かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2009年11月

おはよう。 いま札幌のホテルです。 去年の今ごろも札幌に呼んでいただき、思えばその直後から強い追い風に煽られるようにして一年が過ぎたような気がします。 来年はどんな風が吹くのでしょうか。 みんなで大空に舞い上がりたいですね。 諸行無常で、すべては移り変 ... 続きを読む
おはよう。

いま札幌のホテルです。


去年の今ごろも札幌に呼んでいただき、思えばその直後から強い追い風に煽られるようにして一年が過ぎたような気がします。

来年はどんな風が吹くのでしょうか。

みんなで大空に舞い上がりたいですね。



諸行無常で、すべては移り変わっていきます。

僕も、あなたも、生きとし生けるものすべては、やがてこの世を去っていきます。


でもその背後に、来たらず去らぬものがあります。

それが本当のあなたであり、本当の僕です。


それは時間を超えて、いつも「いまここ」にいます。

現象界で何が起きても、それはただ静かに僕たちを見守っています。

僕たちはその存在を忘れがちですが、その存在が僕たちを忘れたことはありません。

いつも、想像を超えた愛で包んでくれています。

僕たちがどんなに遠くまで歩いたつもりても、実は一瞬もそこから離れたことがありません。

ちょうど孫悟空が宇宙の果てまで飛んだつもりで、釈迦の手のひらの上にいたというのと同じです。


生活の中で、その存在を思い出し、少しでも長い時間、その存在と共に在ることが、いまの僕たちにできる最も素晴らしいことではないかと思っています。


足を止めて、深呼吸すれば、いまもここにいることを思い出します。


いつだって「いまここ」です。



北海道の皆さん、ありがとうございました。

釧路や富良野など、遠方からもたくさん来てくれました。

稚内の方が、吹雪で来られなくなってしまったとのこと。

次回は雪のない季節にしますね。



・・・・・・・



午後一の便で沖縄に帰ります。

明日の「いまここ塾」は中城村で8時からです。


感謝





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今日もまた、うまく書く自信がありません。 イメージは頭の中にあるのですが、どう言葉にしていいものか・・・ とにかく書いてみます。 なんとなくでも、わかってくれたら嬉しいです。 ちょうど人の群れの中を歩いているみたいな感じです。 その群れは ... 続きを読む
今日もまた、うまく書く自信がありません。

