かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2009年12月

僕もあなたも、肉体の中に閉じ込められた窮屈な存在ではありません。 肉体を、この世で生きるための乗り物として使ってはいますが、実際には根源的エネルギーが本当の姿であり、それは形を持たず、大きさもありません。 根源的エネルギーは、太陽を生み、地球を動かし ... 続きを読む
僕もあなたも、肉体の中に閉じ込められた窮屈な存在ではありません。

肉体を、この世で生きるための乗り物として使ってはいますが、実際には根源的エネルギーが本当の姿であり、それは形を持たず、大きさもありません。

根源的エネルギーは、太陽を生み、地球を動かし、地上の緑や様々な命を育んでいます。

その力は壮大です。


そして、その同じ力が、あなたの中であなたを生かしています。

まったく同じ力がです。


本当の自分というものは、自分の想像をはるかに超えた、とてつもなく素晴らしい、価値ある存在なのです。


その力を使えば、不可能なことなどありません。

どうか、あなたの中にある無限の潜在力を信じてください。



僕はいつも「いまここ」を生きることを奨励してきました。

しかしだからと言って、じっと「いまここ」の中に佇んで、石のように在れと言っているのではありません。

「いまここ」は生きています。


この荒々しい波動の世界に身を置くことで、我々は多くの障害に出会い、軋轢を余儀なくされてきました。

わざとそのような状況に身を置いたのは、よりよくなろうとする意思を使って、自分も現実もさらに高まっていくことで、本来の無限の自分自身を再確認するためです。


それが根源的エネルギーの特性であり、それはいつも、より発展していこうとしています。

そんなエネルギーと調和しているときは、生き生きした感覚や、喜びや充実感を得ることができますが、反対にそことズレが生じると、イライラなどの不快感や、意気消沈した滞りを感じることになります。

したがって、自分を信じ、自分の心の声と調和することは、とても大切なことです。



来年は逆転の年です。

いままで控えめに生きていた者たちが、自分に目覚め、新しいやり方で地上に影響を与えていきます。

それは、頑張りや粘りといったエネルギーではなく、愛と創造性に満ちたエネルギーの躍動です。


このブログでは主に、散漫な思考が創り出す幻想からの目覚めを説いてきましたが、これからは機会を見て、自分が思考をコントロールし、その思考力と想像力を使うことで、自分の現実をさらに高いレベルに上げていく技術を学んでいきましょう。

「いまここ」とは、愛と創造性に満ちた無限のエネルギーなのですから。


ワクワクした気持ちを取り戻して、子供のような純真無垢な心で、人生を楽しんで生きたいですね。


僕自身がそこを生きることで、誰もが持っている可能性を実証していきたいと思っています。


そうすれば、多くの人たちへの力づけになれますよね。


いつも完全な力によって見守られていることを忘れないでください。

と同時に、自分の人生の作者は自分自身であり、どのようなストーリーも描けることも忘れないでください。




今年も一年お世話になりました。




よいお年をお迎えください。

このエントリーをはてなブックマークに追加

お元気ですか。 いよいよ今年も終わりですね。 こんなに年の瀬を感じたことはありません。 いつもなら、え?もう12月30日!?、早いなぁ、実感ないなぁ、で終わりなんだけどね。 だっていつも同じ「いま」があるだけで、年末だとか、新年だとか、そんなものは ... 続きを読む
お元気ですか。
いよいよ今年も終わりですね。

こんなに年の瀬を感じたことはありません。

いつもなら、え?もう12月30日!?、早いなぁ、実感ないなぁ、で終わりなんだけどね。

だっていつも同じ「いま」があるだけで、年末だとか、新年だとか、そんなものは人間が作り出した暦に過ぎないわけで、「僕とは関係ない」って多少ひねくれた感覚を持って生きていたのが、今年はちょっと感傷的だったりします。

これって歳のせいでしょうか。

それとも性格が素直になったのかな。


なんとなく、今年と来年はすごく違うような気がするんですよ。

世の中全体も、そして自分自身も。


いままでの常識がますます通用しなくなって、変化が著しくて、目に見えていろんな仕組みが逆転していくんじゃないかって、そんなふうに思っています。

それは別に悪いことではなくて、むしろ僕のような考え方や生き方をしてきた人間には、やっと時代が来たと感じるような変化だと思います。


中にはいままでの価値観に頑ななまでにしがみついて、理不尽な思いや、苦しみを感じる人もいるかもしれませんが、それも一時のことで、やがてはそんな変化を受け入れて、新しい自分を生き出す事でしょう。

