かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2017年03月

すでに手に入らなくなったCDを、一定数の予約が集まったら製品化するという企画をSony Musicが始めたのだそうです。 智子さんのCDがその対象になったそうで、今日発売されました。 惣領智子 RCA Years ジャケットを見て一言 「わかっ!」 ... 続きを読む
すでに手に入らなくなったCDを、一定数の予約が集まったら製品化するという企画をSony Musicが始めたのだそうです。

智子さんのCDがその対象になったそうで、今日発売されました。


惣領智子 RCA Years


ジャケットを見て一言

「わかっ!」






いま聴きながら書いていますが、当時からのクオリティの高さに驚いています。



シンガーはみんな人前に出たり、たくさんの活動を目指すと思いがちですが、彼女の性格は正反対で、周囲の期待が大きかったにもかかわらず、その活動は終始マイペースでした。


人生の不思議な巡りあわせで、当時彼女が歌ってくれることを前提に制作したドラマの主題歌も、あっさり辞退されてしまい、途方に暮れたのですが、その歌の担当プロデューサーが、何を隠そう若き日の僕でした。

で結局は、まだアマチュアだった作曲者自身が歌うことになって、それが時代を代表するミリオンセラーに輝き、僕の立場はいきなり良くなります。


もしあの時、智子さんが歌ったら、もっとすごい展開になったかもしれませんが、もしそうなれば、個人的な付き合いは生ずることなく、プロデューサーとアーティストという仕事の関係だけで終えていたでしょう。


それから4年後に、OSHOに会うためのインド行き飛行機で偶然出会います。

その飛行機に乗るには僕にも様々な偶然が重なり、智子さんも奇跡的な状況でその飛行機に乗ることになるのだから、やはり起きることは決まっていると思います。


ほんの小さな何かが一つ違うだけで、誰もの人生が大きく変わっていきます。


うちの息子も存在していませんし、いまごろ僕は何をしていたことやら。

たぶん社会には出てこなかったような気がします。


誰か一人が違うだけで、何もかもが変わってきます。

あなたの人生も、出来事のタイミングがちょっと違っただけで、人生の流れそのものが変わり、それはあなたの周囲にも影響を与え、やがては全体の展開に影響を与えることでしょう。



あたりまえのように過ごしているこの現実は、実に緻密な組み合わせによって、瞬間瞬間、バランスを取りながら展開しているのです。

そう思うと人生は、奇跡による奇跡の舞台と言えるかもしれません。


舞台は脚本によって展開していきますが、同時にその背後には、何も起きていないもう一つの現実があります。

そちらこそが存在の実相で、そこは安らぎに満ちています。


本来あらゆる宗教はその実相の発見のためのものですが、何でも対象化してしまうマインドのために、宗教性さえも脚本物語に組み込まれてきたのが人類の歴史です。



今日は坐禅についてお話ししようと思いましたが、また明日にしますね。



最後に、昨日頂いていたコメントにお答えします。

3月30日さんのコメント


>良いということを主張するために、歴史を改竄するのはどうかと思いますけど。

>マインドフルネスも禅も、釈迦の教えがオリジナルでしょう。



多くの人がそのような誤解の中にいます。

禅とは仏教が誕生する前からバラモン教などにも導入されていて、パーリ語ではジャーナ、サンスクリット語ではディヤーナと呼ばれていました。

そのジャーナやディヤーナを音写語として日本では「禅那」(ぜんな)となり、禅と呼ばれるようになりました。

確かに日本仏教に取り入れられたことで、禅は独自の進化を遂げ、あらゆる点で世界に突出する伝統となりましたが、禅そのものは仏教以前からある普遍的真理です。

我々にとってとても身近な真理であり、いまもここにあります。



今日の沖縄はとても爽やか陽気。

春はすぐそこまで来ていますね。



今回の禅サンガは春から秋への開催です。

お申し込みの締め切りは4月7日15時です。


オープンキャンパス







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禅サンガの紹介のために公開したオープンキャンパス。 もうご覧になりましたか。 禅は禅宗が生まれる前からある人間の最高の在りようです。 それは時間と空間を超えた、人間存在の基盤に関係しています。 禅が宗派の一つになってしまうと、その宗派独自の教 ... 続きを読む
禅サンガの紹介のために公開したオープンキャンパス

