かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2010年08月

もともとこのブログを始めたのは、まったくのハプニングからです。 その出来事(当時暮らしていた村が豪雨被害にあったこと)がなければ、いまもブログはやっていなかったと思います。 被災者救援コンサートの宣伝のために、沖縄ti-daブログの大城さんが立ち上げてくれ ... 続きを読む
もともとこのブログを始めたのは、まったくのハプニングからです。

その出来事(当時暮らしていた村が豪雨被害にあったこと)がなければ、いまもブログはやっていなかったと思います。

被災者救援コンサートの宣伝のために、沖縄ti-daブログの大城さんが立ち上げてくれたのが、このブログです。


僕は沖縄に来てから、沖縄の人たちの愛に支えられて生きてきました。

そのご恩返しのつもりで、自信を無くしてしまった人が、自分の素晴らしさに気づいてくれたらという思いで、イベントが終わった後も書き続けました。


やがて全国の人たちが読んでくれるようになり、アクセスもずいぶん増えました。

内容も徐々に変化し、いつのまにか精神世界系の話がメインになっていきました。

道を求めている人に、人生で気づいたことを余すことなく伝えたいと思うようになりました。

微力ながら、それがお役目のような気もしてきました。


そして今日に至ります。


つたない文章と、僕自身の未熟な人間性のせいで、全ての人をというわけにはいきませんでしたが、一部の人の役には立てたのではという満足感もあります。

ここに書いてきた内容を、いつか多くの人が、自分の内側の気づきとして知る日が来ると信じています。




ほぼ毎日のように書いてきたブログですが、タイでの瞑想が佳境に入ってきたこともあり、今日からしばらくの間お休みします。

その間に、このブログのことや、これからの活動についても考えてみます。



ここにはたくさんの記事があり、その一つひとつは心を込めて書いたものですから、気が向いたら過去ログを読んでみてください。

あなたが知りたい情報に出会えるかもしれません。


コメントは時折読ませてもらいますので、お時間があるときにでもメッセージを下さい。

いい歳して、みなさんのコメントを読むと元気になります(^o^;)



最後にお知らせがあります。


随(かんながら)神」の本にも登場する方広寺でイベントがあります。

不思議なご縁で、喜納昌吉さんのコンサートが方広寺で開かれるそうです。

向和尚の法話や、坐禅会、そして心を込めた精進料理でおもてなししてくれます。

料金は宿泊・食事・コンサートチケット込みで12000円。

詳しくはコチラからお入りください。





僕自身の講演会スケジュールは以下のとおりです。



9月

7日  沖縄

19日 名古屋

20日 長野県松本

23日 大阪 (お申し込みは終了しました)



10月

9日  沖縄・雲 黒斎コラボ

10日 博多

11日 広島

23日 東京

24日 新潟


詳しくは都市名をクリックしてください。




それではまたお会いする日まで、お元気でお過ごしください。





こちらも、たまに押してあげてください(^o^)

   
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まずは、巨大な何かがあります。 それは物ではないので、大きさでは量れないのですが、巨大という言葉は、「それ」を言い表すのに適しています。 「それ」は、とてつもない存在です。 この宇宙には「それ」しか存在していません。 と言うよりも、宇宙が「それ ... 続きを読む
まずは、巨大な何かがあります。

