かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2010年03月

今日もここに来てくれてありがとう。 あなたが自覚しているかどうかは別として、このような情報に引きつけられるということは、あなたがすでに目覚めの段階に入っているか、その前夜に差し掛かっていることを意味しています。 早い話が、今回の人生で悟ることになっ ... 続きを読む
今日もここに来てくれてありがとう。


あなたが自覚しているかどうかは別として、このような情報に引きつけられるということは、あなたがすでに目覚めの段階に入っているか、その前夜に差し掛かっていることを意味しています。

早い話が、今回の人生で悟ることになっているということです。


でも「あなた」が悟るわけじゃありません。

「あなた」が消えた時、そこに残るものが悟りです。


その悟りこそ、「本当のあなた」です。


それは個を超えたもの、全体意識と呼ばれるものです。

したがって、悟りと「あなた」は何の関係もありません。

そもそも、自分のために悟るのではないのです。



では何のために悟るのでしょう。

それは、悟りの瞬間に誰もが実感することですが、あいかわらず闇の中で手さぐりして生きている同胞たち、苦しんでいる同胞たちを、同じように目覚めさせるためです。

他者の救済の為に悟る、他者を悟らせるために悟るのです。

実際そのことにしか興味が持てなくなりますし、唯一の生きがいになります。




昨夜、とても素晴らしい出会いがありました。

チベットの高僧、ゲンドゥン・シェラプ大師が「いまここ塾」に来てくれて、いろんな話を聞くことができたのです。


悟った後の修行は、ズバリ「菩提心」であると言っていましたが、まさにそうだと思いました。


菩提心とは、衆生の苦しみを減らすために活動することですが、苦しみの根本解決は目覚めであり、したがって衆生の目覚めの為に活動することが菩提心です。

こんな僕でさえ、その気持ちに突き動かされるようにして生きてきましたが、それすなわち修行なりと言ってもらえて、ますます力が湧いてきました。


自分を振り返ってみると、あの日(目覚めの日)以来、他者の目覚めに貢献したいという思いで生きてきましたから、そうとは知らずに修行してきたことになります。

それを修行と呼ぶにはおこがましいくらい、心底やりたいことでした。


やはり、どの段階においても、心のままに生きることが、もっとも的を射た生き方なのでしょう。



修行とは、常にその心(菩提心)を想起することです。


朝念観世音 暮念観世音

念々従心起 念々不離心


(延命十句観音経より)


経文の解説については、このブログのカテゴリーから延命十句観音経をクリックしてください。



僕たちが他者を目覚めさせるために目覚めるのだとしたら、目覚めの連鎖は倍々ゲームになり、あっという間に地上全体を覆い尽くしていくことでしょう。




これは楽しくなってきた。




お次は誰だ!?






多くの人に届きますよう、このブログを応援してください。

やりかたは、下の2つのボタンをクリックするだけです。

   




・・・・・・・・・・




沖縄の情報を発信しているサイト「RyuQ」に、「一瞬で幸せになる方法」のインタビュー記事が載っています。
このエントリーをはてなブックマークに追加

おかしいなあ。 本当は、いまこの瞬間に、全ての人は悟っていて、全ての人は歓喜の中にいて、全ての人は完璧に自由なのに、どうしてこんな状態になっちゃったんだろう。 しかもみんなで。 これこそが人類レベルの集団催眠と言うか、宇宙レベルのトリックゲーム。 ... 続きを読む
おかしいなあ。

本当は、いまこの瞬間に、全ての人は悟っていて、全ての人は歓喜の中にいて、全ての人は完璧に自由なのに、どうしてこんな状態になっちゃったんだろう。

しかもみんなで。


これこそが人類レベルの集団催眠と言うか、宇宙レベルのトリックゲーム。


みんなが目隠しして、同じ方向(未来という幻想)に向かって歩いているものだから、自分もそっちに行かなきゃって思っちゃったのかな。

しかもゴールにたどり着くには、自分自身を修正しなければと思っていて、自分を責めたり、罰したりしながら生きているんだから、本当に悲しい催眠術だ。


そんなふうに生きているだけでも重荷を背負っているのに、その上に死んだ人(先祖と呼ばれる家系の縁者)のことや、世界中の人の幸せまで責任もたされちゃうんだから、もう身動きが取れない。


