かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2016年06月

生まれたばかりの子供に本来本当の自己意識というものは既に備わってるのでしょうか? これら本来本当の自己意識というものは、母親が妊娠したときに同時に備わるものなのでしょうか? これらを持たない子供はどのような存在でしょうか? 通りがかりさんからの ... 続きを読む
生まれたばかりの子供に本来本当の自己意識というものは既に備わってるのでしょうか?

これら本来本当の自己意識というものは、母親が妊娠したときに同時に備わるものなのでしょうか?

これらを持たない子供はどのような存在でしょうか?



通りがかりさんからの質問です。


>生まれたばかりの子供に本来本当の自己意識というものは既に備わってるのでしょうか?


もちろんです。

生まれたての赤ちゃんだろうが、なんだろうが、本来の自己意識を携えています。

本来の自己意識は、個々に宿っているのではなく、全ての存在が共有しているものなのですが、人は「自分の意識」だと感じています。

そもそも意識を所有する「自分」などいないのに。



>これら本来本当の自己意識というものは、母親が妊娠したときに同時に備わるものなのでしょうか?



備わるものではなく、最初から「それ」なのです。



>これらを持たない子供はどのような存在でしょうか?


持ったり持たなかったりするものではなく、最初から「それ」なのです。


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四方から聞こえてくるセミの声。 沖縄はすっかり夏模様です。 さていきなりですが、死について書いてみます。 あなたは死なない 以上です(笑) 心の源の静寂を知っている人は、その静寂の感覚を思い出してみてください。 その感覚は10年前も、 ... 続きを読む
四方から聞こえてくるセミの声。

沖縄はすっかり夏模様です。


さていきなりですが、死について書いてみます。


あなたは死なない


以上です(笑)


心の源の静寂を知っている人は、その静寂の感覚を思い出してみてください。

その感覚は10年前も、そしていまも、何も変わらないことがわかるでしょう。

そして思い出してみれば、その感覚は物心ついてからずっとあなたとして在り続けていました。


活動に埋没しているときも、見失っているだけでその静寂はいつも底辺にあります。

いついかなる時も、あなたとして存在している存在感。

年齢を重ねても、自分が何も変わっていないような気がするのは、その存在が時間や出来事に影響されていないからです。


その存在は、実は我々が物心つく前からありました。

もっと言えば、身体が生まれる前からありましたし、身体が朽ちた後も、何も変わらずいまここに在り続けています。

そのことをもって、人は死なないと言うのです。


同じように「人は死なない」という人の中には、死んでも自分という個(自我)が残り続けて、あの世に行ったり生まれ変わったりすると言う人もいますが、そうではありません。

自我は精神と肉体から生じているので、肉体の消滅と共に消え失せます。

でもあなたは残ります。


そこに残ったあなたは、分離した個としての存在ではありません。

そのあなたこそが本当の自分であることを、あなたは心の深いところで知っているのですが、表面的な自己感覚をリアルなものとして馴染んできたので、ピンとこないだけです。


偽物の自分が消えて、本物の自分が残る。

消えるのが偽物なので、実際には何も失わないということです。


それでも日々の出来事は続いていきます。

一喜一憂する夢を見ながら、今日もこの現象界を生きています。



なにか書こうとすると、浮世離れした言葉がつらつらと出てきますが、結局のところ、あいかわらずいまがあるだけですね。


僕は違う夢を見ているあなたであり、あなたはあなたの夢を見ている僕です。


・・・・・・・・・・


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寛ぐという言葉を違う言葉で置き換えると、愛になります。 でも愛というのも書いてしまえば、ただの言葉。 愛について、どれほど議論しても、それは愛ではありません。 愛には多くの側面があるけれど、僕はその中から「優しい気持ち」を挙げています。 これな ... 続きを読む
寛ぐという言葉を違う言葉で置き換えると、愛になります。

