かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2011年05月

久しぶりの沖縄の我が家はすっかり猫屋敷になっていて、彼らに「お邪魔します」って挨拶して、部屋の隅に置いていただくという状態だ。 しかも無線LAN機も悪戯されていて、パソコンが繋がらない。 そんなわけで昨日から一日、パソコンに触れない時間を過ごしている。 ... 続きを読む
久しぶりの沖縄の我が家はすっかり猫屋敷になっていて、彼らに「お邪魔します」って挨拶して、部屋の隅に置いていただくという状態だ。
しかも無線LAN機も悪戯されていて、パソコンが繋がらない。

そんなわけで昨日から一日、パソコンに触れない時間を過ごしている。

この記事も携帯電話からの投稿だ。


昨夜は明け方まで久しぶりに本を読んだ。

読書は嫌いではないが、この数年はほとんど読まなくなっていて、たまに読むのは自分の著作くらいだった(笑)


昨日から読み始めた本は『大本襲撃』(新潮文庫)


戦前の大本教弾圧をテーマに描きながら、大本教の核心に迫る本で、読んでいてグイグイ引き込まれていく。

何より筆者の文章力が巧みだ。

こういう楽しみを忘れていたなぁ。

『この世に起こることに何一つ偶然はなく、全てはことごとく神慮の発現ぞよ』

今夜のいまここ塾は大本教の話だったりして(^O^)



そんなわけで、何のメッセージ性もない今日のブログ記事でしたが、近況報告でした。



この数日間は脱パソコンで過ごします。

また寄って下さい。






   

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いままでの生涯で、節目となるような大きな気づきが何度かありました。 その中でも一番大きかったのが、命は決して死ぬことがないというものです。 死ぬことがないというよりも、いままでに一度も生まれたことはなかったし、死んだこともなかったという感じです。 ... 続きを読む
いままでの生涯で、節目となるような大きな気づきが何度かありました。

その中でも一番大きかったのが、命は決して死ぬことがないというものです。


死ぬことがないというよりも、いままでに一度も生まれたことはなかったし、死んだこともなかったという感じです。


命は無数の形でこの世に現れ、刻々と姿を変えながら、永遠に在り続けています。

命は不滅です。

人は皆その命を「自分の命」だと思っていますが、命は個人の持ち物ではありません。

真実はその反対で、命の作用が自分という感覚を作り出しているのです。


人間は60数億人いますが、命はひとつしかありません。

生物の種類も無数にありますが、命はひとつだけです。


そのひとつが、様々な形態を通して現れては消えているのです。

消えるといっても現象として消えるだけで、命そのものは消えることはありません。

変化するだけです。



命は不滅だというところから、輪廻転生という発想が生まれました。

まったくの間違いではないですが、半分は間違いです。

なぜなら、人生を繰り返すような「個人」は、もともと存在していないからです。

今生においてさえ、「個人」は幻想です。

「個人」は、自分が全体から切り離されているという錯覚から作られています。

この手の話は、内なる経験として実感するまでは単なる仮説に過ぎませんが、このことが真実だということを、何度も見せられてきました。



結論を言えば、あなたは死にません。

いままでどおり形を変えながら、永遠に「ここ」に存在し続けていきます。

始まりもなく、終わりもなく、永遠に「ここ」に在り続けます。



そう言われると戸惑う人もいるでしょう。

「永遠に存在するなんて、なんて退屈なんだ」

「できたら消えてなくなりたい」


それは、制限された窮屈な人生しか味わってこなかったから思うことです。

実際には、素の命は退屈どころか、色彩と、喜びと、変化と、驚きに満ちた、とてつもない状態です。

自分がそんな存在だったことを、感謝せずにはいられないことでしょう。



そして永遠とは、果てしなく続く長い時間のことではありません。

永遠とは、時間を超えた「いま」のことです。


宇宙には「いま」しか存在していません。

そしてあなたは永遠に「ここ」にいます。





言葉の限界を感じながらも、思うままに書いてみました。


いまから沖縄に帰ります。







   
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いま気が滅入っていたり、腹を立てていたり、失望感にさいなまれている人に朗報です。 それらは一過性であり、必ず変化していきます。 人というのは不思議なもので、落ち込んでいるときはその状態が永遠に続くような気がするものです。 反対に幸せなときや、うま ... 続きを読む
いま気が滅入っていたり、腹を立てていたり、失望感にさいなまれている人に朗報です。