歴史的に見ても人間は、聖者や僧侶や教師たちの豊かなイマジネーションを無防備に受け入れてきて、あれをしないと天国に行けない、これをしないと神に愛されない、あんなことしたから地獄に墜ちるなんて言葉を真に受けて、自分をがんじがらめにしちゃったんだ。


僕らがやるべきことはただひとつ。

まさにいま目を覚まして、自分に無条件に与えられている自由と価値に気づくこと。


先延ばししないでね。

だって、どこまで行っても「いま」しかないんだから、「いま」目覚めるしかないんだよ。


誰かが、「あなたは『いま』に固執しすぎる」と言ったけど、べつに僕は固執しているわけじゃなくて、それしか存在していないって言っているんだ。



悟りは「いま」起こる。

だって悟りとは、時間という幻想から目覚めて、「いま」に帰って来ることだから。


もし、悟りが未来のどこかにあって、それを達成するために何らかの努力が必要だとしたら、それはいつの日か再び消滅することになるよ。

時間の中で得たものは、時間の中で失うしかないから。


生じもせず、滅しもせず、永遠にいまここにあるもの、しかもすでに達成されているもの、それがあなたの本質であり、あなたの悟りです。


それは無条件。



悟りは特別なことじゃなくて、とても当たり前なこと。


凄い人に成ることじゃなくて、当たり前の自分を、当たり前に受け入れること。




また、思い出した?






このブログを応援してくれる人は、ボタンをクリックしてください。

   

このエントリーをはてなブックマークに追加

先日、あるところで、昔の知り合いを見かけました。 先方はこちらに気づかなかったので、会話はしませんでしたが、そのとき頭にいろんなことがめぐりました。 もしかしたら、誰かの役に立つかもしれないので、僕の身に起きたことを書いてみます。 話は数年前 ... 続きを読む
先日、あるところで、昔の知り合いを見かけました。

