かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

2017年10月

自己を超えた次元に誘われたとき、人はそこで様々なことを感じます。 いままでの人生が夢のように消え失せ、代わりにいつも「いまここ」にあったにもかかわらず、すっかり忘れ去っていたリアリティーに目覚めます。 それを禅では見性といいます。 たとえば、先日頂いたカ ... 続きを読む
自己を超えた次元に誘われたとき、人はそこで様々なことを感じます。

いままでの人生が夢のように消え失せ、代わりにいつも「いまここ」にあったにもかかわらず、すっかり忘れ去っていたリアリティーに目覚めます。

それを禅では見性といいます。


たとえば、先日頂いたカンナさんのコメント


悟りの瞬間、それら人生ストーリーが、自作自演だとわかって、大ゴケしました^_^

それがわかると、こんなすごいシナリオを書いていたのかと驚愕するし、共演者全てに感謝だし、ワクワクしたり、色んな心情を感じる個の自分が可愛くて愛しくてたまらないですね。


これは明らかに、自己を超えた境地からの声明です。

自作自演のストーリーを一生懸命に演じていた自分への可笑しさと憐みが湧いてきて、ずっと抱えてきた肩の荷を下ろすのです。


この経験を自らの手で作りだすことはできません。

忘れたころに突然起きるという人がほとんどです。

これはあなたからの作用ではなく、大いなるあなたからの作用なのですから。


このようなことを、ブログでは長年にわたってお伝えしてきました。

と同時に、より深く伝わるようにと「禅サンガ」を提供してきました。


禅サンガは20年前に向禅師と発足させた「禅スクール」のネット版です。

スタート時には、多くの試練と禊を経験しましたが、半年ごとに新規募集をして、今回で5期目になります。

いまは、このサンガを愛するスタッフのみで運営し、できるだけ参加しやすい条件で提供していますので、それぞれの人生の指針として役立ててもらえたらと思います。


E58589E6988EE7A685E5AFBA03

真実は極めてシンプルです。

シンプルすぎて見逃していると言ってもいいでしょう。

しかしこの真実だけが、人を根底から救うことが出来ます。

それが夢の終焉です。


人生で得たいものや、達成したいものが沢山あるかと思いますが、じつはあなたが最も望んでいるのは真実との出会いであり、苦しみや悩みからの解放なのです。







・・・・・・・・・・


【お知らせ】

※禅サンガを知っていただくために、10月20日からオープンキャンパスを公開する予定です。

新規入会お申し込みは10月23日から27日まで、オープンキャンパスの中で受付します。


ちなみに禅サンガが発足した2015年一月にも、天河神社でご報告の神事をさせてもらいましたが、あの時は玉串の奉納をする時だけ、しかも本殿の前だけに雪が降り注ぎ、とても不思議で美しい体験だったことを思い出しました。
このエントリーをはてなブックマークに追加

奉納させていただく大祓詞(祝詞)を奏上する楽曲「リーラ」は、次の歌詞から始まります。 ♪ 私は地球です いつもあなたの中にいるのです 一人が悲しくなったら どうぞ私を思い出して 神様たちは歌い続ける 終わりはいつも始まりだから 「私は地球です」 このフ ... 続きを読む
奉納させていただく大祓詞(祝詞)を奏上する楽曲「リーラ」は、次の歌詞から始まります。


