目指しているのでしょう。


今日も、瞑想中に感じたことを書いてみます。

言葉でうまく伝えられるかわかりませんが、とにかく書いてみます。




先ほどの答えですが、僕達が行き着こうとしているのは、いまの自分自身です。

ここがポイントです。

いまの自分自身なのです。


もしそれが、違うタイプの自分であれば、どのようにしてそこに辿りつくのかという問題が生まれますが、もうすでにそうであるところのものに行きつくというのは変な話です。

到達しようという試みこそが、根本的な間違いです。


僕たちは、何かに成ることはできません。

僕たちは、いつまで経っても、いまの自分なのです。

将来何かになるというような話ではないのです。

何もする必要はありません、

真理を見出すための時間も要りません。

まさに、いまここで、それは見つかります。



やることはただひとつ、目覚めるだけです。

思考との同化から離れて、ただあるがままに在るだけです。


思考のカーテンが透明になれば、そこに最初からあった真理が顔を出します。

それは、あまりにも当たり前すぎて、あえて自覚しなかった自分の本性です。

一度見つければ、自分の本性という言い方もできなくなります。

だって、森羅万象を作り出しているのは一種類の本性であり、それこそが「大いなるひとつ」なのですから。



急ぐことはありません。

急げば急ぐほど、道を外れていきます。

何もしないで、立ち止まることです。

未来に向かわずに、いまに在るのです。


自分が何処にも向かっていなかったことを見抜くのです。

向かう先などありません。

だって、いつだって「いまここ」しかないのですから。


いままでもそうだったし、これからもずっとそうです。



随(かんながら)神の物語の「7つの鍵の巻」で、弁財天(物語では真理への案内人)からのメッセージがありますが、その最後の言葉がこれです。



『どこを探しているのですか。私はいまここです』




そしてそれこそが、僕達の唯一の在りようなのです。




・・・・・・・・・・・・・・




沖縄の「いまここ塾」も、来週で5周年を迎えることになりました。

回数にして222回になります。

ちょうど文化の日で祝日のため、会場は那覇市のてぃるるで19時半からになります。
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僕たちは同じ「ひとつ」のもの。 その「ひとつ」こそが、「大いなるひとつ」と呼ばれているものです。 「大いなるひとつ」は歓喜に溢れ、完璧にして最高の至福に包まれています。 本当は、僕もあなたも限りなくハッピーなのです。 それが存在の本質なのですから ... 続きを読む
僕たちは同じ「ひとつ」のもの。

その「ひとつ」こそが、「大いなるひとつ」と呼ばれているものです。

「大いなるひとつ」は歓喜に溢れ、完璧にして最高の至福に包まれています。

本当は、僕もあなたも限りなくハッピーなのです。

それが存在の本質なのですから。


でもなかなか、そうは思えませんよね。



僕たちは自分の意志で、全体から切り離された苦難の世界に生まれてきました。

それには訳があったのです。


もし「大いなるひとつ」として、いつも完璧な最高の至福の中にいたとしたら、その至福が当たり前になってしまって、その素晴らしさを知ることができません。

それを知る為には、そうでない状態が必要なのです。


そこで「大いなるひとつ」は考えました。

『もし宇宙(自分)の一部がこの完璧さから離れて、本当の姿を見失い、また再びここに戻ってきたとしたら、その時は、最高の至福である自分を再認識できるだろう』


そして全体から分離した、個別意識の冒険が始まったのです。

それは、本来の「大いなるひとつ」を見つけ出し、再びそこに帰り着くための壮大な旅です。

苦しみ、悩み、傷つきながら、それでも記憶の片隅に残っている絶対的幸せを求めて、分離意識は今日も頑張って生きているのです。


気が遠くなるような悠久の時の中で、何万回もの生死を繰り返してきました。


絶対的幸せは、見つかりそうで見つかりませんでした。

その理由は、ずっと自分の外側を探してきたからです。


分離意識が見続けている幻想は、時として魅力に溢れ、ついそこに惹きつけられてしまいます。

その幻想の魅力は、本当の自分である最高の至福や歓びと比べたら、まるで取るに足らないゴミのようなものなのですが、分離意識からはそれが素晴らしく見えて、その代用品で自分を満たそうとしてしまうのです。

それが欲望です。

いくら満たしてもまたすぐに欲求不満になり、また夢を見て前進し、うまくいってもいかなくても、約束された彼方なる宝は決して見つかりません。



やれやれ、もういい加減に終わりにしよう。

心の底からそう思えたとしたら、それが大いなるチャンスの入り口です。


もうそろそろうんざりして、この幻想の旅全体をやめにしてもいい頃です。

決して早すぎるということはありません。

それくらい長い時を旅してきたのですから。



でも究極から見れば、時は存在していないし、「大いなるひとつ」から分離したこともありません。

だから、「最初から救われているよ」って言うんですが、そう言われてもね。



とにかく目を覚ますことです。

地球のアラームも大きく鳴り出していますよ。


「お~い、起きろ~!!」ってね。



「う~ん!」(目覚めの伸び) 



