かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2015年11月

昨日は久しぶりのソロ講演会。 僕の話を聞きに来てくれたことがいつも以上に嬉しくて、ずっとやっていたい時間でした。 その中で、心の中で絶え間なく繰り返している、「あらゆる裁き」を止めてみようという提案をしました。 というのも我々は、朝から晩までひっ ... 続きを読む
昨日は久しぶりのソロ講演会。

僕の話を聞きに来てくれたことがいつも以上に嬉しくて、ずっとやっていたい時間でした。


その中で、心の中で絶え間なく繰り返している、「あらゆる裁き」を止めてみようという提案をしました。

というのも我々は、朝から晩までひっきりなしに何かを裁いている傾向にあるからです。

それをするかぎり、「ありのまま」が見えてきません。

同時にそれらの裁きは自分自身にも向かうので、ありのままの自分を認めるなんてことも絶対にできなくなります。


思い詰めて偏りやすいマインドの傾向を、ちょっとした気づきでバランスを取り戻していきましょう。

これも小さな習慣から始めてみるといいです。

まずは練習です。


「何事も裁かない」



何事も裁かなかったら、世の中の進展もないし、自分の成長もないなんて思わないでください。

世の中は自然に変化していきますし、そもそも自分は成長などしません。

ただ混乱したマインドが整理されて、もとの健全な精神に戻るだけであって、それはマインドを矯正したり訓練した結果ではないのです。


そうやってバランスを取り戻したマインドには、本来兼ね備わっている根源的知性があります。

それは学んだものではなく、生来の本質として携えているものです。

ほんとうはそれだけで、人類は上手くやっていけるのですが。



さてと、せめて今日一日だけ、あなたやあなたの周囲が、そうありたいようにあらせてみましょう。

だって全体が、そうあることに決めたのだから。

文句は言わない言わない(笑)



・・・・・・・



黒斎くんが、12月17日、浜松の講演会に僕を呼んでくれました。

二人になると自動的に「阿雲の呼吸」になります。

お時間がある方はどうぞお出かけください。

詳細はコチラから



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なにもかもがストーリーと言ったけれど、ストーリーという言葉の意味分かりますか。 そもそも、自分自身がストーリーだってわかりますか。 あなたという人は、あなたの記憶の全てであり、その記憶を基にして作られたストーリーです。 そしてあなたが知っているす ... 続きを読む
なにもかもがストーリーと言ったけれど、ストーリーという言葉の意味分かりますか。

そもそも、自分自身がストーリーだってわかりますか。

あなたという人は、あなたの記憶の全てであり、その記憶を基にして作られたストーリーです。


そしてあなたが知っているすべての人も、あなたが作ったスートーリーとして存在します。

ですから同じ一人の人でも、見た人それぞれの見方によって違う人になっていきます。

ある人から見れば意地悪な人だとしても、ある人から見れば真面目な人だったりして、自分と違う見方をしている場合は相手が間違っていると感じます。

見方が違うだけでどちらも正しいのです。


あなたを心の底から突き動かしている動機もストーリー。

完全な思い違いですが、そのことに気づくまでは命がけで握りしめている人もいます。


もちろん、いいも悪いもストーリーですし、過去のエピソードもこの先の予測も、なにもかも思いつくことは全部ストーリーなのです。


ストーリーがいいとか悪いとかの話でもありません。

ただ、ストーリーは幻想であり、でっちあげであり、真実ではないということです。

しかもそのストーリーには行きつくところがなく、いつも地平線という夢があるだけで、どこまでいっても理想は「いつか・どこかで」にしかありません。

そしていつもいまは何かが足りずに、決して得られない理想に向かって生きるのみとなります。


もしそこから抜けたいのであれば、最初の一歩目は、自分が完全にストーリーの中で生きていることを認めること。

この段階でゴチャゴチャ理屈を言うようなら即アウトですが、なかなか自分では何もかもが自分が決めつけたストーリーだとは思えません。

ですからそのことを完全に認めることが第一歩です。

何もかもが思いの産物だということを見抜き、夢を夢と知ることです。


「夢でいいよ、夢を楽しむんだから」

などとわかったようなことを言わないこと。

夢を夢と知ったなら、夢は自然と落ちていくのですから。


文章で書くのは難しいです。

まずは互いに気を合わせて、そこでお話しするようなことだと思います。



素敵な週末をお過ごしください(^^)

