かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2011年03月

朝、眼が覚めた瞬間、その瞬間はとても大事だよ。 思考が蘇ってくる前のわずかな時間。 ほんの瞬間だけど、自分が誰なのか、ここがどこなのかわからない。 それは正しい認識だ。 自分は誰でもないし、ここは、いつだってここだから。 ところが次の瞬間 ... 続きを読む
朝、眼が覚めた瞬間、その瞬間はとても大事だよ。

思考が蘇ってくる前のわずかな時間。


ほんの瞬間だけど、自分が誰なのか、ここがどこなのかわからない。


それは正しい認識だ。

自分は誰でもないし、ここは、いつだってここだから。


ところが次の瞬間、思考がやってきてすべてを説明してくれる。


あなたは○○という人物で、ここは○○の部屋のベッドで、これから○○は支度して会社に行って・・・

次にあれやこれやいろんな関係者の顔が浮かび、やらねばならない仕事が浮かび、もう気分はすっかり社会の一員だ。

ここから頭の中は、おなじみの堂々巡りの思考に支配され、心配や、不安や、不愉快な出来事の記憶や、許せない相手や、会いたくない人、やりたくない仕事、ゴチャゴチャゴチャゴチャ・・・

こうしてまた、夜眠りにつくまで、とりとめのない思考と感情に支配されて一日が終わる。


このような状態を、無明と呼ぶ。

身体は起きているのに、意識は眠ったまま、思考が織りなす夢の世界に浸かっている。



目覚めとは何か特別なことじゃなくて、雑念想念を断ち切って、いま目の前の現実と、リアルに関わることをいう。


僕のやり方はこうだ。


何をしている時でもいいから、気づいたらすべての行為をストップする。

デスクに向かっていても、歩いていても、その場で静止するんだ。


目は開けたまま、見るでもなく見ないでもなく。


そして耳を澄ます。

すると、さっきまで聞こえていなかった微かな音が聞こえてくる。

エアコンの振動音、表通りの車の音、鳥の声、遠くの人の話声・・・


その音は、いま存在している。


足の裏の大地、椅子の背もたれ、指に持ったままのペン、これらもいま存在している。


いまに存在する音や、いまに存在するものと一緒にいようとするんだ。

自分の頭の中以外は、すべて「いま」に存在しているから、見つけるのは簡単だよ。


そうやって静止したまま、いまと一緒に30秒間過ごしてみよう。


そして、その感覚のまま生活の中に入っていこう。


あいかわらず、やるべきことが続いていくが、そこには静寂がある。

この静寂を身につければ、心身はリフレッシュし、ストレスは緩和されていく。


何事も練習だ。



もしこの30秒間を、毎日6回以上思い出すことができたら、たったそれだけであなたの中にエネルギーがプールされ、あなたは輝き、人を惹きつける磁力を持っていく。

早い話が、異性からも同性からもモテだすだろう。


「モテだす」

おお、こんなにキャッチーなフレーズはない。



どう?少し試してみたくなった?


30秒を一日6回。

わずか3分間の、超短い瞑想法だよ。




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今日は一休み。 僕の好きな歌を紹介します。 実は僕は、BUMP OF CHICKEN という和製ロックバンドが大好きです。 今日紹介するのは、聴くたびに僕が涙する曲です。 曲名は「K」 歌の中のフレーズ 「生まれて初めての優しさが、温もりが、まだ信じ ... 続きを読む
今日は一休み。

僕の好きな歌を紹介します。


実は僕は、BUMP OF CHICKEN という和製ロックバンドが大好きです。




今日紹介するのは、聴くたびに僕が涙する曲です。

曲名は「K」


歌の中のフレーズ

「生まれて初めての優しさが、温もりが、まだ信じられなくて」


この部分が、若い頃の自分の姿とダブってしまい、なんとも切ない気持ちになります。


あはは、なんかセンチになってきたけど、興味持ってくれた人は聴いとくれ。



コチラから→「K」





   

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昨日いただいたコメントに答える形で書いてみます。 XJさんからです。 >いつも拝読させてもらっています。 ありがとうございます。 >何か心に不安が顔を出すたびに「いまここ」の感触を思い出すようにして心から心配や不安を追い出すようにしています。 ... 続きを読む
昨日いただいたコメントに答える形で書いてみます。

