かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2017年06月

今日の話はちょっと難しい言葉が出てきますが、内容は簡単なので読んでみてください。 存在のカラクリは分かってきたでしょ? 実感が伴うか否かは別として、手探りで真理を探す段階は終わり、理解すべき方向は定まりました。 真理は大昔から伝えられてはきたけれど、い ... 続きを読む
今日の話はちょっと難しい言葉が出てきますが、内容は簡単なので読んでみてください。


存在のカラクリは分かってきたでしょ?

実感が伴うか否かは別として、手探りで真理を探す段階は終わり、理解すべき方向は定まりました。


真理は大昔から伝えられてはきたけれど、いまの言葉に直してみれば簡単な話。

たとえばヒンズー教の奥義書、ウパニシャッドに書かれた究極真理と呼ばれる一言があります。






真理の道を求める息子が、聖仙と崇められていた父に尋ねました。


息子 「すべてを作りだしている一なる原理、神とは何ですか?」


父  「汝、それなり」



万物を形成している最小単位である量子、この存在を古代インド人はすでに知っていました。

科学が外側を探究して発見した真実を、昔の人は内側を探究して見抜いていたのです。



宇宙物理学者たちは、量子=意識であると言います。

宇宙意識です。



したがってウパニシャッドの言葉を現代風に言えば


息子 「宇宙意識(神)とは何ですか?」


父  「お前そのものだよ」




ガチョ~ン!!







我々の意識が全体意識と同じであるならば、我々が意図したことは全体に反映するということになります。

そこから願望実現という発想(引き寄せの法則)が生まれました。



以前紹介した


「南無白蛇形宇賀耶惹耶蘗陛施多摩尼貧転吽娑婆訶」


というお金持ちになるための真言だって侮れません。



この真言が書かれた巻物の序文には


「われ弁財天は、陰陽別るる前の根源なり」


とありました。



これはまさに、「我=宇宙」という宣言です。


詳しくは過去記事

「だれもがお金持ちになるありがたい話」


を参照してください。



引き寄せの法則については、ブームになればなるほど様々な説が登場し、結果的に全体として劣化してしまいましたが、僕自身は侮れないと感じています。

自分の人生を振り返ってみても、このことを証明する不思議なエピソードが数多くあったからです。



宇宙目線から見れば、起きることはすでに決まっていますが、地上目線から見れば意識の持ち方次第で現実が変わっていくということになります。


実際には意識の持ち方さえも、すでに決定されているのですが、であるならば、どう決定されていたいかを生きられるはずです。

だって地上からは先が見えないのだから、何も決まっていないのと同じこと。




さて、雲黒斎君とのコンビ「阿雲の呼吸」でも、引き寄せに関しては様々な角度から解説検証してきましたが、そろそろ決着をつけたいと思います。


そこで引き寄せのオーソリティをゲストに迎えて、阿雲の2人との鼎談をしてみようと思います。



明日また詳細をお知らせします。


ゲストが誰なのかもお楽しみに。




昨日はNIKE瞑想一周年記念イベントに来てくださり、ありがとうございました。

ものすごく楽しくできました(^^)





今日は久しぶりに渾身のパワーで南無白蛇形を念じておきます。

えいっ!!



   
 



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今日は久しぶりの瞑想イベント。 いつになくワクワクしています(^^) 今日のブログでも時間が許す限り書いてみましょう。 ちょっと自分の内側を観察してみれば、四六時中何かのおしゃべりが続いているのがわかるでしょ。 それがマインド。 マインドというのは内側での ... 続きを読む
今日は久しぶりの瞑想イベント。

いつになくワクワクしています(^^)


今日のブログでも時間が許す限り書いてみましょう。



ちょっと自分の内側を観察してみれば、四六時中何かのおしゃべりが続いているのがわかるでしょ。

それがマインド。

マインドというのは内側での絶え間ないおしゃべりのことです。



このおしゃべりが、いまここから我々を切り離してしまいます。

そうやって夢が続いていくのです。


しかもたいていの夢は時間と共に悪夢に変わっていくようにできています。

悪夢とは混乱した夢のこと。


現実そのものが我々を苦しめているように見えるけれど、苦しみの正体はこの悪夢であり、それを作りだしているのがマインドです。


マインドのおしゃべりを直接止めることはできないけれど、瞑想をとおして静めていくことはできます。

我々にできるのはマインドを放っておいて、一切の判断評価をやめてただ見ていることです。


一切の判断評価をしない・・・ここは極めて重要。

見るというのがどういうことなのか、昨日のコメント欄での、ただの「自分」さんとのやり取りにそのことを書いています。





見るということは、見ている対象があるでしょ?

