かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2012年02月

人生何が起きるかわからない。 あの時、札幌の講演会で会場の片隅にいた、やけに怪しげな好青年。 なぜか一目で、「あれが雲 黒斎くんだな」ってわかった。 その日の夜、初めて会話して、その二月後には沖縄でコラボ講演会をやっていた。 全部ハプニングだ。 ... 続きを読む
人生何が起きるかわからない。

あの時、札幌の講演会で会場の片隅にいた、やけに怪しげな好青年。

なぜか一目で、「あれが雲 黒斎くんだな」ってわかった。


その日の夜、初めて会話して、その二月後には沖縄でコラボ講演会をやっていた。

全部ハプニングだ。


そう、人生はハプニングだ。

自分が計画して生きているような気でいるが、実際は起きることが起きている。

だから起こしている力に降参(サレンダー)すること、それが最もストレスのない生き方になる。


だからと言って、何もしないわけじゃない。

その瞬間の感応によって、一番いいと思ったことをする。

でもその瞬間の感応も、その瞬間の行動の選択も、ハプニングの一部だと思う。


彼とコラボ講演会をしようと決めたのは僕だが、その僕の決定はハプニングだということだ。


その後もハプニングは続いて、なんとまあDVDが発売され、今度は書籍が出る。


この本は、いままで全国でやってきたコラボ講演会のメッセージを集めたもの。

数日前、見本が出来上がって読ませてもらったが、とてもよくできていた。

伝えたいメッセージが、とても分かりやすくまとめられている。

編集も黒斎くんで、かなり頑張ってくれたと思う。



表紙はこれ。







以下は黒斎くんのブログからの転載

・・・・・・


ドーンっ! でたっ!!

ということで、僕と阿部さんのコラボトークライブ『阿雲の呼吸』が本になりました!

その名も『THE MANZAI』……いやいや、『降参(サレンダー)のススメ』です。


<内容紹介>(Amazonデータベースより)


さとり系エンターテインメント!

北は北海道、南は沖縄。互いのブログを通じて糸を引き合うように出会った二人。

そのとき互いに感じたのは、「ああ、この人も同じものを観たのだな」ということ。

阿部敏郎(1953年生まれ):元ミュージシャン

雲 黒斎(1973年生まれ):元広告クリエイター

やがて二人はすっかり意気投合し、全国を舞台にコラボトークライブ「阿雲の呼吸」を展開します。

これまでは何かと重々しく、また仰々しく語られていた「さとり」や「生死」などの世界観が、とても身近にユーモアを持って語られていく二人のトークライブ「阿雲の呼吸」は、いまや全国どの会場でもチケットが売り切れてしまうほどの人気講演会に成長。

本書は、これまで開催されたトークライブの空気感をそのままに、全国各地で語られたメッセージの数々をお届けします。

さとり、自我、降参、宇宙の仕組み、阿雲流「引き寄せの法則」……。

秀逸なたとえ話と笑いで、目からウロコが落ちまくりの「さとり系エンターテインメント」の登場です。


第1章 目覚めの経緯
第2章 「開く」と見えてくるもの
第3章 さとりを「促すもの」と「妨げるもの」
第4章 源(ソース)とのつながり
第5章 阿雲流「引き寄せの法則」
第6章 アンサートーク~アセンション編
第7章 アンサートーク~人生論・人間関係編
第8章 アンサートーク~素朴な疑問編

単行本: 272ページ
出版社: ソフトバンククリエイティブ
発売日: 2012/3/2

1500円(+消費税)


DVDでは泣く泣くカットせざるを得なかったあのお話、また、カメラの入っていなかったあの会場でのあの話などなど、DVD未収録のお話を含む、これまでのライブの「いいとこ取り」でまとめ上げた、阿雲の呼吸の集大成とも言える本書。

沢山の人に知って欲しい、人生を円滑に、そして豊かにする気づき満載の1冊です!


ソロライブでは引き出し切れない立体的なお話ができるのは、やはりコラボならでは。

ソロもいいんだけど、より面白いのも、よりわかりやすいのも、やっぱり、一人より二人です。

そのパワーたるや、単に「1+1」ではありません。

それはもう、足し算のレベルを超え、かけ算の強さとなっています。



「なんでやねんっ! 1と1をかけても、1のままやないか!」



都内では2月29日から有名書店に並びますが、沖縄は3月5日になる予定です。

ただし沖縄では3月2日(金)に、那覇市のジュンク堂書店で、19時から、僕のミニ講演会とサイン会を併せて、先行発売があります。

どうぞお越しください。






   