XJさんからです。



>いつも拝読させてもらっています。

ありがとうございます。



>何か心に不安が顔を出すたびに「いまここ」の感触を思い出すようにして心から心配や不安を追い出すようにしています。


それは的確な態度です。

心配や不安は、混乱した思考が作り出しています。

そして思考には、心配や不安を解決する能力はありません。

考えは考えを生むだけです。



>ご存知のように東日本は・・今不安だらけです。
>原発に関しても政府のやり方や次々と明らかにされる事実に、愕然としてしまう日々。



経済至上主義の中で、企業が利益を追求するのは正義だという考え方が多くの問題を作り出してきました。

原発はその象徴です。

さらには、いままで積み上げられてきた政府やマスコミに対する不信感が、状況を複雑にしています。




>ここから逃げようと思う自分と、ここにいて今をいきようと思う自分。

>いまここ、に生きることは「事は起きる」それを「受け入れる」ことだと、私は理解しました。




それは違います。

いまに生きることは、必ずしも、いまを受け入れることではありません。


「受け入れる」とは、丸呑みして肯定するということです。

それでは感性も知性も無視してしまいます。


いまここに生きるというのは、事は起きているということを受け入れるのではなく、認めるということです。

騒いでみても、嘆いてみても、事実は変わりません。

事実を事実としてあるがままに見る、それがいまを生きる態度です。

その事実を受け入れるかどうかは、また別の話です。




>そこにあるだけで充分。
>命が自分。だから死なない。
>実感を伴う経験をしていないので、まだ目覚めることが出来ずいますが頭ではそう理解しています。



たしかに命は不滅です。

肉体が機能を停止しても、命は永遠の中に生き続けています。

そのことは内的経験により確信していますが、だからと言って死の危険を前にして何もしないわけではありません。

その瞬間の感応に従います。



>ここにいて
>受け入れて そのままで
>それだけでいいのでしょうか。

>難しいです、一寸の狂いもない出来事に、コントロールできない「事の起こり」にお任せして、全てを委ねればいいのでしょうか。



「事の起こり」の中には、自分に生ずる衝動や直感も含まれています。

頭で理解した言葉に縛られるのではなく、自分の直感を生きてください。

それが正しいかどうかはわかりません。

しかし、スローガンに身を任せるよりは、ずっとマシです。

あなたの人生はあなたの作品です。




最後にいまの僕がどう感じているかを書きます。


確かに政府や電力会社(大企業複合体)が、マスコミを通して我々に与えてきた情報は、あまりにもご都合主義によるものでした。

しかし、いま福島原発で起きていることの報道は、大部分で信じていいと思っています。

その理由は長くなるので割愛しますが、僕なりに人間の心理を分析した結果です。


その一方で、いまもなお前代未聞の状態が続いていて、その結末は誰にも予測不能です。


こればかりは、天にお任せするしかありません。


日本壊滅の状態が最悪のシナリオだとして、もしそうなったら、そこから始まっていくものがあります。

それくらい達観した気持ちを持ちながら、この事態が最小限の被害で終結することを祈っています。



被災された多くの方々の現実を目の当たりにし、新たな感性が湧き出してきた人も多いと思います。


世界中でいまなお続いている飢餓や貧困、そのほか数え切れない問題を抱えている地球に、新しい人類による新しい文明が花開くことを信じています。







   

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昨夜は11時から爆睡。 朝8時近くまで眠っていた。 あー、よく眠った。 ぐっすり眠ると気持ちがいいね。 人生も同じで、現象界での眠りが深いほど、真理への目覚めは快感を伴う。 その快感はS○X(ソックスじゃない)の数万倍、いやそれ以上だ。 ... 続きを読む
昨夜は11時から爆睡。

朝8時近くまで眠っていた。


あー、よく眠った。


ぐっすり眠ると気持ちがいいね。



人生も同じで、現象界での眠りが深いほど、真理への目覚めは快感を伴う。

その快感はS○X(ソックスじゃない)の数万倍、いやそれ以上だ。

でも目覚めた後もS○X(ソックスじゃない)は好きだ。

いや、そんなことが言いたいんじゃない。



夜の眠りと、人生の眠りの違いはなんだろう。


それは、夜の眠り(睡眠)は、最も深い状態において無思考になり、あらゆるストレスから解放されるのに比べ、人生の眠り(無明)は、最も深い状態において思考が混乱の極致に陥り、大きな苦悩をもたらすことだ。