でも愛というのも書いてしまえば、ただの言葉。

愛について、どれほど議論しても、それは愛ではありません。


愛には多くの側面があるけれど、僕はその中から「優しい気持ち」を挙げています。

これならすぐに分かるからです。


勿論どんな状態に対しても、その背後に優しさがあると言い切ることも可能ですが、その前に、まさにいま優しい気持ちの中にいるかどうかです。

優しさは柔らかさ。

優しさは寛ぎです。


まずは、自分自身に寛ぐこと。


自分を愛するというと難しくなってしまうけれど、自分に寛ぐといえば少しできそうな気がしませんか。

自分に寛いでいる時、どうやって自分や周囲に批判的になれるでしょう。

攻撃性も消えています。


愛より正しさが先行する世の中で、せめて今日1日は寛いでいましょう。

それが幸せということであり、いつもいま起きていることです。








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昨日から名古屋に来て瞑想指導をさせてもらっています。 この瞑想は 皆さんの実感が伴うので、分かりやすくて指導するのが楽です。 忙しい現代人には寛ぐ時間が必要ですが、寛ぐというのは「いま」のなかに寛ぐということです。 いつも「いま以上のいま」を求めて ... 続きを読む
昨日から名古屋に来て瞑想指導をさせてもらっています。

この瞑想は 皆さんの実感が伴うので、分かりやすくて指導するのが楽です。


忙しい現代人には寛ぐ時間が必要ですが、寛ぐというのは「いま」のなかに寛ぐということです。

いつも「いま以上のいま」を求めて生きているので、瞑想中でさえ、さらに深い瞑想を求めて、意識が未来に行ってしまいがちです。

いま起きていることが全てなのに、より良いいまを求めて意識が前のめりになってしまうのです。

このような未来志向の強迫観念から離れることが瞑想です。

完全にいまにあるときは、自分という孤立した感覚から、純粋存在(全体意識)にシフトしています。

ということは寛ぐというのは、自己という囚われから自由になっているということです。

自己感覚は実際には錯覚なのですが、我々はあまりにも長い間、自己感覚に同化してきたので、おいそれとは離れてくれません。

その基本レッスンが瞑想と言ってもいいと思います。


自己感覚こそが緊張の正体です。

完全にくつろいでいる時、自分はいません。


そうそう、昨日のコメントに、「私はいない」と言いながら、なぜ自分の意見を言うのかという指摘がありました。

これはいろんな言い方で繰り返されてきたことです。

「私はいない」と言いながら、お前はいるじゃないかというわけです(笑)


この場合の「私」とは、言っている本人のことではなく、ありとあらゆる人に向けています。

自己感覚は錯覚だと言っているのです。


意見や考え感情は、自己感覚があろうとなかろうと出てきます。

それは元々、自分がやっていることではなく、起きていることだからです。


そこに自分がいると思うと、

自分が考えている

自分が感じている

自分が行為している

という認識になります。


でも繰り返しますが、やっているのは自分ではありません。

だってそんな孤立したものなど、この宇宙には存在していないからです。


仏陀も自分の意見を言いましたし、好みもありました。

でも彼は


「諸法無我」

単独に切り離された自己など存在しないということを、教えの中心に置きました。

それ以外に真実はないからです。


こうやって書けば、ただの理屈ですが、これは内側で感じることができることです。

実は誰もが、そんな瞬間を味わってきています。


すごく楽しい時

すごく幸せな時

時間を忘れている時


そこに自己感覚は無く、気持ちは寛いでいます。


逆に

落ち込んでいる時

悩んでいる時

恨んでいる時

怒っている時

そこには、自分が強烈に存在します。



僕は寛いだ時間が好きなので、いまも寛いでいます。

まだ時々、現象に振り回されますけどね(^ ^)

この中途半端さも好きです。


さてと次のクラスの方たちがやってきました。

今日も新しい出会いに感謝します。

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政治に関するコメント、ありがとうございました。 こういう話は好きです。 AIさんのコメントは、多くの人が感じていることを代弁してくれたと思いました。 「今、日本には、憲法を変えて、言論の自由を弾圧し、戦争への道をも開いてしまう不穏な動きがありま ... 続きを読む
政治に関するコメント、ありがとうございました。

こういう話は好きです。


AIさんのコメントは、多くの人が感じていることを代弁してくれたと思いました。


「今、日本には、憲法を変えて、言論の自由を弾圧し、戦争への道をも開いてしまう不穏な動きがあります。

もし、自分が棄権して、結果的に、他の皆さんたちの投票の結果、そっちの方向の政治家が多数選ばれたら、どうでしょう?