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僕たちが物心ついてから、見てきたもの、聞いてきたこと、そして考えてきたことの全てはストーリー。 なにもかもがストーリー。 中には人類を代表するようなストーリーもあって、何千年も大切にされたりするけれど、それもみんなストーリー。 一人一人が語る自分 ... 続きを読む
僕たちが物心ついてから、見てきたもの、聞いてきたこと、そして考えてきたことの全てはストーリー。

なにもかもがストーリー。

中には人類を代表するようなストーリーもあって、何千年も大切にされたりするけれど、それもみんなストーリー。


一人一人が語る自分の過去も、人生も、自分自身についてさえ、語られることは全部ストーリー。


なにもかも、なにもかも。


そしてどんなストーリーも幻想で、そのようにしてしか現実を認識できない人間の定めのようなもの。


そうやって人類全体で、世界という夢を見ている。



ストーリーが消えると、いまここが顔を出す。


それがだた一つの真実の存在。もう一つの世界。




ストーリーという言葉が何を意味しているのか、深く理解することは、とても大切なことです。


そして自分自身がストーリーを生きていることを認めること。

すると、少しストーリーから離れることができます。



離れたとき、こう思うことでしょう。


「すべてのことは、起きているけど、起きていない」






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この数ヶ月間での僕自身の変化には著しいものがあります。 と言っても、性格が変わったわけではなく、あいかわらず阿部という現象は阿部をやっています。 何が変わってきたかというと、存在そのものに対する認識です。 何度か訪れた一瞥体験によって得た気づきを ... 続きを読む
この数ヶ月間での僕自身の変化には著しいものがあります。

と言っても、性格が変わったわけではなく、あいかわらず阿部という現象は阿部をやっています。

何が変わってきたかというと、存在そのものに対する認識です。


何度か訪れた一瞥体験によって得た気づきを、長い年月をかけて人に伝えてきましたが、その内容はまったく間違っていませんでした。

ところがここにきて、それらの言葉が指し示している真理が、存在として深まってきています。


「私」が世界の中で生きているという感覚が薄れ、「私」を含んだ世界がただあるという感じです。

菜穂さんの言葉を借りれば、世界を見ている中心が無くなってきたという感じでしょうか。


これは存在(命・意識)の大転換であり、革命的な出来事であり、人生そのものが根底から逆転してしまうことです。

このようなことも言葉としては伝えてきましたが、それがいま阿部という現象の中で定着してきています。

サットサンやリトリートに参加できたことの役得かもしれませんが、すべての出来事が必要だったことは疑いようがありません。


そして今朝、向老師のネット坐禅会に参加して(禅サンガの毎日の行です)、そこで向さんが

「な~む~あ~み~だ~ぶ~つ~」

と唱えた時、涙が流れてきました。

全体のことを阿弥陀仏と呼んだ古人の知恵と、まさにそこに南無(絶対的信頼)することが生きていく最高の姿勢であることへの理解に、感謝の気持ちが溢れてきたのです。


「起きることが起きていく」

このことへの信頼。


人生の流れに対する信頼。

その流れを生み出している全体に対する信頼。


ああ、なんて素晴らしいことだろう。


そしてその先に、南無する自分自身も、南無する対象もない、全体という「これ」がただ在る世界へと移行していきます。



あらゆる出会いに心からの感謝を。



今日も新刊からメッセージを2つお届けします。

誰かの役に立ってくれたら嬉しいです。












・・・・・・・・・・・・・・・


大和田菜穂さんの12月サットサンは、東京、大阪ともに満席のため受付を終了しています。

お申し込みいただいた方の中で、ご都合が変わられた方は、なるべく早く連絡いただけると助かります。



沖縄の皆さんへ

僕の友人の、元NSPの中村貴之くんが沖縄でライブします。

11月28日 那覇市

11月29日 沖縄市

詳細はPMエージェンシーまで。
098-898-1331

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まずはyukareelaさんの質問。 全文は昨日のコメント欄にあるので、最後の部分だけ抜粋します。 >起きることがただ起きている。 >このメッセージがあったため、5度目の出来事にして心が崩壊せずにいられている気がします。 >しかし、目の前でみせつけられた現実 ... 続きを読む
まずはyukareelaさんの質問。