それは物ではないので、大きさでは量れないのですが、巨大という言葉は、「それ」を言い表すのに適しています。


「それ」は、とてつもない存在です。

この宇宙には「それ」しか存在していません。

と言うよりも、宇宙が「それ」なのです。

その存在は、途方もなく素晴らしく、歓喜に満ちて、偉大です。

しかし「それ」は「それ自身」の素晴らしさを認識できません。


知るためには「それ」以外の何かが必要です。

「それ」しかなければ、どうやって「それ自身」を知る事ができるでしょう。


やがて「それ」は「それ自身」を知るために、ゲームを始めました。

もし「それ」の一部を、「それ」から切り離し、切り離されたその部分が、元々の「それ」を発見できれば、「それ」が「それ自身」を知ったことになります。

そのような目的で切り離された「それ」が、僕であり、あなたです。


母親の胎内にいる時は、まだ「それ」とひとつでしたが、へその緒を切られたときから、肉体的に分離し、自意識を持ったときから、意識的にも分離しました。

そうやって分離した個として、我々の探索(人生)が始まります。

誰もが人生で求めているものは、幸せ、歓喜、偉大さ、素晴らしさなど、「それ」が本来持っている質です。

分離した意識も、その意識の底に、本来の自分である「それ」の記憶を携えています。

だからそこに帰ろうとするわけです。


しかし帰り方がわかりません。


初めのうちは、自分を肉体と同一化し、目に見える世界だけが絶対の世界と思っているので、人は外側の探索から始めます。

自己を成長させ、外側の物や、尊敬や注目を集めれば、「それ」が持つ素晴らしい質を手にできると信じています。

そうやって肉体と同一化した意識を、エゴ(自我)といいます。


エゴは懸命に幸せを引き寄せようとしますが、どこまでいっても、足りないという欲求は膨らむばかりです。

これでいいという状態に決して至らないのが、エゴの特性です。


やがては肉体も衰え、集めた物の無意味さに幻滅し、エゴは失望します。

しかし、肉体の衰えや、無意味さの発見は、次のステップに向かう、大きなチャンスです。


エゴとエゴの活動の拡大過程で、次のステップに向うのは困難、いや不可能です。

それをキリストは

「富める者が天の王国に入るよりは、ラクダが針の穴を通るほうが易しい」

と述べました。

不可能だと言っているのです。


しかし、肉体の衰えを待つことなく、たとえば大きな挫折や失望を経て、次のステップに向かうことは、あり得る事です。

物質界での失望は、「それ」への希望に変わっていきます。


そこからが、本質を突いた探索の始まりです。

ここに来るまでには、多くの苦しみを経験したことでしょう。

その苦しみは必要だったのです。



やっと内なる本当の目的が、その姿を現しました。

ここ集う多くの人たちは、まさにそんな人たちです。


いま僕たちは、科学文明の恩恵を受けて、このように時空を超えて集うことができています。

遠くヒマラヤやインドにまで探索に出かけなくても、いまいる場所で、「それ」を発見する事が可能です。


共に励ましあいながら、最終ステップを歩んでいきましょう。

早朝の瞑想で、そんなビジョンが浮かびました。


これからもよろしくお願いします。



このブログが多くの人に届きますように、ご協力お願いします。

   


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やっぱり今日は、この話題からでしょ。 興南高校、夏の甲子園優勝おめでとうございます!! 昨日からサイレント(沈黙の行)に入っていて、最低限必要なこと以外は瞑想三昧の時間だったので、残念ながら試合は見れませんでした。 え?嘘言うなって? どう ... 続きを読む
やっぱり今日は、この話題からでしょ。


興南高校、夏の甲子園優勝おめでとうございます!!


昨日からサイレント(沈黙の行)に入っていて、最低限必要なこと以外は瞑想三昧の時間だったので、残念ながら試合は見れませんでした。


え?嘘言うなって?

どうせ阿部のことだから、どこかでこっそり見ていたに違いないと思った人は、大当たりです。

はい、しっかり見させていただきましたm(_ _)m


ネット放送はアクセスが集中して繋がらず、それでもめげずに、引越し先の母の家にスカイプでつないで、リアルタイムで楽しみました。

昨日はちょうど息子や妹が母の家に来ていて、リビングルームでの歓声がまるで同じ部屋にいるかのように聞こえてきて、思わぬ一家団欒のひと時でした。


優勝インタビューでキャプテンの我如古君が、「沖縄県民と共に手にした優勝」というようなことを言った時は、ちょっと涙が出そうになりました。

僕が県民のはしくれだからではなく、それが本当のことだということを、長い沖縄生活で知っていたからです。

他の都道府県とは違う、沖縄県の姿と歴史が、あの言葉に集約されていたように思います。

きっと昨日の夜はどこもかしこも、島酒で盛り上がっていたことでしょう。

優勝も嬉しかったけど、それ以上に沖縄全体が歓喜に包まれたことが、もっと嬉しいです。



このブログでは「全てはOK」と伝えています。

それは、明も暗も、美しさも醜さも、すべてがひとつになって広大無辺なタペストリーを刻々と創り出しているという宇宙的視野からの真実です。

しかし、この地上に暮らす僕たちから見れば、世界がこのままでいいとは思いません。


先日、アセンションに関して、世界全体のことではなく、まずは自分自身に徹して自己のアセンションを目指す旨を伝えました。

その一方で、僕たちの意志と行動しだいで、世界をよりよくしていけるのもまた事実です。


前者を言うときと、後者を言うときでは、話の論点がまったく違います。

僕たちはその両方を理解し、生きていく事ができます。



「来たときよりも美しく」

この世に誕生したときよりも、この世を去るときにはさらに素晴らしい世界になっているように、そんな心構えで生きていきたいと思っています。



今日は日曜日ですね。

よい休日をお過ごしください。



またサイレントに戻ります。


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昨日、母が長年住んでいた古い家を取り壊した。 限界に来ていたからだが、更地になった写真を見ると感慨深いものがある。 家にも人格のようなものがあるので、壊す前にせめてお別れとお礼を言いたかったが、いたし方あるまい。 この家の前で、生まれたばかりの孫 ... 続きを読む
昨日、母が長年住んでいた古い家を取り壊した。