・・・・・・・・・・・



雲 黒斎 & 阿部敏郎 東京コラボ講演会」は受付を終了しました。

大阪コラボ講演会は、夜の部に空きがあります)

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僕達がみんな、究極的には「同じひとつのもの」だということは、何度も伝えてきましたね。 その「ひとつのもの」が、自分がずっと感じてきた他ならぬ自分自身だということを知れば、心の底から安心します。 自分が宇宙から切り離された孤独な存在ではなく、宇宙と、 ... 続きを読む
僕達がみんな、究極的には「同じひとつのもの」だということは、何度も伝えてきましたね。

その「ひとつのもの」が、自分がずっと感じてきた他ならぬ自分自身だということを知れば、心の底から安心します。


自分が宇宙から切り離された孤独な存在ではなく、宇宙と、そして全体と同じ質でひとつに繋がっている存在だとわかるからです。

それはちょうど一滴の海水が、自分の成分が海全体の成分と同じだっだと知って、自分が海そのものだと知るのと似ています。


その海水が海全体に溶け込んでいきます。

その時、海水が持っていた自己感覚が、海全体の感覚に拡張しますが、その時自分が消えるのではなく、全体が自分だという確かな感覚に満たされます。

あなたが宇宙に溶け去るのではなく、あなたが宇宙になるのです。


そんな感覚を、わずか一瞬でも体験すれば、その人の人生観は根底から覆ってしまうでしょう。

同じ生きとし生ける同胞への、慈しみが湧き出してきます。

慈愛というのは、優しい人が持つ感情のことではなく、外側に見える全てが自分自身だということを理解した時に訪れる、高い意識のことです。


みんながそのことを理解し、慈愛にあふれたとしたら、どんな世の中になるのか、考えただけでもワクワクしてしまいます。

そしていま人類の一部が、あきらかにその方向に向かって動き出しているのです。


そのウェーブはさらに高まり、いつしか地球全体を包みこんでいくことでしょう。



そのために、このネット環境が大きな役割を果たしていくと思います。


しっかりと地に足を付けて、たったひとつの情報を、これからも発信し続けていこうと決めています。





今日もここに来てくれてありがとうございました。




・・・・・・・・




【お知らせ】


12月東京いまここ塾」は、お申込者が定員に達しましたので、受付を終了しました。


黒斎さんとのコラボ講演会東京は、昼夜ともに受付を終了しました。


ありがとうございました。



申し込んだのに、数日たっても受付メールが届かない方は、電話(098-866-5880)にてお問い合わせください。

双方に、何かの不具合が生じている可能性があります。


よろしくお願いします。


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最近、講演会などでよく使うフレーズがあります。 「あなたの人生は、これ以上良くなりません」 こんなに受けの悪い言葉はありません(笑) もちろん、誰にでも見境なく、こんな話をしているわけではないですよ。 このブログを読んでくれている人だからこそ ... 続きを読む
最近、講演会などでよく使うフレーズがあります。


「あなたの人生は、これ以上良くなりません」

こんなに受けの悪い言葉はありません(笑)


もちろん、誰にでも見境なく、こんな話をしているわけではないですよ。

このブログを読んでくれている人だからこそ、伝えている真実です。


何故真実って言いきれるかって?