先方はこちらに気づかなかったので、会話はしませんでしたが、そのとき頭にいろんなことがめぐりました。


もしかしたら、誰かの役に立つかもしれないので、僕の身に起きたことを書いてみます。



話は数年前に遡ります。

僕はひょんなことから、島唄を歌う若い女の子たちを見つけました。

見た瞬間に、頭の中にアイデアが浮かびました。

この子たちのあっけらかんとした明るさの中で、島唄をベースに、地球規模のメッセージを歌ってもらったら、この時代に必ず話題になる。

深遠なメッセージと、若さと、可愛らしさとのミスマッチが、多くの人達の興味をそそるだろう。

そう、上々颱風やチャンプルーズの現代版、アイドル版です。


このような発想は、新人を世に送り出すためのプロデュース力で、ピンときたことは、たいていは正しいのです。


僕は有頂天になりました。


すぐに東京の知り合いに連絡をつけ、大手のレコード会社に紹介しました。

結果は良好で、社長自らが気に入り、自身が沖縄まで見に来るという熱の入れようでした。


ところが、事態は180度変わってしまいました。

僕が知らないところで、本人たちが他の事務所と契約してしまったのです。

気がついたら、僕の居場所がなくなっていました。


そんなはずはないと、あらゆる手段を講じるのですが、何をやってもうまくいきません。

まるで、これはお前の仕事ではないとばかりに、弾き飛ばされてしまうのです。



結果は、メジャーデビューすることになったのですが、僕は用済みになってしまいました。


見出したのは僕なのにと、僕の自我は大いに傷つきました。


そして様々なことを想いました。


棚ボタを喜ぶ事務所関係者。


恩知らずの東京の知人。


何も知らない若きアーティスト。



理不尽な展開に、みんなが悪者に見えてきます。

まるで、みんなで謀って僕を陥れたかのように。



このように書くと、恨みつらみが増幅したみたいに聞こえますが、実際には短期間でこの妄想の世界を脱しました。

もし昔の僕ならば、いまだに彼らを許していないかもしれません。

そして、人生を儚(はかな)んでいたことでしょう。




事実は単純です。

誰が悪いでもなく、起きることが起きただけでした。


そのようにしか起きなかったし、他の可能性はありませんでした。

事実はいつだってシンプルです。


ところが、人の頭の中では複雑なドラマが展開します。


「こんなことは許されるべきではない」


「いったい僕が何をしたと言うのだ」


「いろいろしてあげたのに、なんて恩知らずな連中だ」


「アイデアは僕の頭の中にある。これなくして売れるものか」


「もうこんな業界はこりごりだ」


「夢と仕事を一度に失ってしまった」



これらの考えが感情を引き出し、そして自分を苦しめるのです。

それはすべて空想の世界の産物なのですが、実際に起きていること以上にリアルになってしまうのです。



事は起きています。

個々の思惑や感情とは関係なく、ただ起きることが起きています。


現実はつねに、いまあるがままの状態なのですが、思考はそこに架空の物語を投影します。


こうあるべきだった。

ああしておけばよかった。

もっとこうできたはずだ。



それらの想いが作り出す世界は、現実ではありません。

しかしそれは、現実以上に現実のフリをするのです。


多くの場合、このようにして苦しみが生まれます。

この世に充満する苦しみは、起きている事実そのものではなく、そこから作り上げた架空の現実が引き起こしている場合がほとんどです。



これからも起きることが起きていきます。

それは大いなる存在が大いなる計画のもとで創り出しています。


その流れが、自分の思いと一致すれば、人生は順調に見えます。

一致しなければ、そこに不安や、怒りや、苦悩や、混乱が生じてきます。



でもこれだけは言えます。

どんなに苦しんでも、あるいは苦しまなくても、現実は起きることしか起きないと言う事です。

そして、思考が作り出すドラマに巻き込まれることなく、単にいまここの現実と向かい合う事が出来れば、その中には必ず、いま必要なことのヒントが隠されています。

さらには、その背後には、愛と救済のエネルギーが働きかけています。


それは常に、「いま」の中にあるのです。



このことを、みんなが知ることができれば、悲観して自殺する人はいなくなることでしょう。

彼らは、思考が作り出した偽の現実の被害者なのですから。



大いなる存在は、僕たちの敵ではありません。

それどころか、この上ない味方です。

僕たちの魂が、最高の高みに昇るために必要なことが、刻一刻と起きています。


その流れを信頼して下さい。

いまを生きるのです。

そこに安らぎがあります。


あなたは完全に守られています。





今日もここにきてくれてありがとうございました。





多くの人に届きますように、ご協力お願いします。

   

このエントリーをはてなブックマークに追加

今朝起きて、ブログに何か書こうと、パソコンの前にやってきました。 いつもの習慣で、最初にコメントのアップをしていたら、忘れた記事へのコメントがありました。 「過去の傷 Ⅱ」とあります。 そこに飛んでみたら、ちょうど一年前の記事でした。 毎日書い ... 続きを読む
今朝起きて、ブログに何か書こうと、パソコンの前にやってきました。

いつもの習慣で、最初にコメントのアップをしていたら、忘れた記事へのコメントがありました。


過去の傷 Ⅱ」とあります。

そこに飛んでみたら、ちょうど一年前の記事でした。


毎日書いていると、前に書いた記事のことは覚えていなくて、中にはまったく忘れているものもあって、改めて読み直してみて、「そうだよなァ」なんて、自分で納得したりします。