棄権したということは、それにOKを出したのと同じこと。」



実は僕はAIさんとは意見が分かれるのですが、ここに来てくれるみなさんは、このことについてどう考えていますか。


人が何かの判断をする時は、自分に入ってきた情報を元にしています。

たったひとつの新しい情報によって意見が180度変わることもあります。

それが民意であり、民意によって決まっていく民主主義は、危い面を持った制度だと思っています。


これから夏にかけての政治の季節。

またこんな話題も展開していきましょうね。


・・・・・・・・・・・・

7月24日に博多で、トークイベントと、瞑想のレクチャーと実践をします。

週明けからお申し込みを開始します。

久しぶりの博多(^^)♪

お会いするのを楽しみにしています。

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昨日のような話は、人によって様々な考え方がありますね。 誰が一番正しいかではなく、この世のどんな事象に対しても人それぞれに意見があります。 互いを尊重しながら、意見を調整し、共同体を運営していくのが人間社会なのでしょう。 一方で、心源にある静寂は ... 続きを読む
昨日のような話は、人によって様々な考え方がありますね。

誰が一番正しいかではなく、この世のどんな事象に対しても人それぞれに意見があります。

互いを尊重しながら、意見を調整し、共同体を運営していくのが人間社会なのでしょう。


一方で、心源にある静寂は、全員に共通している一つなるものです。

ここに意見は存在しません。


実は人類が求めている真の平和は、この次元にしか存在していないのです。

人が心源の静寂を認識した時、そしてそれこそが本当の自分だと理解した時、表面的な意見調整はさらに容易くなります。


この先の人類の可能性は、まさにこの一点にかかっていると言ってもいいでしょう。

我々が根っこで、ひとつの同じものであることの理解こそが、真の世界平和の礎になると確信しています。


それでも自我は残りますが、その質が変わってきます。

その奥に、ゆったりとした安心感が横たわっているからです。

安心感からは攻撃性も暴力性も出てくる余地はありません。


これもストーリーですが、そんな世界を夢見ています。

夢の中での夢ですけどね.


だって本当はすでに完璧で、なんら問題は存在しないからです。


今日も一日、いい夢見ましょう(^^)
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今日から参院選の告知が始まったそうですね。 実はいままでに選挙に行ったのは数えるほどです。 そんな人は意外に多いのではないでしょうか。 国民の義務を怠っているという批判もありますが、誰に入れていいか分からないのに、その時の社会のムードや見た目の印 ... 続きを読む
今日から参院選の告知が始まったそうですね。

実はいままでに選挙に行ったのは数えるほどです。

そんな人は意外に多いのではないでしょうか。


国民の義務を怠っているという批判もありますが、誰に入れていいか分からないのに、その時の社会のムードや見た目の印象で投票することのほうが乱暴に思えてしまうのです。

政策や公約で選ぶべきという意見もありますが、舛添さんだって立派な政策を掲げていたし、結局は事前にその人物のすべてを知ることは不可能です。

みなさんは、このようなジレンマをどう乗り越えていますか。


今回の舛添さん問題の幕引きも、与党が参院選を睨んでとのことですが、マスコミを中心に世論が作られ、世論の結果が選挙に反映するのだから、当然の流れだと思います。


僕は昔から選挙という選び方そのものに欠陥があると思ってきました。

本当は優良企業のように、適材適所に人材を配置するのが合理的です。

どんな分野にも得意な人や天才的な人がいるので、そういう人にやってもらうのがいいと思います。


ただそれができるためには、国民全体で信頼関係を持てるかどうか。

早い話が、自己に固執する段階を超えた意識を共有できるかどうかです。


その時は、政治という考え方自体がなくなっているかもしれません。

国家は、国民の安全と外交だけを担い、あとは一人一人の愛と知恵で社会が運営されていく。

たぶんそのような時代には、子供も若い夫婦が育てるのではなく、みんなの宝として地域が担っていく。

そうすれば、家庭環境から来る負の連鎖を止めることが出来ます。

貧困の問題もあれもこれも、すべては「やり方」ではなく、我々の意識レベルによって解決できることです。

絵空事の無責任発言に聞こえるかもしれませんが、そのように思っています。


当分は、誰がやっても同じだと思っているので、選ばれた人を応援していきます。

その人に頑張ってもらうしかないからです。



そうそう、実は数週間前に、桜井パパが総務次官を退任すると聞いたとき、与党にとって天の助けだと思いました。

これで、一気に舛添おろしが加速すると思ったら、その通りになりました。

それからはTVで桜井君を見るたびに「おっ、都知事の息子」ってつぶやいて、家族に笑われています。


パパご自身は、重責に躊躇しているようですが、結局は断り切れないと思います。

根拠のない勘でしかないのですが、大昔、天皇賞を夢で当てた実績から、一応報告しておきます(^^)


当たるも八卦、当たらぬも八卦。



僕のような国民でも生かしてもらえるのだから、日本はいい国だと思います。

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