かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2016年07月

今日は注目の都知事選ですね。 この数か月、僕が感じてきたことを書いてみます。 読む前にクリックをお願いします。 人気ブログランキングへ 僕は都民ではありませんが、舛添さん騒動の頃から関心を持って見つめてきました。 あの騒動は、いいも悪いも人間 ... 続きを読む
今日は注目の都知事選ですね。

この数か月、僕が感じてきたことを書いてみます。

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僕は都民ではありませんが、舛添さん騒動の頃から関心を持って見つめてきました。

あの騒動は、いいも悪いも人間社会を垣間見た気がします。

ひとつの事象に対しては人の数だけ受け取り方があるのに、あの時は下手に舛添さんをかばうと、かばった人まで攻撃されそうなムードがあり、テレビでは誰一人反対意見を言う人がいなかったのは恐い傾向でしたね。


最近は人の良い点だけを見るように心がけてきたのですが、さすがにあの時の舛添さんは難易度が高かった(笑)

金銭的な不祥事もさることながら、それ以上に人を馬鹿にしたような態度が都民には許せなかったのでしょう。

でもそんな彼のいいところも沢山見つけましたよ。


この世には善人と悪人がいるという短絡的な決めつけが、このようなときに一気に爆発します。

ドラマの悪役は一から十まで悪い人間として描かれ、正義の味方はとことん善人として描かれるので、無意識にそのように考えてしまうのかもしれません。

「この人は○○な人だ」といったん決めつけてしまうと、それ以外の面が見えなくなるのが人間です。

職場や身の回りでもそんなことをやっていませんか。

試しにゲーム感覚で、嫌な人のいいとこ探しをすると心が癒されますよ。


もちろん舛添さんの場合は選挙で選ばれた公人なのでケースが違いますし、あそこまで多くの粉飾が取りざたされ、世論が一方に傾いた以上は、辞職もやむなしでしょう。

知事としては失格でしたが、人間としては彼の幸せを祈りたいと思います。



さてそんなこんなで立候補した21人。

こんなに注目を集めた都知事選は初めてではないでしょうか。





滅多に選挙に行かない僕に政治を語る資格はありませんが、様々な問題を抱える中で、結局は限られた財源をどこに優先的に使っていくかです。

であれば知事には、都の財源自体を大きくしていくための能力も求められるわけで、そのような点から言えば、舛添さんは、今回の立候補者の誰よりもその能力が高かったように思います。


この4年間に130億円を超える税金が都知事選に消えたわけですが、その責任は選んだ有権者にあるという意見には賛成できません。

むしろ、ひとつの不祥事を週刊誌が暴いたとき、一気に辞職に追いこんでいく現代社会の風潮にこそ、問題があるような気がします。

結局は不起訴処分となった猪瀬さんが、そのまま知事でいても良かったと思っています。


あれこれ言いましたが、感じるままに一気に書いてみました。

なんだかんだ言っても、綜合的に見れば、僕たちは良い国に暮らしていると思います。

僕はこの国に生まれて、心底ラッキーでした(^^)



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今日は身も蓋もない話。 読む前に応援クリックお願いします。 人気ブログランキングへ 脳科学の最新の発見は、我々の行為は自分の意思ではないということ。 行為が先に起きていて、その0.35秒後に自分がやっているという自覚が生じているのだそうです。 ... 続きを読む
今日は身も蓋もない話。

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脳科学の最新の発見は、我々の行為は自分の意思ではないということ。

行為が先に起きていて、その0.35秒後に自分がやっているという自覚が生じているのだそうです。


たとえばいま、最初にクリックしてくれたとして、それは自分がしたのではなく、まずはその行為が起きていて、その0.35秒後に自分がそれをしているという認識が出ているというのです。

自分の考えも感情も、実際には自分がやっているんじゃなくて、ただ起きている。

そしてこの0.35秒というのが絶妙で、すべてのことを「自分がやっている」という気にさせてもらうのに最適な間隔なのだそうです。


このことを真剣に考えると、頭が変になる(笑)

この文章も誰かが書いているのではなく、何かがキーボードを叩き、それを自分がやっているつもりになっている。

読んでいるあなたも、あなたの意思で読んでいるのではなく、後付けで自分が読んでいるつもりになっている。

「そんなことはない」という思考も勝手に沸いているのだとしたら、いったい僕たちはどうしたらいいんだろう。


もうどうしようもない。


好きにして!