もうご覧になりましたか。


禅は禅宗が生まれる前からある人間の最高の在りようです。

それは時間と空間を超えた、人間存在の基盤に関係しています。


禅が宗派の一つになってしまうと、その宗派独自の教義やスタイルが出来上がってしまいます。

どのような枠組みも、すでに禅の本質から逸脱しています。

禅とは、あらゆる枠組みを超えた自由闊達な境地だからです。



禅僧は禅僧を捨てて初めて禅僧になるというのが僕の考えですが、その一方で伝統が持つ安定感は、人に安心を与えます。


そんな中で、由緒ある名刹の最高職に誘われても、無位の禅僧としての活動を選んだ向禅師だから発することができるメッセージがあります。

だからこそ僕のような一般人とも、まったく対等な立場から話ができるのであり、ご紹介した禅サンガの動画にも、そのあたりがよく現れています。


「なーんだ、そうだったのか」という気づきを得てもらえると思います。


THE禅サンガ オープンキャンパス




さて、最近よく貰う質問に

「瞑想と坐禅はどう違うのか」というものがあります。


今日はこのことについて書いてみます。



まずは瞑想。


瞑想はリラクゼーションの極みで、睡眠に近い性質を持っています。

人は社会を生きる上で、心と身体に不自然な力が入りっぱなしになっているのが普通で、そんな重荷を降ろし、過去のトラウマや思いこみを解放していく効果が瞑想にはあります。

また、最近よい睡眠がとれないとか、ストレスで緊張状態にあるとかいう人にも、とても効果があります。


完全なリラックス。

それは人為的には起こせません。

人為はリラックスの反対だからです。


何もしないことを通して瞑想が訪れるのですが、それを可能にしてくれるのがマントラです。

マントラは船の錨のような役割をして、我々を海底の静寂に連れていってくれます。


違う言い方をすると、「空(くう)」行きのタクシーみたいなもので、我々は運転手(マントラ)を信頼して任せていればいいのです。

このことが、「何もしない」ということを実現してくれます。


何もしないことで瞑想がやってきます。

それはちょうど何もしないことで睡眠が訪れるのと同じです。


ただ一つの違いは、そこに意識があるか否か。

瞑想にはうっすらと意識がありますが、睡眠は無意識であり、この違いは大きなものです。


身体は完全に眠っていて、上半身が白河夜船のようにカクッカクッとなるのですが、その最中も周りの音は聞こえていますし、周囲の気配も分かっています。

そう、意識は起きているのです。


人によっては身体が消えてしまった感覚を持ちます。

このときは、自分の意識が身体に閉じ込められているという錯覚から自由になっています。

本来、我々の意識は大地いっぱいに遍在しているので、こちらのほうが真実に近い姿と言えます。






正しい瞑想は、睡眠の2時間分の休息が取れると言われていますが、これは実践している人の多くが経験として知っていることでしょう。


瞑想は自然治癒力を高めることが判ってきていて、これからは医学の分野でも積極的に取り入れられていくと思います。


アンチエイジングや、美容にも効果的なので、様々な形態を取りながら、よりいっそう社会に定着していくのではと考えています。

手前味噌ですが、各チャクラが司っている肉体と精神の部位を整えていく瞑想は効果が分かりやすく、着実に心身を整えていくのでお勧めです。


また、深い静寂の中で、社会を生きる自分を忘れることが出来ます。

しばし人生の物語から離れて、純粋な意識に休む時間が瞑想だと言えるでしょう。



最近流行りのマインドフルネス瞑想は、また違うアプローチがあります。

こちらは散漫する思考を、いま起きていることに集中させることで心を整えていこうとするものです。

これは坐禅に近いものがあり、マインドフルネスそのものが禅から生まれたといっても過言ではないでしょう。

マインドフルネスは短い時間にもできますし、次回はピョートルさんにGoogleで指導していたやり方を、会場で再現してもらおうと思います。


坐禅はさらにそれを超えています。

集中さえしないからです。

それを三昧(サマーディ)と言います。


明日は坐禅について書いてみます。




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4月23日東京 ピョートルグジバジさんとの共同で、マインドフルネスの実践を企画しています。

