かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2017年01月

昨日、東京から沖縄に帰ってきたのですが、那覇空港で自衛隊機がタイヤの故障で滑走路に立ち往生していて着陸できずに、沖縄上空を1時間くらい旋回していました。 結局は予定より2時間近く遅れての到着です。 昨夜は、禅サンガのWeb配信で向禅師との対談があったので ... 続きを読む
昨日、東京から沖縄に帰ってきたのですが、那覇空港で自衛隊機がタイヤの故障で滑走路に立ち往生していて着陸できずに、沖縄上空を1時間くらい旋回していました。

結局は予定より2時間近く遅れての到着です。

昨夜は、禅サンガのWeb配信で向禅師との対談があったので、時間通り配信できなくなった状況にさてどうしたものかと。



いつもならここで、お馴染みの思考が駆け巡ったことでしょう。


「なにも今日に限ってこんなことが起きなくても」


「みんなに済まないことになった」


「なんとか間に合う方法はないだろうか」


「なんで自衛隊機がいたんだ」


「困った、困った、どうしよう」



さらには、いろんな感情が湧いたかもしれません。


あせり、憤り、やるせなさ、罪悪感・・・



何か急に都合の悪いことが起きて、その影響が大きい時、様々な思考や感情が駆け巡ることがあります。

その時は、その反応が現実になっていて、人生の一部となります。

人生はそのように作られているのです。



起きたことは、自衛隊機が故障して、搭乗機の着陸ができなくなったということ。

そのことに対して、どんな考えを持ち、どんな感情に浸り、どんな態度を取るのかは人の数だけあることでしょう。


しかし当人に取っては、自分の反応が唯一の現実になります。

そして起きたことへの脚色も、独自のものになっていくのです。



一日のうちに様々なことが起きています。

いちいち覚えていないだけで、無数の出来事に出会っているわけです。

そしてその一つ一つに反応があり、楽しいこと、腹が立つことなど、いろんな思考や感情の世界が来ては去っていきます。


さらには頭の中でも仮の現実が展開しています。

ふいに誰かのことを思い出して、不愉快な気持ちになったり、

将来が不安になったり、

真剣に問題の解決策を考え始めたり、

嬉しい予感がして幸せな気持ちになったり


こうやって、安らかな世界や苦しい世界が、巡り巡っていくことを輪廻と言います。

輪廻とは転生だけでなく、日々の生活の中で繰り返し起きていることです。


この繰り返しを車輪が廻ることに例えて、輪廻というわけです。

思考と感情が作りだす世界を、大きく6つに分類し、その世界をぐるぐる廻ることを、六道輪廻と言います。








さて、自分のことを良く書くみたいで気が引けますが、特に近年になって、起きる出来事にほとんど影響されない自分がいます。

最も愛していた人の死から、昨日のようなアクシデントに至るまで、何が起きても影響されない中心があるのです。


車輪は廻り続けているのですが、その中心は不動です。

中心は何一つ変わるものがなく、いつも静寂にして平安。


それが退屈かと言えば、まったくそんなことはありません。

刻々と「いま」が生まれ続けていて、それはいつも新しいからです。


もちろん周辺の出来事に巻き込まれる瞬間もあります。

思考や感情と同化することもありますが、また中心に戻ってこれます。

まだまだ道半ばですが、あんなに感情の起伏が激しかった人間がこうなるのだから、誰にでも可能だということ。



この中心を見つけることを禅では見性と言いますが、その中心を定着させることが修行の全てです。

悟るために修行する人がいますが、それはあり得ません。

何故なら、何かのための修業は未来志向であり、求めている悟りは「いまここ」にあるからです。


もっと言えば、悟りなど存在しません。

だって元々、あらゆる人は悟っているからです。

車輪の中心を持っていない人などいないのです。



何が起きていても、その中心に永遠の至福があることを忘れないでください。

その中心は、日々の六道輪廻の中でも、あるいは輪廻転生の中でも、決して失われることなく、本当のあなたとして鎮座しています。

だから何があっても大丈夫なのです。




さて、昨夜は空港からの道のりが考えられないくらいスムーズに運び、開始10分前に帰宅することができました。

昨夜の対談模様が上手く収録されていれば、機会をみて公開しますね。






最後まで読んでくれてありがとうございました。

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前世など無いと言い切ってしまうより、それがあるということを前提にした方が、生きる意味が深まってきますね。 苦難によって魂が磨かれ、より高く進化するために何度も生まれ変わっていると考えれば、いまの苦しみにも耐える力が湧いてきます。 結局のところ人生は、 ... 続きを読む
前世など無いと言い切ってしまうより、それがあるということを前提にした方が、生きる意味が深まってきますね。