時代の変化とはそういうものです。



ひとつ確かなことは、来年もこのブログを書き続けるだろうということです。

その時その時の自分の考えが写されていて、心のコピーみたいな存在で、このブログへの愛しさは、まるで身近な人間に対するそれです。


人生自体が人ぞれぞれの作品だとしたら、まさにこのブログはそのミニチュアであり、自分を投影した作品そのものです。

これからもどれくらい正直に、自分の気持ちを表していけるかだと思います。



伝えたいことは山ほどあります。

でも伝えたいことは、たったひとつのことです。

それだけは、これからも変わらないことでしょう。


そんなメッセージをたくさんの人が支えてくれて、大変ありがたく思っています。





今日もここに来てくれてありがとうございました。

このエントリーをはてなブックマークに追加

今日は朝から、何書こうかなあなんて、パソコンの前にぼんやり座ってまどろんでいたら、黒斎クンから電話が入り、彼は今日のブログ記事が今年の記事納めとかで、僕と一緒に作った本の話題を書くと話してくれました。 振り返って見れば、今年一年、彼と共に活動して本当に ... 続きを読む
今日は朝から、何書こうかなあなんて、パソコンの前にぼんやり座ってまどろんでいたら、黒斎クンから電話が入り、彼は今日のブログ記事が今年の記事納めとかで、僕と一緒に作った本の話題を書くと話してくれました。

振り返って見れば、今年一年、彼と共に活動して本当に有意義だったし、面白かったし、多くの成果も挙げることができたし、感謝、感謝です。



もう来年の話をしても鬼が笑わないだろうから、いくつかご報告します。

まず書籍ですが、来年は思いがけずに僕の本が次々と出版されます。



第一弾は、1月28日に「仮題・いまここ」(ダイヤモンド社)

次は、数ヵ月後に「仮題・いまここ塾」(サンマーク出版)

次は、「仮題・いまここ究極論」(某・大手出版社)

そして、「随(かんながら)神」(ナチュラルスピリット)


すべて上半期に出版される予定です。

もしかしたら一年間に5~6冊の本が書店に並ぶかもしれません。


急にえらいことになってきたな ( ̄Д ̄;;




( ̄▽ ̄) ジャン!


おお、雲子さん、お久です。



( ̄▽ ̄) 言ったとおりになったでしょ?


は?



( ̄▽ ̄) 8月にタイのサラー(お寺)で、ジャプー神からのお告げ通りになったでしょ?


ああ、そういえば・・・確かに・・・




ここで知らない人のために解説


今年の夏に訪れたタイで、ちょっと不思議な体験をして、チェンマイのお寺の女性マスターからお告げがあって(正確には彼女はチャネラー体質で、ジャプーという神様のお告げでした)、

「あなたは仏法を理解しています。来年、年明け早々に本を出版します。それが売れて活動がステージアップします」

と皆の前で言ったのです。

僕が日本で何をやっている人間かなんて何も知らないのに、そう言い切ったのです。


その時は出版社からのお話はまったくなかったのですが、その翌月になって事態が急展開し、あれよあれよの間に、多くの出版社の話が現実化していきました。



その経緯をお話します。


9月の東京いまここ塾で、山川紘矢さんの本を頂戴し、それを読んでみたら僕が感じていることと同じことを、同じ口調で述べられていたので、急に山川さんに会ってみたくなり、このブログにその旨を書きました。


すると何人かの人がすぐに山川さんのmixiに書き込んでくれて、ご本人もmixiで僕を紹介してくれました。

それを見た、彼の本の編集者の磯崎さん(女性)が、僕のブログと出会い、過去ログから読んでくれて「これは」ということになったそうです。

さてここには伏線があって、山川さんが自著のあとがきで、出版社が決まっていなかったのに、本を書こうという直感があって書き上げたら、その直後に磯崎さんから「本を出しませんか」という話が来て、その流れで出版することになったと書かれていたので、僕は興味を持って彼女をネットで検索していたのです。