対象は自分ではありえませんよね。


思考も、感情も、欲望も、夢も、記憶も、全部見ることができる。


ということは、それらは自分じゃないってこと。



ただ見ていると、マインドのおしゃべりが静まり、見るということだけが残ります。


それこそが探し求めている自由であり、至福です。


しかもそれは、最初から無条件に与えられていた存在の本質。



瞑想とは、自分でないものを取り去って本質に寛ぐことです。




これから準備して会場に向かいます。

急いで書いたから十分じゃないかもしれないけれど、瞑想について書いてみました。






いつも応援ありがとう。


   
 

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機上から下界を見下ろすと、何万人もが暮らしているであろう集落が一望できます。 そこから見れば人間はまるでミクロ単位の生き物のよう。 その一人一人に同じ重さの人生があり、一人一人に宇宙大の意識が宿っています。 遠くから見ればミクロの生き物に大差はなく、貧し ... 続きを読む
機上から下界を見下ろすと、何万人もが暮らしているであろう集落が一望できます。

そこから見れば人間はまるでミクロ単位の生き物のよう。

その一人一人に同じ重さの人生があり、一人一人に宇宙大の意識が宿っています。


遠くから見ればミクロの生き物に大差はなく、貧しい人も、偉い人も、みんな同じに見えます。

本当はみんな同じ。

こんな簡単なことに、みんなで気づく日が来たらいい。



宇宙大の意識は神の意識。

全体とは神のこと。

神とはあなたのこと。



でも地上に肉体を携えて生まれてくると、そのことを忘れて、個人として自分のために生き始めます。

それがぶつかり合い、傷つけあう。



悩んで苦しんで、やがて人は天に問いかけます。


「何のために生きているのだろう」




そこから真実への探求が始まり、ある日、自分が個人という姿をまとった宇宙(全体)そのものだったことを思い出します。


「なんだ、そうだったのか」


敵も味方も、あいつも自分も、みんな同じものの現れだったんだ。



難しいことなんか何もない。

結局はみんないまここに、唯一無二の個性を表現しながら同時存在しているだけのこと。


僕たちは個人であると同時に、全体の現れなんだ。



そんなことを伝えたくて1999年に「かんながら」という本を書きました。





これ以上伝えるべき真実はないのに、現在もこうして言葉を紡いでいます。


きっとこれがAという個体の性(さが)なのでしょう。




今日も付き合ってくれてありがとう。







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先日のNHK特集で、多くの人が知らず知らずに睡眠障害に陥っていると報告していました。 その蓄積が心身に与える影響は大きいそうです。 全く同感で、このことはNIKE瞑想の主要テーマの一つです。 いま誘眠剤を使用する人も増えているようですが、薬に頼らなくても、ある ... 続きを読む
先日のNHK特集で、多くの人が知らず知らずに睡眠障害に陥っていると報告していました。

その蓄積が心身に与える影響は大きいそうです。


全く同感で、このことはNIKE瞑想の主要テーマの一つです。

いま誘眠剤を使用する人も増えているようですが、薬に頼らなくても、あるいは睡眠時間が短くても、それを補って余りあるのが瞑想習慣です。


このあたりのことも含めて、イベント等で実践を踏まえながら説明していけたらと思います。

来られない方のためにはNIKE瞑想HPの中で説明を充実していきますね。



さて、いまブログに頂いたコメントを確認したら、興味深い書き込みがありました。


ワイルドフォックスさん

>一切が一つ、と言うことは、自己と世界が一つと言うことでもあり、全てが自己であるなら、最高の人格を完成していなけれは、理屈に合わない。


こういう指摘をしてくれると、さらに解説の範囲が広がって有意義です。

漠然と同じようなことを感じている人もいるかもしれませんね。


あなたはこのことについてどう思いますか。

何かコメントしてくださる方はよろしくお願いします。


相互理解が深まるといいですね。




これから我が家で長時間の瞑想会があります。

いつかいらしてくださいね。







今日も一日、元気でお過ごしください。





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7月17日に大阪で開催する瞑想イベント「すべては空(くう)から生まれた」のお申し込みを開始します。

瞑想についての正しい認識が深まると思います。

智子さんのガヤトリーマントラも生で体験してみてください。

もちろん夫婦漫才付きです(笑)


お申し込みはコチラから。


(東京での開催はキャンセル分が満員となりましたので、お申し込みは終了しました)

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この二日間いろいろ書いたけれど、これらは数十年間変わることなく内側を流れている真実です。 僕の文章表現に限界がありますが、一見リアルに見えるこの現象界の裏側で、時間も空間も超えた「全てを含むあなた」が、肉体と精神を携えた個人として表現されています。 しか ... 続きを読む
この二日間いろいろ書いたけれど、これらは数十年間変わることなく内側を流れている真実です。


