かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2012年07月

その後、自分の中にたくさんの変化が起きました。 こう生きなければならない」という思いも消え失せていました。 それまでも人とは違うレールを走っていましたが、基本は同じでした。 「ひとかどの人物になりたい」とか、「せめて人並みに生きたい」とか、そんな ... 続きを読む
その後、自分の中にたくさんの変化が起きました。

こう生きなければならない」という思いも消え失せていました。


それまでも人とは違うレールを走っていましたが、基本は同じでした。

「ひとかどの人物になりたい」とか、「せめて人並みに生きたい」とか、そんな欲求が、心の底で僕を駆り立てていました。


人間というのは社会的な生き物で、個人である前に社会の一員という思いを強く持っています。

社会に順応している人も、落ちこぼれたと思っている人も、反旗を翻してアウトローになった人も、社会の中で生きていることに変わりありません。

社会性も反社会性も、社会の中で発揮されているのです。


「集団から個へ」


この言葉が、当時の自分に起きた変化を最も表しています。

すべてではありませんが、集団幻想から目覚めたような気がしました。





物心ついた時からずっと、人の目の中に映る自分を見ながら、自分を探してきていました。

あの人が僕にナイスだから、きっと僕にはナイスな面があるのだろう。

あの人が僕を嫌いだから、きっと僕には嫌われる要素があるのだろう。

と言った具合です。


社会の中で生きるというのは、違う言い方をすれば、他人の目の中で生きるということです。

自分が何者であるかということを、他人や社会の評価に委ねている状態です。

そしていつの間にか、自分で自分を見張るようになっています。

まるで心の中に裁判官が住んでいるかの如くです。



「個」に徹した時、尊厳を自分の手に取り戻した気がしました。


もう社会は、僕に影響を与えることはできません。


あー、生きているというのは、なんて清々しいことだろう。


そして思いました。

こんなわずかな光によって、ここまで自由を得られるのなら、深遠な真実に触れたとしたら、どんな心境になるのだろうかと。


どうせいつかは死んでいくこの体。


一切を捨てて、信じた道を行こう。



他に何もいらない。

ただ、真理を知りたい。


その日から、自己流の修行生活が始まりました。


しかし、道は思っていた以上に困難でした。

真理がシンプルであるがゆえに、それを過大評価し複雑にしていたその態度こそが、困難を生み出していたなどとは夢にも思いませんでした。


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昨日の東京講演会、 「息子が数年間、ひきこもりで・・・」 という相談をくれた女性がいました。 同じような悩みを持つ親御さんもいるかと思います。 世の中が大きく変わろうとしています。 若い人たちは、いまの社会システムを壊し、新しく再構築してい ... 続きを読む
昨日の東京講演会、


「息子が数年間、ひきこもりで・・・」

という相談をくれた女性がいました。

同じような悩みを持つ親御さんもいるかと思います。


世の中が大きく変わろうとしています。

若い人たちは、いまの社会システムを壊し、新しく再構築していくために生まれてきました。

この世の中に違和感を持つのは当然です。

社会の偽善や欺瞞にも辟易としていることでしょう。


この先、人々の価値観が変われば、産業の形態も変わっていきます。

全く新しいタイプのビジネスが、たくさん生まれてくることでしょう。

そんなことを潜在的に知っている彼らは、いま何をしていいかわからないと感じていると思います。

変化の中で苦しんでいる世代の代表かもしれません。


そんな彼らを受け入れる側は、旧態依然としたまま、あいかわらず過去の遺産を引きずりながら、なんとかツギ当てして体制を保とうとしています。

そして社会に馴染めない若者の精神は、脆弱だと決めつけます。

親も同じような感覚で子供を叱咤激励しようとするので、子供は拠り所を無くし、自ら命を絶ってしまう例も少なくありません。

この世は生きるに値しないというわけです。


もちろんそんな中にあっても、疑問を感じずにいまの社会に順応できる子や、器用に使い分けて生きられる子もいますが、いずれにせよ、若者たちにとって苦難の時代と言えると思います。





さて、そんな相談者にどれくらい適切なアドバイスができたかはわかりませんが、講演終了後、帰るエスカレーターで、彼女の隣に座っていた若者が、僕に声をかけてくれました。


「実は僕も10年間、ひきこもりでした」


彼は毎回のように講演会や瞑想会に来てくれていたのでよく知っていました。

とてもエネルギーの綺麗な子だと感じていましたが、そのような経歴があったとは思いませんでした。

このブログと出会い、瞑想と出会い、いまはすっかり元気になったと言ってくれました。


そんな彼が隣に座り、終わった後に直接経験談とアドバイスを話してくれたということなので、お母さんにとって本当に良かったと思います。

たくさんの参加者がいる中で、そのような配置で席が決まっていたというのは、神の采配だと思いました。



PS

「放浪記」の続きは、また明日書いてみます。








   