苦難によって魂が磨かれ、より高く進化するために何度も生まれ変わっていると考えれば、いまの苦しみにも耐える力が湧いてきます。

結局のところ人生は、どんなストーリーを採用して生きているかなので、輪廻転生を認めて生きるのもありだと思います。



ただそれも使い方であって、身障者に対して前世の報いだとか、不運な出来事は過去の因縁だとか、そういう見方をする人が出てくるので、僕はこの考え方には慎重に臨むべきだと考えています。

なぜなら、どんな現象にも、真逆からの解釈が可能だから。


見方を変えれば、身障者はすでに高い魂であり、だからこその苦難を選んで生まれてきたかもしれず、不運が続く人生も、そのことに立ち向かえるだけの進化がすでになされているから、それを試すために生まれてきたとも考えられます。

乗り越えられない苦難は与えられないという言葉がありますが、そのように考えれば、難易度が高いゲームのステージには、それなりの熟練度が求められるというわけです。


どう考えるかによって現象の見え方が変わってきますね。


やっぱりこうして書いていると、人生というストーリーから抜けた時、初めて安らぎが待っていることを伝えたくなります。

それを解脱と呼びますが、このことを見抜くために、輪廻転生という何本もの映画を、うんざりするほど見続けているのかもしれないですね。

そして、まだ飽きていないのでしょう(笑)



解脱と言うととても難しいことみたいに考えてしまいますが、ただ足を止めるだけの話です。

ストップ瞑想は、それをしている最中に解脱しています。


たまに思い出してやってみてください。

これが個から全体へのアプローチになります。




あれ?

個に徹したメッセージを書こうとしても、ついいままでと同じになってしまうのは、これも僕の業(カルマ)かもしれないですね。


誰もの人生が、何かの方向性によって突き動かされている。

これって何でしょうか。


ただの習慣かなァ。

それとも大いなる計画?


大いなる計画だと思ったほうが気が楽だね。

全部、計画者のせいにできるから(笑)







幸せな出来事は、ただ嬉しい。

不幸な出来事は、魂を磨くため。


そう考えると、なんでもどんと来いだ。






あなたがこれをクリックするように計画されていたらいいなァ。


   

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じゃ早速、僕の前世の話をしましょう。 ( ̄д ̄;) えええっ、もうですか?? あはは。 こんなんじゃないかって思うことはいくつかあるけれど、前世を思う時、たいていはいまより立派な人を想像するでしょ。 でも実際は、いまと同じ庶民だった可能性が高 ... 続きを読む
じゃ早速、僕の前世の話をしましょう。


( ̄д ̄;) えええっ、もうですか??


あはは。



こんなんじゃないかって思うことはいくつかあるけれど、前世を思う時、たいていはいまより立派な人を想像するでしょ。

でも実際は、いまと同じ庶民だった可能性が高い。

僕の場合なら、落語に出てくる、長屋の八つぁんか熊さんか、それとも裏のご隠居さんか。



前世で思い当たることは何かというと、まずは2歳か3歳か、ものごころ付き始めた頃に、自分はここに生まれるはずじゃなかったのに何を間違えたのかって思ったのをはっきり覚えています。