僕の文章表現に限界がありますが、一見リアルに見えるこの現象界の裏側で、時間も空間も超えた「全てを含むあなた」が、肉体と精神を携えた個人として表現されています。

しかし、あらゆる表現は個人が作り出しているのではなく、全体からの表現です。



実際のところ個人という実体は存在しないのですが、全体は自らに催眠をかけて個になったつもりになっているのが、普段我々が自覚している自分です。

そしてこの催眠ゲームが終わることを「目覚め」と言います。


ところが催眠が終わったあとも、人生のゲームは続いていきます。

個人という夢が終わっても、世界という集団の夢が続くのです。

したがってどんな覚者たちも人生を生きることになります。




さてそれでは、夢の中にいる人と夢から覚めた人の違いは何でしょう。

たいてい我々は、覚者についてファンタジーを持っています。


いつも慈愛にあふれている。


性欲や金銭欲などの欲望が無くなっている。


怒りや、嫉妬や、ネガティブな感情が消えている。


いつも穏やかでゆったりしていて、何事にも動じない。


全てを受け入れて、決して他者を非難しない。


着の身着のままに暮らして、何事にも頓着しない。



事実を言えば、いま書いたことは覚者とは何の関係もありません。


お洒落な覚者もいれば、ビジュアル系の覚者もいます(笑)


お金が大好きな人もいれば、ロールスロイスを90台持っていた覚者もいます。


何故ならそれらは起こることであって、誰かがやっているのではないからです。



それじゃ、我々と何も変わらないじゃないか!


そう何も変わらないんです。


あえて違いを言えば、たとえどんな感情や衝動が訪れても、根底に気楽さが流れていることくらいでしょうか。

だから大したことじゃありません。



このことを強調したいのは、我々が覚者に抱くファンタジーのおかげで、我々の目覚めが遠のくからです。


いまの自分は目覚めに値しない。


こんな未熟な自分が悟れるわけがない。


まずは自己改革だ。


優れた人格を身につけ、世のため人のために生きる善人になり、Hな考えを静め、まずは自慰行為を止めなければ・・・


あはは、ちょっと言い過ぎた?



多くの宗教は教祖を凄い人にしなければならず、それに比べて自分はまだまだだと思わせます。


人は基本的に自信がなく、いまのままの自分でいいわけがないと感じているので、目標となるべき尊敬できる人が必要なのでしょう。

そして、その教え通りに生きようとします。


それが悪いのではないですが、これらの構図が人を目覚めから遠ざけてきたと感じています。


だから理解者であるその道のオーソリティ、向禅師や堀澤大僧正(三千院門主)が、僕に取って貴重な人たちなのです。



あなたが目覚めるために(正確に言うと、全体があなたという夢から目覚める)、あなたに欠けているものは何一つありません。


そしてたとえ目覚めていないにしても、何一つ失っていません。


ただ自分の無条件の素晴らしさを忘れてしまっただけのこと。



忘れたって無くならないのが、我々の救いですね(^^)





多くの人に届くと嬉しいので、よければクリックしてください。

  




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【お知らせ】


7月17日(祝)は大阪で瞑想イベント「すべては空(くう)から生まれた」を開催します。

お申し込みは明日から開始します。

6月25日の東京にお申込みになった方で大阪に変更したい方は、移動が可能ですのでご一報ください。

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決して言葉にできないことを、なるべく分かりやすく言葉にすることを心がけていますが、そこにはいつも限界が付きまといます。 というのも、読み手は読みたいように読むからです。 読みたいように読むというのは、言葉の一つ一つを自分の過去の経験、知識、先入観などを用 ... 続きを読む
決して言葉にできないことを、なるべく分かりやすく言葉にすることを心がけていますが、そこにはいつも限界が付きまといます。

というのも、読み手は読みたいように読むからです。

読みたいように読むというのは、言葉の一つ一つを自分の過去の経験、知識、先入観などを用いて読むということです。


たとえば「いま」という言葉。

もしこの言葉一つでも正確に伝われば、他に伝えるべきメッセージなどありません。



「いま」とは「永遠」のことです。


そう言うと、また新しい問題が出てきます。

多くの人は「永遠」とは限りなく長い時間のことだと思うからです。


それに対して「いま」は、限りなく短い時間、瞬間のことだと捉えます。


そこに持ってきて

「いま」とは「永遠」のことだなどと言うのは、まったくのナンセンスか、人を煙に巻く言葉遊びに見えてしまいます。


しかし「いま」は「永遠」です。


この言葉を理解するには、時間を超えた次元を知ること。

時間という幻想を見抜いたとき、この世にあるのはいつも「いま」であり、それには始まりも終わりもなく、永遠にあり続けていることを知ります。



「始まりも終わりもない」


という言葉を命に置き換えれば


「生まれもしなければ死にもしない」


となります。


この真実を知ることは、人類の根本的救済です。




さて時間を超えた次元にあって初めて理解できることの一つが


「起きることは決まっている」


ということ。



二元の世界(時間の世界)からこの言葉を聞くと、この先の未来が決まっていると捉えますが、実際には未来など存在していません。

いつも「いま」があるだけです。


あの時の「いま」と、この時の「いま」は違うじゃないかと思いますが、「いま」はひとつしかなく同じものです。


また何だか分からなくなってきましたね(笑)



