かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2010年11月

いまを生きるというのは、「いまここ」に心を込めるってこと。 いま目の前の現実に心をこめる・・・これが「禅」という言葉の意味であり、武士道、各武道、茶道、華道、みなこのことが基本にあり、これ以上の生き方はない。 しかし最初のうちそこにはまだ「いまを生 ... 続きを読む
いまを生きるというのは、「いまここ」に心を込めるってこと。

いま目の前の現実に心をこめる・・・これが「禅」という言葉の意味であり、武士道、各武道、茶道、華道、みなこのことが基本にあり、これ以上の生き方はない。


しかし最初のうちそこにはまだ「いまを生きている自分」が存在している。

この道を突き詰めれば、「いま」だけが残って、それを生きている自分は消滅する。

そのとき初めて、究極の真実が現れ、それを極意と呼ぶ。



自己は存在していない。


このブログでは、生活レベルで役立つ話と、生活レベルを超えた真理の世界と、両者を交互に話してきたけど、今日伝えたいのは後者のほうだよ。

いずれにせよ言葉はすべて方便で、真理は決して語ることはできないのに、こうして書きたくなるのは、趣味というか、結局こういう話をするのが好きなんだと思う。


そんなわけで、マニア?の皆さんはお付き合いを(^o^)



まず理解すべき一つ目は、すべてのことは、何から何まで全部、各々(おのおの)の思考が作り出しているってこと。

あなたが認識していることのすべては思考の産物だ。


思考は言語化できるけれど、真理は思考を超えている。

だから言語化できないわけ。

それなのにこんなふうに文章にしているのは、真理を思考で翻訳しているからで、どんな言葉も(それはあらゆる聖者の言葉も含めて)真理そのものではないんだ。

せいぜい真理を指し示す方向指示器でしかありえない。

世界中の聖典も経典も、全部方向指示器だよ。



真理とは体験すること。


自分など存在していなかったという体験。


「いまここ」の体験。


「大いなるひとつ」の体験。


永遠に完璧だという体験。


体験者が消えて体験だけが残る体験。



それが真のリアリティー。

あとは全部、夢が見ている夢、幻想が作り出した幻想だ。

幾重にもわたる錯覚(それを五蘊と呼びます)が、自己という幻想を作り出し、その自己が世界という幻想を作り出す。

その想像力たるやすごいもので、見えない世界にまで及んでいる。

神だ、悪魔だ、霊だ、魂だ、天国だ、地獄だ・・・

こういう話は、その出所が恐れに根ざしていて、それが人々の恐れに訴えるから、いつまでたっても消えないけれど、情報の精度が低いから、何千年も同じレベルをぐるぐる回っているだけで、どこにも行き着かない。

それらが、精神世界がいまひとつ社会から認知されてこなかった原因にもなっている。



精神世界を学ぶ人には、「真実に対する誠実さ」が必要だと思う。




だめだ、こういう話をしだすと終わらなくなる。


反感を持つ人もいたかもしれないけれど、本意が伝われば幸いです。




マニアのみなさんと、マニア予備軍のみなさんは、このボタンを押してください。


   



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12月東京いまここ塾講演会は、受付を終了しました。

今回も、話したいことが泉のように湧き出てくると思います。



一期一会。

いつもありがとう。
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昨日は久しぶりのライブで、十分に楽しませてもらいました。 ステージ上であんなに飲んだのに、家に着いたときはまったくのシラフ。 普通に店で飲めば、かなり酔っ払う酒量なのに、ステージ上だとその場で発散されちゃうのかな。 あっ、カラオケ屋みたいなもんかも ... 続きを読む
昨日は久しぶりのライブで、十分に楽しませてもらいました。

ステージ上であんなに飲んだのに、家に着いたときはまったくのシラフ。

普通に店で飲めば、かなり酔っ払う酒量なのに、ステージ上だとその場で発散されちゃうのかな。

あっ、カラオケ屋みたいなもんかもしれない。

歌いながら飲むと、酔いかたが減りません?