したがって朝の目覚めの爽快感は眠りによる心身回復のそれであり、人生の目覚めは、無明による苦悩からの解放による。


人生での苦しみが大きいほど、目覚めの快感が大きくなることを、みんな魂の奥底で知っていて、それで苦しんでいるような気がする。

そんなことを言うと苦しんでいる人に怒られそうだが、それは目覚めたときにわかる。



今日は久しぶりに沖縄に帰る。

嬉しいな。


沖縄好きだし。


ニャアニャが6人と、ワンワが一人、僕の帰りを待っている・・・おそらく忘れているだろう(笑)


そして沖縄のみんなも、帰りを待ってくれている・・・おそらく忘れていないだろう・・・そう願う(^o^;)





   


・・・・・・・・・・



明日は沖縄でいまここ塾

明後日は水曜の会があるよ。


最近は月一になってしまったけれど、その分、密度の濃い時間を過ごそうね。
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欲しいものはなんでも手に入るし、やりたいことは何でもできる。 そうやって25年間生きてきた。 周りの人は僕をうらやむけど、そうなってみれば「だから何?」って感じ。 こんな僕を目指す人もいるけれど、ここまできても同じこと。 ただ同じように、いま起 ... 続きを読む
欲しいものはなんでも手に入るし、やりたいことは何でもできる。

そうやって25年間生きてきた。


周りの人は僕をうらやむけど、そうなってみれば「だから何?」って感じ。

こんな僕を目指す人もいるけれど、ここまできても同じこと。

ただ同じように、いま起こることが起きているだけだ。


みんなが幸せだったらいいなと思う。

みんなが幸せなら楽だから(^o^)


でも幸せでなくてもいい。

その人が生きたいように生きることを邪魔する気はない。



僕にできること。

それは「こっちだよ」って手を振ること。


「こっちの水は甘いぞ」って歌うこと。



昨日、人生について久しぶりに考えてみた。

僕の人生はなんだろうって。



そして得た答え。



「人生ひまつぶし」


今日も薄着で笑っちゃう。




ここで一句。



ひまつぶし

今日は名古屋で

ひつまぶし



おそまつ。






   



・・・・・・・・・・・




【お知らせ】


向禅師との「いまここ塾 in 浜松」は受付を終了しました。

たくさんのお申込みありがとうございました。


今日の「阿雲の呼吸 in 名古屋」の当日券はありません。

ご注意ください。
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昨日はこのブログサーバーのメンテナンスで、一時アクセスが中断していましたが、おかげでずいぶんスムーズにアクセスできるようになりました。 スタッフのみなさん、ありがとうございました。 さて今日も、ワンポイントアドバイスを送ります。 ブログや講演会に ... 続きを読む
昨日はこのブログサーバーのメンテナンスで、一時アクセスが中断していましたが、おかげでずいぶんスムーズにアクセスできるようになりました。

