かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2012年06月

「みんながブッダ」昨日収録が終わりました。 ( ̄0 ̄) と (ゝ_ξ) の会話から生まれたタイトルに沿って、普段着の会話が録れたと思います。 向さん、僕たちの宇宙的本質は空気みたいなものだと言ってました。 空気はいつもあって、人間はいつもその ... 続きを読む
「みんながブッダ」昨日収録が終わりました。


( ̄0 ̄)



(ゝ_ξ)


の会話から生まれたタイトルに沿って、普段着の会話が録れたと思います。


向さん、僕たちの宇宙的本質は空気みたいなものだと言ってました。

空気はいつもあって、人間はいつもその力に生かされているのに、いつもあるからゆえに気がつないと。


なるほどそうですね。



「みんながブッダ」


それは

「アンタがブッダ」


ということです。


日本古来の風習であるお辞儀は、相手の内なるブッダへの敬意をこめて頭を下げているという話を聞いたことがあります。。


社会的身分がどうだろうと、お互いにお辞儀をしあう。


何気ないところに、真実のエッセンスが伝えられてきているんですね。



今日もたくさんの人にお辞儀してきます。








   

このエントリーをはてなブックマークに追加

僕が昼寝をしていると、必ずと言っていいくらい電話をかけてくる人がいます。 向禅師です。 そんな時は、最初のうちほとんど意識がありません。 昨日も熟睡して、一番いいときに携帯が鳴り響きました。 ( ̄0 ̄) もしもし、あっ、阿部ちゃん? (ゝ_ ... 続きを読む
僕が昼寝をしていると、必ずと言っていいくらい電話をかけてくる人がいます。

向禅師です。

そんな時は、最初のうちほとんど意識がありません。

昨日も熟睡して、一番いいときに携帯が鳴り響きました。




( ̄0 ̄) もしもし、あっ、阿部ちゃん?



(ゝ_ξ) ・・・・う・・・ん・・・



( ̄0 ̄) あのな、いま磯崎さん(編集者)から電話もろうて、今度の阿部ちゃんとの本に付けるCDのな、二人の対話のタイトルを先に考えてくれ言うんや。

何かないやろか。



(ゝ_ξ) ・・・・う・・・ん・・・




( ̄0 ̄) スタジオ押さえるのに、最初に会社に提出せなあかんらしいんや。

タイトル何にしょ。




(ゝ_ξ) う・・・・う・・・ん・・・




( ̄0 ̄) そやっ!アセンションはどうやろ?

今年はアセンションの年って巷で言われとるしな。

アセンション、どうや?



(ゝ_ξ) あ?・・・あ~・・・




( ̄0 ̄) でも考えてみたら、アセンションって何やおかしいで。

宇宙船がどうやこうやら、危なっかし話もあるしな。

わし思うんやけど、この時代が人類の意識変革の時代になっとるのは間違いない。

そこだけはアセンションや思うんや。

阿部ちゃん、わしが好きなスペインのオルテガいう哲学者知っとるやろ。




(ゝ_ξ) あん?・・・ムニャニャ・・・




( ̄0 ̄) オルテガが言うとるで。

人類社会の変革は世代交代によって起こるって。

世代交代いうのは、新しい価値観を持った人間がぎょうさん出てくるってことや。

まさにいま、そういう時代に入っとる。

そう思わへん?



(ゝ_ξ) ・・・・・おもう。



( ̄0 ̄) この数百年間、科学至上主義によって、人間が霊性との接触を忘れてもうたわけや。

世界で起きてるあらゆる問題はそこから来とる。

もう一度やな、人類の霊性を復活せなならん。

中世への回顧やな。

中世だけやのうて、原始の時代から人間は霊性と共に生きておったんや。

そこにもう一度帰らならん。

そうやろ?