・・・・・・・・・・・・



8月19日の博多講演会は残り席が少なくなりました。

詳細はコチラから



明日(火)は、沖縄いまここ塾です。


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精神霊的な気づきが訪れるタイミングや、そのきっかけは人によって違います。 街を歩いていて、犬の鳴き声が大きな気づきに繋がった人もいれば、朝、顔を洗おうとして鏡を見た瞬間に気づいたという人もいます。 僕の場合は、本を読んでいた時でした。 借りた本の ... 続きを読む
精神霊的な気づきが訪れるタイミングや、そのきっかけは人によって違います。

街を歩いていて、犬の鳴き声が大きな気づきに繋がった人もいれば、朝、顔を洗おうとして鏡を見た瞬間に気づいたという人もいます。


僕の場合は、本を読んでいた時でした。

借りた本の中の一節を読んで、「なるほど」と思ったとき、普段ならそれで終わってしまうのに、その時は自分の愚かさを認めることができたのです。


自分が愚かだと認める・・・これ以上の気づきはありません。


通常僕たちは、「すでに自分は知っている」という感覚を持っています。

ですから他者が何かを言ったとき、その言葉がピンとこない場合、自分本位に判断してしまいます。

もしかしたら自分がまだ知らないことを伝えてくれたとは思えないのです。

人は自分を超えたレベルのことは、想像することもできません。

想像したとしても、それは自分のレベル内でのことです。


「私は知らない」という態度の大切さを、その日、初めて知りました。


それまでは本を読むときも、その内容が正しいか間違っているかを判断して読んでいました。

ということは、心の底で、読んでいる自分のほうが知っていると思っているわけです。

ですから決して自分以上の情報は入ってきません。

特に精神性に関わるような内容は、いくらでも独りよがりに解釈できるので、その傾向は強くなりがちです。



一筋の光が差し込んだ翌日から、本の読み方がまるで変わりました。

解らない文章は、解るまで何度も読み返しました。

ピンとこない時は、相手が何を伝えようとしているのかを感じ取れるまで、目を閉じて黙想するようになりました。


そこにあったのは、相手への信頼と、己の愚かさを認める態度さです。


もちろんどんな本でも鵜呑みにしていたわけではありません。

小さな気づきのおかげで、心のどこかに真理へのアンテナが立っていて、いま振り返ってみても、本物の覚者たちの本を選ぶことができていました。


そうやって見つけた、バグワン(OSHO)、チョギャム・トゥルンパ、クリシュナムルティらの本は、乾いた心の奥に浸透していきました。



しかしそれでも、メッセージの真意を知るには限界がありました。


たとえば


「すべてはひとつ」


「時間は存在しない」


「いまここ」


「自分と神は一体」


「『私』はいない」


などの言葉は、真実であろうことはわかるのですが、実感として理解することはできなかったのです。


そのような言葉を心底理解するには、ある種の体験が必要です。

それが「目覚め」とか「さとり」とか呼ばれるものであることはわかりましたが、どのようにしてそこに行き着くのか見当もつきませんでした。


いまから30年近く前のことで、世の中がバブル景気に突入しようとしている時代でした。


あまりにも違う社会のムードの中で、真理への探究の旅が始まりました。



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一筋の光が差しこんだとき、暗闇が消え失せていました。 何十年にわたる闇も、わずかな光の前では無力でした。 まったく抵抗することなく、すみやかに闇はその姿を消し去ったのです。 そのとき思いました。 闇とは単に光がなかったことの状態であり、実体で ... 続きを読む
一筋の光が差しこんだとき、暗闇が消え失せていました。