それらは一過性であり、必ず変化していきます。

人というのは不思議なもので、落ち込んでいるときはその状態が永遠に続くような気がするものです。


反対に幸せなときや、うまくいっているときは、こんな状態がいつまでも続くわけがないと考えがちです。

そのとおり、どんな状態も長くは続きません。


もしずっと幸せだったら、幸せを感じることはないでしょう。

時折マイナス感情があるからこそ、幸せが輝いてくるのです。


不幸なときは不幸でいればよろしい。

ネガティブな考えや感情が、いけないものだという判断が苦しみを複雑にしています。

無理にポジティブに考えようとしたり、そのような状態の自分を卑下したりする必要もありません。

すべては移り変わっていきます。

愛は嫉妬に、嫉妬は憎しみに、そして憎しみは再び愛に変わっていきます。

まるでメリーゴーランドのようですね。



さて、一通り人生の酸いも甘いも味わってきた僕たちが、学ぶべき最終段階があります。

幸せと不幸せ、ポジティブとネガティブ、その両方を超えた段階です。

一切の判断が消えた、静かなる境地です。


それでも自分の外側では、起こることが起きていきます。

でもそれらの出来事を、いちいち分析したり判断したりせずに、ただ起こることと共に流れていくことが可能です。



変化は波の様なものです。

変化とは「動き」です。


しかし、僕たちは波という動きではなく、海という実体です。

海は変わることなく、いつも海として在りつづけています。


波に自己同化した自分から、海という永遠無限なる存在へのシフト。

それが、いま僕たちが迎えている成長段階です。



ついにここまでやってきた。

しかもこんなにたくさんの人たちが。


それってすごくない?






   


・・・・・・・・・・


【お知らせ】

明日、沖縄に帰ります。

火曜日のいまここ塾と、水曜日の水曜の会を久しぶりに開催します。

そういえば、昨日の台風凄かったんだって?
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毎日の記事が、単に読み物に終わるのではなく、気づきのきっかけになってくれたらという思いで書いています。 「あなたが自分だと思っている人物は、あなたの創作物であり、実際には存在していません」 この一文が、何を言おうとしているのか感じてみてください。 ... 続きを読む
毎日の記事が、単に読み物に終わるのではなく、気づきのきっかけになってくれたらという思いで書いています。


「あなたが自分だと思っている人物は、あなたの創作物であり、実際には存在していません」

この一文が、何を言おうとしているのか感じてみてください。



これを見抜けば、「永遠」「ワンネス」「神」「真理」と呼ばれてきたものに出会います。



この世に、「それ」以上のものはありません。

僕たちは無意識に、いつも「それ」を求めています。

どこかにその記憶が残っているからです。


入り口は無数にあるでしょう。

だから多くの人たちが、いろんな言い方で「それ」を伝えてきました。

多くの入り口をコレクションのように集めるよりも、たったひとつの入り口でいいから、深く入っていくことが必要だと思います。



今日が大いなる気づきの日になりますように。
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心の中で作り出してしまった自分が、心の中で作り出してしまった人生という物語を生きています。 どちらも心が作り出していて、実体はありません。 でもいつもその中で生きているので、人生と人生を生きている自分こそがリアリティーだと思っているし、それ以外の可 ... 続きを読む
心の中で作り出してしまった自分が、心の中で作り出してしまった人生という物語を生きています。

どちらも心が作り出していて、実体はありません。


でもいつもその中で生きているので、人生と人生を生きている自分こそがリアリティーだと思っているし、それ以外の可能性を考えたこともありません。



答えを言えば、

あなたが自分だと思っている人物は、あなたの創作物であり、実際には存在していません。


さらには、

あなたが人生だと思っているストーリーも、あなたの創作物であり、実際には存在していません。



実際には、まさにいま呼吸をしている、誰でもない存在があるだけです。

前後のつながりはなく、何一つ連続していません。


ただ純粋ないまがあるだけです。



前後裁断してみましょう。

心が作り出したストーリー(人生)が、自分を悩ませたり、苦しませたり、心配させたりしています。

前後を断ち切って、いまに完全に帰ってくれば、あらゆる苦悩から解放されます。



「そんなことをしたら、誰が明日の面倒を見てくれるんだ」


その明日も、『いま』という形で訪れます。

もしいま明日を心配しているならば、明日も同じように明日を心配していることでしょう。



何一つ連続していません。

『いま』は常に独立しています。



これは真実なのですが、すでにストーリーに対して様々な感情が絡みついているので、なかなか受け入れられないと思います。



前後裁断。


このひとつだけでも訓練することが出来れば、あらゆる問題の根っこが解決されます。


僕が何を言っているのか、ちょっと立ち止まって考えてみてください。







   