(ゝ_ξ) そ・・・そうやね(なぜか関西弁)



( ̄0 ̄) なんかええタイトルないやろか。

結局やな、西田幾多郎も言うとるが、いままでは外側の宗教的権威にひれ伏しておったが、これからは個々が自らの内側に絶対的価値を見出して、みんながブッダであることを自覚するわけや。

そもそも、元からしてみんながブッダやさかいにな。



(ゝ_ξ) うん



( ̄0 ̄) ほんまは最初(はな)から、みんながブッダなんや。

そのこと自覚した者たちがブッダズランドを作り出していくんがこれからの世の中ちゃう?



(ゝ_ξ) うん




( ̄0 ̄) ・・・・・・・




(ゝ_ξ) ・・・・・・・




( ̄0 ̄) ・・・・・・・




(ゝ_ξ) ・・・・・・・






( ̄0 ̄) そうや!!わかった!!




(ゝ_ξ) へ?




( ̄0 ̄) 「みんながブッダ」や。

このタイトルええなあ。

これでいこか。



(ゝ_ξ) うん



( ̄0 ̄) 「みんながブッダ」、ええやろ?



(ゝ_ξ) うん




( ̄0 ̄) ほんま、ええタイトルや。

「みんながブッダ」

ほな、これでいこ。



(ゝ_ξ) うん



( ̄0 ̄) これええわ。ほんまええわ。阿部ちゃん、おおきに。




(ゝ_ξ) いえ・・・・・どういたしまして。





こうして、CDに収録する二人の対話のタイトルが決まったのであります。


めでたし、めでたし。








   


・・・・・・・


【お知らせ】

7月29日 東京いまここ塾(ソロ講演会)の申し込み受付けを開始します。

詳細はコチラから

このエントリーをはてなブックマークに追加

何をやっていても同じことです。 やっている内容じゃありません。 大切なのは、どんな自分がそれをしているかです。 目の前の現実に対して、十分に心を込めること。 それが「いま」を生きるってことです。 今日のお昼ごはん、食べ物を口に運ぶ時に、食 ... 続きを読む
何をやっていても同じことです。

やっている内容じゃありません。

大切なのは、どんな自分がそれをしているかです。


目の前の現実に対して、十分に心を込めること。

それが「いま」を生きるってことです。



今日のお昼ごはん、食べ物を口に運ぶ時に、食べるという行為に十分留意しながら、ゆっくり味わって食べてみませんか。

あれこれ何かを考えながらじゃなくて、食べることにだけ成りきるんです。


ご飯なら、苗が育って米になるまで、日光を浴び、雨に濡れ、土の養分をたくさん吸って育ったわけで、そこには天の力や地の力、いや宇宙の力が含まれています。

お米の中に宇宙があります。

あたりまえの中に宇宙を感じることができたら、それが生きる極意。

それすなわち「禅」です。



簡素の中にある美しさ。

わび、さび。


あー、日本っていいなあ。







   


・・・・・・・・


【お知らせ】

7月15日大阪講演会(ソロ講演会)は残り席僅かです。

雲 黒斎くんとのコラボ講演会、「阿雲の呼吸」は仙台が満席、京都と横浜は第一部が満席、第二部も残り僅かです。

7月7日京都

8月4日横浜

そのほかの開催は

7月22日札幌講演会(ソロ)

6月30日朝日カルチャー横浜講演会(ソロ)


詳細は上記都市名をクリックしてください。

このエントリーをはてなブックマークに追加

翻訳家の山川紘矢・亜希子夫妻のことを思い出しました。 お二人は、シャーリーマクレーンの「アウト・オン・ア・リム」を翻訳しましたが、発売した当初は、まったく売れなかったそうです。 もしそのまま、「なるようになる」と言っていたら、その後のお二人の活躍もな ... 続きを読む
翻訳家の山川紘矢・亜希子夫妻のことを思い出しました。

