かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2014年09月

昨日は東京講演会に多数お越しいただきありがとうございました。 質問コーナーは好きです。 同じ話を別の角度から説明できるからです。 今日はみなさんからこのブログにいただいた質問に答えてみます。 文字情報から汲み取る話ですから、対面の時よりは正確さ ... 続きを読む
昨日は東京講演会に多数お越しいただきありがとうございました。

質問コーナーは好きです。

同じ話を別の角度から説明できるからです。


今日はみなさんからこのブログにいただいた質問に答えてみます。

文字情報から汲み取る話ですから、対面の時よりは正確さに欠けるかもしれませんが、やってみます。


tokioさんからのコメントです。


「あなたはいつだって、一瞬で心の問題のすべてを解決することが出来るのです。」

精神世界の方のこのような表現にいつも戸惑いを感じてしまいます。

たとえば空爆で目の前の家族、子供を一瞬で失ったという人は沢山います。

深い悲しみ、苦悩を抱えます。

このような苦悩も一瞬で解決できるのでしょうか?

苦悩、悲しみはゴタゴタとして消えるのでしょうか?


白隠さんの身内で参禅をし、印可を受けた察という女性がいます。

この方は結婚し、晩年孫が死んだとき大声で泣いたということです。

悟りを開いた人も悲しむのかねえと周りのひとの言葉に対し、

肉親の涙は香華に勝るといったそうです。


いつもいいお話をして頂いていると感謝していますし、得難いものを得ている方と感じています。

でもこの辺のことがいつも引っかかります。

同じように気になっている人もいらっしゃるのではと思っています。

もしよろしければこの辺のこと、ご教示いただければと思います。

宜しくお願いいたします。




コメントありがとうございます。

本当に答えを求めている様子が伝わってきました。

ただし、ほとんどの質問はマインド(思考)から発せられているので、質問に対する答えもマインド(思考)が受け取ることになります。

マインドを超えた純粋意識からの声明を、マインドが理解することはできません。


たとえば純粋意識の声明として、


すべては完璧だ

すべての人は救われている

何が起きても、その人にとって必要なことが起きている


というものがあります。

すると必ずこのような意見が寄せられます。


飢餓で死んでいく子供はどうなるのか

世界紛争があるのに、なにが完璧なのか。

事件で殺された子供の親にも同じことが言えるか。


マインドはマインドから見た矛盾を指摘し、それは果てることがありません。

マインドの意見は、一見合理的なので、その正しさを握りしめるばかりです。

純粋意識からの声明とやらは、人を惑わすとんでもない情報だと決めつけてしまいます。

そして一件落着です。


>たとえば空爆で目の前の家族、子供を一瞬で失ったという人は沢山います。

>深い悲しみ、苦悩を抱えます。



これはあなた自身の経験でしょうか?

それとも想像ですか?