4月30日博多 ソロ講演会



瞑想伝授と指導

4月は東京と博多で開催します。


初めての方にはハートマントラの瞑想をお勧めしています。


東京 4月22日12時
4月22日16時


博多 4月28日11時
4月29日16時


詳細とお申し込みはコチラから


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あいさん >苦しみや悲しみを沢山経験したら人は豊かになれるのでしょうか…。 もし人生が、魂の成長の場であるならば、人は苦しむために生まれてきたということになります。 摩擦がなければ成長しないからです。 実際に、存在の真理に関心を持ちだすきっかけは ... 続きを読む
あいさん

>苦しみや悲しみを沢山経験したら人は豊かになれるのでしょうか…。


もし人生が、魂の成長の場であるならば、人は苦しむために生まれてきたということになります。

摩擦がなければ成長しないからです。

実際に、存在の真理に関心を持ちだすきっかけは、苦しかったり悲しかったりすることではないでしょうか。

全体意識の完璧さから見れば、物事には何一つ単独の意味などありませんが、道に迷った個が全体に帰りつくためには、すべてのことには意味があることになります。


そう考えれば、苦しみも悲しみも、どんと来いですね。

すべては全体の計画通り。

大丈夫、みんなうまくいっています。



ガマさん

>いつも楽しみに見ています!

>以前にご紹介されてた整腸剤の名前をもう一度教えて頂けませんか?




智通という乳酸菌生成エキスです。


歴史は古いのですが、それほどはポピュラーになっていないようです。

僕は栄養剤等を何も摂っていませんが、この智通だけは身体が喜ぶので定期的に水に薄めて飲んでいます。

特に腸の具合が気になる方にはお勧めなので、サイトで「智通」を検索してみてください。

どこで買っても同じものなので、少しでも安いところで買うようにしています。




ただの自分さん

>『楽しい』のはマインドではない、『苦しい』のはマインドである、と分けてますか?

>もしそうなら、何故そのように分ける、つまり『分離させる』必要を感じてますか?



全ての言葉は、何かを説明するための道具であり、道具の構成を分析してしまうと大意が見えなくなります。

コメント欄には言葉の指摘が多いのですが、これが文字情報の難点だと思っています。

その日によって様々な人達に向けて発信しているので、違和感を持ったらスルーしてください。




北門さん

>阿部さんは、安倍晋三氏が首相になったときに、たいそう安倍首相を褒めていらっしゃいましたが、今でもそのお気持ちに変わりはないのでしょうか?


総合的に見れば、いまの日本にとって最適な人材だと思っていますし、その考えに変わりはありません。

でもその一方では、無責任なようですが何事にも固執はしていません。

正統な手続きで選ばれた結果を尊重し、その時の政府を応援していきたいと思います。


人間というのは一度見方を決めてしまうと、反対の見方をしている人の気持ちが分からなくなります。

「なぜこんな政策をいいと言うのか」と反対する人がいれば、

逆に

「なぜこんなことさえもわからないのか」

と反対者を見下す人もいます。


それぞれから見れば自分が正しいのであって、こういうことは日常でも頻繁に起きています。

そのうち振りかざす意見以上に、振りかざしている自分がより重要になり、対立が深刻化していくのです。


意見が対立したら、たいていのことには、「そうだね」という態度を取ることにしています。

それでなにも失くさないから。



「宇宙人なんていないよ」


「そうだね」



「無数の星があるのだから宇宙人がいるのは常識だ」


「そうだね」



「人は死んだらまた生まれ変わるんだ」


「そうだね」



「人は死んだら全体に帰る。だから生まれ変わりなんてない」


「そうだね」



「次回の講演のギャラは払わない」


「それは困る!!」




ハッピ〜♪ さん


>思いグセの構造を教えて下さい。

>過去の恐怖の感情が、わいてきた時、どうすればいいんでしょう?