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この宇宙の仕組みの不思議なことは、宇宙はたった一つなのに、存在の数だけ宇宙があるってこと。 宇宙という言葉を、「大いなる意識」という言い方に変えてみると、あなたの中であなたを生きているのは「大いなる意識」そのもので、僕の中にもそれはあって、それは一つ ... 続きを読む
この宇宙の仕組みの不思議なことは、宇宙はたった一つなのに、存在の数だけ宇宙があるってこと。


宇宙という言葉を、「大いなる意識」という言い方に変えてみると、あなたの中であなたを生きているのは「大いなる意識」そのもので、僕の中にもそれはあって、それは一つのものだからみんな同じなんだけど、あなたはあなたの感じ方で「大いなる意識」を捉えていて、一つのものなのに、人数分の「大いなる意識」があるんだ。


だから死後僕たちは、いったんは大いなる意識に帰るんだけど、その味わいも解釈も人によって違う。

その違いが、昨日話した魂の個性であり、死後まで続く自我だよ。

(でも死後の自我は、この世で持っている自我とはちょっと違って、魂の個性という表現が一番近いと思う)


宇宙は、あなたを通して「あなたとしての自分」を味わうためにあなたを作り出したわけ。

だから、宇宙と存在に関して言えば、何を説明するにも一筋縄ではいかなくて、もし存在の真実が一直線に語られるものならば、人類はとっくに真理に行きついていたと思う。


そうなると、結局は、

「私は何も知らない」

というのが一番誠実な態度だと思う。


みんなが真理を体験した時に

「あー、そうだったのか」

となって、でも言葉では上手く説明できなくて、それでも真理を体感しているから、「みんなおんなじだ~!」って仲良く一緒に暮らせるよね。


そしたらみんなでお祝いだ。

祭りだ、祭りだ、ワッショイワッショイ!!



死の瞬間というタイトルで4回にわたって書いてみたけれど、結局は何も知らなくてよくて、その時が来たらその時を生きるだけで・・・あれ?死を生きるって変な話だね。

でも実際はそうなる。

死の瞬間も、死の後も、「あなた」は居るから。


死の瞬間も興味深いけど、一瞬先も興味深い。

だって、いままで悠久の時間を旅してきて、無数の経験をしてきたのに、この先はまだ経験していないことが起きていくんだから。

何も繰り返さず、いつも新しい瞬間が生まれ続けているよ。



わお!!!



宇宙って凄い!!


存在って凄い!!!






   


・・・・・・・・


【お知らせ】

3月東京・大阪共に、講演会の受け付けは終了しました。

お会いできるのを楽しみにしています。

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昨日の講演会がいつもと様子が違ったのは、ことさら精神世界に興味があるわけではなく、そのような書籍を読んだこともなく、でもなんだか面白そうだから行ってみようという人が大半だったことです。 沖縄の場合は、他の理由で僕の名前を知っている人が多いので、「あいっ ... 続きを読む
昨日の講演会がいつもと様子が違ったのは、ことさら精神世界に興味があるわけではなく、そのような書籍を読んだこともなく、でもなんだか面白そうだから行ってみようという人が大半だったことです。

沖縄の場合は、他の理由で僕の名前を知っている人が多いので、「あいっ、あの阿部敏郎ね」みたいなノリで来たのだと思います。


来てみたら

「肉体が死んでも大丈夫、だってあなたは死なないから」


最初は戸惑ったみたいだったけど、すぐに何かを感じだしたように見えました。

普段はすっかり忘れていても、誰もの心の奥に本当のことを覚えている部分が合って、そこが共鳴するのだと思います。



「肉体が死んでも大丈夫、だってあなたは死なないから」


今日は死の瞬間の続きを書いてみます。

前回は死の瞬間にあっても、「実存としての自分」を見失わない人の話を書きました。

でも普通は、無意識の状態で死を迎えます。

普段の生活も無意識(自分では意識的に生きているつもりでも、たいていは思考の世界に埋没して、夢見の状態です)なのだから、死の瞬間に目覚めていられるわけがありません。