私は地球です

いつもあなたの中にいるのです

一人が悲しくなったら

どうぞ私を思い出して


神様たちは歌い続ける

終わりはいつも始まりだから




「私は地球です」

このフレーズは、地球意識、宇宙意識と呼ばれるものを、そのまま表しました。

いま思えば、まさに国常立尊(くちとこたちのみこと)であり、この神事の歌のような気がしてきました。

この歌を作ったのは昭和63年ですが、初めてドンピシャの気持ちで歌えそうです。


さてここで大切なことがあります。

この歌の中では、「私である地球」が「あなた」の中にいるとしていますが、これは表現上のことであり、この二つは同じものです。

あなたが地球意識、宇宙意識なのです。

したがって国常立尊は、あなた自身でもあるということ。


人間の苦悩は、この大いなる存在との分離が引き起こしています。

たとえ神を崇めようと、神を自分の外側の存在としてイメージしていれば分離は無くなりません。


神を崇めるというのは、あなたの本当の存在を崇めることです。

いつも非難している自分自身の、本当の素晴らしさを認め、そのことに感謝することなのです。

参拝される方は、どうぞそんな気持ちで手を合わせてください。

ご神体である鏡が、ご神体の前に立つあなたが「それ」であることを教えてくれます。


o0480046313971013183

現象界の出来事に疲れてしまったときは思い出してください。

本当のあなたは偉大なる純粋意識として、どんな出来事にも汚れることなく、傷つくことなく、いまもここに在り続けているということを。


今日も2分間動画をお届けします。





・・・・・・・・・・・



【お知らせ】

11月5日に名古屋で「瞑想セミナー」を行います。

未経験者の方も実践中の方も、瞑想への理解を、そして本当のあなたへの理解を深めにいらして下さい。

全員で瞑想を実践しましょう。

詳細とお申し込みはコチラから。


11月19日の天河神社特別神事は、一人でも多くの方が神事にご参加できるよう、様々な調整を考えています。

いま少しお待ちください。
このエントリーをはてなブックマークに追加

起きる出来事と言うのは、個人の思惑を超えていて、いろんな要素が絡み合って全体として展開していきます。 よく歴史などでも、誰それが何々をしたからこうなったとかいう記述がありますよね。 信長だとか、家康だとか、竜馬だとか、たくさんの英雄伝があります。 でも事 ... 続きを読む
起きる出来事と言うのは、個人の思惑を超えていて、いろんな要素が絡み合って全体として展開していきます。

よく歴史などでも、誰それが何々をしたからこうなったとかいう記述がありますよね。

信長だとか、家康だとか、竜馬だとか、たくさんの英雄伝があります。


でも事実は彼らが時代を作ったのではなく、時代が彼らを作ったのです。

違う言い方をすれば、個人が全体を動かしたのではなく、全体の動きの中で個人が動かされたということ。


そういうことって僕らの人生にも起きていて、自分の力で成功したとか、自分のせいで失敗したとか言うけれど、やったのは自分じゃなくて、全体がそのように動いたということです。

同じ行動をしても結果が違っていくこともあるわけで、やっぱりなにひとつ誰のせいでもなく、誰の功績でもないと思うのです。



さて、今回の天河神社のご神事。

もともと僕がこの時期に天河に行きたかったのは、さとうみつろう君とのユニット「絶対他力」のライブを天河神社でやってみたかったから。


そんな折に古文書の話を伝え聞いて、しかも僕がいつも気になっていた禊殿(みそぎでん)だというから身体の中からメラメラと燃えるものが。

国常立尊(くにとこたてのみこと)という神様にもすごく惹かれるものがあって、このタイミングも偶然じゃなくて、こうなることになっていたんだと思いました。

その思いを宮司さんに人を介して伝えてもらったら、とても喜んでくれたそうで、そういうことなら全力を傾けようって言ってくださって、宮司さんの普段の神事も半端ないけれど、そこに強い思いを乗せてくれたら、こりゃ凄いことになると、いまからワクワクしているわけです。


そうなると、もともとの意図だった「絶対他力」のライブが脇役になってしまった(笑)

で僕の最初の予想としては、なにせ天河というとても遠い場所だから、100~200人くらいの人が来てくれたらいいと思っていたのが、ふたを開けてみたら、それをはるかに上回るお申し込みがあり、それはそれで嬉しいことだけど、問題もいくつか発生しています。


まずは宿の問題。

天河神社周辺だけでなく近隣の旅館も民宿も全て一杯。

洞川温泉までが、10数件ある旅館がすべて満室になってしまって、地元ではいったい何があるんだという声が上がっているそうです。

エグザイルのコンサートかもってね。

まさか「絶対他力」の練習ライブだとは思ってないだろう(笑)

恐るべし国常立尊パワー。


さらに困るのは車のこと。

駐車場は神社で用意できるのが最大50台。

中学校の駐車場もお借りできることになったけれど、そちらも最大50台。

早い話が最大でも100台しか駐車できません。

一般の参詣客もおられるでしょうから、全部こちらが押さえてしまっては申し訳ない。


以前、神社で大祭があったとき、路上に駐車する車がズラッと並んで警察に注意されたこともあったとのことなので、自家用車でいらっしゃるのは極力避けてください。

神社の大祭の時も、みなさんにそう呼びかけています。


それともうひとつ困っているのは、情報が間違って拡散していること。

この日は国常立尊の復活神事と、絶対他力のライブであって、最近ちまたでよく耳にする瀬織津姫の神事ではありません。

どちらも日本古来の神様で、地球の源なので、名前が違うだけで同じことだという考えもありますが、あくまでも国常立尊への祈りを捧げる日であり、瀬織津姫ではないので、あなたの周囲に勘違いしている人がいたら、くれぐれもそう伝えてください。