イメージは頭の中にあるのですが、どう言葉にしていいものか・・・


とにかく書いてみます。

なんとなくでも、わかってくれたら嬉しいです。



ちょうど人の群れの中を歩いているみたいな感じです。

その群れは、同じ方向に向かって黙々と歩き続けています。

僕も昔は一緒になって、歩調を合わせて歩いていたんです。

その流れのエネルギーに貢献していました。


でもあるとき気がつきました。

この行く手には何もないことが。

それどころか、ことの全体が幻想だということを。



人類の共同幻想は、いまも続いています。

だから、その中の一人や二人が目覚めたからって、何も変わらないんです。

目覚めた人も相変わらず、人の群れに押し流されるようにして、旅を続けていくことになります。


だから目覚めても、また夢が始まるのです。

それは個だけではなく、全体が担っている夢なのですから。

それは宇宙の遊戯です。



もし、人類全体が幻想から目覚めたらどうなるんでしょうか。

もし同時に、みんなが「同じひとつのもの」ということを見抜き、人類規模で喜びや祝福が炸裂したとしたら、そこで、宇宙の遊戯は終了するんでしょうか。


いえいえ、この宇宙の無限性から見れば、それは単にひとつのゲームが終わるだけのこと。

チャプター1が終わって、そこからまた新しい次のゲームが始まっていくんです。


アセンションとは、ちょうどチャプター1の終了みたいなものじゃないでしょうか。

これ以上これまでの夢を見ていると、そもそもの身体である地球自体が疲弊してしまうので、「そろそろ次行こうや」って、そんなムードになってきているのかもしれません。



この先どんなゲームが待っているのか、ワクワクしますね。

きっとそれは、地球感覚を持ちながら、さらなる「大いなるひとつ」に帰っていくプロセスのような気がします。


この次元の旅は苦しみという素材でできていましたが、次のゲームは喜びがその基盤にあるように予感しています。



早くそうなんないかな。





今日もまた、僕たちが同じひとつのものであることを伝えに行ってきます。


いまこれを書いている時間は、朝の6:30です。

8:30にセットしておきます。

その時間、僕は飛行機の中です。

今日は北海道の皆さん にお会いします。


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昨日、「Star People」という本が送られてきました。 季刊誌のようですが、スピ系情報満載の本です。 読んで驚いたのは、このブログで伝えてきたことが、いろんな人たちによって語られていること。 そうか、この手の情報は、もはや当たり前の時代になっているのか ... 続きを読む
昨日、「Star People」という本が送られてきました。

季刊誌のようですが、スピ系情報満載の本です。


読んで驚いたのは、このブログで伝えてきたことが、いろんな人たちによって語られていること。

そうか、この手の情報は、もはや当たり前の時代になっているのか。

スピリチュアルと呼ばれる分野で、いままで氾濫していたのが、ちょっと怪しげな世界だということを考えると、急激に真理の情報が増えてきたということでしょうか。


うん、いいね、いいね。


「いまここ」

「思考を超える(ノーマインド)」



そういう経験があれば話は早くて、すでにそのとき全部理解しているから、「ねっ」で終わり。

後は言葉を遊びながら、お互いに感じあうだけのことです。


このブログも、そんな言葉遊びのひとつです。

だから、ここに書いた「言葉」に反応して、その言葉は間違っているとかって、反対意見を言われても困ってしまうのです。

あなたがそう思うのなら、そうなのですから、僕にはそれ以上言うことはないのです。


ポイントは、実際に真理を体験することです。


そのとき、人は必ずこう言います。

「なーんだ、このことは知っていた」


いまもあなたは知っています。

いままでもずっと知っていました。

知らなかったことがないから、知っていることに気づかないのです。

そんな感じです。


最近ますます、僕が何を言っているのか、わかる人が増えてきました。

一昔前は、本当に少なかったんですよ。



さて、送ってもらった本をパラパラと読んで、びっくり。


中に一人、僕そっくりの、いや僕とまったく同じことを言っている人が。


言い方も同じ。


トーンも同じ。


話の中に出てくるエピソードも同じ。


写真の顔も同じ。



あっ、僕だ。



8月の「博多いまここ塾」が終わった後に、インタビューしてもらったときの記事でした。




写真を見て思ったこと、


「カルッ」



仕方ないですね、これがそのままのキャラなんだから。


質問に答えている内容も、もっと真理をズバズバ言っておけばよかったって、「あの時こうしておけばよかった」「これからはこうしよう」ってな具合に、また過去と未来に、しばし心を奪われていた今朝の僕です(笑)




さてと、また今日も一日、幻想に振り回されるとするか。


飽きたらまた、「いまここ」に帰ってきます。




ま、気楽にいきましょう。




どうですか、お茶でも一杯。











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先日沖縄にダライラマさんが来られたんですよ。 僕はあいにく行くことができなかったんですが、行った人が印象に残ったと教えてくれた言葉は 「私は普通の人間です」 うふふ、いいね、この言葉。 「私は普通の人間です」 ダライラマからこの言葉 ... 続きを読む
先日沖縄にダライラマさんが来られたんですよ。

僕はあいにく行くことができなかったんですが、行った人が印象に残ったと教えてくれた言葉は


「私は普通の人間です」



うふふ、いいね、この言葉。


「私は普通の人間です」



ダライラマからこの言葉を聴いた人は、こう思うんじゃないですか。


「さすがダライラマ、謙虚だな」



謙虚?