限界に来ていたからだが、更地になった写真を見ると感慨深いものがある。

家にも人格のようなものがあるので、壊す前にせめてお別れとお礼を言いたかったが、いたし方あるまい。


この家の前で、生まれたばかりの孫を抱いた母の笑顔の写真があるが、その孫も大学生になり、母も杖をつくようになった。

いまでも元気いっぱいなのはありがたいことだが、時の流れはいかんともしがたい。

時がすべてを変えて行く。




にもかかわらず、時は存在していない。


ここがとてもわかりにくいところだが、時間という実体はない。

いつだって「いま」があるだけだ。


現象界での諸行無常と、時間を超えたの永遠の次元が、同時に存在している。

その永遠の次元こそが真のリアリティーであり、僕らの本当の姿だ。

長期瞑想をしていると、多くの時間をその次元で過ごすことになる。

多くの時間を過ごすと書いたが、それは言葉の限界で、実際には時間のない状態にくつろいでいる。


その次元を、仏教では空(くう)と呼ぶ。

瞑想教師のボブ氏は、それをQuantum field(量子場)と呼ぶようになった。

あらゆる現象の源だ。

おそらく、空という用語を英語で伝えたとき、emptinessとなり、そこに「カラッポ」というニュアンスがあるので、それを避けようとしているのだろう。


用語はともかく、その次元は常に存在している。

いまもあなたと共にある。


そこにおいて初めて、あらゆるストレスや混乱(心配や困惑)から離れることができる。

もし人が自由にその次元に出入りできれば、現実への対応も優しい心をもって、より的確になっていくことだろう。


啓発と呼ばれる体験も、その次元の中にある。

それこそが、僕たちみんなが潜在的に求めているものだ。




また現実世界に戻ってきた。

これから顔を洗い、一つひとつやるべきことを処理していく。

彼方なる次元を味わいつつ、現実世界に地に足をつけて生きていく事が、いまのところベストな生き方だと思っている。



彼方なるメッセージは、すでに言い尽くした感もある。

ここで空(くう)を述べても、文字通り空論になってしまうような気もする。


この先、このブログがどこに進んで行くのか、僕自身もひとりの参加者として見守って行きたい。




昨日のコメント欄にあった、ラブビアさんやまりこさんの質問にも答えたいので、また時間を見つけて書きますね。




2010年8月21日   チェンマイにて


   

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昨日の夜、ちょっと不思議な事がありました。 古代から伝わる儀式めいたセッションがあって、その最中に体がシェイクしだして止まらなくなってしまったのです。 坐禅スタイルで坐っていたんだけれど、両足と上半身がすごいスピードでシェイクします。 体の動き ... 続きを読む
昨日の夜、ちょっと不思議な事がありました。