仏陀は

「起きることが起きる。それ以外は決して起きない」

と言ったけれど、これなんか脳科学の発見に繋がるものがありますね。


自分の意思というものが存在しないとなると、独立した自分なんていないことになります。

自分という感覚さえも後付けです。


僕らはカラッポのあやつり人形?





いくら認めたくなくても、それが科学的事実だったら仕方ない。



でもこの事実は、僕らを根底から救ってくれる面もあります。

だっていままでの人生でしでかしたことは全部、何かの力がやったことで、自分じゃないってことだから。


私のせいじゃない!


やったー(^o^)


一気に救われた。



ということは、どんなことも、誰のせいでもないってこと。


キリストの

「罪を憎んで人を憎まず」

という名台詞も、そういうことだったのか。


この壮大なドラマの作者が誰かは知らないけれど、どうせならいい夢見せてほしいよね。


この手の話は今日を最後にします。

だって何も展開しないから(^^;)


このことはなかったことにして、今日も楽しく生きていこう。




これをクリックするかどうかも決まっている?

そんなこと言わずにしてケロ


  

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今日の記事は一昨日の「成功者は知っている」の続編です。 それはともかく、今日も最初に応援クリックお願いします (^^) 人気ブログランキングへ 我々のマインドは、うまくいっていない所にフォーカスする癖があるようです。 人生でうまくいっていないことを ... 続きを読む
今日の記事は一昨日の「成功者は知っている」の続編です。

それはともかく、今日も最初に応援クリックお願いします (^^)

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我々のマインドは、うまくいっていない所にフォーカスする癖があるようです。


人生でうまくいっていないことを書きだしてみれば、ノートにたくさん書けるかもしれないけれど、それ以外は全部それなりにうまくいっているわけです。

うまくいっていることのほうが圧倒的に多いのです。


ここまではわかりますよね。


この傾向は、人生がどんなに発展しようが変わりません。

いま望んでいることがすべて実現し、いまよりずっとハイクラスな生活になったとしても、時間の問題でそのような現実が当たり前になり、またしてもマインドはうまくいっていないことにフォーカスし始めます。

傍からは幸せそうに見えるかもしれないけれど、どこまでいっても同じことです。


そんなことはないと思いますか?