もしあなたが言うように深い悲しみと苦悩を抱えたその人が、一瞬にして覚醒し、本来無条件に与えられていた幸福感に触れることはできないと考えるのは何故でしょう。

自分なら耐えられないと思うからでしょうか。

でも本当に耐えられないと確信できますか。

それは、そうなったときに初めて分かることで、予想が必ず当たるとは限りません。


このようにマインド(思考)は、実際に自分が経験して確認したことと、想像したことの区別ができません。

想像したことまで事実になってしまいます。


さて質問への答えですが、どのような悲惨な経験をした人でも、もしその人が強く望み、内なる平安と幸福に触れようとするならば可能性はあります。

しかしその人が望むことなく、自らの境涯を嘆く方を選べば可能性はないでしょう。

どちらも、その人の望み通りになります。

これは悲惨な経験をした人だけでなく、誰にでも言えることです。

その人が強く望んで、その方向に向かおうとすれば可能性が出てくるし、望まなければ何も起きません。



>白隠さんの身内で参禅をし、印可を受けた察という女性がいます。

>この方は結婚し、晩年孫が死んだとき大声で泣いたということです。



このエピソードを引き合いに出す理由が、悟った人も悲しい時には泣くではないかと言うのであれば、正解です。

でも泣いたからと言って、その人が内側で絶対的な幸福感を見失っているかどうかは別の話です。


悲しい時は泣く・・・とても自然なことです。

悲しくて泣きたいときは、ただ泣くだけです。

その人が覚醒していたら、いつでも瞬時に、解決された意識にくつろぐことが出来ます。

もちろん、もうしばらく悲しみの中にいたいと思えば、そうすることでしょう。

どちらでも自由です。


>悟りを開いた人も悲しむのかねえと周りのひとの言葉に対し、

>肉親の涙は香華に勝るといったそうです。



人の多くは、「悟ったらこうなる」というイメージを持ちたがります。

本当に悟ったのであれば、悲しみや怒り、ましてや嫉妬心などは持つはずがない。

性欲だって克服しているし、物欲も名誉欲も、欲は何もかもなくなっている。


「でなければ、ワシはソイツの悟りを認めぬ!」


なぜ悟った人はそうなるって知っているのでしょう。

これも自分の経験でしょうか。

それとも想像でしょうか。


人が想像する悟った人のイメージは、その人が考える人間的な俗っぽい要素を超越した姿です。

そもそも人間的で俗っぽいと決めたこと自体が思い込みです。

事実は、ただあるがままにあるだけですから。


さて、そんな風にさとりに対して先入観を持った人が疑問を持ちます。

「悟った人も悲しむのかねえ」


そんな馬鹿な問いかけにも関わらず、答えは真実に満ちています。

「肉親の涙は香華に勝る」


泣きたいんだから泣かしておくれよ。

それがリアルというもんだ。

リアルこそが最も美しい。

肉親の涙は愛の証であるがゆえに最も気高く美しい。


現象界で我々が目にしているのは、純粋意識というスクリーン上に投影された幻影です。

もし館内の光が消えていれば、映画は鮮やかに偽のリアリティを映し出し、我々はその内容に引き込まれ、登場人物として同化します。

しかし覚醒の光がまばゆいばかりに館内を照らせば、映像は姿を消して、そこにスクリーン(純粋意識)の存在が顕になります。


それは瞬時に起こります。

少しずつ消えるのではなく、瞬時です。

幻影は光の前では無力で、たちどころに消えていきます。

それと共に、解決不能に思われたゴタゴタも、心の中の混乱も、綺麗さっぱり消えています。


もういちどだけ同じことを書いておきましょう。


「あなたはいつだって、一瞬で心の問題のすべてを解決することが出来ます」





いつやるか?



はいご一緒に









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どんな日曜日をお過ごしですか? さて今日も精神霊的な角度から話をしてみます。 みんなが一瞬で幸せになるように。 あるべき自分を追いかけるのではなく、そのままの自分にくつろぐことができたら、それがゴールです。 すでにゴールにたどり着いていたことを ... 続きを読む
どんな日曜日をお過ごしですか?

さて今日も精神霊的な角度から話をしてみます。

みんなが一瞬で幸せになるように。


あるべき自分を追いかけるのではなく、そのままの自分にくつろぐことができたら、それがゴールです。

すでにゴールにたどり着いていたことを知ることがゴールです。


実はスタート地点から一歩も動いていなかったことを知ることがゴールです。

スタート地点もゴールも、いつだって「いまここ」なのです。


あらゆる苦悩は自分のオリジナル作品であり、スクリーンに映し出された映像です。

その映画が手におえなくなったらチャンス。

映写機(マインド)のスイッチを切ってしまいましょう。

するとスクリーン上のあらゆるゴタゴタが消えて、何ひとつ傷ついていない「あなた」が残ります。

あなたはいつだって、一瞬で心の問題のすべてを解決することが出来るのです。


幻影の世界から身を引いて休息すれば、再びエネルギーがチャージされます。

そのためにはまず、自分の人生が幻影だということを見抜かなければなりません。

五感からやってくる生々しい情報があるので、どうしても現象がリアルなものに感じてしまうのです。


あんまり深刻にならないことです。

「べきだ」や「ねばならない」という言葉が心の中に増えて来たら要注意。

完全に映像に乗っ取られている証拠です。


映像から離れること・・・それが瞑想です。



午後からは久しぶりのソロ講演会。

どうやってやるのか忘れちゃったよ(笑)

ギター持たないで大丈夫かな。



10月は大阪でソロ講演会をします。

しばし、日常とは違う話に身を置いてみませんか。

10月13日 大阪



今日も真剣にゆるゆるで生きるとしましょう。

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今朝、ネットで偶然一通の手紙を目にしました。 そこには、僕が伝えたいと思っていたことが凝縮して書かれていました。 書いたのは硫黄島で死を目前にした海軍少将です。 まさに死を覚悟した一人の人間の言葉として、率直な真実が伝わってきます。 その時代を ... 続きを読む
今朝、ネットで偶然一通の手紙を目にしました。