記事というのは面白いもので、その瞬間に感じたことを書いているわけですが、その瞬間にだけ自分に降りてくるメッセージがあるんです。

それはもはや自作とは言えません。


ちょうどラジオの受信機みたいなもので、その日のチューナーの位置によって、引き寄せる周波数が違っていて、内容のタッチや高低が変わります


これはブログを書くときだけではなく、もしかしたら僕たちの日常生活も同じなのかもしれませんね。


自分が考えているのではなく、考えを引き寄せているのです。


考えというのは作り出すものではなく、すでに地上全体に偏在していて、それを入れたり出したりしているのではないでしょうか。


いまあなたが考えていることは、昨日僕が考えたことかもしれません。

もちろんその中の登場人物名は、それぞれが置かれた現実によって変わりますが、その考えの外枠は同じかもしれません。


そこには周波数の高低が無限にあって、とてつもなく恐ろしい考えや、慈愛に満ちた考えまで、その日の自分の心の位置によって引き寄せる思考が変化しているのではないでしょうか。


すごく嫌な考えをした時、「こんなことを考える自分は醜い」と思いがちですが、実際には、「この世には、こんなに醜い考えもあったのか」というのが正解だと思います。

その醜い考えは、世界中を飛び回り、アッチコッチと、いろんな人の受信機に引き寄せられているのだと思います。


僕自身は、人が何を考えているのかわかってしまう体質なのですが、それは読心術というよりは、波長を合わせやすい体質なのかもしれません。




とある、夜の公園でのひとコマです。

出会ったばかりのカップルが、ベンチに座って、しばし無言でいました。

やっと女性が口を開きました。



女「ねえ、何を考えているの?」



男「え?・・・君と同じことさ」



女「まあ!・・・エッチね!!」


こんなことが起きているんじゃないでしょうか。




そうそう、一年前のその記事の最後に、

「北海道に僕の知人がいます」

って書いていたけど、それは黒斎クンのことで、時の流れを感じます。


いまや怪しいオヤジの交換日記をする仲なのですから(笑)




素敵な日曜日をお過ごしください。



今日もここに来てくれてありがとうございました。




多くの人に届きますように。応援よろしくお願いします。

   

このエントリーをはてなブックマークに追加

うまく書けるかな。 とりあえず書き始めています。 数日前から東京赤坂のホテルに来ています。 泊まっている部屋の窓から、赤坂見附の交差点、そして元のTBSの跡地に建った巨大なオフィスビル、そしてその向こうに現在のTBSが見えます。 僕がこの街 ... 続きを読む
うまく書けるかな。

とりあえず書き始めています。


数日前から東京赤坂のホテルに来ています。

泊まっている部屋の窓から、赤坂見附の交差点、そして元のTBSの跡地に建った巨大なオフィスビル、そしてその向こうに現在のTBSが見えます。



僕がこの街で生きていたのはもう25年前のことです。

一応スーツに身を包み、いっぱしの社会人のフリをしていました。


フリをしていたと書いたのは、すでにこの頃には目覚めの体験が終わっていて、心の中はいまと同じ理解を生きていたのですが、時代があまりにも違っていて、僕の話に耳を傾ける人などほとんどいませんでした。