全文は昨日のコメント欄にあるので、最後の部分だけ抜粋します。


>起きることがただ起きている。

>このメッセージがあったため、5度目の出来事にして心が崩壊せずにいられている気がします。

>しかし、目の前でみせつけられた現実に、何かが私に課せられている気がするのも事実です。

>これが私に何かを教えてくれていると考えるのは間違っているでしょうか?



起きることが起きるという中には、あなたに起きた「何かが私に果たせられている気がする」という考えも含まれています。

すべてはただ起きています。

我々は、出来事は自分の外側で起きて、思考は自分の内側で起きていると感じていますが、実際には内側も外側もなく、すべては全体の表現として「いま」起きています。


起きているそのこと自体を修正することはできませんし、修正できる自分もいません。

だって「起きている」のですから。


そこまで達観してしまえば、誰にも責任などありませんし、誰のおかげでもありません。

もっと気楽に生きられるはずです。

あなたがそう思ったらそう生きればいいですし、気が変わったらそれでいいのです。

こう生きなければならないことなどひとつもなく、全ての存在は、現象として何が起きていたとしても、完全と共にあるので心配いりません。

一見いい加減なメッセージに聞こえますが、これでいいのです。


だから思ったように生きてごらんなさい。

もっともそれも起きることですけどね(^^)



我々は起きている出来事をすでに持ってしまった価値観をもとに解釈し、こういうことが起きていると決めつけます。

それをストーリーと呼びます。

ストーリーはどのようにでも作り出せるのですが、いちど決めてしまうと、その他の見方はできません。

それは寝ている時に見ている夢と同じです。



今日も新刊の「神様がくれたヒント」から、いくつかメッセージを載せておきます。

















 ご注文は画像をクリックしてください


・・・・・・・・・・・・・・・・


人生に対する思い込みや誤解から、重い荷物を抱えている人たちに、実際に起きていることはなんなのか、そしてどのようにしたらもっと楽に生きられるのか、今年の最後に全部伝えておきたいと思います。

11月29日(日)

阿部敏郎ソロ講演会。

詳細はコチラから。

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この数日間に考えていたことがあります。 このブログのあり方です。 ちょっと読み直してみたけれど、よくもまあこんなに沢山の記事を書いてきたものだと思いました。 このブログで最初から伝えてきたポイントは、大和田菜穂さんという存在によって具現化されたこ ... 続きを読む
この数日間に考えていたことがあります。

このブログのあり方です。

ちょっと読み直してみたけれど、よくもまあこんなに沢山の記事を書いてきたものだと思いました。


このブログで最初から伝えてきたポイントは、大和田菜穂さんという存在によって具現化されたことで、もうこれ以上言葉で説明はいらないと思います。

彼女と同じ時空間を過ごすことは、1万の言葉に優るから。

真理は「諸法無我」(「私」と呼べるような分離した自己は存在していない)、すべては全体の表れだということに尽きるのです。


だとしたら、これから何を書いていこうか。

真理は真理で変わることはないけれど、それでも我々は日常で「個」としての自分を生きているつもりになっているのは明らかであり、であれば、いかに生きるかという観点が一番メッセージとして必要なのではないかと思いました。

