かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2014年10月

タイは笑顔の国。 特にホテルのスタッフの笑顔は素晴らしい。 もちろん職業としての笑顔なのだろうが、それでも何か伝わるものがある。 笑顔はいいな。 それだけで歓迎されている気がする。 そして生きる力が湧いてくる。 人生の中では真逆の視線を ... 続きを読む
タイは笑顔の国。

特にホテルのスタッフの笑顔は素晴らしい。

もちろん職業としての笑顔なのだろうが、それでも何か伝わるものがある。


笑顔はいいな。


それだけで歓迎されている気がする。

そして生きる力が湧いてくる。


人生の中では真逆の視線を向けられたこともある。

「ここにアンタの居場所はないよ」

とでも言いたげな冷たい視線だ。

そのたびに、エネルギーがスーッと奪われたような気がした。



街角のウィンドウに、不意に自分の顔が映ることがある。

たいていの場合は仏頂面だ。

もしこのタイミングで僕と顔を合わせた人がいたら、どんな感覚を持つだろう。

少なくとも生きる力が湧くような顔じゃない。


いつも笑顔ではいられないけれど、ほんのちょっとの気づきを持って相手に力を与えられたらいいな。



タイの笑顔。

それには屈託がなく、温かみがある。

日本にも昔から、そんな柔和な表情を生きることで、覚醒に至るという教えがある。


それを慈顔施(じがんせ)という。


これには双方的な効果がある。

一つは笑顔を向けられた人が得る力。

もう一つは、「笑顔を忘れないという気づき」を持ち続ける力。

そう、いまを生きる力だ。



そういえば、ベトナムの禅僧のティクナット・ハン師が、「微笑みを生きる」ということをスローガンにしていたっけ。

その気づきを「禅」と定義している。


人生は目標に向かって生きることも大切だが、さらに大切なことは、いまという中で気づきを生きること。

人生とはまさに、いまを生きるということだから。


たいていの場合は無意識に、いままでどうだったかとか、これからどうなるかとかに気が向いてしまうけれど、気の方向をいまに向けることが何より大切だ。



その現れのひとつが慈顔施。

今日も気づきを生きられるように心がけるとしよう。






こんなんでいいんだよ(^o^)






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いまチェンマイは朝の6時過ぎです。 鳥の声が騒がしくなってきました。 実は5時ころに目が覚めて、なんとはなしにこのブログの過去記事を読んでいました。 ほぼ毎日のように8年間に渡って書き続けてきたんですね。 時折、人から聞かれます。 「よ ... 続きを読む
いまチェンマイは朝の6時過ぎです。

鳥の声が騒がしくなってきました。


実は5時ころに目が覚めて、なんとはなしにこのブログの過去記事を読んでいました。

ほぼ毎日のように8年間に渡って書き続けてきたんですね。



時折、人から聞かれます。


「よく毎日書くことがありますね」


「どうやったら長く続けられますか」


毎日書くことがあるかどうかは知りません。

ただその時思ったことを書くだけです。

たとえば毎日顔を合わせる友人がいたとして、その相手とは会うたびに違う話をしますよね。

それと同じで、あまりかしこまらずに、その時の気持ちを伝えればいいのです。


長く続ける秘訣は、長く続けることなど忘れて、ただ今日、ひとつだけ記事を書こうとするだけです。

明日以降も続いている保証はありません。

そんなことは考えたこともありません。


もし僕がこのブログを始める時に

「よし8年間、何が何でも頑張るぞ」

なんて思ったら、すぐにヘタっていたことでしょう

何事も、長く続ける秘訣は、今日一日を生きることだと思います。


・・・・・・


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学びに来ようとしないで、僕に会いに来てください。

一緒に過ごしましょう(^^)

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チェンマイの朝はとても爽やかです。 日本との時差は2時間で、みなさんより2時間前を過ごしています(^^) 人生で何かが変わろうとしているとき、 変わり行くものにしがみついていると苦しくなります。 変わることを恐れないで 変化と共に流れていけば、 ... 続きを読む
チェンマイの朝はとても爽やかです。

日本との時差は2時間で、みなさんより2時間前を過ごしています(^^)


人生で何かが変わろうとしているとき、

変わり行くものにしがみついていると苦しくなります。


変わることを恐れないで

変化と共に流れていけば、苦しみは消えていきます。


この先もずっとこのままでいたい。

でも実際には変わっていくのです。



何かが自分から去ろうとしているとき、

すでにその何かは、自分には必要なくなったということです。


無くなった分、新しいものが入ってきます。

それはたいていの場合、いままでよりずっといいものだったりします。


やってきては去っていく

人生はその繰り返しです。



そしてさらに奥を言えば、最初の最初から何一つ自分のものなどなく

したがって、何一つ失うものもありません。



大丈夫。

いつだって、そのときの自分が何とかしますよ。

だからいまは、いまの自分を信じて、いまできることをやっていきましょう。



本当は知っているんでしょ?