そのような場合は何が起こるか。

実は一瞬ですが、さとりの状態を垣間見ます。


肉体という重荷から解放されて、とてつもなく気持ちがいい状態が訪れます。

重荷は肉体だけではありません。

生前に作ってきた様々な心理的な束縛、自分で自分をがんじがらめに縛りあげていた鎖も、肉体以上に重たい荷物でした。

死の瞬間、そこからも解放されます。

一瞬、形を持たない、無限の存在としての自分を感じます。


死ぬほんの少し前まで、どんなに強く生に執着していたとしても、その執着はたちどころに消え去ります。

執着していた対象が幻想であることを見抜き、同時に、死後の瞬間があまりにも気持ちが良くて快適なので、もう一度生前の幻想と重荷の状態に戻りたいとは思わないのです。


しかし、その状態も長くは続きません。

また自我がやってきます。


そう、死後にも自我があるのです。

それは魂の個性のようなもので、長い長い時を経て持ち運んできたものです。

独自のカルマを携えています。


死後の状態において、自我は自我特有の夢を見始めます。

ちょうど、生きている間にも思い込みの世界を作り出し、その中で生きていたのと同じです。

でも物質次元ではないので、その状態での経験は、生きている時の経験とは大きく異なっています。

あえて言えば、夜見ている夢に似ていて、意識内での経験です。


さて、自我は固有のカルマを解消し、さらなる意識の次元に昇ることを望み始めます。

というのも、死後の世界には摩擦がなく、成長のチャンスがないからです。


そうやってまた肉体次元に戻ってきます。

その時に選ぶのは、魂が持つカルマを解消するのに最も適した肉体です。

肉体には肉体固有のカルマがあります。

先祖から受け継いだDNAの中にあります。


魂のカルマと、肉体のカルマが合体して、新しい人格を持った新しい人生が始まっていきます。



今日は、このあたりで止めておきます。


書いた内容は、自らが生死を超える次元の中で感じたことを、いまの僕なりに言語化したものです。

また違うタイミングだと、違う表現になった可能性があります。


僕にとっては確信から書いていますが、読むあなたにとっては、あくまでも仮説だというのを忘れないでください。


このような情報を鵜呑みにすると、新しい先入観になってしまいます。

その先入観は、実際のあたなたの死の瞬間にとって、邪魔になるかもしれません。


あなたはあなたで、あなた特有の経験をするのですから。


でもひとつだけ言えるのは、死は思われているような忌まわしい出来事ではなく、さなぎが蝶に変わるような、次元移行の体験です。


だからと言って、自ら死を早めるのは賛成しません。

どんなに困難でも、その困難を経験するために生まれてきたのですから。


困難はチャンスです。

あなたに超えられない困難は、決して訪れないことも忘れないでください。







   


・・・・・・・・・・


3月の東京大阪の講演会は、残り席がわずかです。

参加希望の方は、都市名をクリックしてください。


明日(28日)は、沖縄いまここ塾があります。


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いま講演会会場の楽屋で書いてます。 すごく沢山の人が来場してくれて、「時代は変わったな」が実感です。 さて何を話そうか。 僕の話を初めて聞く人が多いみたいだから 「私は神である」 って初っ端に言ってみようか。 きっと、ドン引きだろうな。 ... 続きを読む
いま講演会会場の楽屋で書いてます。

すごく沢山の人が来場してくれて、「時代は変わったな」が実感です。


さて何を話そうか。

僕の話を初めて聞く人が多いみたいだから

「私は神である」

って初っ端に言ってみようか。


きっと、ドン引きだろうな。


でも、本当に神だからしょうがない。

ついでに、「アンタも神だよ」って、小声で教えてあげよう(笑)


さ、ちょっと瞑想でもしよう。









   


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死の瞬間に何が起こるか・・・ 一つの答えは、「何も起きない」 なぜなら、僕たちは決して死なないからです。 まるで茶化したような答えだけれど、これも真実です。 この感覚は、死の直前に「実存としての自分」を見失わなかったときに起きます。 う~ ... 続きを読む
死の瞬間に何が起こるか・・・


一つの答えは、「何も起きない」

なぜなら、僕たちは決して死なないからです。


まるで茶化したような答えだけれど、これも真実です。

この感覚は、死の直前に「実存としての自分」を見失わなかったときに起きます。


う~ん、また難しい言い方になってしまった。

「実存としての自分」というのは、常にいま在り続けている純粋意識のことで、時間を超えた静寂、空(くう)の感覚のことです。


要は、あれやこれや考えの中に埋没した自己ではないということ。

極めて多くの人が、物ごころついてからずっと、思考に埋没しています。

このような情報も、そんな思考によって解釈してしまいがちです。


そんな思考を超えたところにある純粋な意識、それが「実存としての自分」です。

この部分は、生死を超えていて、死の瞬間も何ら変わらずに在り続けています。


もしこの意識のまま死ねたら、肉体の消滅後も、時空を超えた純粋意識として在り続けます。

それは時間を超えているがゆえに記憶による自己定義はなく、空間を超えているがゆえに自他の分離もありません。


この状態で死ねば、また肉体をまとって生まれてくるか、それとも意識としての存在であり続けるかの選択ができます。

たいていの場合はこの世に戻って来ることはありませんが、ふたたびこの世(迷いの世界)に戻って、暗闇で手さぐりして苦しんでいる同胞を救おうとする場合もあります。


その場合は、生まれた瞬間まで純粋意識を保ったままですが、やがて肉体との同化と共に忘却状態に入り込みます。

そのような子供は、親や世の中に対して、大きな違和感を持ちます。

そして、実際には高い意識であるにもかかわらず、周りから理解されないために、逆に自分を低い存在だと勘違いして過ごすことが多くあります。


まさに「みにくいあひるの子」のごとくです。



うわっ、時間が無くなってしまった。

用事があるので、またこんど書きます。








   