いまのあなたが、生活に汲々としているとしましょう。

でも極貧国の庶民の生活よりずっとマシなはずです。

なにより安全ですし、何を食べるかは別として、まったく食べられないことはありません。

明日の命が保証されないような地域に暮らす人からすれば、天国のように見えることでしょう。

まさかそんなあなたが、日々悩みを抱えて生きているなんて信じられない。


それと同じです。

あなたから見て憧れの人生を生きている人も、人知れず悩みを抱えています。

マインドはそれしかできないのだから。


だからといって、生活の向上を目指すべきでないと言っているのではないですよ。

やりたいことはどんどんやったらいいです。

ただ、どこまでいっても内面は、いまの自分と大して変わらないことは知っておきましょう。





さて今日伝えたいのは、「○○になったら幸せになれる」ではなく、いま幸せな気持ちを持つ練習をしてみようということです。

やりかたは、マインドの習性を知った上で、その反対のことをするのです。

うまくいっていないこと以外は全部うまくいっているのだから、そちらを再認識する練習です。


そして自分がいかに恵まれているかを感じられるようになったら大成功。

恵みを与えてくれた人生に感謝の気持ちが湧いてくることでしょう。

感謝する心・・・それが幸せの本質です。


何もない国に暮らす人の中にも、そのような意識に達した人達がいるはずです。

それはいま不満を抱える大富豪より、ずっと幸せな人です。


仏陀もキリストも、着の身着のままで、何も持っていなかったと伝えられています。

でもいままで地上に現れた人の中で最も豊かな人だったことでしょう。


何になるかより、いまどうであるかが全てです。

まさにいま、そんなふうに生きてみませんか。


こうして書いている記事は、僕自身へのメッセージでもあります。

いつも書きながら、低我のアベッチは、「そうだよな~」って妙に納得しています。



最後まで読んでくれてありがとう。

クリックなんて自分に関係ないと思っているアナタ。

確かに関係ないのですが、そこを曲げてお願いします。

アベッチが喜びます(^^)


 


・・・・・・・・・・・・・・・・


このブログをスマホで読んでいる人には、PC画面の右側にある、「今後の予定」や、「瞑想」や「動画配信サイト」のバナーがないそうですね。

今日から記事の最後にこれらの情報を載せておきます。



8月14日 大阪ソロ講演



8月21日 阿雲の呼吸「十牛図の世界」


沖縄瞑想リトリート


瞑想HP


スピリチュアルエンタテイメント

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ふと思ったことを書いてみます。 その前にいつものコレ、よろしくお願いします(^^) 人間の関心事で大きなものは何でしょう。 お金 健康 人間関係 自分への評価 社会の動き まだまだありますが、なぜこれらに関心が向くのでしょ ... 続きを読む
ふと思ったことを書いてみます。

その前にいつものコレ、よろしくお願いします(^^)





人間の関心事で大きなものは何でしょう。


お金


健康


人間関係


自分への評価


社会の動き


まだまだありますが、なぜこれらに関心が向くのでしょうか。

実はすべて、たった一つのことに集約されます。


それは、生存です。


いつもは心の奥に隠れていますが、人間がやっているほとんどの行為と関心は、「生存を守りたい」という思いに行きつきます。

これは原始時代からの流れでしょうが、命を脅かさすものから、いかに身を守るかという強固な信念が、人生そのものを作っていると言ってもいいかもしれません。

いつも何かを心配し、自分を守るためにたくさんの策略を練り、脅かされそうなときは攻撃に打って出たりもします。

人生の多くが、そこに費やされています。


もし人が、自分の存在が永遠だということを見抜いたら、人生観は根底から変わってしまうことでしょう。

身を守るためにあれこれ奔走することよりも、もっと大事な何かが人生に隠されていることを知るからです。

それがあらゆるメッセージの行きつく先です。



僕たちはもっと緩やかに生きていい。

本当は何もしなくてもいいのですが、なかなかそのことは理解できません。

これまでの人生を自力で生き残ってきたと信じているからです。



こういうメッセージは生活感から離れているので、あまりピンとこないし、役に立たないと思うかもしれません。

何もしなくていいなんて言うのは、無責任極まりない発言に聞こえます。


でも実際は、何もしなくていいことを理解した後も行動は起きていきます。

恐れからではなく、場に応じた適切な行動が始まっていくのです。

それが、いまを生きるということです。


ま、どうです、お茶でも一杯。




ほんの少しでも、なにかのヒントになってくれたら嬉しいです。

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一緒に温泉に入りたい♡




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今日も読む前にお願いします(^^) たとえば多くの人から愛されたり、巨万の富を掴んだり、あなたが夢見るような人生が展開していったとしたら、どんな自分になると思いますか。 海外や憧れの地で暮らせたとしたらどうでしょう。 その時はどんな自分になって ... 続きを読む
今日も読む前にお願いします(^^)