そこには、僕が伝えたいと思っていたことが凝縮して書かれていました。

書いたのは硫黄島で死を目前にした海軍少将です。


まさに死を覚悟した一人の人間の言葉として、率直な真実が伝わってきます。

その時代を生きた者にしかわからない真実です。


Face Bookにはシェアしましたが、たくさんの人に読んでもらいたいので、こちらでも紹介します。

幕末以降、この国が歩んだ道のりの大枠が理解できると思います。

と同時に、違うニュアンスで歴史を教えられてきたことに気づくはずです。


世界における日本の使命は、新しい衣に着替えたいま、再び動きはじめようとしています。

この点については筑波大名誉教授の村上和雄さんと、改めてお話ししてみたいと思っています。

村上さんは遺伝子工学以前に農学博士であり、稲の研究でも世界的権威です。

彼は稲が持つ神秘と、水穂(瑞穂)の国であるこの国との霊的な関係に立ち入ろうとしているように見えます。

また報告します


いま我々に求められているのは真の日本人魂を思い出すこと。

理想論ではなく、地に足をつけて世界に貢献していくための健全なる国家自我の再構築です。

まずは自分を生かしている縦糸と横糸に誇りを持ちましょう。

そこから地球規模の天命が発露します。


フランクリン・ルーズベルト君への手紙





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僕は常々、起きることは全て決定済みだと言ってきました。 決定済みの中には、各自の意思や発想や考え方も含まれています。 それらは人間から見ると自分の選択だと感じますが、そもそもそんな自分など存在せず、すべては起きています。 いまあなたが何を考え、何を ... 続きを読む
僕は常々、起きることは全て決定済みだと言ってきました。

決定済みの中には、各自の意思や発想や考え方も含まれています。

それらは人間から見ると自分の選択だと感じますが、そもそもそんな自分など存在せず、すべては起きています。

いまあなたが何を考え、何を感じるかも、彼方からの指令(?)どおりに起きています。

この理解がサレンダー(明け渡し)です。


サレンダーとは勇気をもって無理矢理することではなく、自己の不在を見抜いたときに、その理解の中に生じる全面信頼のことです。

なぜ全面信頼できるかというと、自己の不在の中で、森羅万象を起こしている途方もない知性(次元の違うエネルギー)に触れ、そちらこそが本当の自分だと知るからです。

すべてが自分であることが分かれば、警戒すべき外側も、守るべき内側も、同時に消滅します。

そして自他融合の副産物として絶対的安心感を得ます。

その状態がサレンダーです。


サレンダーのことを「おまかせ」と呼びましょう。


僕たちは、そんな心境に進化しようとしています。

そしてそれさえも「おまかせ」です(^^)



コンサートの余韻が冷めやらないまま数日が過ぎました。

先ほど昨日皆さんから頂いていたコメントを読ませてもらって、また感覚が蘇ってきました。

照れくさいほどの評価を頂きましたが、とても自信になりました。

最近はニューライフマントラという瞑想を多くするせいか、実際にニューライフが始まっているのが分かります。


僕はまた音楽活動を再開します。

今回やらせてもらったことで、その意志を確認しました。

講演会で伝えたいことはコンサートの中で十分に伝えることが出来るので、たぶんこの人生は、そちらに向かっているのだろうと予感しています。

飽きっぽいのでどうなるか分かりませんけどね(^^)

もしかしたら、もう飽きないのかもしれないし。


このような僕の意思も、タイミングも、そして先日のライブ開催も、来てくれたお客さんも、全部彼方にストックされていた計画書通りの運びです。


同じようにしてあなたの人生も運航しています。

だから自由に何でもしてみましょう。

それも決定済みだっただけで、どうってことありません。


このようなことを伝えるのは難しくて、誤解されることのほうが多かったですが、こんな僕の話に耳を傾けてくれる人が増えたことに感謝しています。


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うひゃ、一睡もしなかった。 遠足前の園児みたいな気分で、ルンルンしていたら朝になってしまった。 眠くなれば寝るだろうから問題ないけど、本番中に眠れるくらいの大胆さが欲しい。 そういえば歌いながら眠ったことが一度だけある。 あれは明け方4時までの ... 続きを読む
うひゃ、一睡もしなかった。

遠足前の園児みたいな気分で、ルンルンしていたら朝になってしまった。


眠くなれば寝るだろうから問題ないけど、本番中に眠れるくらいの大胆さが欲しい。

そういえば歌いながら眠ったことが一度だけある。

あれは明け方4時までの8時間ライブのことだった。


人生はハプニングだな。

とにかく今日はハイ状態だ(笑)