瀬織津姫にも興味はあるので、それはそれで瀬織津姫の神社で奉納演奏しようと、みつろう君とも話しています。


que-13147909433

宮司さんにいろいろお骨折りいただいて、参集殿で行うはずだった、19日の神事後の「絶対他力」のコンサートと、宮司さんとの対談は、近くの天川中学校の体育館をお借りできることになりました。

そうなると、音響などどう手配するかまた新たな問題が出てきますが、それはそれでまた考えてみます。

追記

そういうことでいろいろ動いてみた結果、やはり体育館でライブをするのは、音響的にも無理でした(^^;)

ちゃんとした音を聴いてもらいたいので、予定通り参集殿で行います。

スミマセンでした。


でもキャンセル待ちしている人達に、何かできないかいま思案中なので、明日には報告できると思います。


「絶対他力」を天河神社でやってみたいという思いが、さまざな人を動かし、さまざまな偶然の一致が生じ、もうすでに僕の手を離れてしまっています。


ことはこのようにして起きていくのですね。

誰がやっているのでもなく、誰のせいでもなく、すべては


かんながら



・・・・・・・・



【お知らせ】

沖縄でのハートマントラ瞑想の伝授は10月21日に開催します。

直前の告知になってしまって申し訳ありません。

10月29日の東京のクラスは残り席わずかです。

詳細とお申し込みはコチラから。
このエントリーをはてなブックマークに追加

静かに目を閉じて静寂の中に佇んでいると、ただ当たり前の存在が当たり前にここに在ります。 外側で起きている様々なことが夢や幻のように淡くかすんできます。 この静寂の中には、なにひとつ対立はありません。 そこに思考がやってきて、自分というものが強固になってく ... 続きを読む
静かに目を閉じて静寂の中に佇んでいると、ただ当たり前の存在が当たり前にここに在ります。

外側で起きている様々なことが夢や幻のように淡くかすんできます。


この静寂の中には、なにひとつ対立はありません。

そこに思考がやってきて、自分というものが強固になってくると、自分と違う考えや、自分と違う生き方の者を、非難したりさげすんだりということが起きてきます。


対立は、全ての人が静寂を知る日まで続いていくことでしょう。



gatag-00006630

一昨日に公表した天河特別神事。

すでに700名以上の方が参加を申し出てくれています。

ありがとうございます。


そして前夜の神事と坐禅会。

11月18日は奇しくも新月に当たり、天気がよければ天の河をはっきりと見ることが出来ることでしょう。


新月だといいなとは思っていましたが、本当にそうだと知ったのは昨日のこと。

しかも11月の新月は20時40分で、まさにみんなで瞑想に入っている時間です。


ありがたいめぐり合わせに、思わず手を合わせてしまいました。


この日は、どこにいても一緒に瞑想しましょうね。
このエントリーをはてなブックマークに追加

11月18、19日の天河神社特別神事は、すべて満員となり、お申し込みは締め切りとなりました。 文字通り、北は北海道から南は沖縄まで、当日の天河は日本中の人達で賑わいます。 この賑わいこそが、長く天河に眠っていた国常立尊のエネルギーを復活させるものと予感し ... 続きを読む
11月18、19日の天河神社特別神事は、すべて満員となり、お申し込みは締め切りとなりました。