スタッフのみなさん、ありがとうございました。


さて今日も、ワンポイントアドバイスを送ります。

ブログや講演会に来てくれる人の中には、真剣にさとりを求めている人たちが多くいます。

今日のアドバイスは、そんな人たちに向けたものです。



さとりたいという願いは大切です。

人生の中に人生以上の何かが隠されていることへの直観がそれをさせます。

そしてそれは正解です。


人生とは一連の独りよがりな夢であり、それは空中に消えていく泡のようなものです。

しかし我々の存在は、泡ではありません。

永遠不滅の、大いなる命そのものです。


泡の中で、よりよい泡を目指すゲームは終わりました。

あとは彼方なるリアルワールドにジャンプするだけです。


それがさとりへの渇望です。


しかし、さとりを求めているのはいったい誰でしょう。

その正体は自我です。

もちろん最初の衝動は、大いなるものからの呼びかけだったりしますが、それを捉えて達成を試みるのは自我そのものです。


自我がさとりを妨げているのに、その自我がさとろうとするのです。


さとりが自我の消滅だと聞けば、自我は自我を落とそうとします。

さとりが愛に行き着くと聞けば、自我は愛のレッスンをします。

さとりが寛容さだと聞けば、自我は大きな心で人に接しようとします。



しかしさとりとは、いまあるがままの自分を100%受け入れ、その中に寛ぐことでしかありません。

聖人になることでもなければ、四六時中自我が消滅しているわけでもありません。

単に、あたりまえの普通の人です。


いまあるがままの自分を100%受け入れるだけなのに、さとろうとする思いは、いまではないもっと優れた自分を目指しています。

いまの自分でしかあり得ないのに、いま以上の自分を求めているのです。


いいですか、すでにあなたに足りないものも、余分なものもありません。


まさにあるがままのあなたで100%OKなのです。



するとまた自我が忠告します。

「いまの自分でOKなわけがない。隠している闇や、抑え込んでいる感情や、自信のなさや、歪んだ心が何ゆえにOKなのだ」


これが自我(思考)の策略です。

絶え間なく判断し、裁き、いまを否定します。



その声を聞かずに、ただただ自分に寛ぐこと。

自分と仲直りすること。

それが秘訣です。


そして、いまに戻ってきてください。

さとろうとする思いは未来に依存していることに気づいてください。

自分が立派になってからさとると思わないでください。


いまのあなたが、さとりそのものなのです。



下手なガイドですが、これからも方向を示し続けていきます。





   





・・・・・・・・・・



これから黒斎くんと福岡に向かいます。

今日は福岡、明日は名古屋です。

名古屋講演会に、若干の空席が出ました。

参加ご希望の方はコチラからお入りください。


3月29日(火)夜は沖縄いまここ塾があります。

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いま、いま、いまって、この数日間そんな話をしてきましたが、今日はとりあえずまとめてみます。 「いま」に100%戻ってくるとどんな感じがするのでしょう。 それは、すでにすべてを得ている感覚です。 安らぎ 幸福 楽しさ あらゆる存在に命があ ... 続きを読む
いま、いま、いまって、この数日間そんな話をしてきましたが、今日はとりあえずまとめてみます。


「いま」に100%戻ってくるとどんな感じがするのでしょう。

それは、すでにすべてを得ている感覚です。


安らぎ

幸福

楽しさ


あらゆる存在に命があること、この世は様々な波動によって成り立っている、エネルギーフィールドだと気がつきます。


それらはひとつに繋がっていて、すべてはひとつだと感じます。


すべてが自分であるがゆえに、そこに同朋意識と愛が芽生えます。


思考が止まっているので、あるがままの現実をあるがままに受け止めています。


そこに足りないものがないので、豊かさに包まれます。


いつかたくさん得たら豊かになるというのではなく、まさにいまここで豊かであるとわかります。


いま人生がどのような局面にあるかは、まったく関係ありません。


どんな状況に置かれていようと、いまを生きることが可能です。



そこに入るドアは、

リラックスすることです。


そのドアはいつだって目の前に開かれています。


僕たちが幸運なのは、どんなに長く「いま」を忘れていたとしても、「いま」はいつだって目の前にあるということです。

決してどこかに隠れたりしません。



さあ、力を抜いて。

深刻さは要りませんよ。



どこを目指しているんですか。

行先などどこにもありません。

人生とは、いまを生きることです。






   



・・・・・・・・・・・


【お知らせ】


いまを生きるということは、知識ではなく感覚で学ぶことです。

4月10日(日)

浜松で向禅師と、読経や坐禅など、実践的な講演&ワークをします。

まさに「いま」を生きることだけに焦点を当てたワークです。

主催の(財)信行社さんは、明治のころヤマハ創業者ら財界人の協力によって作られた学び舎です。

ちなみに僕が生まれた家のすぐそばです。


「日時」

2011年4月10日(日) 

開場 12時30分 

開演 13時~17時00分(4時間)



「会場」

(財)浜松信行社

浜松市助信町8-43




浜松市助信町8-43

浜松駅からタクシーで6~7分。

遠州鉄道「八幡」駅から北へ「助信」駅へ向かって徒歩5分。
酒店・タバコ屋の北側。

090-7616-3551(袴田)


「参加費」

お一人様:3,000円(当日清算)


お申し込みはコチラから。

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