でも見つけることはできませんでした。

だから本人から連絡があって、単刀直入に「いまここ塾を本にさせてください」と言われたときは驚きました。


そして時を同じくして、ある一人の男性が沖縄のいまここ塾に現れました。

東京から僕に会いに来てくれたのです。


話を聞いてみると、その彼も出版関係者でした。

彼は海外の書籍を日本に紹介するエージェントで、下野さんといいました。

どんな本を日本に持ち込んだかというと、「聖なる予言」や、最近話題になった「ザ・シークレット」や、そのほかにも僕が好きだった本が多く、そんな人がわざわざ沖縄まで訪ねてきてくれたことを嬉しく思いました。


結局、その下野さんの働きかけで、某大手出版社(年明けに発表できます)から「仮題・いまここ究極論」と、サンマーク出版から「仮題・いまここ塾」が発売されることになったのです。

この2冊は、何を隠そう黒斎クンが編集してくれたものです。

まさかこのような展開になるとは思いませんでしたが、先ほどの電話で、彼もとても喜んでくれました。

下野さんは、僕と共に黒斎クンのことも高く評価してくれていて、来年は「あの世に聞いたこの世の仕組み」も書籍化に向かっていくと思います。



さらにそれと同じころ、博多のいまここ塾に、足立さんという雑誌編集者が現れ、「随(かんながら)神」をナチュラルスピリットの今井社長に紹介したいと申し出があり、それがご縁で春先にも出版されることになりました。


実はいま紹介した、磯崎さん、下野さん、今井さんの全員が、それぞれに先日の黒斎クンとのコラボ講演会に来ていたのです。

何かが動き出したというのが、正直な感想です。




( ̄▽ ̄) ジャン!


おお、雲子さん、すっかり存在を忘れていました。



( ̄▽ ̄) いいのよ、また一緒に楽しもうね。あの編集は黒斎クンと一緒に、パパの雲さんも手伝ったのよ。パパもいい本ができたって喜んでいたよ。





はい、本当にみなさんにはお世話になりました。


そんなこんなで、また来年もよろしくお願いします。


ありがとうございました。

このエントリーをはてなブックマークに追加

クリスマスが終わると、急にクリスマスソングが、間が抜けて聞こえます。 でもクリスマスが終わっても、キリストのメッセージは永遠不滅に燃え続けています。 それは「いまここ」への強烈な一撃です。 今日は感じていることをそのまま文章にしてみますが、少し難 ... 続きを読む
クリスマスが終わると、急にクリスマスソングが、間が抜けて聞こえます。

でもクリスマスが終わっても、キリストのメッセージは永遠不滅に燃え続けています。

それは「いまここ」への強烈な一撃です。


今日は感じていることをそのまま文章にしてみますが、少し難解になるかもしれません。

「わからない」で放り出さずに、時間があるときにじっくり読んでみてください。



僕はクリスチャンでも仏教徒でもありませんが、キリストや釈迦の言葉に共感することが多々あります。

しかしキリストや釈迦に影響されたわけではありません。

彼らから学んだことで真理を得たわけでもありません。

生意気に聞こえるかもしれませんが、一人の個人として、自ら得た体験が彼らに共鳴するのです。

彼らだけではなく、有名無名の多くのブッダ達に共鳴しています。



先日のクリスマスの夜、ひとつの言葉がよみがえって来ました。

それは「悔い改める」という言葉です。


まさに僕の人生最大の瞬間に起きたことがそれだったからです。


「悔い改める」・・・これはキリスト教の真髄を貫く言葉ではないでしょうか。


この言葉だけで悟りを得ることが可能です。

と言うよりも、悟りとは悔い改める体験のことです。


しかし教会で使われてきたこの言葉の意味は、極めて表面的なものでした。

たとえば教会の懺悔室での罪の告白。


「私はこんな罪を犯しました」

「私はこんなルール違反を犯しました」

「私はこんな悪いことをしました」


このような告白によって、罪悪感が減って気が軽くなる人もいるのでしょうが、それは単に独りよがりのゲームの中で辻褄を合わせているだけです。

そもそもそのような告白の内容は、善悪の二元論から生まれていて、神が与えたという宗教的戒律に応えたかどうかの話であり、本来の「懺悔」「悔い改める」という意味からは逸脱しています。