これは各自の気質によっては、頻繁に起こる人がいます。

そういう人は、「あっ、またこいつがきた」くらいに客観的に捉えればいいと思います。


恐怖の内容に入っていったりせずに、招かれざる客を「ようこそ」と迎え入れて、あとは無視しています。


するとまた立ち去っていきます。

また来るでしょうが、付き合い方を変えるだけで、ずいぶん楽になりますよ。



春ですね(^o^)






まだまだたくさん質問をもらっているので、少しずつ対応していきます。



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4月の講演


4月23日東京 ピョートルグジバジさんとの共同で、マインドフルネスの実践を企画しています。

4月30日博多 ソロ講演会



4月の瞑想伝授と指導


4月は東京と博多で開催します。

初めての方にはハートマントラの瞑想をお勧めしています。


東京 4月22日12時
4月22日16時


博多 4月28日11時
4月29日16時


詳細とお申し込みはコチラから



THE禅サンガのお申込みありがとうございました。

また多くの方とご一緒できることを嬉しく思っています。


4月6日まで受け付けていますから、どうぞいらしてください。

禅サンガオープンキャンパス


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禅サンガのオープンキャンパスですが、サイト内でトップページに戻りたいときは、一番上の大きなトップ画像をクリックしてください。 今日から、大本山方広寺での接心の模様をアップしました。 接心は、坐禅、読経、向老師の法話など、実際の禅寺修行をもとに構成さ ... 続きを読む
禅サンガのオープンキャンパスですが、サイト内でトップページに戻りたいときは、一番上の大きなトップ画像をクリックしてください。


今日から、大本山方広寺での接心の模様をアップしました。

接心は、坐禅、読経、向老師の法話など、実際の禅寺修行をもとに構成されています。


比較と判断による二元の世界から、全体生命に繋がり、さらにその後も二元の世界を生きていくことになります。

個と全体のバランス。

天と地を繋ぐ生き方とはなにかについて話していますので、ぜひご覧ください。


オープンキャンパス



4月10日から始まる次回禅サンガには、3人の特別講師が参加します。

3人は全く違う背景を持っています。



一人は矢作直樹さん


東大病院の救急医療部長と集中治療部長を定年まで勤めあげ、現在は東京大学名誉教授をされています。

初めて書いた一般書、「人は死なない」がベストセラーになります。

心の壁と脳の壁を外すことで、いま何が起きているのかが見えてくると言います。

先日、コラボ講演をさせて頂きましたが、科学と霊性の両方をバランスよく持っておられる方です。



もう一人は仏教界のホープ、阿(おか)純章さん


天台宗圓融寺(東京・碑文谷)住職、

早稲田大学大学院東洋哲学専攻博士課程を卒業し、中国政府奨学金留学生として北京大学に留学。帰国後は中国仏教思想史の研究に従事。

三千院門主堀澤祖門大僧正の愛弟子であり、禅サンガには第1期より自ら会員として参加してくれていましたが、今期は仏教思想への深い見識を、サンガの私たちに分かち合っていただこうと思います。



もうひとりはピョートル・グジバチさん


ご存知Googleの元人材育成責任者として同社にマインドフルネス(瞑想)を定着させ、業績の大幅なアップに貢献させます。

このことが先駆けとなり、日本にもマインドフルネスブームが到来します。

マインドフルネスは禅が逆輸入されたものですが、西洋人は禅から何を学んだのかなどの話をしていきます。



禅サンガは基本生放送で、リアルタイムで講話や坐禅などに参加してもらうのですが、見られなかった人には、お好きな時間に見てもらうことが出来ます。

どれくらいのメニューかというと、

たとえばスタート月の4月は、こうなります。




オープンキャンパスのページを作っていて、さらに禅サンガの役割が見えてきました。

天と繋がり地を生きる

2年前にオギャーと生まれて、やりながら分かってきたことも多く、一緒に育ってきたような思いを持っています。



今日から入会のお申し込みが始まりました。

オープンキャンパスから入れます。






サンガが生まれた時、天河神社で、禅サンガ発足の報告を兼ねて、会員の皆さんと神事を執り行いました。

弁財天は仏法の守り神。

いつも見守ってもらっている気がします。


おん そらそばてい えいそわか


   