ある時、TBSのオフィスビルで、僕に気がある女性(勝手に僕がそうおもっていただけかも)のデスクの前に座りました。

彼女はちょっと気恥ずかしそうにしていましたが、なにか語りかけてほしそうでした。


僕は言いました。


「僕たちはみんな、ひとつの同じものなんだよ。君は僕で、僕は君なんだ」


彼女は少し不思議そうな顔をして、僕を見つめていました。


僕は続けました。


「本当は過去も未来もなくて、すべては『いまここ』で起きているんだよ。あらゆる過去も、あらゆる未来も、ぜんぶ『いまここ』にあるんだ」



そしたらね、そしたら・・・・


彼女、あきれたような笑顔を残して、席を立ってどこかに行ってしまいました。


ポツンと残された僕


その時の情景が昨日のことのようによみがえりました。



みんな明日を夢見て生きている。

明日なんて日は永久に来ないのに、みんなが希望と期待を抱えて、一生懸命に生きている。


どこに向かっている気でいるんだろう。

どこにも行くところなんかないのに。


誰と戦っているんだろう。

この世には自分しか存在していないのに。


そんな思いを胸に、外側では100%演じきって生きていました。


自分では演じきっているつもりでも、はたから見ればただの変な青年だったようで、ある時を境に、周りの態度が変化していったのもわかりました。

なんとか仕事の結果だけは出していたので、みんなそれとなく遠巻きに付き合ってくれていたのかもしれません。


天河神社に行く、数年前の話です。



この街に、あの頃の自分が生きていたと思った瞬間、あらゆる過去も、あらゆる未来も、いま同時に存在しているということの意味が、また違う角度から理解できた気がしました。


いままで僕が、そしてあなたが経験してきたことを、いまこの瞬間に世界のどこかで誰かが経験しているのです。

あの時感じた感情や、あの時考えたあれこれや、生きている態度や、人生への認識や、そんな経験のすべてが、いまこの瞬間に同時に存在しているのです。

そしていま、自分が感じていることや考えていることは、前に他の誰かが経験していたことではないでしょうか。

僕たちは順番に、あらゆる可能性を生きているのではないでしょか。

そのたびごとに魂が刺激され、そして豊かに深みが加わっているのかもしれません。



今日は土曜日。

昨日に比べて、街を走る車がとても少なく感じます。


桜の花も開花寸前です。



もうすぐ春ですね(^o^)



多くの人に届きますように。応援よろしくお願いします。

   



・・・・・・・・・・・・・



ここからは沖縄のみなさんにお知らせです。


チベットの高僧、ゲンドゥン・シェラプ大師が沖縄にやってきます。

一年の大半を、人里離れたチベットの雪山の洞窟で、瞑想している方です。

プロフィールはコチラから。


3月30日火曜日、「いまここ塾」にお越しになり、そこで対談させていただきます。

たいへん光栄に思っています。


いつもは一人でお話しになるそうで、このような形式は初めてとのことで、とても楽しみにしてくださっていると連絡が入りました。

中城村の吉の浦会館で20時からの開演です。

当日券のみで1000円になります。

(収益金は全額、チベットの人達のために寄付させていただきます)


たくさんのご来場、お待ちしています。

このエントリーをはてなブックマークに追加

やりましたよ。 完全読破!! 3月26日7:00の時点で、508個のコメントを全て読ませてもらいました。 まずはみなさんのご参加とご協力に、心からお礼申し上げます。 たくさんの意見を読みながら、独り言のように繰り返し心の中で言っていた言葉があり ... 続きを読む
やりましたよ。

完全読破!!