たとえば多くの人から愛されたり、巨万の富を掴んだり、あなたが夢見るような人生が展開していったとしたら、どんな自分になると思いますか。

海外や憧れの地で暮らせたとしたらどうでしょう。

その時はどんな自分になっていると思いますか。


たいていの場合、自分のビジョンが叶えば、素晴らしい感情に包まれて幸せに暮らせると思うことでしょう。

だからこそ、みんなが希望に向かって生きているのです。


ところがそうなったとしても、いまのあなたと内面は同じです。

どんなパラダイスに暮らそうと、人は自分のマインドを携えていきます。

遅かれ早かれ、いまと同じようなトラブルを作りだすことでしょう。

なぜなら、世界を作っているのは、その人のマインドだからです。


人は成功者の本を読んで、自分もそうなりたいと願います。

確かにその人は、あなたより多くを持ち、何かを成し遂げたかもしれません。

外側から見る限りは、ずっと幸せそうです。

でも残念ながら、その人の内面までは覗くことができません。


ここまでたどり着いたのに何一つ得ていないことを、成功者は知っています。

もっと多くを得ようとするマインドは変わらないし、あいかわらず日々のゴタゴタは続いていきます。

でもそんなことは言えません。


もちろん幸せな成功者もいるかもしれません。

でもその人は、全てを失くしても幸せな人です。

幸せとはマインドの不在であり、外側の要因ではないからです。


と言うことは、いまよりもっと状況が悪化しても、たいして変わらないということ。

いまと同じくらい不幸ですよ・・・ありゃりゃ (^^;)


なにがどうなったとしても、あなたがそこにいます。

いまと同じように悩みを道連れにしながら、いまと同じように束の間の幸せを見つけていることでしょう。


だからあんまり心配しなさんな。

何がどうなろうといまがあるだけで、いまを生きていくだけなのだから。


あはは、今日も夢のない話になってしまいました。


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こんな話に何かを感じてくれる人は、クリックして僕に伝えてください。

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なにをやってもうまく行くときと、なにをやってもダメなときと、人生には波があります。 マージャンをやったことがある人は分かると思いますが、ツキの流れみたいなものがあるのです。 ツキを呼び込むには、考え方や、感情の持ち方が大切だと言われますが、そのよう ... 続きを読む
なにをやってもうまく行くときと、なにをやってもダメなときと、人生には波があります。

マージャンをやったことがある人は分かると思いますが、ツキの流れみたいなものがあるのです。


ツキを呼び込むには、考え方や、感情の持ち方が大切だと言われますが、そのような取り組みをしてもダメな時はダメです。

反対に、否定的なことばかり考えていても、うまく行く時はうまくいく。

人為的な計らいを超えて、現実は淡々と展開しているのです。



さて今日お話ししたいのはここからですが、うまくいくのがいいのか、それともうまくいかないほうがいいのかは、決めつけることができません。

たいていの場合、何かを学ぶのはうまくいかない時だからです。


早い話が、どちらでもいいということ。

結局はいまを生きることに変わりはないからです。


いま困難を抱えている人も、有頂天の人も、同じようにいまがあります。

いまだけを見つめれば、どんな状況を生きているかは関係ありません。


行為の内容も、人間の価値観が大きい小さいを決めているだけで同じことです。

重要なことも、たわいないことも、投影したストーリーを外せば、行為に大小はありません。

いまやることをやる、それだけです。


いまを生きるということを習得すると、いまどんな状況なのかは二の次になります。

目の前のいまがあるだけだから。



さて今日も、昨日と明日を鉄の扉でシャットアウトして、いまを生きるとするか。



・・・・・・・・



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今日は僕の大昔のストーリーをお話しします。 大した記事ではないので、たぶん応援クリックする気にならないでしょうから、読む前にポチッとお願いします。 高校2年のときです。 下宿から学校に向かう電車の中で、僕の前に立った中年男性が制服姿の僕を見て ... 続きを読む
今日は僕の大昔のストーリーをお話しします。