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僕はいろんな禅僧や高僧たちと出会う機会があって、みなそれぞれに素晴らしい人たちだったけど、この向さんには最初からハートを鷲づかみにされた。 最初は向さんの禅会に初めて参加した時のこと。 40分間くらいの坐禅が終わって、僕の足はシビレまくり。 な ... 続きを読む
僕はいろんな禅僧や高僧たちと出会う機会があって、みなそれぞれに素晴らしい人たちだったけど、この向さんには最初からハートを鷲づかみにされた。


最初は向さんの禅会に初めて参加した時のこと。

40分間くらいの坐禅が終わって、僕の足はシビレまくり。


なんとなく気恥ずかしくて、足の状態が戻るまでジッとしていようと思っていたら、向さんはいきなり立ち上がって


「あーシンビレタ、シンビレタ」

って言いながら、足を引きずって退場した。


それ見た時


「この人、スゲー!」って。


だって禅僧なんて、得意技は坐禅くらいしかないわけで、その唯一のステータスをいとも簡単に投げ打った。


いや、お見事。

まさにあるがまま(笑)




その後、向さんに興味を持った僕は、一冊の本をプレゼントしたんです。

それは「タントラへの道」というチベット仏教のグルの講話録。


内容は、修業をすることで陥りやすい罠について。


修業すればするほど、その修行経験が自我の新たな勲章になってしまう危険性を説いていて、そうなれば富と名声を得ようとする物質主義者と何ら変わらないって。


すなわち「精神の物質主義」に陥ってしまうという、修行者への警鐘が書かれた本。


向さんの修業の量は半端じゃないって噂に聞いていたから、どんな反応を見せるかなって思ったわけ。


それまでもいろんな人に贈呈した本だったけど、みんな無反応で、むしろ異国の仏教を一段下に見るような態度だった。


ところが向さん。本を差し上げた翌日に僕に電話をかけてくれて


「阿部さん!!!!何ですかこの本は!!!凄いですね!!!!」

って。


この人は本物だと思った。




禅サンガは、28日(火)から参加申し込みを開始します。

人生での役割をいったん脇に置いて、素の自分に帰って、魂の永遠性に寛ぐ場所。


早い話、もっと近くで一生のお付き合いをしたい。


今日は禅サンガオープンキャンパスに、向禅師の坐禅会の模様をアップしました。

禅を学ぶということの意味を話してくれています。


向さんって、最初は硬そうなイメージでお話しするんだけど、途中から乗ってくると、ドバーッてあるがままに身振り手振りで話しだす。



これで僕の講演を含めて、4本の動画が揃いました。

時間のある時にご覧になってください。

オープンキャンパス




さて今日はもう一人の話をします。


さとうみつろう君って知ってますか?

いまや全国どこでも1000人規模の会場をいっぱいにしてしまう新星メッセンジャー。

写真を見ればわかるけど、僕の若いころと同じくらい若い。


彼の人気を支えているのは内容もさることながら、その本質は「優しさ」だと思う。

それは作られたものではなく、本当にファンの人たちを想っているのが話をしていて伝わってくる。


でね、最近まで育休のため、ブログも書かずに3か月間完全休業していたわけ。

人気絶頂の最中に、なかなかできることじゃない。


「あーシンビレタ、シンビレタ」

とは違う意味で、インパクトがあった。


それで思ったわけ。

僕も完全休業しようって。


たぶん3日間くらいだな。



そのみつろう君、ブログも再開して、今日は僕のことも書いてくれて、禅サンガの告知もしてくれた。

「さとうみつろうの笑えるスピリチュアル」


いい男だなァ。


ポチッとしてくれる人と同じくらい大好きだ。






今日もありがとう。

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禅サンガのオープンキャンパスはいかがですか。 Web講演の動画から、何かを感じ取ってもらえたら幸いです。 今日からは、向禅師と阿部の対談講義を追加公開します。 由緒ある伝統を継承する禅師と、僕のような一介の市民が真理について対等に語り合うさまは、時代 ... 続きを読む
禅サンガのオープンキャンパスはいかがですか。

Web講演の動画から、何かを感じ取ってもらえたら幸いです。


今日からは、向禅師と阿部の対談講義を追加公開します。

由緒ある伝統を継承する禅師と、僕のような一介の市民が真理について対等に語り合うさまは、時代の変化の現れだと思っています。


禅サンガオープンキャンパス



最近はスピリチュアルという言葉の意味あいがずいぶん変わってきていて、僕の時代はスピリチュアルと言えば、OSHOやクリシュナムルティ、あるいはラムダスの「Be Here Now」など、ヒッピームーブメントの流れのことを指していました。