古代から伝わる儀式めいたセッションがあって、その最中に体がシェイクしだして止まらなくなってしまったのです。

坐禅スタイルで坐っていたんだけれど、両足と上半身がすごいスピードでシェイクします。


体の動きを全力で止めようとすれば止まったかもしれないけど、思考を極力介入させない時間帯だったので、この際だから流れに乗ってみました。


感想は・・・




疲れた。


いくら自動的に動いても、やっぱりどこかの筋肉を使わされているんだよね。




でも、気持ちよかったよニコニコ


それはいわゆるクンダリニーと呼ばれる現象。

生命エネルギーが何らかの理由で活発化して動き出す。

こういう話はあまり好きじゃないけれど、長時間、瞑想環境に身を置いていると、普段は起こりえないいろんな現象が起きて、ま、これも面白いです。


超現象なんてのも訪れます。

そういう話をすると、そこにばかり興味が行ってしまい、大切なポイントが見失われてしまうから、ここには書かないでおきます。



超常現象に価値があるのではなく、瞑想とは、あくまでも時間を超えた静寂の中でくつろぐこと。

それは淡々としていて、ドラマチックなものは何もありません。

この世で最もシンプルであたりまえな時間です。


その先に啓発があります。

マインドが邪魔をして見失っていた真実の自己の発見です。

その啓発こそが目的です。


それが誰にでも可能だということを確信したのが、今回の収穫でした。

また帰ったら報告します。




話はいきなり変わるけど、興南高校ベスト4だね。

沖縄の興奮がここまで伝わってきます。


その気になればチェンマイからでも、リアルタイムで試合が見れる。

ネットって凄いね。


明日の試合は、たぶん・・・ほぼ確実に・・・絶対見ます。




さて実は、僕は1ヶ月以上滞在するのでビザが必要だったのに、そんなものは持っていない。

放っておくと不法滞在になってしまうので、今から手続きに行ってきます。


なんだかまとまりがなくなってしまったけれど、そろそろ出かける準備をするので、また明日以降書かせてもらいます。





いつもありがとう m(_ _)m


   

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昨日から、9月に発売になる新刊の校正に取り掛かっていて、ブログを更新する時間が取れませんでした。 タイトルは 「さとりの授業」 ~アセンションの時代に知っておきたい大切なこと~ 内容はタイトルが示すように、意識変革のこの時代に多くの人に訪れる ... 続きを読む
昨日から、9月に発売になる新刊の校正に取り掛かっていて、ブログを更新する時間が取れませんでした。


タイトルは

「さとりの授業」 ~アセンションの時代に知っておきたい大切なこと~



内容はタイトルが示すように、意識変革のこの時代に多くの人に訪れるであろうさとりの体験について、詳しく述べています。

さとりの瞬間、いままでの価値観が逆転し、人生観が根底からひっくり返るような感覚を持つ人も多いと思います。

そのとき、その体験がいったい何であるのかを、それまでに得ていた知識が証明してくれます。


聖書には次のような言葉が出てきます。

「あなたが天の王国に入るとき、私がその証人になろう」



マインドを超えた体験を、マインドが解釈することになります。

したがって、それに関する知識は極めて重要なものになります。

古今東西多くの伝統宗教が、教学と修行を並行させてきた理由がそこにあります。



あとがきには、次のように書きました。


知識によってさとることはできませんが、さとりが訪れたとき、知識によってさとりを解釈することが可能になります。

これらの言葉たちが、近い将来あなたに起こる究極体験に役立つことを願っています。



禅僧の向和尚が一言寄稿してくださり、翻訳家の山川紘矢・亜希子ご夫妻が本の帯に推薦文をくださいます。

本の編集をしてくれたのは「あの世に聞いた この世の仕組み」の雲 黒斎さんです。


みなさんの協力を受けて、また新しい本が誕生します。

どうぞ、楽しみにしていてください。




いつも応援ありがとうございます。


   



・・・・・・・・・



お待たせしました。

黒斎さんと、沖縄でコラボ講演会を行います。

彼の緻密な理論と、僕の緻密な冗談をお楽しみください。


【日時】2010年10月9日(土)

開演14:00(開場/13:00) 終演16:30

【会場】浦添市てだこホール市民交流室 (定員300名)


お申し込みはコチラから。

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今日の記事は、数日前に書き上げてそのままになっていたものです。 そんな記事がこの数年間にたくさんあります それでは公開しますね。 ・・・・・・・・ 「すべてを天にお任せする」 言うまでもなく、すべてをお任せするというのは、自分側から何もし ... 続きを読む
今日の記事は、数日前に書き上げてそのままになっていたものです。