・・・・・・・・・



【お知らせ】

6月5日(日)

博多いまここ塾(ソロ講演会)は、残り席わずかです。

詳細はコチラから。



5月31日
沖縄いまここ塾

6月1日
沖縄水曜の会 
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いつか幸せになろうと思わないでね。 いつかさとろうと思わないでね。 無意識に繰り返してきた、未来に期待する生き方にピリオドを打つんです。 どこまで行っても同じこと。 何が同じかって? 未来に期待している姿勢が同じなんです。 そのトリック ... 続きを読む
いつか幸せになろうと思わないでね。

いつかさとろうと思わないでね。


無意識に繰り返してきた、未来に期待する生き方にピリオドを打つんです。


どこまで行っても同じこと。

何が同じかって?

未来に期待している姿勢が同じなんです。


そのトリックに気づくこと。

それが幸せへの、さとりへの、唯一のドアを開いてくれます。



いま自分を取りまいている状況がなんだろうと、その気になればたちどころに幸せになれます。

自分の魂の本質に気づけばそれが起きます。

なぜなら魂の本質は、愛と、喜びと、至福と、感謝でできているからです。


じゃ、どうやって魂の本質に気づくのかって。

その第一歩は、絶え間ない未来志向にピリオドを打って、「いま」に徹底して帰ってくることです。



とりあえず、いま笑っちゃいましょう。



がはははははは




ね、バカバカしいでしょ。

それじゃ、もう一度。




がはははははは




このバカバカしさは、人生よりはマシですよ。

だって、人生はもっとバカバカしいですから。




がはははははは




あー、ハバカバカしい(笑)







   

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家を出て少し歩いたところに大きなお寺があるんだけど、そこで葬儀があって、たくさんの人だかりだった。 看板を見たら、俳優の長門裕之さんの葬儀。 そうか、亡くなったのか。 若いころ、よく麻雀をして遊んでもらった。 毎晩のようにお世話になった。 ... 続きを読む
家を出て少し歩いたところに大きなお寺があるんだけど、そこで葬儀があって、たくさんの人だかりだった。

看板を見たら、俳優の長門裕之さんの葬儀。


そうか、亡くなったのか。



若いころ、よく麻雀をして遊んでもらった。

毎晩のようにお世話になった。


奥さんの洋子さんにも優しくしてもらった。

当時の僕は自信がなくて、精一杯の虚勢を張って生きていたけれど、そんな振る舞いを若気の至りと許してくれていたのか、本当に二人とも優しかった。



みんな死んでいく。

偉い人も、貧しい人も、みんな死んだら同じだ。



全部この世に置いていく。

人生で得たものすべてを置いていく。



いや待てよ、何を置いていくというんだ。

そもそも、何一つ得ちゃいないじゃないか。


人間は裸で生まれてきて、裸で死んでいくんだ。

その間に、お金やら、財産やら、人間やら、自分のものにしたつもりになっていただけで、自分のものになんかなるわけがない。


全部「つもり」だ。


最初から自分のものなんか一つもないんだから、置いていくものも何もない。



長門さんのことだって、数十年もたてばみんな忘れてしまう。

たとえ歴史に名前が残ったとしても、残るものは大衆が創り出したイメージだけで、本物とはかけ離れていることだろう。


成功の人生も、失敗の人生も、結局・・・チャラだ。



最後はチャラになるというのに、僕たちは何を怯えて生きているんだろう。

人の目を気にして、失敗を恐れて、安全に無難に、いい人やって、自分を抑え込んで生きている。



もし自分の心に正直になって、自由な生き方を始めたとしたら、人は見たいように見て、言いたいように言うかもしれない。


好きに言わしておけばいい。

批判は批判をする人のもので、人生は自分のものだ。


どうせ無になるこの人生。

生きたいように生きてみよう。





今日の記事を読んで、「そうだ!」と同感し、

「よっしゃ、勇気を持って心のままに生きるぞ!」と自分に宣言し、

今日一日奮い立った気分で過ごすけれど、


明日になれば、またいつもと同じ、

人の目を気にして、安全に無難に、いい人やって生きていく・・・


そんなあなたを愛しています(笑)




ま、気楽にいきましょう。




長門さんのご冥福をお祈りしています。







   

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