正しい生き方を教えるなんて僕にはできないけれど、僕自身が実践したり、僕自身が迷いの中で得た気づきを縁のあった人に伝えておきたいのです。

二元に生きる者として、心と体について理解していることを、もっと書いてみようと思いました。


そんなことを考えていたら、昨日、僕の新刊が届きました。

これはまさに伝えたいことが凝縮された本です。


この14年間に話してきたことや、書き留めてきたことのエッセンスを短い言葉に編集してくれた本です。

この本については、僕は何もしていないけれど、読み直してみて、改めてこれはみんなに届けたいと思いました。


わかったつもりでいることも、日常の中でこの本をパラパラめくってみれば、そこに「あ、そうだった」と思うことが書かれています。

きっと落ち込んだときや、困難に会った時も助けになってくれることでしょう。


今日は何ページかご紹介します。










「神様がくれたヒント」だなんて、僕からは出てこないようなタイトルだけど、僕自身が苦しかった時に得たインスピレーションを綴った本なので、これでいいと思いました。


amazon予約が始まりました。


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今年後期の個人的テーマはハートセンターをより強化することです。 炎のイメージと同じで、思い出すたびに繰り返すだけ。 いつかやり方を紹介すると言ったきりなので、今日のうちに書いておきましょう。 大きく分けて三段階のステップになりますが、それは同時に ... 続きを読む
今年後期の個人的テーマはハートセンターをより強化することです。

炎のイメージと同じで、思い出すたびに繰り返すだけ。

いつかやり方を紹介すると言ったきりなので、今日のうちに書いておきましょう。


大きく分けて三段階のステップになりますが、それは同時に起きます。


まず最初に練習するのは、首なし人間のイメージ。

じつはこれ、何十年もやってきたから、いまさらという感じですが、知らない人もいるだろうから改めて紹介します。


大抵の人は頭の中に自分がいる感覚で生きていて、頭の中から外界を観察しています。

実際にはそういうつもりになっているだけで、頭の中に自分がいるわけじゃありません。

本当はどこにもいません。


でもいきなり「自分がいない」なんて思えないので、いまから伝えるやり方から入るのがいいです。


それは自分の意識が、四方八方の空間全体に広がっているイメージを持つことです。

普段は頭蓋骨の中に閉じ込められていた自分が、いきなり全体に広がっているという感覚です。

そのためには、首から上が無くなってしまったと繰り返しイメージするのが効果的です。


これは一週間も練習すれば、誰でもできるようになります。

昔のブログに書いた、首なし人間です。


これが定着するだけで、何が起きていようとストレスを抱え込むことはなくなることでしょう。

ただ起きることが起きているということが体感的に分かってきますし、そのことの是非を判断することもなくなっていきます。


ここまでが第一段階です。


すると自動的にハートセンターが機能してきます。

これは同時に起きるのですが、これが第二段階です。


そして最後のほんのちょっとした仕上げは、その状態のまま目の前のものに対して、より深く感じようとすることです。

機能し始めたハートセンターを使いまくるのです。


対象はなんでもいい。

草花でも、ペットでも、あるいは愛する家族でも、ずっと見つめている必要はありませんが、思いをそこに向けてただ感じようとするのです。


普段の我々は、ただ頭で認識してそれで終わりです。

周囲にあるものは馴染みあるものばかりなので、あえて関心もないし、すでにわかっているような気がしています。


でもこのワークを続けていると、すべてのものは瞬間瞬間新しく生まれ変わっていて、なにもかもが新鮮な状態だとわかってきます。

そんな感覚が持てるようになれば、ハートセンターの開発が進んでいるということです。


これも炎のイメージ同様、毎日続けようとすることが大切。

ところがご存知のように人は忘れっぽいから、よほどの覚悟がないと止めてしまうんだなこれが。

タダだし、簡単なことだから、あまり価値を感じないというのも続かない原因かもしれません。


炎と光のイメージがいまひとつ馴染まない人は、こちらをやってご覧なさい。

ほんの少しの心がけで人生の風味を変えることは可能ですよ。


・・・・・・・・・・


大和田菜穂さんの東京日帰りリトリートは両日ともに満席のため受付を終了しています。

もしご都合が変わられた方は、なるべく早く連絡いただけるとありがたいです。


大阪も残り席わずかとなっています。

詳細はコチラから。


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