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ちょっと怖いタイトルだった? でもなんとなく伝えたくなったから伝えます。 死の瞬間に人は何を経験するのか諸説ありますが、僕は僕の経験からくる確信を書きます。 今日はそのことを書く前に、大前提の真実を書いておきます。 本当の僕たちは、一度も生ま ... 続きを読む
ちょっと怖いタイトルだった?

でもなんとなく伝えたくなったから伝えます。

死の瞬間に人は何を経験するのか諸説ありますが、僕は僕の経験からくる確信を書きます。


今日はそのことを書く前に、大前提の真実を書いておきます。


本当の僕たちは、一度も生まれたことも死んだこともありません。


宇宙が誕生した時から、常に形を変えながら、いまここに存在し続けています。

宇宙が誕生した時からと言うと、途方もなく昔からのような気がするけれど、それは肉体次元(3次元)での時間感覚から想像することであり、実際には全て「いま」起きています。

これは考えても分かりません。

考えは肉体次元の産物だから、高次の現実に関しては全くの無力なのです。


以前、「延命十句観音経」の「常楽我浄」を紹介した時、地上目線と宇宙目線の両方から解説したでしょ。

あれと同じで、死という現象や、時間という現象に対しても、両次元からのアプローチが必要になります。

ちなみにこの内容を含んだ向禅師との共著がいよいよ完成間近ですので、お楽しみに。


まず今日のところは、宇宙目線(こちらが真理です)からのメッセージとして、僕たちは一度も生まれたことも死んだこともないということを知っておいてください。


実はあなた自身、心の深い所でこのことを知っています。

だから昔から、霊魂やら、先祖供養やら、生まれ変わりやら、あれやこれや俗説が氾濫してきたのです。


現代は大衆レベルで、合理的に知的に真理を学ぶことができる初めての時代だと思います。


それではまた。







   


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時々ブログのコメント欄に、「私はまだ悟っていない。悟った人が羨ましい」って書いてあるでしょ。 きっと素直な気持ちなんだと思います。 あの人に悟りが起きたのに、なぜ私には起きないんだろうかってね。 でも、そもそも悟りを求める心が、迷いの根本原因なん ... 続きを読む
時々ブログのコメント欄に、「私はまだ悟っていない。悟った人が羨ましい」って書いてあるでしょ。

きっと素直な気持ちなんだと思います。

あの人に悟りが起きたのに、なぜ私には起きないんだろうかってね。


でも、そもそも悟りを求める心が、迷いの根本原因なんです。

だって、もうすでにあなたは『それ』なんだから。


求める人は、内心こう思っています。

「悟ったあかつきには、私は一人のブッダになる。ブッダになれば普通ではない誰かになるんだ」

そうやって、あるがままの真実を否定して、決して無いものを求めてきました。


誰にもなりゃしません。

『あなた』になるだけです。


もうすでに求めてきた『あなた』なのに、あなたは誰になろうとしているんでしょう。



でも気持ちはわかりますよ。

「こんな惨めな自分が、こんな落ち込んだ自分が、すでに悟っているわけがない。

もしこんな状態で悟っているとしたら、人間には夢も希望もないじゃないか。」


そう、夢も希望もないんです。

夢や希望は未来の中に存在し、その未来は永遠に来ません。

いつだって、「いま」があるだけだから。


そのことを見抜いたとき、永遠の「いま」の中に存在する永遠の自己を発見します。

それは瞬間瞬間在りようを変えながら表現し続けているエネルギーです。

惨めな気持ちも、落ち込む気持ちも、再び他の何かに変わっていきます。

常に固定された状態はなく、すべては移り変わっていきます。



悟った時、きっとあなたはこう思うでしょう。

「何一つ自慢できるものはない。ただありふれた普通の自分がいるだけだ」


その時初めて、特別な誰かを追いかけるのを止めます。

それが悟りです。


秘訣はリラックスすること。

あらゆる探究を止めて、いまここに寛ぐこと。


そうしたら必ず見つかります。

あなたがいままでに、一度も失くしたことのない仏性を。

最初の最初から、あなたとして存在していた栄光を。




あなたが『あなた』でよかったね。









   


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【お知らせ】


2月26日おきなわ女性財団による講演会は整理券がありません。

2月28日は、沖縄いまここ塾があります。

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