なんとかなるってこと(笑)


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おめでとうメッセージ、ありがとうございました。 ひとつひとつの言葉が心の奥に響き、涙もろくなりました。 昨日は94歳の母との夕食会でした。 ところが母は、自分は92歳だと言い張ります。 本当にそう思っていたのです。 2歳もズレていると思いまし ... 続きを読む
おめでとうメッセージ、ありがとうございました。

ひとつひとつの言葉が心の奥に響き、涙もろくなりました。


昨日は94歳の母との夕食会でした。

ところが母は、自分は92歳だと言い張ります。

本当にそう思っていたのです。

2歳もズレていると思いましたが、ここまでくると誤差みたいなもので気にならないんでしょう。



いままでに何度も危機を迎えたのに、そのたびに復活するスーパーかーちゃん。

93歳になってからも一人で電車に乗って首都圏を横断し、1時間半かけて三味線の稽古に通っていました。

ところがある日、駅の構内が工事で、迂回した地下道が真っ暗で段差があったらしく、転倒して骨折5か所の重傷。

このまま寝たきりを覚悟しましたが、見舞いに行ったら、

「アタシは復活するよ。必ず直すから」

と、横になったまま身動きもとれない状態で宣言しました。


さすがの僕たちも、今度こそは覚悟しなければと思っていたのですが・・・


わずか2か月で完治。

いまは事故前より血色もよく、食欲旺盛、元気に歩き回っています。


現実は思考が作り出すという典型モデルです。

とにかく今日一日が大切で、明日のことなど考えていない様子です。



口癖は

「あれを体験したから、何でも乗り越えられる」

「あれ」とは戦争のことです。



そしてもう一つの口癖は

「いまが一番幸せ」



名もなく貧しい一人の老女は、今日もとても豊かな一日を過ごしていると思われます。

たぶん今頃は、このブログを見ているかも(^^)


・・・・・・・・


今日からチェンマイに行ってきます。

現地からまた更新しますね。


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生まれつき何をやっても中途半端なくせに、 分かったような顔して記事を書き続けてこれたのも、 読んでくれる人がいたからのことで、 このように出会わせてもらったことを有り難く思います。 そして僕を生んでくれた母と、 僕と関わってくれたすべての人に ... 続きを読む
生まれつき何をやっても中途半端なくせに、

分かったような顔して記事を書き続けてこれたのも、

読んでくれる人がいたからのことで、

このように出会わせてもらったことを有り難く思います。


そして僕を生んでくれた母と、

僕と関わってくれたすべての人に感謝申し上げます。


今日でまたひとつ齢が増えました。

相変わらず未成熟な自分を抱えながら、流れのままに生きていきます。


右に流れても

左に流れても

どっちだっていいよ

Let it Be.



本当はどっちだっていいとは思っていないけれど、

そっちにしか流れないんだから、

それでいいじゃないってね (^_-)




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昨日はゴロゴロ派が多かったですね(^^) そうか、やっぱりみんなゴロゴロしていたいんだって思いました。 世の中にはイキイキと活動している人たちもいるけれど、みんながそうなったら地球が忙しくて騒々しくなっちゃうから、せめて半分くらいの人はゴロゴロしていて丁 ... 続きを読む
昨日はゴロゴロ派が多かったですね(^^)

そうか、やっぱりみんなゴロゴロしていたいんだって思いました。

世の中にはイキイキと活動している人たちもいるけれど、みんながそうなったら地球が忙しくて騒々しくなっちゃうから、せめて半分くらいの人はゴロゴロしていて丁度いいかもしれませんね。

僕もその半分に入ることにします。


ゴロゴロしたい人の中には、日々の活動に疲れ果て、その反動を望んでいる人もいるでしょう。

そんな人がゴロゴロし始めると、そのうちまた活動に転じたくなると思います。

それでいいんです。

でも次の活動は、自己犠牲ではなく、ほんとうにあなた自身が喜ぶことになっているといいですね。

そうなれば、人生は劇的に変わっていきます。



それにしても、僕たちが内心望んでいることって、けっこう慎ましいことが多いですよね。

たとえば僕なら、南の島でゴロゴロする。

実はこれ、あんまりお金がかからないんですよ。

だってゴロゴロしているのがメインだから、月に15万円もあれば十分です。


昨日書いてくれたコメントからも抜粋してみましょうか。


ぽかぽかお家で、ぬくぬくと暮らしたい。

たまに、書道を楽しみながら。



わたしだって、ゴロゴロしていたい、気が向いたら絵を描いてそれが気持ちよく高値で売れて、たまにで

いいさ、贅沢はいらないし、静かでぼ〜〜として、猫がいつも周りでだらだらとしていればいい。



私もゴロゴロしていたいです。

ご飯作りたくないです。

でも家族には健康でいてほしいです(笑)



自己否定完全抜きで、どーんと唄いたいな〜! あとは犬いっぱいと平穏に暮らしたい!



やっぱり僕もゴロゴロして(爆)、

飽きたらバイク乗って、

飽きたらカラオケ歌いまくって、

飽きたら絵を描きまくって、

飽きたらゴロゴロする。



やりたい事ってなんだろう?