それでは本当の「悔い改める」とは何でしょう。

それは、いままでの自分がぐっすり眠りこけて、夢の世界で生きていたということへの自覚です。

あらゆる誤った行為は、夢の中の一コマに過ぎず、眠りこそがあらゆる誤りの原因なのです。

自分が何をしているのか気づかずに、富を、成功を、名声を、幸せを、快楽を、安心を求めていたことへの深い気づきです。

その愚かさを、愚かさとして見る鋭い知性、それが「悔い改め」です。


悔い改めた瞬間、過去全体が浄化されます。

そして過去は、浄化と共に、煙のように消え失せます。

なぜなら、過去とは積み重ねた負の記憶の束であり、消化不良の束であり、未完了な行為の記憶の束だからです。


過去が消えた瞬間、未来も消え失せます。

未来とは、過去の反転・・・満たされなかった過去を満たしたいという欲求が未来です。

人によって過去という素材が違うので、描く未来も違います。



その両方が消えたとき、人は「いまここ」に投げ出されます。

真にリアルな世界に目覚めるのです。


それは「悔い改める」という現象と同時に起こります。

それこそが、まさにいま僕たちが迎えようとしている意識変革なのです。


緩慢(かんまん)な悟りもあるかもしれませんが、目覚めは強烈な体験です。


そこに向かう情熱を持てるかどうかです。

もし持てるとしたら、自分が夢を見ていることへの自覚が生まれ始めている証拠です。


夢の中で成功したとしても、それが何だと言うのでしょう。

それは単に、思考が作り出した世界の中での自己満足です。

本当のリアルさから見れば、まったく取るに足らない幻想に過ぎません。

失敗も、苦しみも、悲しみも同じ幻想です。

いい夢も悪夢も、目覚めてみればそれほどの違いはありません。

夢は夢だからです。



さあ、もう時間はありません。

目覚めの時です。

地球レベルで目覚めの連鎖が始まっています。


この波に乗り遅れないように!



え?どうしたらいいかって?

まずは、目覚めたいという気持ちを、人生の最優先に持ってこれるかどうかです。


それができる人は、どうしたらいいかなんて聞きませんよ。


そこまでの気持ちが持てないと言う人は、いまだ夢の中に暮らしていたい人たちです。

いつかその夢が、どうしようもない悪夢になって、にっちもさっちも行かなくなったとき、突然にして目覚めるという話は稀にあります。

が、何もそこまで待つ必要もありません。



目覚めて後悔する人は一人もいません。

それは圧倒的に違う、素晴らしい世界だからです。


夜見ていた夢と、朝起きたときの現実の世界が、存在の次元が全く違うのと同じことです。


夢は夢に過ぎず、そこに真理や意味を探しても無駄なことです。

夢の存在理由は、夢から覚めることにしかないのですから。




今日はちょっと難解で厳しい話だったかもしれませんね。




年末に、あなたへの直球プレゼントでした。


このエントリーをはてなブックマークに追加

年の瀬ですね。 みなさんも忙しくされているのではないでしょうか。 僕も今日は、やることが目白押しです。 そんなわけで、今日のブログはご挨拶だけと言うことで。 みなさん、今年も一年お世話になりました。 このブログのおかげで多くの人と出会い、素晴 ... 続きを読む
年の瀬ですね。

みなさんも忙しくされているのではないでしょうか。

僕も今日は、やることが目白押しです。

そんなわけで、今日のブログはご挨拶だけと言うことで。


みなさん、今年も一年お世話になりました。

このブログのおかげで多くの人と出会い、素晴らしい一年でした。


来年もよろしくお願いします。




と言いつつ、また明日も明後日も書かせてもらいます(^o^)

このエントリーをはてなブックマークに追加

昨日久しぶりに映画を見てきました。 いま話題の「アバター」です。 すごいですね、3Dの映画があんなに素晴らしいとは思いませんでしたよ。 営利主義の地球人たちと、惑星を一つの有機体と考える異星人との話で、まるでこれから地球に起こる大変革を示唆してい ... 続きを読む
昨日久しぶりに映画を見てきました。