そんな記事がこの数年間にたくさんありますベー

それでは公開しますね。


・・・・・・・・



「すべてを天にお任せする」

言うまでもなく、すべてをお任せするというのは、自分側から何もしなくていいということではありません。

鳥たちだってお腹が減れば、餌を探して飛び立ちます。


しかし、やはり僕たちは不思議な力に守られていることも確かだと思うんです。

ちょっと今日は、僕自身のことから書いてみます。



30歳のとき、霊的体験を機にそれまでの仕事をやめて、無職になりましたが、そのときは不思議と何の不安もありませんでした。

初めて「いまここ」ということの意味を知り、流れのままに生きるということを信じたからだと思います。

ところが現実はそうはいきません。

拙書「随(かんながら)神」にも書きましたが、無報酬で天河神社に奉公した時は、さすがに経済不安や将来不安が顔を出し始めました。

35歳でした。

「なるようになる」ということは知っていましたが、その一方で、やめてしまった仕事への未練が毎日のように顔を出していました。

音楽プロデューサーに復帰した夢を見て、嬉しくて夜中に飛び起きたこともあります。


さて困ったと思っていたとき、救ってくれたのは、その後結婚した智子さんです。


彼女が直接経済援助してくれたのではありませんが、ちょうど彼女の新アルバムを作る企画があり、彼女が僕を推薦してくれてプロデューサーに抜擢されたのです。

まさに危機一髪で、アルバム製作資金とギャランティーが僕に振り込まれました。

当時は好景気で、いまでは考えられない額をまとめて入金してもらったおかげで、友人に紹介された自己啓発セミナーを受けることができました。

それを受けたとき、「これだ!」と思い、あれよあれよでトレーナーになり、それからは経済的には恵まれた状態が続きました。


しかしまたもや独立心が顔を出し、何の保証もないのにそこを辞め、遠州地方にあった方広寺の近くに引越し、方広寺でセミナーを始めました。


しかしお客さんがいません。 

それまでいたセミナー会社の生徒さんたちが、新しいお客さんを紹介してくれるだろうと思ったのは大きな間違い、大甘の考えでした。


「しまった、どうしよう」

「なんて馬鹿なことをしたんだ、また振り出しだ」


このときは本当に弱りました。

母には毎月まとまった生活費を送金していましたし、智子さんと結婚して彼女の小学生の子供が二人いましたし、彼女との間に生まれた子も2歳でした。

なのに収入が見えなくなってしまったのです。

セミナーを受講しに、浜名湖の北にあるお寺まで来てくれる人など、いるわけがありません。

しかも僕は、その世界ではまったくの無名で、何の肩書きもありません。


いまでも覚えていますが、不安のあまり深夜外に出て

「なんてお前は馬鹿なんだ!」と怒鳴ったこともあります。


でも悩んでばかりもいられません。

セミナーはある程度の人数が集まらないとできないので、あらゆる努力をして、最初の受講生16名を集めました。

その中には母と、母の友達もいたくらいですから、本当にかき集めたという感じでした。

しかしそのとき参加してくれた、天河で出会った大阪のミュージシャンが、僕のセミナーを気に入ってくれて、いっきに12人を紹介してくれ、第二回目が開催できました。

その人たちがまた友人を紹介してくれ、なんとか5回目まで来たとき、さすがに後が続かなくなりました。


そこで天河神社に、セミナーを辞める報告と、ここまで続いた御礼を兼ねてお参りに行きました。

そこで偶然出会った若者が僕に興味を持ってくれて、最後のセミナーに参加したことで、今度は彼が数十人単位の生徒を紹介してくれました。

結局はそれがきっかけで、その後波に乗ることができました。


しかし順風満帆だったわけではありません。


「もうだめだ、今度という今度はもうだめだ!」

と思ったことも、何度もありました。


そんな時は、いつもギリギリになって救われました。


向和尚とやっていた禅セミナーを、わが社に取り入れたいというところが現れたり、大手企業が社員研修に毎月100名もの人を送ってくれたり、そんなことが何度もありました。


そのうち僕の心境が変わりだしました。


あれ?もしかしたら本当に守られているんじゃないだろうか。

やっているのは僕自身ではなく、ことは起きているんじゃないだろうか。


そう思い出してからは、再び危機的状況になった時は、「さて次は何が待っているんだろう」とワクワクする気持ちさえ持つようになりました。

その後も心のままに生きてきて、いま沖縄に暮らしていますが、移住するときもまったく不安はありませんでした。

何か計画があって移住したわけではありません。

ただ心の声に従っただけです。

その時は最初に仕事をやめた時とは心境が大きく変わっていて、ゆるぎない確信のようなものが芽生えていました。

今度こそ流れを信頼できるようになっていたのです。


その後はご存知のように、神でもついているのかというくらい順調に生かさせてもらっています。


ここで伝えているメッセージの多くは、自分の経験から出たことで、見聞きした知識ではありません。

皆さんの中にも、ギリギリのところで救ってもらえたというような経験はありませんか。

きっと僕だけではないはずです。

そんな経験を持っている人は、教えてくださいね。


中には心を閉ざしてしまい、せっかくの天の援助を受けないケースもありますが、基本的にこの不思議な力は、すべての人に降り注いでいると思います。


現在、困難のどん底にいる人は、次のことを忘れないでください。

いまその状況を生きる事が、次の展開に必要だから起きているということを。

あなたに乗り越えられない困難は、決して訪れないということを。

そしていついかなるときも、あなたを後押しする力が働いているということを。


過去と未来を断ち切って、今日という一日を生きていきましょう。


あなたの人生のプロセスを信頼してください。






多くの人に届きますよう、ご協力お願いします。

   



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