ということは、当時は何かを知っていたのだろうか。


あとは17歳のころ、なぜか知らないけれど平安貴族の絵巻物に異常な関心があって、それを見ると胸がドキドキした。

その時はさすがに、この時代に自分は生きていたことがあるって感じてました。

いまじゃ、すっかりそんな気持ちは消えてしまったけれど。



大人になってからは、出会う人の中に何かの因縁を感じることがよくあって、そこで想像するのは、やはり他生の縁。

そういうのって理屈抜きにあるよね。


個別魂があるとして思うのは、魂には分類可能な香りのようなものがあって、あっちの世界では同じ村の出身だったなんて感じることもある。


それと同時に、大きさというか、格のようなものもある気がする。

それを高めるために生まれ変わると考えると腑に落ちることも多いから、そういう考えを持っている人は少なくないよね。





人から一方的に前世を指摘されたことも何度かある。

ひとりは、アメリカの有名なシャーマン女性で、歌手のスーザン・オズボーンさんの親友だったことは覚えているんだけど、本人の名前は忘れた。



もう30年近く前のことだけど、

その人、僕と会うなり急に泣き出して


「お懐かしゅうございます」って(^^;)


「はあっ?」

って言ったら


「あなたはエジプトが栄えていたころに、町の広場で台に乗って、大勢の聴衆の前で、永遠の真理について語ってくれていましたね。

私はあなたの大ファンで、いつも一番前で見ていたんですよ」

って。


それで懐かしいって言って泣いているんだから、ほぼ異常な状況でした。


こういう話は排除してきたけれど、実はこのエピソードは後の自分の生き方に影響を与えることになって、早い話がいまの活動をしようって決めた動機の背景には、この話があったんです。


それなのに

「前世なんかあるものか。大いなるひとつの意識に戻った後に、何が生まれ変わるというのだ」

という立場を貫いてきました。


それにね、前世があるとして、たとえそれが大富豪だったとしても、人生は煩わしさで満ちているのは今生と同じで、最後は未練と欲求不満を抱えながら死んでいったことは想像に難く無いわけで、忘れていられるのは恩恵だと思ったほうがいい。


もし全部覚えていたら、とてもじゃないけど生きていられないんじゃないかって思ったりもします。

苦労の思い出は今生だけで十分だ(笑)


釈迦が説いたように、いつの時代でも

「人生は苦しみである」

という真実は変わらないのだと思う。


その苦しみを経験することで魂を磨いていると考えるのは、あながち間違ってないのかもね。


この記事を書いてすぐに大空さんが、僕が以前に書いた前世に関する記事を張り付けてくれたので、ここに張り付けておきます。

僕が子供のころに何となく記憶にあったことを、ボブさんがチャネリング中にいきなり指摘したのでびっくりして書いた記事です。

Fantasy



この多元宇宙では、どの次元から説明するかで、まったく違った理論が展開するので、どこから話すのかは重要なことになるけれど、その話に興味を持って集まってくる人は、似たような次元を感じているということだと思います。


ここにいつも来てくれるあなたもね(^^)




いつもありがとう。

今日もよろしくお願いします。


  



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みなさん、あけましておめでとうございます。 そう、今日は旧暦のお正月。 沖縄の漁師町糸満では、満潮干潮を知る手立てだからでしょうか、いまでも旧の暦を大切にし、今日が本当のお正月です。 盆や節句なども旧暦のほうがピタリときます。 したがってまさ ... 続きを読む
みなさん、あけましておめでとうございます。

そう、今日は旧暦のお正月。


沖縄の漁師町糸満では、満潮干潮を知る手立てだからでしょうか、いまでも旧の暦を大切にし、今日が本当のお正月です。


盆や節句なども旧暦のほうがピタリときます。

したがってまさに新春、明けましておめでとうございます(^^)