お二人は、シャーリーマクレーンの「アウト・オン・ア・リム」を翻訳しましたが、発売した当初は、まったく売れなかったそうです。

もしそのまま、「なるようになる」と言っていたら、その後のお二人の活躍もなかったかもしれません。


そこでやれることを全部やろうと思い立ち、著名人たちにこの本を献本したのだそうです。

もちろん誰とも面識はありません。

住所を調べ、自分たちで梱包し、郵便局に大量に持ち込んだ話を伺いました。


その中の一人、瀬戸内寂聴さんが、新聞のコラムにこの本を紹介してくれたことで、一気に火がついたのだそうです。


でもいまになってみれば、あの本が世に出たことで、ご夫婦で翻訳した他の精神世界系の本が次々と刊行され、日本の精神文化に大きな影響を与えたわけですから、こうなることになっていたのかもしれません。


山川さんも同じように、起きることは決まっていると断言しています。

でも彼らが何もしなかったわけではありません。



「人事を尽くして天命を待つ」


現実世界と精神世界のバランスが取れた、いい言葉ですね。








   

このエントリーをはてなブックマークに追加

いま東京講演会が終わりました。 初めてだという人たちもたくさんいて、とても有意義な時間でした。 なんだかみんな、家族みたいな気になります。 就職を控えた大学生君、その気になれば君にできないことなんて何もない。 その気になれなくても、とりあえず ... 続きを読む
いま東京講演会が終わりました。

初めてだという人たちもたくさんいて、とても有意義な時間でした。


なんだかみんな、家族みたいな気になります。


就職を控えた大学生君、その気になれば君にできないことなんて何もない。

その気になれなくても、とりあえず何かを始めたらいい。

やってみて、どうしても馴染まなかったら辞めればいいだけの話。

でももしかしたら、自分に合っているかもしれない。

やってみなきゃわからないよ。


思考は思考を呼ぶだけだ。

現実に違いを作るのは行動だよ。


おいちゃんが応援しているよ(^o^)




今日も一日お疲れ様でした。









   

このエントリーをはてなブックマークに追加

昨日はコメント欄についての要望を書きましたが、匿名とはいえ当人を辛い気持ちにさせてしまったのではないかと思っています。 ここは長年にわたり、みんなで作り出してきた場でもあるので、このような対応になりましたが、僕はあなたを責めているわけではありません。 ... 続きを読む
昨日はコメント欄についての要望を書きましたが、匿名とはいえ当人を辛い気持ちにさせてしまったのではないかと思っています。

ここは長年にわたり、みんなで作り出してきた場でもあるので、このような対応になりましたが、僕はあなたを責めているわけではありません。

というのも、僕だって違う状況下で、似たようなことをする可能性があるからです。

話は飛躍しますが、社会で起きる事件の報道を見るたびに、もし生活環境やマインドの状態が混乱していれば、自分だって同じことをしたかもしれない、その可能性はゼロとは言えないと思うのです。