あんな感じです。

とにかく一夜明けてすこぶる元気です。

みなさんありがとうございました。



最近はちょっと心境が変わり始めていてね。

存在の真実だとか、本当の自分だとか、神だとか、真理だとか、さとりだとか、そんなことはいちいち言葉にしなくても、あたりまえのことだって思うようになったんです。

あれが真理だ、いやこっちが本当だとか、そんな議論は問題外で、真実は真実、実際に体験すれば疑いようがなくて、しかも極めて当たり前のことです。

とにかくあなたという人は宇宙規模に素晴らしい存在で、たとえどんな境遇におかれていようと、実際には魂のレベルで最初から救われています。

人間に優劣はなく、みな同じ力によって生かされています。

僕たちは100%対等です。



さてそれがわかった上で、どう生きるのか。

そこが大切ですよね。

それを見失いそうになったら、「いま」を生きてください。


一番簡単で、一番理にかなった生き方です。


明日のために今日があるんじゃないんです。

今日は今日この日のためにあります。


いまを生きること。

いま目の前の現実に心をこめて生きること。

それ以上の生き方はありません。


それは誰にでも、いますぐに始められます。


今日という日を、未来の幸せのための手段にしないでください。

人はそのようにして「いま」を取り逃がしてきました。


「いま」がゴールです。

「いま」以外に時は存在していません。

いつだって「いま」があるだけです。



過去と未来を頭の中から締め出して、今日一日を生きてみましょう。

そうすれば、どんな困難だって乗り越えられるはずです。

今日一日の荷物のほかに、昨日や明日の分まで背負っていたら壊れてしまいます。

明日のことは明日のあなたが何とかしますよ。



   



・・・・・・・・・・・・・・



12月19日の東京講演会は残り席わずかです。

明日を締め出すと言っておいて何ですが、明日は久しぶりの沖縄いまここ塾です(笑)

中城の吉の浦会館。

こちらは予約なしで入れますから、お気軽にどうぞ。

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うん、うん、そうそう、そうなんだよ。 ほお、な~るほど、そうだよなぁ。 へえ、そりゃ面白い、そういう言い方があったか。 すごいなこの人、僕だったらこんな応答はできない。 これ何かって言うと、最近のみなさんからいただいたコメントを読んだ感想。 ... 続きを読む
うん、うん、そうそう、そうなんだよ。

ほお、な~るほど、そうだよなぁ。

へえ、そりゃ面白い、そういう言い方があったか。

すごいなこの人、僕だったらこんな応答はできない。



これ何かって言うと、最近のみなさんからいただいたコメントを読んだ感想。

ほんと、素晴らしい人たちがたくさん集まってくれてますね。


読んでいると、やっぱり僕らの根っこはひとつで、それぞれがその分霊で、いままでは相手との違いばかりにフォーカスを当てて、比べあったり競争しあったりしてきたけれど、これからは「同じひとつの命」を共感しながら、共に与え合って認め合って生きていくんだよなって思います。



この先の時代の変化はとても大きなものになるけれど、変化してみれば、特別な状態になるんじゃなくて、こうだったらいいのにっていう、当たり前の状態になっているんだと思う。

それは命の本質に根ざした文化で、愛と理解と豊かさに基づいた人間社会。


暴力の為の浪費や、防衛がいらなくなるから、ありあまる資源をみんなで楽しんで使えるようになる。

もうこの地上のハードウェアは完成されていて、あとはそれを運営する人間の意識がほんの少し進化すれば、たちどころに地上天国が出現する。


そのためには、各自が自分自身を認め、安心すること。

みんなが自分と同じ命によって生かされていることを実感すること。

この宇宙には無尽蔵の豊かさが備えられていて、「足りない」というのは間違った観念だと気づくこと。

足りないと思うから、自分の分を確保しなきゃって、奪い合いや争いが起きてきたんだと思う。

この地上には、100億人が豊かな生活をしても、まだありあまる富がある。

それに宇宙は(量子場)は、人間の必要に応じて、何でもいくらでも供給可能な魔法のランプのようなものだし。

(この話は大切なので、これからの講演会やブログでたびたび取り上げていきます)


あっそれと、動物たちをむやみに殺さないで、人間の叡智よってバランスの取れた生態系を維持する環境を作ること。


愛と、理解と、豊かさと、遊び心と、創造性と、それら全部が同時に機能しだして、人間や他の命ににとって幸せな世界が到来することを信じています。




   

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いつだったかコメント欄に、 「目覚めの瞬間はS○Xの何万倍も気持ちがいいって聞いたが本当ですか」 という問い合わせがあったけれど、それは間違いです。 実際はS○X(ソックスじゃありません)の、数億倍気持ちがいい体験です。 S○X(ソックスじゃない ... 続きを読む
いつだったかコメント欄に、