このように自分の経験からは理解不能な言葉を、経験の中で判断し理解しようとするので、結局は新しい情報が人に浸透していくのは稀です。

我々は言葉を読みたいように読むのです。



「起きることは決まっている」

この言葉は、罪悪感(過去)や、不安(未来)に苦しんでいる人に向けたものです。


あるいは人生で問題を抱えながら、その問題を自分が解決しなければいけないのに、どうしていいかわからないまま苦しみの中にいる人に向けています。

やっているのはあなたじゃないよって。





人生を情熱的に生きるのは賛成です。

ただし深刻さは要りません。


だって人生には向かうべきゴールもなく、ただ「いま」という中で全体エネルギーが戯れているだけだから。


ただ起きることだけが起きているのです。



これを釈迦は

「タタータ」と言いました。


起きることが起きる。

それ以外は決して起きない。


以上!!!





ま、気楽に行きましょう(^^)






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教えてくれた幾つかの運動を始めてまだ2日目なのに、すでに何かが違う気がします。 これまでまったく何もしなかったからでしょうか、身体が喜んでいるみたいな感じ。 血の巡りがよくなったというか・・・ この先も続けていく自信みたいなのがあって、人生のこの時期から ... 続きを読む
教えてくれた幾つかの運動を始めてまだ2日目なのに、すでに何かが違う気がします。

これまでまったく何もしなかったからでしょうか、身体が喜んでいるみたいな感じ。

血の巡りがよくなったというか・・・


この先も続けていく自信みたいなのがあって、人生のこの時期からそれが始まることが決まっていたみたいな感じ。

こういう予感は時折訪れて、例外なく成就してきました。



中学の頃にいきなり勉強しだした時も同じで、その時も子供心に、今日から猛勉強するように予めセットされていたって直感しました。

そして将来どんな人生を歩むのかも大体分かっていて、だからこそ誰も成功すると思わないような事が実現したし、そうなった時もやっぱりそうなったって思いました。


このことを引き寄せの法則から見れば、強い信念が成功を引き寄せたことになりますが、もう片方の精神世界から見ると、すべての存在はすでに何もかもがプログラムされていて、何一つ偶然もなく、然るべき時に然るべきことが起こるようにセットされているということになります。


どこから見るかの違いだけですが、前者は個人の意志によって事が成ると説き、後者はすべては決定していると説きます。

決まっているから、それを予め察知してしまうことがあり、それが強い信念に見えるというわけです。

初めて会ったのに、「この人」って運命的なものを感じるのも同じです。



この「すべてはすでにセットされている」というのはどういうことかと言うと、この先どのタイミングで何を考えるのか、何を感じどう反応するのかも、全部決まっているということ。

もちろん出会う人も、そこで起こることも決まっているし、いまこうしてこのブログを読んでいることも決まっていたというわけです。



もしそうだったとしたら、どう思いますか。

自分が機械仕掛けの人形みたいで、「そんなのいやだ~~!!」って思うでしょうか。


中には、いままでのこともこれからのことも全部決められているのなら、肩の荷が下りて誰のことも責めなくなるし、救われたと感じる人もいることでしょう。

そんなそれぞれの反応も含めて決まっているというわけです。



この世の乗り物である肉体と精神は、ミクロの単位までプログラム済み。

そこから逃れられる人は誰もいない。

だったら自分はその流れを裏切ってみようと思ったら、それも決まっていたということ。


こうなるともう、どうしようもない。

どうしようもないけど楽ちんですね。


なぜか将来不安も消えてなくなる(^o^)



自分の意志と行動によって人生を切り開いていくという人から見れば一蹴されそうだけど、笑われたって批判されたって、こちらがより深い真実だと思っています。




軽い運動を始めて、しかもまだ2日目なのにここまで言い切るのだから、もう続けるしかないね(笑)






よろしければ応援してください。

僕も愛を送ります。



   
 



・・・・・・・・・・・



6月25日

NIKE瞑想一周年記念イベント

「すべては空(くう)から生まれた」

若干数のキャンセルが出ました。


非日常的な時間を体験しに来てください。


参加ご希望の方はコチラから。


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