特に今年の旧正月は一粒万倍日(いちりゅうまんばいび)でもあります。

一粒の籾(もみ)が一万倍にも増えるという意味ですが、今日から新しいことを始めれば大きく実を結ぶ。

しかも旧正月は必ず新月で、新月も願いを叶えるお月様と言われています。

せっかくだから、あなたも便乗しませんか。





アメリカに新政権が誕生し、いいも悪いも何かが変わりだした今日この頃、世界の変化と共に、我々一人一人にも変化の波がやってきているように思います。

それぞれが自分の未来を想像した時に描くビジョンは、過去の素材を組み合わせて作りだしているのであって、未来はまさに未知なるもの。

知らないものは想像することもできません。


特にこの急激な変化の時代にあって、この先自分の人生がどうなっていくのか、まさに想像を超えているような気がします。

これって少し怖いようでもありますが、ワクワクもありますね。


もちろん何が起きても、目の前には「いま」という一つの現実があるだけで、そういう意味では何も変わりません。

いまに在るというのは、車輪の中心軸と共にあるということだから。

どんなに車輪が回っても、中心は動いていないのです。

それが「いま」です。



さて、これまで僕は究極のリアリティである非二元の世界から、森羅万象の仕組みを説明しようとしてきました。

その次元から見れば、すべてはひとつであり、自分などという分離した「個」もなく、すべては全体の表現としてあるだけで、過去も未来もなく、したがって輪廻転生もなく、ただいまがあるがままにあります。

それが本当のあなたであり、本当の僕であり、僕たちはひとつの大きな存在の現れです。


運命のいたずらで、この次元を見せられてから、このことをなんとか説明しようとしてきました。

そのシンボルが「いまここ」であり、「リーラ」です。



それが昨日の夜、ちょっとした心の変化が訪れました。


いままでとは反対に、分離した「個」に徹底することで、個の側から真実の世界にアプローチしてみたいと思いました。


非二元から見ればすべては完璧で、我々はすでにゴールにいますが、「個」から見ればまだまだ完璧には程遠く、高い次元に向かっての進化の途上です。


輪廻転生


魂の進化


どちらも時間の世界のストーリーですが、分離した「個」にとっては真実であり、そんな観点から人生を見ていきたいと思ったのです。




どんな変化の年になるんだろうね。


きっとあなたも、思ってもみなかったものに出合うかもよ。



でも何が起きても大丈夫。


どの道を歩んでも、最初からハッピーエンドは決まっているから。

♪どんな流れも、いつかは海に還る。

これ、ホントの話(^^)



いずれにしても、

か・ん・な・が・ら




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昨日は久しぶりに、Google社の幹部育成を担当していたピョートルさんと、2人で遅くまで会食していました。 共産党政権下のポーランドの寒村に生まれ育ったエリートビジネスマンの彼と、なぜいまこうして親しく話をしているのか、人間の出会いは不思議です。 ピョー ... 続きを読む
昨日は久しぶりに、Google社の幹部育成を担当していたピョートルさんと、2人で遅くまで会食していました。

共産党政権下のポーランドの寒村に生まれ育ったエリートビジネスマンの彼と、なぜいまこうして親しく話をしているのか、人間の出会いは不思議です。


ピョートルさんとは、生い立ちも経歴も違うし、そもそも人種が違う。

年齢だって僕よりずっと若いし、活動している世界だって全く違う。


ところがとても気心が知れた長年の友のようにして話がはずんでいる。


それはいわゆる「気が合う」からだと思っていたら、彼はこう言いました。


「人と会った時に心がけるのは、その人との共通点です。

違いが山ほどあっても、共通点を見つけようと思えば必ず見つかるもので、そんな共通の話題から入ると話が弾むんですよ」


なるほどそうか。

そんなことは意識しなかったけれど、彼はそんな風に接していてくれていたのか。

どちらかのちょっとした気遣いで、関係というものはずいぶん変わると思いました。


リップサービスかもしれないけれど、彼からすると僕は滅多に会えない相当に面白い人なのだそうです。

僕に言わせれば彼も相当に面白人で、全く知らない世界を生きてきた人と共通点を探しながら会話するというのは、こんなに楽しいものかと思いました。



「阿部さんにとって成功ってなんですか?」


とつぜんそんなことを聞いてきました。

僕が答えたのは


「幸せなお金持ち」



あはは、なんてありきたりな答えだ。


スピリチュアルメッセンジャーらしく


「本当の自分と出会うこと」


くらいのことを言えばよさそうなものを


「幸せなお金持ち」だって(笑)