文字通り、北は北海道から南は沖縄まで、当日の天河は日本中の人達で賑わいます。

この賑わいこそが、長く天河に眠っていた国常立尊のエネルギーを復活させるものと予感しています。


昨日FBにもこの情報を載せたところ、

「国常立尊が立ち上がると、人の中に神が目覚め、完全な配置にチューニングされる」

というコメントをもらいました。


内なる神の目覚め。

これこそが長年望んできたビジョンです。



僕が初めて天河を訪れたのは平成元年3月のことです。

240年ぶりに執り行われる遷宮祭の4か月前です。


当時僕の心は、いまは亡きインドの覚者OSHOと共にありました。

まさか建て替えられた本殿の地中に、OSHOから天河神社に贈られた宝物が埋まっていることなど夢にも知りませんでした。

その宝物を埋める地鎮祭の折り、OSHOから寄せられたメッセージは


古い時代は終わりを告げようとしている。

古い人々はことごとく失敗した。

いま新しい人々が地平線から朝日と共に現れようとしている。

古い国家、古い社会、古い政治、古い経済、古い宗教は崩れ去り、 新しい世界が立ち現れる。

日本はその魁(さきがけ)となり、世界の雛形となる役割がある。



というものでした。


OSHOはアメリカにおいてあまりに大きな影響力を持ったことで、強烈なネガティブキャンペーンに見舞われ、最後は命を奪われることになります。

彼に悪印象を持つ人もいますが、彼が残した無数の真理の言葉たちは、いまもいっさい色あせることなく輝き続けています。



奉公していた間にもOSHOから日本に送られたメッセージが天河神社に届き、そのFAXを社務所に取りに行くように頼まれた時は、あまりの巡り合わせに身体が震えました。

そして遷宮祭で喜納昌吉氏に出会い、そこで、「来月からインドのOSHOのもとに一緒に行かないか」と誘われたのですが、なにぶんお金がなく、あきらめました。


しかし奉公を終えて帰京してみると、たった1件だけ仕事が入っていて、その仕事とは

「喜納昌吉とインドに行ってほしい」

というものだったのです。


レコード会社を変わることになった喜納昌吉のプロデュースを頼みたいとのことでした。

このときも、いったい何が起きているのかと思いました。


そのとき僕は天河と同時に、OSHOに呼ばれていると直感しました。

今日はカミングアウトして初めて話しますが、いまの僕の活動もOSHOの遺志を受け継ぐものです。


彼の遺志とは

禅のパワーと、瞑想の普及により、日本人の精神の殻を打ち破り、立ち上がることによって、大国の暴力に支配されたこの世界に影響を与え、新しい人類の誕生に寄与すること。


彼は日本の禅が宗教の本質を携えていると説き、亡くなるまでの最後の1年間は、禅のことだけを話し続けました。


彼が死の直前に日本に向けて残したメッセージがあります。



日本は今や世界の超大国だ。

危機に満ちたこれからの時代、 アメリカの世界支配がつくりあげてきた物質的な欲望と暴力から人類を解放する唯一の希望を日本が担うだろう

代わって日本は、世界を平和と繁栄の黄金の未来へと導くことができる!