3月26日7:00の時点で、508個のコメントを全て読ませてもらいました。

まずはみなさんのご参加とご協力に、心からお礼申し上げます。


たくさんの意見を読みながら、独り言のように繰り返し心の中で言っていた言葉があります。


「なるほどなぁ・・・なるほどなぁ」



そしてもうひとつ思ったこと。

わかったような顔をして毎日記事を書いているけれど、かなり知的レベルの高い人が相手だったんだと再認識。

塾で高校生相手に数学を教えているつもりでいたら、生徒はみんな大学の先生だったみたいな。


そんな読後感でした。

あらためて、このような場を提供させてもらえる幸運に感謝します。



さて、何人かの人も指摘していましたが、「起こることは決まっているのか」とか「アセンションはあるか」という質問自体が、時間が存在するという前提にたっています。

過去や未来という時間軸の中での問いです。


ところが、実際にはいつも「いまここ」があるだけです。


それはつまり、あらゆる過去も、あらゆる未来も、「いま」という中で同時に起きているということです。

これが存在の実相です。

僕たちは、無意識に時間の中で暮らしているので、どうしても違う見方で現象を捉えてしまうのです。



「いましかない」ということに徹すれば、いかなる質問に対する答えもこうなります。


「やあ、会えてよかった。嬉しいなぁ」


それが、まさにいま起きていることだからです。

まるで禅の公案みたいですね。


どんな答えも思考が作り出したもので、本当の答えはいつも目の前のこのリアリティーしかないんだということです。


そんな答えが常にありうるということを伝えた後は、また通常の僕らの感覚(時間の中での感覚)に戻って、話をさせてください。



みなさんも感じたと思いますが、きわめて多くの人達が、「物事は最初から決まっている」「アセンションは意識変革として起こりえる」と言っています。

もちろん、このブログに集まってくれる人たちの意見ですから、これがそのまま世の中の傾向だとは言いません。

でも、予想以上にそんな人が多くいたのは、少し驚きでした。



僕も同じように感じています。

特に今年はいままでで一番エキサイティングな年で、「目覚め元年」とでも呼びたくなるような、魂の夜明けを感じます。

あきらかに何かが変わり始めています。


それは初めから決められていたことで、アセンション(人類規模での意識変革)は、もうすでに始まっていると思います。

そのような確信がどこから来るのかは知りませんが、確信があることは事実です。

しかも僕だけでなく、ここにはそんな仲間が沢山いますし、その数が日に日に増えているのもまた事実です。


スピリチュアルという言葉が、あっという間に日常会話に登場するようになって、多くの人達が「死後も意識が存在する」とか、「現実は自分が引き寄せている」とか、そんな感覚を持ちだしたように、さらなる意識変革も、いつの間にか知らないうちに完了しているような気がします。

人間は意外と順応性があって、どんな大きな変化も、当たり前のように受け入れていくのではないでしょうか。

宇宙から見たら、まさに一瞬にして、人類の目覚めは完了するように思います。



さて、それがわかったら、また「いまここ」に戻ってきましょう。

「起きることが起きる。それ以外は決して起きない」のですから、それは天にお任せして、また目の前の現実に心を込めて生きていきましょう。


いまを生きるのです。



「やあ、会えてよかった。元気?」





多くの人に届きますように。応援よろしくお願いします。

   
このエントリーをはてなブックマークに追加

たくさんのコメント、ありがとうございます。 あまりの多さに、アップするのが間に合わなかったものもあり、いくつか抜けていましたが、いまはすべて掲載できています。 メールにもたくさん頂きましたが、残念ながら掲載できません。 ご了承ください。 みな ... 続きを読む
たくさんのコメント、ありがとうございます。

あまりの多さに、アップするのが間に合わなかったものもあり、いくつか抜けていましたが、いまはすべて掲載できています。

メールにもたくさん頂きましたが、残念ながら掲載できません。

ご了承ください。



みなさんも感じたと思いますか、すごく内容の濃いコメント群ですね。

はっと気づかされた文章も少なくありませんでした。



しかし、仕事の合間合間に見ていたものだから、まだ全部読み切れていません。

まずは、最後のひとつまで読ませて下さい。


読んでいると、今という時代が見えてきます。

そしてこれから起こるであろう、大いなる変化の一端を垣間見る気がします。



自分のブログに対して言うのもなんですが、本当にここは素晴らしい場所ですね。

こんなに素晴らしい人達が集まってくれるのだから。



ますますこの場所の波動が上がっていると思います。

僕は、このブログに乗っかるようにして、時代の大変化を見届けていきたいと思っています。



今日は、みなさんのコメントを読む日にします。一緒に完全読破目指しましょう。


じっくり読んでから、またあなたの感想を聞かせてください。



参加してくれて、ありがとうございました。





左側のランキングが、何かの拍子でゼロに戻ってしまいました。

またここからよろしくお願いします。


   
このエントリーをはてなブックマークに追加