でも素直にそう思ったんだから仕方がない。

そして誰もがそうなれる可能性を秘めていて、そんなに難しいことじゃなくて、考え方や、感じ方、行動力がその基盤だということで話が一致しました。



次に


「阿部さんのミッションは?」

と聞かれたので



「そんな大層なものは持っていない。

でも、みんなが勘違いして苦しんでいるから、それを解いてあげたい。」


そしたら


「そうですね。僕もみんなを成功に導きたいです」



彼が言う成功が、僕と一致しているかは分からないけれど、やはり人の役に立ちたいという思いは共通していると思いました。




いまは一生懸命に働いて、老後は悠々自適に暮らしたいという人がいますが、そういう考え方は的外れです。


生活に困らなくても、生きがいや幸せを感じなければなんにもならない。


世界中旅行に出かけても、いずれ飽きてしまう。

温泉旅館だって、しょっちゅう行っていたら豪華な食事に辟易としてくる。

これは経験的に断言します。



僕の場合、幸せを感じるのは、

「阿部さんと出会って、生きるのが楽になりました」

って言ってもらえた時。


だからきっと、人が老後と呼ぶ世代になっても、現役で


「大丈夫だよ」

って言っていると思います。


たとえそこが、病院のベッドだとしてもね。


きっと「幸せなお金持ち」のはず(笑)






今夜もまたひとり、みんなも知っている素敵な方と会います。

東京に出てくると、いろんな人に会えて面白い。

またいつか報告しますね。






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さて、人間の違いは気質だけでなく、その人の精神がどの段階にフォーカスしているかによっても違ってきます。 前にお話ししたように、この世的な価値観が全てという第一段階、スピリチュアリティに目覚める第二段階、真理への道が何より大切になる第三段階、そして「全て ... 続きを読む
さて、人間の違いは気質だけでなく、その人の精神がどの段階にフォーカスしているかによっても違ってきます。

前にお話ししたように、この世的な価値観が全てという第一段階、スピリチュアリティに目覚める第二段階、真理への道が何より大切になる第三段階、そして「全てはひとつ」だという最終段階。

このことについては、以前の記事「スピリチュアルについて」で解説したので、参考にしてください。


自分がどの段階の住人かは、自分が付合っている人達を見ればだいたい分かります。

類は友を呼ぶという言葉通り、違う段階の人とは話が合いませんし、自然に離れていく傾向にあります。

だから、スピリチュアルな価値観が何より大切になってきた人は、それまでの友人が離れていくことでしょう。

友達が減ったという経験を持つ人も多いはずです。


中には人間関係が希薄になり、友達も必要でなくなったという人もいることでしょう。

もちろん、いたらいたでいいのですが、いなくても寂しくないのです。

まるで自分が冷たい人間になってしまったように感じるかもしれませんが、実際に起きていることは、孤独を紛らわせるためのニーズとしての人間関係を求めなくなっているだけです。







さて話は変わりますが、人間関係だけでなく、この世を生きるための基本は、自分は自分でOKだという静かな承認だと思います。

「自分を認める」という言葉がありますが、そういうこととも少し違います。

何故なら、認めようとするのは、認めていないことを知っているからです。

認めるとか認めないとか以前に、自分という存在に寛いでいるということ。

その安心感があるかどうかです。


それがないと、いつまでも他者の言動や、自分に対する評価が気になってしまいます。

健全な人間関係を築くことも難しくなっていきます。


対する相手によって、横柄になったり卑屈になったりする人は、基本的に自分という存在に寛いでいない人です。


基盤が弱まっているので、たとえば人の目が過剰に気になるとか、自分が本当にやりたいことが見えなくなってしまうとかいう傾向になっていきます。


我田引水になってしまいますが、特にルートチャクラからハートチャクラまでを整える瞑想は、生きる上でとても効果的だという考えから、いまの活動をさせてもらっています。

もちろんこれも、エネルギーを調整するための手段の一つに過ぎません。

気功も然り、ヨガも然り、自分に合った習慣を身につけるのは、いつの時代にも必要なことだと感じています。



健全な人間関係を築くには、まずは当事者同士が「自分」という問題を解決していることが求められます。

ところが世に多く見られる恋愛や結婚は、独りでいることの寂しさから逃れたかったり、自分が抱える問題を相手がカバーしてくれるのではという期待から生じていることが多く、その結末は言うまでもありません。