ずいぶん前になりますが、やはりこのブログのコメント欄に、あきらかな敵意を持って罵詈雑言を繰り返した人がいました。

何度目かに、その人の不注意でしょうか、ご本人を特定できる情報が含まれていて、僕はどんな人なのかと思い、その方のブログを覗いてみました。

するとそこには、愛にあふれる文章が並んでいました。

とても美しい世界でした。

このような現実を目にすると、そこに描かれた愛の世界がみんな偽物に見えてくる人もいるかと思います。


でも僕はそうは思いません。

どちらもその人の一部なのです。

そしてそのような部分は、誰かにあって誰かにないのではなく、自分では気が付かないだけで、心のどこかに眠っているのではないでしょうか。


自作自演を繰り返した人も、その文章をつぶさに読んでみれば、そこには真実に触れたのであろう洞察が見受けられます。

悟りの境地を経験したかもしれません。

でもかたや、何かしらの満たされぬ思いや、歪んだ衝動が消えずに残っているのでしょう。


そこも僕と同じです。

人間はどこまでいっても光と闇を併せ持った存在です。

僕たちは光だけになった偉大な人物に憧れ、そのような人が世界のどこかにいるはずだと期待しますが、そのようなことは起きません。

光は闇があるからこその光なのです。


ただし、いわゆる悟後の修業が進み、人間として洗練されてくると、闇の面をほとんど発揮しなくなってきます。

それは不断の気づきが養われているからです。

闇は無意識の中でしか発揮されません。

十分な気づきを持ちながら、闇を生きるのは不可能です。

なぜなら気づきは光の一部だから。

それでも闇は光の背後に可能性としてあり続けます。



人間稼業は難易度が高いですね。




さて今日も闇を小脇に抱えて、愛を生きるとするか。



ねっ(^o^)









   

このエントリーをはてなブックマークに追加

引っ込み思案で、何をするにも一歩踏み出せず、どうしようかと迷っているうちに機会を失ってしまうAさんという人がいました。 そんなAさんにアドバイスしました。 「考えないで行動してごらん」 するとそれを聞いたCさんがこう言いました。 「え?このあいだB ... 続きを読む
引っ込み思案で、何をするにも一歩踏み出せず、どうしようかと迷っているうちに機会を失ってしまうAさんという人がいました。

そんなAさんにアドバイスしました。

「考えないで行動してごらん」


するとそれを聞いたCさんがこう言いました。

「え?このあいだBさんに、行動する前に考えろって言ってたのに!もう訳わかりません」

確かにこのあいだ、おっちょこちょいで思慮不足のBさんが失敗ばかりすると言うので、「行動する前に考えたほうがいいよ」と言いました。


行動レベルの話は、誰に向かって言ったのかで変わります。

講演会で同じ質問があっても、質問者によって答えが変わるのと同じです。


僕たちが共有する存在の真理については、普遍的なものなので、答えはほぼ一定です。

ほぼ一定と書いたのは、聞く側が理解できる言葉を使おうとするので、表面的には矛盾して見えることもあります。


したがって、言葉に惑わされてはいけません。

たとえそれが、歴史上の偉人の言葉でもです。


言葉はいったん持ち運ばれると、命を失います。

言葉は、それが放たれた瞬間にだけ生きているのです。


まして文字情報の場合は、自分が読みたいように読んでいることを忘れてはいけません。

これは僕も同じで、僕たちは自分の解釈の範囲でしか、物事を受け取れないのです。


ブログは、書いた記事が残るのでありがたいのですが、読む人が最初から全部読むわけではないので、こうして繰り返し伝えておきます。

言葉を固定して持ち運んではいけません。

言葉は方便に過ぎません。

状況は生きています。

その瞬間の感性は、仏典や聖書よりも大切です。

それが「自灯明」という言葉の意味です。

意味を知ったら「自灯明」という言葉も要りません。

あとは、いま起きていることに、いま対応していきましょう。



さて、このブログのコメント欄ですが、数か月前から少しずつ雰囲気が変わり始めましたね。

調べてみると、一人の人による自作自演のオンパレードで、時にはぶっきらぼうな言葉づかい、時には見識者のような言葉づかい、まったく違うキャラを使い分けながら、自分が書いたコメントを賞賛したり、他者のコメントを強く非難したり、そしてまたそのことを支持する第三者が登場したり、昨日は●●教の元信者を名乗り、このブログの閉鎖を求めてきました。

ほとんどが男性調の文体ですが、書いたのは女性です。

それも含めて面白いと言えば面白いのですが、人を惑わしたり傷つけたりしてきているので、ここに事実を報告しておきます。

この場が特定の人の遊び場になってしまっていたのは残念なことです。


時期を見てコメント欄を承認制にするかもしれません。

ここは僕にとっても大切な場所なので、慎重に運営していきたいと考えています。


よろしくお願いします。








   

このエントリーをはてなブックマークに追加