「目覚めの瞬間はS○Xの何万倍も気持ちがいいって聞いたが本当ですか」

という問い合わせがあったけれど、それは間違いです。


実際はS○X(ソックスじゃありません)の、数億倍気持ちがいい体験です。



S○X(ソックスじゃない)の場合は、一人の相手との一体感だけど、目覚めの瞬間は宇宙全体との一体感。

それまで人生で経験してきた快感や喜びが、まるでゴミに思えるくらい圧倒的な体験です。


快感だけじゃなくて、深い感謝、絶対的な安心感、言葉にできない至福感、そのほか味わいたい感情をマックスにして、シャワーのように浴びながら、ただただ「気持ちいい~!!!」って叫びたくなる瞬間です。



どう?興味持った?(笑)


いままでこのことに触れなかったのは、目覚めに対しておかしな先入観を与えてしまうと思ったから。

その絶頂感が目的になってしまうと本末転倒だから。


これらの注意については、まだまだ書かなければいけないことがたくさんあるけれど、今日はひとつだけ大切なことをお伝えしておきます。



すでにそのような経験をした人も、ここに多く集まっていることでしょう。

そのような人の中には、もう一度あの体験をしたいと、それだけを熱望して生きている人もいることでしょう。

でもね、同じ体験は二度と起こらないんですよ。

それは一度きり、また起きたとしてもそれは違う性質のものです。

なぜ一度しか起きないかと言えば、その時の圧倒的な開放感は、それまで自分を身体の中に閉じ込めていたのが、一気に宇宙規模に拡大した時のギャップがもたらしたものだから。

一度開いてしまえば、それは自分の一部となり、次からは同じように宇宙規模の自分を感じても、最初の感動的ショックはないのです。

むしろあたりまえの、淡々とした静けさの中でそれを味わうようになります。


実は僕自身、その体験の再来を熱望して、ずいぶん長いこと、考えられる限りのあらゆることを試してみた時期があります。

でも無駄でした。

しかもその体験以外に、この世に求めるべき宝はないと感じてしまったから始末に悪い。

根が快楽主義者だから、その体験は僕を虜にするに十分でした。

社会からドロップアウトした状態だったし、もう二度と社会復帰することはないと思っていました。


その状態こそが「精神の物質主義」と呼ばれるものだと知ったのは、ずいぶん後になってからのこと。

自分の体験をコレクションのように持ち運んでいたわけです。

でもそれは単に記憶の印象を持ち運んでいただけで、体験そのものじゃありません。

一種の魔境状態です。


いま思えば、そのことを指摘してくれたのは向禅師だったかな。

いやほんと、いろんな人のおかげさまで、いまはなんとかこうして地に足をつけて、社会人の体裁を保ちながら生かしてもらっているわけです。



あのころの僕と同じような状態にはまり込んでいる人へのアドバイスでした。




今日の記事はさらりと受け流してくださいね。

フグの毒のようなもので、おかしな先入観を与えかねない危険水域ぎりぎりの記事でした。

くれぐれも精神の物質主義に陥らぬよう。




いまから博多に行ってきます。

日曜日は久しぶりのライブコンサートをします。

急にギターの練習を再開したから指が痛い(笑)

お時間のある人は遊びに来てくださいね。





スピ係のブログランキングに参加しています。


   



・・・・・・・・・・



12月東京講演会にもたくさんのお申込みありがとうございました。

今回も広めの会場なので、多くの人に聞いてもらえると思います。

おひとりでの参加の方が多いですから、気楽にいらしてください。

詳細はコチラから。

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今日は時間が無くなってしまって記事が書けません。 今日も一日、あなたが健やかに静かな幸せの中で過ごすことを祈っています。 外側の世界で何が起きたとしても、本当のあなたは何一つ影響されずに静寂の中にいることを忘れないでください。 向禅師との名古屋コ ... 続きを読む
今日は時間が無くなってしまって記事が書けません。

今日も一日、あなたが健やかに静かな幸せの中で過ごすことを祈っています。

外側の世界で何が起きたとしても、本当のあなたは何一つ影響されずに静寂の中にいることを忘れないでください。


向禅師との名古屋コラボ講演会のお申し込みは定員に達したために〆切となりました。

またキャンセルの方がいらしたら追加募集しますのでよろしくお願いします。


12月19日(日)東京講演会の申し込み受け付けを開始します。

詳細はコチラからお入りください。


ありがとうございました。



   

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笑うことは、愛することと同じくらい大切です。 心の底からの笑いは偉大なる一瞥に繋がることさえあります。 深刻モードは直線的になりがちですが、笑いはそこに空間を作り出します。 視点が変わり、柔軟な解釈が可能になります。 僕たちは真剣に生きようとす ... 続きを読む
笑うことは、愛することと同じくらい大切です。