世界は日本に注目している。

日本はこの大いなる責任を引き受けて立ち上がるべきだ。

大悟した禅師たちという日本の黄金の過去こそが、 新しい夜明けと、世界を導く洞察、責任、慈悲を 日本に与えるだろう

全世界の遺産相続を生まれながらの権利として主張する「新しい人間」を創造する上で、日本において東洋と西洋が出会いうる。

日本に今必要なのは、創造性、自発性、反逆精神という、「本来の面目」を取り戻す21世紀の禅革命だ

日本人の精神は、不幸なことに、もっとも規律を課せられた 精神のひとつでありつづけている

そして、その規律のなかで、すべての自発性と創造性が死んでいる

日本の自殺率が世界でもっとも高いのは偶然ではない

緊張があまりにも強いので、圧力と緊張のもとで生きるよりは、 自殺する方がたやすいようだ

そして、この圧力と緊張はひじょうに尊ばれているので、それに反逆する者はひどい非難を受ける

だから、日本には反逆者が存在しない

反逆そのものが、日本ではまだ知られていない

日本に必要なのは「新しい人間」の誕生へと向けて人類を導くことができるよう、その創造性と反逆と意識を 再び開花させることだ



OSHOが言う反逆とは、世界への反逆とか、常識への反逆という意味ではありません。

そのような反逆は、世界や常識と同じ土俵で反発しているだけです。


彼が言う反逆とは、それらを超えることであり、マインドを超えて何物にも縛られない自由な精神を持ち、己の心に従って生きることです。

そのとき初めて「自灯明」が実現するのであり、それ以前ではありません。


OSHOが言うように反逆者をこの国で生きるのは並大抵のことではありません。

それでもそこを生きる勇気が、新しい時代の礎になっていきます。

そして初めて、生きるとは何なのかを知るのです。



天河の奉公が終わった最後の夜に、一人本殿の前で祈りを捧げました。

「この身体と命を自由にお使いください」


そしてたったひとつお願いをしました。

「正真正銘の禅僧と出会わせてください」


その後多くの僧侶との出会いがありましたが、ほどなくして向禅師と出会い、その願いは叶えられました。

彼はこの内なる真理を、すべて理解してくれた最初の人となりました。


o0730056713746415038

僕はいまでも、天河とOSHOによって生かされていると感じています。

今回の天河神社の特別神事も、流れの中で自然に起きたことです。

国常立尊が立つことが、日本人の内なる神の目覚めに繋がるのであれば、なんと素晴らしいことでしょう。


当日お越しになる方にも、来られないけれど関心を持ってくれた方にも、心から感謝申し上げます。



祓えたまい 清めたまへ


かんながら


このエントリーをはてなブックマークに追加

昨日も書いた通り、人生の先が全く見えなくなって、しかも社会を生きることに辟易としていた頃に訪れたのが天河神社でした。 そこでは数々の不思議な現象や偶然の一致を経験するのですが、その中にOSHOのことがあります。 OSHOは、僕が感じたことを最も正確に伝え ... 続きを読む
昨日も書いた通り、人生の先が全く見えなくなって、しかも社会を生きることに辟易としていた頃に訪れたのが天河神社でした。

そこでは数々の不思議な現象や偶然の一致を経験するのですが、その中にOSHOのことがあります。

OSHOは、僕が感じたことを最も正確に伝えてくれていたインドの覚者で、4年間というもの、毎日彼の本を持ち歩いていました。

もし世界が破滅してしまっても、この本さえあれば生きられるというくらい大切にしていました。


天河でご奉公していた時も、時間さえあれば彼の本に触れ、そして瞑想を続けました。

そんなある日、天河神社とOSHOは並々ならぬ関係があることを知りビックリします。


そのことについてはまた明日触れるとして、今日は11月19日に行われる天河神社での特別神事のご案内をします。



近年になって天河神社を襲った洪水により出土した古文書。

その古文書により、天河神社禊殿に、国常立尊(くにのとこたちのみこと)が祀られていたことが判明しました。

実は禊殿には深い愛着があります。

というのも天河神社にご奉公していた当時、よく一人で禊殿のお掃除をさせてもらっていたからです。


そんなこともあってか、この半年間、禊殿が気になって仕方なかったころに古文書の話を聞きました。

宮司が一人で禊殿に足を運んでお祈りをしているという話も耳にし、もし多くの人の関心とエネルギーをそこに向けることができれば、国常立尊の復活が早まるのではと思うようになりました。


国常立尊は日本書紀によると、最初に日本に現れた神であり、国が常に立っている、日本の不滅を表した神でもあります。

そして天河神社は、神武天皇が「ひのもと」という言霊を得て、日本という国名ができたと伝えられる場所でもあり、国常立尊の出現は、ただひとつの神様としては捨て置けない大きな意味があるように感じました。


すると不思議なことに、次々と縁が成就し始め、多くの人の協力を得て今回の神事の運びとなりました。


このようなことを言いながらも、実は僕自身は神についてあまり詳しくありません。

その存在がいったいなんなのか、おそらくある種の高い波動エネルギーであろうと思っています。

が、こうして気になるということは、理屈を超えた何かを感じているということなのでしょう。


11月19日11時から、天河神社禊殿で特別神事が執り行われます。

その中でギターを奏でながら大祓詞(祝詞)を奏上させていただきます。
最大で300人しか参加することができないので、有志のみなさんに申し込んでもらうことにしました。


神事の後に、参集殿にて絶対他力(さとうみつろう&阿部敏郎)のライブと、柿坂宮司との対談講演を開催します。

すべて参加費は無料ですが、神社へのお心付けをお願いします。


当日は奈良交通が、近鉄下市口駅から、朝9時に臨時バスを3台出してくれます。

ご希望の方は9時までにバス乗り場に集まってください。

ちなみに8時45分の定期便もありますので、どちらかをご利用ください

帰りも同様に、15時25分の定期便の後に臨時バスが3台出ます。

参加ご希望の方はコチラからお入りください。


またその前日の18日の夜は、19時から本殿で御祈祷神事が執り行われます。

ここでも僕が祝詞を奏上します。

神事が終わった後、参集殿にて坐禅会を行います。

前夜から、さとうみつろう君と雲黒斎君も参加します。

参加ご希望の方はコチラに神事のお申し込みがあります)