残念でした、ハズレです。



彼はこう言ったんです。


「私は普通の人間です」



それ以上でも以下でもありません。



彼はただ正直にこう言ったんです。


「私は普通の人間です」



『そう言うんだから、きっとあるがままの普通の人なんだろうけど、でも少なくとも私の普通さとは違うはずだ、だって相手はダライラマだもん』


ね、しつこいでしょ。



普通は普通、ただ普通。


あなたも、私も、僕も、ラマちゃんも、みんな普通のただの人。


こういう言い方すると、ずいぶん傲慢で生意気に思われてしまいます。

一度染み付いた観念はなかなか取れないから。



あなたには、積みし無量の罪などありませんよ。

それは、あなたの記憶の中にあるだけです。


「いま」新しく生まれたと思って、誰でもない新しい自分が「いま」生まれたと思って、さあそんなフレッシュな自分は、すごく普通で、生き生きして、そのままでOKでしょ。


いろんな記憶や判断が、自分や他人をあれこれ裁いているだけで、それはたんなるマインドの癖。


ただ、「いま」に帰ってくれば、すべてはOKですよね。



いいとこ半分

悪いとこ半分

どっちも半分

誰にでも半分


みんな普通で、おあいこ♪


みんな同じ、本当に同じ、だから普通なんですよ。




ダライラマさん、いいなぁ。

あんなオジさんが、家の二階にいてくれたら、毎日心健やかだね(^o^)



今日もいい日でありますように。
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たくさんのコメントありがとうございました。 何時間もかけてじっくり読ませてもらいました。 一人ひとりに人生があって、それはみんな同じ重さの人生なんだよなって、そんな当たり前のことを考えました。 人のために良かれと思い、自分のために良かれと思い、み ... 続きを読む
たくさんのコメントありがとうございました。

何時間もかけてじっくり読ませてもらいました。


一人ひとりに人生があって、それはみんな同じ重さの人生なんだよなって、そんな当たり前のことを考えました。

人のために良かれと思い、自分のために良かれと思い、みんなそれぞれの荷物を抱えながらも一生懸命に生きているのだから、みんなが幸せであればいいですね。



僕が結婚したのは18年前です。


僕は自分の人生に、結婚などということが起こるとは夢にも思っていませんでした。

9分9厘、生涯独身で暮らすと思っていました。


それがなぜ結婚したのか、そのあたりをお話します。


そもそも彼女自身、結婚という形には反対していました。

すでに結婚生活を経験し、結婚が持つ矛盾を感じ取っていたからです。


結婚とは生物的な形態ではありません。

結婚とは社会的な形式です。

それは人間が作り出した制度です。


そのあたりは僕も理解していました。

一人では寂しいから、その制度を使って幸せを得ようというのです。

そのようなニーズ同士の関わりが、いつまでもうまくいくはずがありません。

多くの葛藤や忍耐が始まり、それを修行と呼ぶことで正当化します。

少なくとも、僕はそのような生活は望まないはずでした。


その僕が、彼女に強く迫り、結婚という形をとったのは何故でしょう。

もし何か理由を述べろというのなら、彼女が好きだったからだと思います。

結婚の無意味さを知りながら、彼女と末永く一緒にいたいという、僕のニーズであり、僕のエゴがそうさせたと思います。


好きだという気持ちは、理屈を超えています。

一緒にいたいという気持ちは、どんな真実の言葉も空しく聞こえるくらい、確かで強いものです。


それが僕の結婚です。

浮気をすることなく、彼女を愛し続けてきました。

思ったとおり、結婚生活は楽しいことばかりではありませんでしたが、こうして皆さんの前に立って、社会生活をしていること自体が、結婚の賜物です。

もし一人だったら、社会に背を向けて、時代遅れのヒッピー生活をしていた可能性があります。

それもひとつの人生ですが、僕はいまの人生でよかったと思っています。


結婚によって制限された自由と、結婚によって与えられたプレゼントと、その両方がいまの自分を作っていると思います。


僕はいまも彼女と暮らしていますが、それは結婚しているからではなく、一緒に暮らしたいからです。

だからあえて結婚している理由もありませんが、結婚していてもいいと思っています。


それが僕の結婚観であり、矛盾を含んだ僕の現実です。


一人ひとりに人生があります。

それは、その人にしかわからないものであり、他人が評価したり判断したりできるものではないと思います。



ご意見ありがとうございました。


一人ひとりに、その人だけの人生があると思いました。

そして僕も、そのひとりです。

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さて今日は、現実生活に焦点を当ててみます。 テーマは「結婚」です。 普段このブログでは、精神世界を中心に綴っていますが、同時に僕たちは現実世界を生きています。 地に足をつけて生きることの大切さは言うまでもありません。 そんなことも互いに学んでい ... 続きを読む
さて今日は、現実生活に焦点を当ててみます。