心の底からの笑いは偉大なる一瞥に繋がることさえあります。

深刻モードは直線的になりがちですが、笑いはそこに空間を作り出します。

視点が変わり、柔軟な解釈が可能になります。

僕たちは真剣に生きようとするあまり、つい視野を狭めてしまいがちです。

笑いはそんなムードを吹き飛ばしてくれます。



最近腹の底から笑っていますか。

もしそれができにくくなっているとしたら、エネルギーが滞っています。

知らず知らずに溜め込んでしまった、悲しみや怒りが笑うことを妨げるのです。



僕は笑うブッダが好きです。

たとえば布袋さん。

あの人、持ち物全部を袋に詰めて、道端にしゃがんで、いつも道行く人を見て笑っていたそうです。


道行く人が、さも重大なことが起きているような顔して、さも自分が重要人物みたいな顔して歩いている姿を見て、腹を抱えて笑っていたとか。

これが後世の人の作り話だとしても、妙に納得できます。

僕たちが持つ深刻さは、まったく独りよがりの一人芝居なのに、そこに生真面目になって孤軍奮闘しているのですから。


それはちょうど、真っ暗闇の中で自分の足場から下に落ちないように、必死になって足場を拡張して、なんとかそこにしがみつこうとして、もがいている姿と似ています。

ところが自分がしがみついていた足場は、地面と同じ高さにあったんです。


あれれ???、な~んだ、そうだったのか。


そして大笑い。

必死になって悪戦苦闘していた自分の姿が、悲しくもおかしく、愛おしく見えてきます。


それが悟りの瞬間です。


その笑いの中には、大いなる慈悲と、理解と、感謝があふれています。


宇宙による壮大なトリック。

僕たちの意識を高みに上らせるために仕掛けられた、忘却のゲーム。



みんなでそのゲームの真っ最中です。

もう何万年くらい続けているのでしょうか。


そろそろ飽きてきませんか。

みんなでゲーム終了の予感がします。


そのとき、世界中が笑いであふれ、お互いの同朋意識の中で、共に幸せを与え合っていく文化が始まっていくことでしょう。


笑いは愛と同じくらい大切です。


これからも笑いを小脇に抱えて活動していこうと思っています。


   


・・・・・・


12月12日に名古屋で開催する向禅師とのコラボ講演会「さとりの授業」は、定員数まであとわずかです。

昔は、「あーちゃんとむーちゃんのお笑い禅問答」という名称でした。

中身はいまも、ガハハハハです(^o^)


詳細はコチラから。



12月19日は東京いまここ塾です。

詳細は近日中にブログでご紹介します。
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どうってことない・・・ この言葉で肩の荷が下りた人もいたと思います。 その一方で、いま深刻な状態にいる人は、違和感を持ったり、抵抗を感じたりしたかもしれません。 僕も何度もそのような場面を生きてきたので、気持ちはよくわかります。 死にたいと思っ ... 続きを読む
どうってことない・・・

この言葉で肩の荷が下りた人もいたと思います。


その一方で、いま深刻な状態にいる人は、違和感を持ったり、抵抗を感じたりしたかもしれません。

僕も何度もそのような場面を生きてきたので、気持ちはよくわかります。

死にたいと思ったことも何度かありました。

今度の今度こそ、どうにもならないと思ったこともあります。


ところがある日、そのような暗闇を、突然の光がたちどころに消し去ってくれました。

どれだけ深く、どれだけ長く覆っていた闇も、一筋の光の前にはまったくの無力でした。



光とは気づき、理解のことです。

その気づきは無明を照らし、悩みの根っこを消し去ります。

すべてが自分の思い込みであったこと、最初から何の心配もいらなかったことを知ります。


それは過去や未来という時間の幻想から、「いまここ」に戻ってくることでもあります。


その気づきが光明と呼ばれるもので、最初の最初から僕たち全員の心の奥に備わっている智慧です。


そのとき、人は思います。


「な~んだ、そうだったのか。全部ひとりよがりのゲームだった」

そしてそれまでのあらゆる苦悩が、気づきの至福感を高めてくれます。



このような文章を暗闇の中で読んだとしても、あくまでも楽観的な仮説にしか聞こえないかもしれません。


それでも伝えます。



どってことないよ。

あなたはいまも、とてつもなく大きな愛の中にいるんだから。

そのことを知っていようといまいと、その事実は変わらない。

だからね、大丈夫だよ。



なんくるないさ~(沖縄の方言で、なんとかなるってこと)





   
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