人生の次のページが見れないのって面白すぎ。

いろんな人たちの人生と絡み合いながら、超バランスの中で、事は刻々と起きていく。


泣く人がいて

笑う人がいて


事を起こしているのは僕らじゃない。

それをやっている、とんでもない意思がある。



おまかせだ。

おまかせだ。

天におまかせだ。

責任も全部とってもらう。



そうやって心の荷物を降ろしたあの日から


あ~、楽チンだ(^o^)/



今日来てくれる皆さん、道中お気をつけて。



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今朝起きた時、ベッドの上で、ここがどこで自分が誰なのか分かりませんでした。 というより、そんなことがどうでもよくなっていて、ただ静かでクリアな意識が、部屋の空気と一つになって鎮座していました。 なんて清々しいのでしょう。 まさに爽快、心の煙突の内側 ... 続きを読む
今朝起きた時、ベッドの上で、ここがどこで自分が誰なのか分かりませんでした。

というより、そんなことがどうでもよくなっていて、ただ静かでクリアな意識が、部屋の空気と一つになって鎮座していました。

なんて清々しいのでしょう。

まさに爽快、心の煙突の内側もピカピカです。

生きていることは、それだけでとてつもなく尊いことです。


後になって振り返ってみて、こんな偉大な体験はないと思いました。

そしたら、向禅師がボクに何度も言っていた逸話を思い出しました。


それは唐の百丈禅師と質問者の会話です。


質問者はこう尋ねました。

「この世で最も尊いことはなんですか?」


すると百丈禅師はこう答えます。

「独坐大雄峰(どくざだいゆうほう)」

(訳)
「私がここで坐っていることが最も尊い」



何度聞いても分からなかった言葉の意味が理解できました。

この世にどんなに尊いものがあったとしても、こうして生きているからこそ尊べる。

まさにいま生きて在ること、それ以上尊いものはないのです。


何を持っていようが同じです。

何を考えていようが同じです。

人からどう思われようが同じです。

さっきまでどんな生き方だったとしても同じです。


そんなこととは関係なく、まさにいま生きて在ることの素晴らしさを皆同様に持っています。


誰もいなくても、何もなくても


「独坐大雄峰」


なんて清々しい言葉だろう。


・・・・・・・・


明日上京する予定でしたが、沖縄に台風が近づいているとかで、万一のことを考えて今日の便で飛ぶことにしました。

今回のイベントはいつもにも増してワクワクしています。

弦を張る時、ギターも嬉しそうでした。

お時間がある方はいらして下さい(^^)


笑えるスピリチュアルさとうみつろう × リーラ阿部敏郎

秋分の日 コラボイベント

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死が幻に過ぎないことを理解するのは、この世で理解すべき最大のことかもしれませんね。 なぜなら我々の人生観の根底には、死への恐怖が横たわっているからです。 他のあらゆる観念は、死への誤った観念の上に生じていると言ってもいいでしょう。 あるいは、あらゆ ... 続きを読む
死が幻に過ぎないことを理解するのは、この世で理解すべき最大のことかもしれませんね。

なぜなら我々の人生観の根底には、死への恐怖が横たわっているからです。

他のあらゆる観念は、死への誤った観念の上に生じていると言ってもいいでしょう。

あるいは、あらゆる暴力性が生じていると言ってもいいかもしれません。


死に対する無知が恐怖を呼び起こし、その恐怖が防御と攻撃性という形で表れてきます。

それが、我々がこの世で磨き上げようとする人格です。

うまく磨いたところで、どの道それは偽物であり、人格に投資すればするほど真理からは遠ざかります。

そして死の恐怖が増幅するのです。


死なないということを理解することは、真に生きる上で最も大切なことです。

それは本当の自分の発見であり、「いまここ」への完全なる帰還です。


そんな気づきを得た人たちの間では、一切の暴力性が消え失せ、自然な形での平和な命の営みが展開していくことでしょう。



まずは自分です。

それからしか本当の意味で人の役には立てません。

自分の中が混乱していたら、いくら平和を求めても周囲を混乱させるだけです。

人はまず徹底的に利己的になって、自分を発見することを最優先すべきです。

その後、初めて周囲の役に立つことが出来るでしょう。


でもね、わかっていてもね・・・

目の前の生活や問題に翻弄されて、一番大切なことが見失われてしまうんですよね。

これは何千年にも及ぶ人間のマインドの習性みたいなものだから。


ま、そんなことも知りながら、本当に大切なことを学んでいきましょう。



・・・・・・・・


東京ソロ講演会は満席のためお申込みを終了しました。

10月大阪講演会のお申し込みを開始します。

詳細はコチラから。

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