大した記事ではないので、たぶん応援クリックする気にならないでしょうから、読む前にポチッとお願いします。




高校2年のときです。

下宿から学校に向かう電車の中で、僕の前に立った中年男性が制服姿の僕を見て、

「いいなァ、君ら若いのは。なんの苦労もなくて」

と言いました。


その言葉を聞いたときの違和感は忘れられません。

だってそのころの僕は、毎日、死ぬことばかり考えていたからです。


大人社会のカラクリが見えてきて、何のためにこんな世界で生きていくのか分からなくなり、かく言う自分も偽善と欺瞞のかたまりであり、死ぬことだけが唯一の救いのように感じていました。

宗教に興味を持って、聖書を読んだりもしましたが、まったく心を打つことがありません。

むしろ信仰の名の元に迫害されてきた無数の人達を考えると、そもそもキリストなどいなければ、こんなことにならなかったとさえ思いました。


当時読んでいた本のタイトルは「真理の探究」(^^;)

そのものズバリで恥ずかしいようなタイトルですが、意味をどこまで理解していたかは別として、心のよりどころでした。

人生には人生を超えた何かがあるはずだ、いや、あってほしいと思っていました。


そんなころに吉田拓郎の歌に出会い、自分の主義主張を歌にする姿に魅了され、歌など作ったこともなかったのに、すぐに退学してギター片手に上京しました。

上京してみたら、同じような夢を抱えた若者が無数にいることが分かり、なんのコネもない大都会で、お金もなく、知り合いもなく、間借りした2畳ほどの小さなスペースで膝を抱えて寝ていました。

隣のスナックから、大音量のカラオケや酔客の大声が毎夜鳴り響いてきます。

そんな中の一人の酔っぱらいが、嘆くように言いました。


「昔はよかった。昔はよかった」


それを聞いたとき、初めての閃きがありました。

「あれ?もしかしたら人生とは『今を生きること』だけではないだろうか」


その1年後に、プロとしての初めての仕事にありつきました。

銀座にあった「スエヒロ」というステーキハウスのTVCMの作曲です。

当時19歳。いっぱしのプロ気取りでした。


その後は仕事が増え初め、憧れの吉田拓郎と同じレコード会社からデビューもできました。

その後は「何のために生きるのか」という疑問は消え、ただ刹那的な欲望を満たすことに徹していきました。

どうせこんな世の中なのだから、好き放題生きてやれという感じです。

この世にある、あらゆる快楽をむさぼることに徹しました。


そんな生活を10年くらい続けましたが、残ったのは虚無感だけ。

仕事への意欲もなくなり、部屋に閉じこもる日が増えていきました。

そしてまた自殺願望に乗っ取られ、そんな苦悩の中でまた気づきが起こり、その時の気づきが、こうして発信しているメッセージとなりました。


その後、何度も無一文になりましたが、どうにかなってきたこと考えると、やはり何かの見えない力が、養ってきてくれたように思います。

誰もが自力で生きていると思っていますが、実際には生かされてきたのです。


いまになって、キリストの言葉が心に響きます。


「空の鳥をよく見なさい。

種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。

だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。

あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。

あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。


なぜ、衣服のことで思い悩むのか。

野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。

働きもせず、紡ぎもしない。

しかし、言っておく。

栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。

今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。

まして、あなたがたにはなおさらのことではないか。

信仰の薄い者たちよ。

だから、「何を食べようか」、「何を飲もうか」、「何を着ようか」と言って思い悩むな。

それはみな、異邦人が切に求めているものだ。

あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。


何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。

そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。

だから、明日のことまで思い悩むな。

明日のことは明日自らが思い悩む。

その日の苦労は、その日だけで十分である。」


(マタイ伝)


今日は年寄りの昔話に付き合ってくれてありがとう。

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・・・・・・・・・・・


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8月21日の雲黒斎くんとのコラボ

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の参加お申し込みを開始します。

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8月14日は大阪でソロ講演会があります。

コチラ


同じく、8月は東京と大阪でマントラ瞑想の指導があります。

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