(周辺民宿ならびに少し離れたところにある民宿・旅館はすべて満室です。車で15分程のところに洞川温泉がありますが、こちらも少なくなっていますのでお確かめください。




yjimage - コピー


このエントリーをはてなブックマークに追加

平成元年、神社に関心がなかった僕が、背中を押されるようにして天河神社に向かった。 正直に話せば、その時はこの社会で生きるのがほとほと嫌になっていた。 内側に大きな変化が生じてから4年が過ぎていて、その4年間は社会の中で活動しながらもいまと同じメッセージを ... 続きを読む
平成元年、神社に関心がなかった僕が、背中を押されるようにして天河神社に向かった。

正直に話せば、その時はこの社会で生きるのがほとほと嫌になっていた。

内側に大きな変化が生じてから4年が過ぎていて、その4年間は社会の中で活動しながらもいまと同じメッセージをことあるごとに人に伝えていた。

どうやったら「このメッセージ」を多くの人に届けられるかにしか関心がなく、バブル経済の真っただ中ということもあり投資してくれる人はいくらでもいて、そのお金を湯水のように使ってメッセージバンドを作ったんだけど、商業的には大失敗。


お金なんて所詮は人間界のものという考えは、現実面において通用しうるはずもなく、その責任としわ寄せが一気に襲い掛かってきていた。

自分のお金も使い果たし、明日をも知れぬ毎日が続いていたが、不思議と落ち着いていられたのは、やはり内なる気づきが大きかったと思う。

天河を訪れたのはそんなころだった。


山の中なのに、まるで海の底みたいで、いままでに感じたことがない静かなる優しい「気」を感じた。


できるだけ長く滞在したいと思ったら、宮司がやってきて

「アンタはここに縁がある人だから、4か月後にある240年ぶりの大祭の準備を手伝ってくれないか」

と言ってくれた。


どんな縁なのかは知る由もなかったが、当時から伝説的人物だった柿坂神酒之祐宮司からそう言ってもらえて何となくうれしかった。

なぜ宮司がそう思ったのかはいまも知らない。

きっと理由などなく、ただその時そう思ったのだろう。


798817d37622719663f57f62162a06601

ある日突然、内側に生じた変化によって、我々を生かしている命はひとつのものだと確信していた。

そのひとつなる命を各自が「私の命」だと信じているということもわかった。

その命は同時に意識体でもあって、したがって各自が「私の意識」だと思っているものは、実際には大いなる意識の現れということだ。


したがってこの肉体が死を迎えても、命は消滅せず、意識も消滅せず、そのような意味から我々に死は存在しない。

だってそれまでも「私の命」「私の意識」だと思っていたものが、そのまま残るのだから。

失くすものは何もない。


いつも繰り返し

「大丈夫だよ」

と言い続けるのはこのことからきている。


そんな「大いなる命」、「大いなる意識」のことを、人は神として崇めてきたのだろう。

これが、僕が感じている神の概念だ。


にもかかわらず神社に行けば、そこにおわすであろう神に祈りを捧げるのは何故だろう。

自分の源に手を合わせているという説明もできるけれど、それでもそこに何かがいるような気がするのも事実だ。


それが何なのかは分からないけれど、それはとてつもなく大きな愛であり、無条件に全ての人を受け入れてくれるそんなエネルギーに満ちている。

人間界の善悪や判断を超えて、ただ優しさで迎えてくれる場所が僕にとっての天河だ。


行くたびに何かがリセットされて、そこから新しい人生が流れだす。


実際にいままでにも、不思議な巡り合わせが何度もあった。

いまの人生は天河から始まったと言っても過言ではない。


4か月間の奉公が終わり天河を下りる時、神殿に向かって

「この身体と命を、お好きなようにお使いください」

と祈念してから28年が過ぎた。


最近になって、また行ってみたいという思いが強くなり、なぜか禊殿(みそぎでん)が気になっていたところ、今回の特別神事の運びとなった。

やっぱり呼ばれたんだと思う。


この数年間、天河詣でをした人達から、

「宮司さんが阿部さんによろしくと言っていました」

という言葉を何回聞いたことだろう。


当日はどんな人が集まってくれるのかは知らないけれど、見えない仕組みの中で起きているこの流れを大切にしたいと思う。



禊殿での特別神事は11月19日11時。

前日の18日の夜には、本殿にて特別神事が執り行われます。


それも含めて、明日には詳細のご案内と先行予約が開始できる予定です。



かんながら
このエントリーをはてなブックマークに追加