そういう想いから抜けられない人は、人生はこれからもっとよくなると期待しているんですね。


いいですよ、希望をたくさん持って下さい。

でも5年後のあなたも、10年後のあなたも、基本的にはいまとあまり変わらないことでしょう。

そして同じように、未来への希望を生きていると思います。

「いつか・・・いつか・・・」ってね。


その時も、「いま」とまったく同じ「いま」だということを知って下さい。



確かに、もっといい仕事にありつけたり、預金残高が増えたり、新しい恋人が見つかったり、そういう状況の変化はあるかもしれません。


そうなったら人生は良くなるのでしょうか。


いいえ、残念ながら「いま」と同じです。

同じように足りないものがあり、うまくいかないことがあり、欲求不満や、不安や心配や、腹が立つことや、イライラやストレスや・・・いまとあまり変わらないんですよ。



それを見抜くことは、自分への最高のプレゼントになります。

「いまを生きる」ということがよく分かってくるからです。

そのとき初めて、「生きる」ということが的を射たものになります。



「あなたの人生は、これ以上良くなりません」

この言葉を深く理解してください。


そしてジャンプしましょう。

時間の世界から、永遠の「いま」へ。





そういえば、今日は僕の誕生日でした。


でもね、僕はずいぶん前から歳を取っていません。

身体はこの世のものなので、老化現象を免れませんが、本当の僕はフレッシュなまま、いつも「ここ」にいます。


これからの一年は、僕にとって飛躍の年になっていくことでしょう。

僕を取り巻くさまざまな状況も大きく変化していくことでしょう。


でも人生は何も変わりません。

いまと同じように、「いま」があるだけのことです。


それを知ってからは、人生がとても楽になりました。

僕たちはどこかに向かっているわけではなく、いつも「いま」、あるがままの自分として存在しているだけなのです。

それ以上でも以下でもありません。



僕たちに大切なのは、まさにいま、あるがままの自分を受け入れるかどうかです。


常にそれだけが問われています。



そしてこれからも、いまと同じ自分がいます。


あなたはいつ、そんな自分を受け入れますか。



「いま」ですか。


それとも「いつか」ですか。





今日もここに来てくれてありがとうございました。






・・・・・・・・・・




今夜の「いまここ塾」は、吉の浦会館で20時からです。



12月のイベントの受付を開始します。


12月12日(土)  「博多いまここ塾

12月19日(土)  「東京いまここ塾」  sold out

12月20日(日)  「雲 黒斎 & 阿部敏郎 東京コラボ講演会」  sold out


詳細は上記のイベント名をクリックしてください。

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いま母の家に来ています。 昨日の夜には沖縄に帰る予定だったのを、急きょ変更することにしたんです。 母と妹と従姉と久しぶりにみんなが顔を合わせたので、昨夜は遅くまで盛り上がってしまいました。 それに昨日のライブもすごく楽しくて・・・・で、何が言いたい ... 続きを読む
いま母の家に来ています。

昨日の夜には沖縄に帰る予定だったのを、急きょ変更することにしたんです。

母と妹と従姉と久しぶりにみんなが顔を合わせたので、昨夜は遅くまで盛り上がってしまいました。

それに昨日のライブもすごく楽しくて・・・・で、何が言いたいかといえば、今朝は寝坊して、記事を書く時間がなくなってしまったということです。


スマンです  m(_ _)m


それにしても、あんなに嬉しそうな母の顔を久しぶりに見ました。

昔話もたくさんあって、長い長い人生の、僕が知らなかった母や、祖父や、そのほかいろんな人たちの話が聞けてよかったです。



夕方には那覇に着きます。

大変申し訳ないのですが、12月のイベントの受付も明日からになってしまいます。



スマンです  m(_ _)m




それじゃ、顔洗ってきます。


今日もいい日でありますように。
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元気ですか。 僕はいま東京のホテルです。 いつもは母の家に泊まるのですが、今回は朝から打ち合わせなどで忙しく、都内に宿をとりました。 きっとこの界隈は、毎朝多くの人が行き来するのでしょうが、日曜日はとても静かです。 朝起きて、仕事に出かけ、帰 ... 続きを読む
元気ですか。

僕はいま東京のホテルです。

いつもは母の家に泊まるのですが、今回は朝から打ち合わせなどで忙しく、都内に宿をとりました。

きっとこの界隈は、毎朝多くの人が行き来するのでしょうが、日曜日はとても静かです。



朝起きて、仕事に出かけ、帰りに仲間と酒を飲み、帰宅して眠って、また仕事に出かけという毎日の繰り返しの中で、そんな生活を越えた世界に目覚めるというのは、とても素晴らしいことだし、幸運なことだと思います。


まだまだ自分の至らなさや、悟りに程遠い心の状態に手を焼くことも多いとしても、それでも何かに気づきつつあることだけでも凄いことだと、自分を認めてあげましょう。


僕らは足りないところばかりに気が行ってしまいがちですが、実際にはうまくいっていることも数えきれないくらいあります。

自分を認め、褒める癖をつけるのも大切なことだと思うのです。


そうでなければ無意識に自分を否定したり責めたりしてばかりで、バランスを欠いてしまいます。




僕たちはずいぶん長い旅を続けてきました。

このブログに書かれているような内容に興味を持ちだしたということは、それまでに沢山の苦労をし、悩み苦しみ、それでも頑張って生きようとした自分がいたからです。

自分ではなかなか気づきませんが、実は僕もあなたも、ずいぶん成長してきているのです。

あえて前世という言葉を使いますが、前世の自分と比べれば、いまの自分は比較にならないくらい、意識が高まってきています。

あのころは、真理の言葉を耳にしても、それを伝えてくれたブッダにただ恐れ入り、言葉を鵜呑みにして信じようとするのが関の山でした。


でもいまは違います。


そのブッダと自分は、本当は何一つ変わらないことを知っています。


たしかにブッダは成就していますが、それは僕たちの未来の姿です。

ブッダは僕たちの未来であり、僕たちはブッダの過去の姿です。

ただそれだけの違いです。


そして究極的には時間は存在していなくて、過去も未来も「いま」の中に存在しているので、僕たちはすでにブッダであるとも言えるのです。


自分の存在に、そして自分の人生の流れに感謝しましょう。


たとえいま、どのような現実を抱えていたとしても、自分が自分であったことの素晴らしさを知る日が必ず来ますから。



2009年10月25日 朝    東京にて

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