今はドライブかな

運転してると楽しい (^_^)




中には豪邸や高級車が欲しい人もいるけれど、みんながそうとは限らない。

むしろ、僕たちが望んでいることって、もっとシンプルな状態だったりします。


世界中で使っている軍事費の3日分で、70億人の一年分の食料が賄えるのだそうです。

この地上にはすでに有り余る富があるのです。

その使い方をちょっと変えるだけで、夢のような社会が始まります。

お互いに、疑いではなく信頼を持ち合えばいいだけです。



ハードは完成しています。

あとは中身。

人間の意識の、ほんのちょっとの変化です。

それは各自が、自分たちが根っこで同じ一つの存在だったことに気づくことで実現します。



もう少し待つとするか。

ゴロゴロしながら。



・・・・・・・・・・・


本日から11月24日(祝)の、名古屋講演会の申し込みを開始します。

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Rebirthさんのコメント 阿部さんのお話で一番印象に残っているものが、「役に立たないことをしましょう」です。 「不死のしくみ」の中の言葉だったと思います。 え?いいの?みたいな反応が起こります。 役に立つからとか、誰かに評価されるためにとかを離れて、 ... 続きを読む
Rebirthさんのコメント

阿部さんのお話で一番印象に残っているものが、「役に立たないことをしましょう」です。

「不死のしくみ」の中の言葉だったと思います。

え?いいの?みたいな反応が起こります。

役に立つからとか、誰かに評価されるためにとかを離れて、、やりたいからやっていいんだと許せるだけで気持ちが軽くなります。



不死のしくみ」、もう一度読んでみます(^^)

と、さりげなく宣伝したところで・・・



「役に立たないことをしましょう」

この言葉は、自分が何をしたいか分からなくなってしまった人に宛てたものだと思います。


僕たちは生きてくる過程で、自分が我慢することで物事がうまくいく場面を経験します。

幼少のころは、自分の思いをそのまま行動すると、たしなめられたり、止められたりもしました。


そんな経験から、自分をそのまま生きると上手くいかない、自分がしたいことは間違っているというような感覚を持ってしまいました。


そもそも、「したいこと」と、「正しいこと」は違います。

正しさをたくさん学んだいま、僕たちはもう一度自分の内なる声を聞いて、本当はどうしたいのかを聞いてあげることが必要だと思います。

本当はどうしたいのか。

それは、教わってきた正しい生き方や、実りある人生と呼ばれるものとは違うかもしれません。


自分はどうしたいのかということを聞いてあげるのは、自分との関係を再構築するのに役立ちます。

少なくとも正確な対話が始まっていきます。


自分が何をしたいのかを聞くとき、次のことに気をつけてください。


1、 自分の中から聞こえてきた声をジャッジしない。

2、 実際にできるかできないかを考えない


多くの人は、やりたいことを考える時に、実際に可能かどうかを瞬時に判断してしまいがちです。

ここで大切なのは、できるかどうかではなく、「やりたい」という声を聞いてあげることなのです。


「こんなことは社会正義に反する」

「これじゃ、本能丸出しの動物じゃないか」

「できっこない」


やりたいとう気持ちの前に、様々なブレーキがかかっているのが分かりますか?



で、結果、やらなくてもいいのです。

目的は、どうしたいのかを聞いてあげることだからです。



分かりやすくするために、僕の例を見てみましょう。

僕は何がしたいか。

僕はどう生きたいか。



それでは発表します。






阿部さんどうぞ






(・ω・) 

わしゃ、ゴロゴロ寝ていたい。

そんでもって飽きたら、たまに講演して、たまにステージで歌って

それからまた、ゴロゴロ寝ていたい。

もちろん南の島で。



これが本心です。

昔から働くのは嫌いです。

僕と同じ人は、けっこういるんじゃないですか(笑)


でも働かなきゃいけないと思っていませんか?

人の道を外しちゃダメだと思っていませんか?

だったらそういう人生を歩んでいるはずです。

やりたくないことを頑張っている人も、頑張れない自分を責めている人も同じです。



「働きゃなきゃ、お金がないし、食べられないし」

そうなんですよ。

お腹が減ったら僕もなんとかします。

でも僕の望みは変わりません。

そんな本当の声を明確にしてあげたことで、存在全体は僕にどうしてあげたらいいかを理解し、いまのような現実を創り出したのです。

僕と同じことを望みながら、結局は批判されない生き方(自分からの批判も含む)を選べば、そのような現実を創り出していることでしょう。


一応断っておきますけど、こんなことはどっちだっていいんですよ。

たんなる現象ですから。


ここで大切なのは、自分の本当の気持ちをどこまで汲み取ってあげているかです。

その声を宇宙が聞き入れ、きちんと結果を届けてくれています。


僕らは、ありもしない人の目や、刷り込みされた正しさを、どれだけ気にしながら生きてきたことでしょう。

それをしている以上、自分を肯定することは難しいと思います。


・・・・・・・・・・


今回の東京講演会と、11月名古屋講演会では、自分の現実がどのように作られているのかお話ししますね。

そして、どうやったら自分らしい人生を作っていけるかも。

もちろんブログでも様々な機会に書いてみたいと思います。


忘れていたら言ってください(^^;)

ゴロゴロ♪

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