何十年にわたる闇も、わずかな光の前では無力でした。

まったく抵抗することなく、すみやかに闇はその姿を消し去ったのです。


そのとき思いました。

闇とは単に光がなかったことの状態であり、実体ではないと。

ということは、本当は闇など存在せず、光だけがあるのだと。


たとえば部屋には照明のスイッチがありますが、あれは光を付けたり消したりするものであり、闇を操作するものではありません。

僕たちは闇に対して何かをすることはできないのです。

光に対してだけ、そのことが可能です。


長い間、どのようにして心の闇を消し去るのかばかり考えていましたが、本当に必要なのは光だったのです。



光とは何でしょう。

それは理解とともに現れる「愛」です。


理解は愛となり、愛は光となって、心の闇を消し去ります。







そうか、すべては愛なんだ。

この世には愛しか存在していなかったんだ。


それを僕は長い間見失っていたのです。



「すべては愛」

この言葉も理解と共にあれば、深い意味を持ちます。

しかし理解がなければただの言葉、綺麗ごとの言葉に過ぎません。


すべては愛、すべては理解・・・僕たちは人生の苦悩を経験することで、愛を発見するようにできているんです。



それまでの自分が、無知ゆえにどれだけ多くの人を傷つけてきたのか。

自分が受けた傷にばかり目が行き、その傷が人を痛めてきたことには無関心でした。


「ごめんね、ごめんね」

その夜は朝まで自分の無知を懺悔していました。


懺悔するというのは自分を癒すということでした。

それは自分を責めることとは違います。

むしろ自分を肯定することであり、自分の本質の素晴らしさを認めることです。


まるで布巾で心の壁を磨くようにして、その夜を過ごしました。


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今日は身の上話。 僕はプロのシンガーソングライターになりたくて、18歳の時に地元の学校を辞めて、ギター片手に上京した。 学校は高専という工業系の学校で、どうせ受かりっこないって度胸試しで受けたら合格して、その勢いで入学しちゃったんだ。 家は貧しか ... 続きを読む
今日は身の上話。


僕はプロのシンガーソングライターになりたくて、18歳の時に地元の学校を辞めて、ギター片手に上京した。

学校は高専という工業系の学校で、どうせ受かりっこないって度胸試しで受けたら合格して、その勢いで入学しちゃったんだ。

家は貧しかったから、年間授業料8000円、年間寮費3600円っていうのも、親孝行できるし魅力的だと思った。


でも入学してすぐに後悔してね、2学年の時は毎日死にたいって思って、トラックが激走する国道を車道にはみ出して歩いて、うまく轢いてくれないかなって。

本当の友達もできないし、勉強はやる気がしないし、人生は生きるに値しないって思っていたんだ。


それが翌年の正月に、中学時代の同じ部活だった友達から年賀状が来て、それが物凄く嬉しくて、急に自殺願望が消えたんだ。

で、それからは不良学生になって、ガリ勉君たちの中で異彩を放つようになった。

校内ではイキがっていたけれど、ほんとうは喧嘩も弱いし、人を殴ることもできないし、他校の本物の不良に絡まれたらどうしようって、内心はビクビクだった(笑)


で3年の時に、吉田拓郎のライブレコードを聞いて、「これだ!」って。

それで即学校やめて、上京するわけ。


右も左もわからない田舎出の少年に東京の風は冷たくて、散々な目にあったりもしたよ。

社会の底辺も見てきた。

そのころの経験があるから、チンピラからエリートまで、どんな人の心もわかるようになったと思う。


そのころのどん底生活の中で、いつも自分に言い聞かせていた言葉がある。


「世の中には、もっと下がいる。あいつに比べりゃ、オレはまだマシなほうだ」

そうやって自分を慰めていたんだ。


「いつかオレだって」

そんな不屈な精神と、生来の怠け根性とが入り混じりながら、それでも必死に生きていたな。

女にモテたい、金が欲しい、有名になりたい、それが原動力だったと思う。






いま思い返してみると、そのまま埋もれていた可能性もあった。

結局は運が良かったのか、それとも執着心が強かったのか、それからのオレは地べたから這い上がるようにして成功の道を歩み始めたんだ。


女にも嫌というほどモテたし、金も入ってきた。

トップアイドルやスターから、ラブレターをもらったのも一度や二度じゃない。

えへへ、自慢。



でもそれも長くは続かなかった。

もともと才能があったわけじゃないし、向上心もなくて、金があれば六本木を飲み歩き、やくざと麻雀打ってボロ負けしたり、どこかに不良性みたいな側面が残っていて、性格は傲慢で、仕事がなくなっていくのも時間の問題だった。


で、30歳を目前にして、はたと思った。

「オレの人生は失敗だった」


というより、やりたいことはやったのに心から満足することはなかったし、成功しても思っていたほどの幸福感はなかったし、それでいて上手くいかないときは惨めだったし、この先もそんな繰り返しだったら生きている意味なんかないじゃないかってね。