一人の問題が二人分になり、さらにそれが膨らんでいくのですから。


これは持論ですが、いまの社会システムの何が個人の尊厳を貶めるのかを徹底的に究明し、それを改善することは、経済発展を追い求める以上に、人間の幸せに貢献すると考えています。

結婚制度や教育制度もそれらの一つです。


成人して社会に出るまでの準備が教育であるならば、各自が自分自身を受け入れられるようにすることが最も大切なことです。

極端に言えば、それさえあれば、人はなんとか自力で生きていけます。

そして霊性に基づいた道徳を学び、慈しみの心を育てる。

他の必要なことの多くは、ロボットとコンピューターがやってくれることでしょう。


この先、想像を超えたテクノロジーに支えられる時代に入っていきますが、そうなればなるほど、人間としての在り方が大切になっていくと思います。







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ガッツ(肉体)、ハート(感情)、マインド(思考)、人間には大きく分けて3つのエネルギーセンターがあるという話をしました。 どのセンターを主に使うかによって基本的な性格が決まってきます。 エニアグラムの場合は、それらをさらに3等分し、9つ(ギリシャ語 ... 続きを読む
ガッツ(肉体)、ハート(感情)、マインド(思考)、人間には大きく分けて3つのエネルギーセンターがあるという話をしました。

どのセンターを主に使うかによって基本的な性格が決まってきます。


エニアグラムの場合は、それらをさらに3等分し、9つ(ギリシャ語でエニア)の性格があると説きます。

この性格は先天的なものであり、一生変わることがありません。


環境やアクシデントによっても性格が変わることがありますが、それでも根底の性格は気質のようなもので、変わることがないのです。

たいていの場合は、社会で生きるために性格を矯正してきているので、自分の基本的気質が見えにくくなっていますが、それを見つけていくのは興味深い探究です。


エニアグラムは元々、スーフィー(イスラム神秘主義)に口伝で継承されてきた学問で、とても整合性があり、学んでみる価値があります。

少なくとも、人間は同じ情報に対する反応が、こんなにも違うのかという理解に繋がります。


イヤミな同僚、頑固な部下、頼りなさげな上司など、なるほどそういうことだったのかと理解することは、相手を受け入れる力になります。

エニアグラムに関してはネットや書籍でいくらでも学ぶことができるので、ここでは紹介だけに留めておきます。



とにかく知っておきたいのは、人はそれぞれ違う価値観を抱えて生きているということ。

だから人の意見は人の意見であり、そのことに心を悩ます必要はありません。


意見は違って当たり前。

なぜあの人はあんな言い方をするのか、なぜこんな簡単なことに気がつかないのかと言って、いつまでも悩み続ける人がいますが、あの人はあんな言い方をするし、こんな簡単なことに気づかないというだけの話です。

どの人も全体(神)の表現に過ぎません。


人を変えようとしても無駄です。

そのことは、もうとっくに知っていますよね。


ですから、諦めが肝心です。

全体(神)の作品なのだから諦めましょう。


これを「聖なるあきらめ」といいます。






人間関係の悩みや軋轢は、人の言動を自分の世界から判断することから生じています。

だから相手の一言が、自分にプレッシャーをかけていると受け止めて、混乱したりもするのです。


特に傷つくのは、自分の悪口を言われたり、陰口を叩かれたりしたときではないですか。

人は人の批判が大好きなことも知っておきましょう。

人を批判するというのは、自分は正しい人間だということの一番安価な証明です。

人は自分を証明したくて仕方ないので、批判が好きなのです。


人は見たいように見て、言いたいことを言います。

それは僕たちだって同じこと。


だから人を許してあげましょう。


許すと言うと難しいけれど、そのためにはいくつかのことを理解するこです。


一つは、人間とはそういう生き物だということ。

もう一つは、相手がしたことはあなたに対してではなく、相手の世界の中に作りだしたあなたにしたことだということ。

そして究極的には誰一人、本当は傷ついていないということ。


最後の一つは分かりづらいかもしれないけれど、最初の2つは分かるでしょ。

分かれば、許すまでもなく許しています。









いつもありがとうございます。

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それで完了です(^^)


   



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