いま話題の「アバター」です。

すごいですね、3Dの映画があんなに素晴らしいとは思いませんでしたよ。


営利主義の地球人たちと、惑星を一つの有機体と考える異星人との話で、まるでこれから地球に起こる大変革を示唆しているようなストーリーでした。

監督は、日本の宮崎アニメに大きな影響を受けているらしく、ナウシカ、ラピュタ、トトロ、もののけ姫などのアイデアが、随所に使われています。

あの美しい映像は、もう一度見たくなるくらい感動的でした。

「来年のアカデミー賞は決まりね」、なんてオスギの声色で言ってみたくなる映画でした。




人間の意識が、「個」から「全体」にシフトしていっているのを感じます。

この数年間を振り返ってみても、それは確実に起きていると思います。

多くの人が霊性の存在に気づき始めました。

すくなくとも、人間が肉体だけの存在でないことを、みんなが認め始めたように思います

わずか20年前までは、このような話をしただけで、色メガネで見られたものです。



これからますます時代が大きく変わっていきます。

まずは個々のレベルで気づきが始まり、人生観や価値観が変わり、その結果、社会全体の仕組みを変えていくことでしょう。


その変化は、いまは想像もできないくらいに大きなものだと思います。

僕たちの目が開かれることで、いままで世の中を支配していた「権威」という幻想が崩れ、真の意味での民主主義が誕生することでしょう。

それは上下関係による秩序ではなく、横のつながりと信頼による秩序です。


こんなに面白い時代に生まれて本当にラッキーですね。

実は子供のころから、こうなることを知っていたような気がします。

もしかしたら僕たちは、この時代を選んで生まれてきたのかもしれませんね。


このブログで展開しているメッセージが、あたりまえのこととして受け入れられる日も近いと感じています。



今日もまたどこかで、新たな目覚めが生まれることでしょう。


そうやって、一人またひとり・・・

でもね、他のほとんどの流行と同じで、そうやってじわじわと広がった波が、ある臨界点を超えると急に全体に広がっていくんです。

目覚めの連鎖も同じだと思います。



その臨界点が3年後なのかな。



だといいねニコニコ




・・・・・・・・・・・




2月14日の「随(かんながら)神」講演会は、満席のため受付を終了しました。


2月13日の「いまここ塾2月東京」は、まだ席があります。

このエントリーをはてなブックマークに追加

長い人生を振り返ってみると、うまくいくときもあれば、うまくいかないときもありました。 仕事が順調で次々と朗報が入ってくるときもあれば、八方塞のような状態になったこともありました。 このように書くと、幸せな時期と、不幸せな時期があったように見えますが ... 続きを読む
長い人生を振り返ってみると、うまくいくときもあれば、うまくいかないときもありました。

仕事が順調で次々と朗報が入ってくるときもあれば、八方塞のような状態になったこともありました。


このように書くと、幸せな時期と、不幸せな時期があったように見えますが、実際にはいつも同じようなものでした。

どちらも、幸せな気持ちと、不幸せな気持ちが、交互に入り混じっていただけの話です。

人生はどこまでいっても同じこと。

人生そのものは、何を得ようが、何を達成しようが、大した違いはありません。


ところが、そのことがわかりだしてからは、遠くのものを追いかけるのではなく、「いまここ」を生きるようになり、歩くときは歩き、食べるときは食べ、人生がとてもシンプルになりました。


雨降らばそれもよし、風吹かばそれもよし。


人生の状況はこれからもめまぐるしく変化していくことでしょう。

でも、平気です。


「いまここ」でできることは、いつも一つだけ。

目の前の現実に、心をこめて関わっていくことしかありません。

たとえそれが取るに足らない行為に見えようが、天から見れば同じこと。

大切なのは何をやるかではなく、どんな自分でやるかだからです。


いつも未来に向かっていた意識を、「いまここ」に連れ戻すのです。

これからも起きることが起きていきます。

でも、「いま」を生きれば同じことなのです。


そのように「いま」に意識を集中していれば、突然、爆発が起こります。

自分の中心が、自我から「大いなる意識」にシフトするのです。

自分がやっているのではなく、事は起きているという感覚になります。

それまでの自分が消え失せ、そこに展開する「場」のすべてが自分になるのです。


それが真実の姿、実相です。

僕たちは、純粋に目覚めた意識であり、それは常に「いまここ」にあります。

それ以外に真実はなく、あとのことは全て思考が作り出した妄想です。



もう大丈夫ですよ。

安心してください。

いま、あなたの人生に何が起きていようと、起きていまいと、これからもただ目の前の「いま」を生きることで、あなたの人生の流れは、必ず海にたどり着きます。

それはあなたが何をしたからというのではなく、あらゆる存在の宿命です。


だからお任せすればいいのです。


流れに逆らって泳ぐことも、流れを速めようとして泳ぐ必要もありません。

ただ力を抜いて、流れと一つになるだけです。


あなたと、あなたを生かしている力と、あなたの人生の流れを信頼してください。

誰一人例外はありません。

宇宙の目線から見たとき、すべてはうまくいっています。






メリークリスマス。

このエントリーをはてなブックマークに追加