二度目の自殺願望だ。

最初の自殺願望は何もわかっちゃいなかったから浅いものだったけれど、今度のは酸いも甘いも分かった後だったから、いわば絶望的だったな。

でも死ぬのも怖くて、年老いた親は僕を頼りにしているし、生きるのもイヤ、死ぬのもイヤ、唯一の望みは地球が爆発してくれることだった。


その暗闇が自分のキャパを超えちゃったのかな。

突然、心に光が差したんだ。


初めて味わった無条件の幸福感。


「なんだ、そうだったのか。人生は一連の思い込みが作り出していたドラマだったんだ。一から十まで全部思い込みだったんだ」


ほんのわずかな光だったのに、人生をもう一度やり直してみたいと思った。


こんな小さな気づきで心がここまで変わるのなら、世に言われるところの真理を体得できたとしたら、どれくらいの心境になれるんだろうって。


それまでの仕事を辞めて、自己流で瞑想をはじめ、真理の探究だけに時間を使うようになった。



目覚めが起こる一年半前のことだ。


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Yさんは60歳を過ぎて定年退職し、それまでまったく縁のなかった精神世界に興味を持ち始め、たくさんの勉強をされてきたそうです。 いまここ塾にも遠方から毎月のように参加されていました。 そのYさんが、昨日我が家で開催した瞑想会の終わりに、こんなことを言い出 ... 続きを読む
Yさんは60歳を過ぎて定年退職し、それまでまったく縁のなかった精神世界に興味を持ち始め、たくさんの勉強をされてきたそうです。

いまここ塾にも遠方から毎月のように参加されていました。

そのYさんが、昨日我が家で開催した瞑想会の終わりに、こんなことを言い出しました。


「そうか、さとりをたくさん学んできたけれど、いま、さとりの中に入ればいいだけなんですね。

いまのままの自分ではダメだと思い、自分を変えよう高めようと頑張ってきましたが、さとりたいという気持ちそのものが、さとりを遠ざけていた、ただそれだけのことなんですね」


この言葉が知識からではなく、まさにいま、Yさんの体験から出ていることは明白でした。

同席していた20数名の参加者も、心からその言葉を理解しているようでした。


やはり、時代は大きく変わり始めていると思いました。

Yさんが放った言葉は、山で何年もの修業を積んだ雲水たちに向かって、老師が語るような言葉です。

それを僕たち一介の市民の集まりの中で、しかも単なる表面的な発言ではなく、理解の中で分かち合われる時代になったのです。


人間はどんな変化も時間の流れの中で、あたりまえのように受け入れてしまうので、その変化がどれほど大きなものなのかの実感がありませんが、それは確かに起きています。



さまざまな経典の中で、おごそかに語られてきた真理が、実はとても簡単なことであり、誰にとっても身近なことだということがわかってきました。

豪華絢爛な宗教施設や、聖者覚者たちの伝記の類が、真理を凄いことのように錯覚させていただけです。


それがわかれば、自分にはまだまだその境地に達する資格がないという自己催眠から解放されます。

そして、いまの自分でいいんだというあたりまえのことを受け入れ、心底リラックスすることができます。

そうなれば、見栄を張ることもなく、競い合うこともなく、お互いに認め合って生きることができますね。


本当は、すでにみんながブッダなんだから。














   

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「自分はいない」 って言われても、自分で自分の不在性を見抜けるわけがないよね。 それに、今まで長年にわたって、自分と自分が関わるものに、汗や涙や努力やたくさんの投資をしてきたから、いまさら「自分はいない」なんて言われても、「はい、そうですか」なんて ... 続きを読む
「自分はいない」

って言われても、自分で自分の不在性を見抜けるわけがないよね。


それに、今まで長年にわたって、自分と自分が関わるものに、汗や涙や努力やたくさんの投資をしてきたから、いまさら「自分はいない」なんて言われても、「はい、そうですか」なんて言えない。



だから結局僕らは、自分を手放したくないわけ。

自分を無くすより、むしろスピリチュアルな教えも自分の一部にして、自分をより高めたいと思っているんだ。



でも本当の教えはひとつしかない。

それは


「自分はいない」








ワイルドだろ~?

話が全然進展してないぜ~ぇ↗




で、そのことを知っても、人生は続いていくし、自分という乗り物に乗ることになる。

でも、知る前と知った後では天地の差があるから、こうしておせっかいを続けているんだと思う。

圧倒的に楽チンで、人生の流れがスムーズになるから。



さて、昨日の札幌講演会に来てくれたみなさん、ありがとうございました。

どこの会場でもそうですが、リターンしてくれる人が半分以上いるので、みんなの顔を覚えていくんです。

なんだか昔からの友達みたいな気になってきます。



あっそうそう、facebook面白いね。

その人の日常を覗き見しているみたいな気になって、生々しさが社会的な付き合いを超えているというか、すごく身近に感じます。

まだ3日目だけど、初めてやったTVゲームみたいに、回を重ねるごとに面白さの奥行が増していきますね。

見覚えのある顔をどんどんクリックしていって、「へ~、そういう人だったんだ」って、新しい発見があって、うわっ、どうしよう、楽しみがまた増えちゃったよ。








   


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