そんな中、東洋思想に真理を求めた西洋の若者たちが、最も影響を受けたのが日本の禅でした。


禅は、アップルのスティーブジョブズや、マイクロソフトのビルゲイツなど多くの実業家に愛され、同時にエックハルトトールなど現在活躍する欧米の精神リーダーたちにも、大きな影響を与えてきました。


実は彼らは、日本よりもっと純粋に禅を学ぶことができたのです。

日本の禅は長い歴史の中で、良いも悪いも権威や格式など非本質的なものを含んでいますが、西洋の彼らは、それらを排除した「ZEN」に触れることができたからです。


禅サンガが目指すのはまさにこれであり、向禅師という「無位の真人」を生きる禅僧との出会いが、それを可能にしたと考えています。


そしてもっと言わせてもらえれば、禅は禅宗の専売特許ではなく、禅宗が始まる前から存在した普遍的真理であり、我々衆生のものなのです。

このブログの底流にも、いつもZENの精神を投入してきました。



禅は厳しいものではなく、難しいものでもなく、人生を笑い飛ばし豪放磊落に生きる知恵でもあります。

布袋和尚や一休禅師のようにね。






そんなムードを配信動画から受け取ってもらえたら嬉しいです。




まだまだたくさんいただいている質問には、この先、少しずつ対応させていただきます。

いつもありがとう。





これをポチっとするのが習慣になったというアナタ。

そんなアナタを神と呼びたい(^o^)


   

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生きる目的は何だろう。 子供のころからいつも考えていました。 なぜ生まれてきてしまったのか。 子供のころは子供なりに、この社会の矛盾や、大人たちの欺瞞を目の当たりにして、来てはいけないところに来てしまったという感覚を持っていました。 生きる目 ... 続きを読む
生きる目的は何だろう。

子供のころからいつも考えていました。


なぜ生まれてきてしまったのか。

子供のころは子供なりに、この社会の矛盾や、大人たちの欺瞞を目の当たりにして、来てはいけないところに来てしまったという感覚を持っていました。


生きる目的は何か。

その答えを得たのは30歳になってからでしたが、その答えは、

「答えなどない」

というものでした。


というよりは、答えなどいらないと思ったのです。

欲求不満と苦しみに満ちた現象界の奥に、神としか呼びようのない完璧な至福を見つけた時のことでした。


完ぺきな至福は、それ自体で完結していて意味を必要としません。

その気づきは「分離した個」という幻想が消えたときに訪れました。



そしていまは思います。

生きる目的は人生に降りかかる問題を解決することではなく、

ましてや安全無難に長生きすることでもなく、

完璧な至福であるところの本当の自分を発見することだと。


「分離した個」という幻想を見抜いて、

もうひとつの可能性である完璧な至福に至り、人生の本当の価値を知ることだと。


このことをどう人に伝えたらいいのか、様々な道を尋ね歩いて最終的に出会ったのが「禅」でした。

運命の必然(?)によって、正真正銘の卓越した禅僧とも巡り合い意気投合しました。






一昨年から始めたネット上での「禅サンガ」も、来月から第4期に入ります。

当初は僕の至らなさから皆さんにご迷惑をかけたシーンもありましたが、禅師や参加者の皆さんに支えられながら、少しずつ成長してきました。


このたび半年ごとの新規メンバーの募集にあたり、あらためて禅サンガで何をしているのかを紹介します。

坐禅の実践はもとより、禅の真髄を学び合うことで、生きる本当の目的に誘っていきたいと思っています。


今日から少しの期間、禅サンガで生配信してきた動画のいくつかを公開していきます。


まずは、僕のWeb講演。

文字情報以上の何かに触れてもらえると思います。

時間がある時に、どうぞお楽しみください。


禅サンガオープンキャンパス






いつもありがとうございます。

あったらあったで面倒だけど、なくなると寂しい不思議なバナー。

よければクリックしてください。


  

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