テーマは「結婚」です。


普段このブログでは、精神世界を中心に綴っていますが、同時に僕たちは現実世界を生きています。

地に足をつけて生きることの大切さは言うまでもありません。

そんなことも互いに学んでいけたらと思います。


あなた自身は「結婚」をどのように考え、どのように生きていますか。



この話題は、現実の人生にとって、とても重要であるにも関わらず、その本質を語り合う機会が少ないような気がします。

でも、とても重要なテーマですよね。


いつも思うのですが、ここに寄せられる生の声は、本を何冊も読む以上に、迫ってくるリアリティーがあり、学びも多くあります。



今回も、あなたの声を聞かせてください。



あなたにとって結婚とは何ですか。

結婚の意味とは。

結婚の素晴らしさと問題点。

あなた自身の現実。

将来の展望。


などなど、ご意見をお待ちしています。
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おはよう。 お目覚めはいかが? 長い夢だったね。 でも「私」は、いつもあなたを見ていたよ。 あなたがどんなに遠く離れても、あなたが道に迷ってしまった時も、夢の世界で苦しんでいた時も、「私」を恨んでいた時も、どんな時も「いまここ」で、あなたが内 ... 続きを読む
おはよう。

お目覚めはいかが?


長い夢だったね。


でも「私」は、いつもあなたを見ていたよ。

あなたがどんなに遠く離れても、あなたが道に迷ってしまった時も、夢の世界で苦しんでいた時も、「私」を恨んでいた時も、どんな時も「いまここ」で、あなたが内側を振り向いてくれる日をじっと待っていたよ。


そしてあなたは帰ってきた。


「おかえり」



そしてあなたは目を覚ました。


「おはよう」



いまこそわかるでしょ?


あなたが「私」から、ずっと愛され続けていたことが。

実はどこにも行っていなかったことが。

実は「私」から離れたことがなかったということが。

ずっと「いまここ」で見ていた夢だったことが。



「おかえり」


そして


「おはよう」




・・・・・・・・・・・




今日は、PCに向かうなり、いきなり言葉が飛び出してきました。

僕はただキーボードを叩いただけです。

これがチャネリングとか自動書記とか言われることなのかもしれませんね。

随(かんながら)神」を書いた時も、何度もこんな感覚になりました。

もちろんこのブログを書いている時も、何度も同じ状態を味わっています。



昨日のコラボ講演会に来てくれた皆さん、そして昨日のコメ欄に会の感想を書いてくれたみなさん、そしていつも信頼して任せてくれる黒斎さん、ありがとうございました。


講演会が始まる前は、どんな風にしようかと決めたことはありません。

まさに、かんながら、流れのままです。


でもこうしてコラボ講演会を何度か経験してみてわかったことがあります。

ソロのときは、彼方から湧き出してくるままに、言葉を発する媒体に成りきりますが、コラボになると、僕の役目は笑いをとることに徹するようです。

おそらくそれは、相方(向和尚だったり黒斎さんだったり)が、本当のことをしゃべってくれることを信頼しているからでしょう。

そしてあのような場が求めているのは、新しい言葉や情報だけではなく、その場の一体感であり、共感ではないかと思うのです。

何を聞いたかではなく、何を感じたかが、講演会の目的のようにも思います。


まさに一期一会。


このような会をやらせていただいて、ありがとうございます。




また一週間が始まりましたね。

ブログの場合は、文字情報であり、読み手がどのように文章を解釈するのかということに対しては無力のため、限界もありますが、これからも淡々と書き綴っていこうと思っています。


今日もここに来てくれてありがとうございました。




・・・・・・・



12月13日の大阪いまここ塾の受付を開始します。

詳しくはコチラから。



今夜のいまここ塾は、那覇市の「てぃるる」です。

これから空港に向かい、沖縄に帰ります。



ありがとう、大阪 。

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