この聖なる夜に、静かで神聖な気持ちでいられることを感謝します。






もし今の時代にキリストが復活したら世界はどう変わるのだろう。


ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の中に似たような話があって、その中では、もし今キリストが復活して「我こそは・・・」と宣言すれば、このイカサマ師と言って殺されるだろうとしている。



現代も同じで、彼を見分ける事はほとんど不可能だろう。



キリストが実際に生きていた時代はどうだったんだろう。
彼を外側から神の子と認識できたのだろうか。


もしそれができれば、誰も彼を殺さなかっただろう。

多くの人にとって、彼は救世主の名を語るペテン師にしか見えなかったのだ。


何故か。

彼の神性は、外見のそれではなく、内面における達成だからだ。


それは人の目には映らない。

人はその外面しか見る事が出来ないから。




彼は「私は神だ」「私は全てだ」という類のことを宣言したことで殺されたという。


今の僕には、彼の宣言が真実だった事が理解できる。



彼が「私」という時、それは自分というパーソナリティーを指しているのではない。


そのようなパーソナリティーはすでに存在していなかった。


仏教でいうところの「無我」



その時、彼の中で彼を生きていたのは「宇宙意識」「全体意識」だったのだから。


それはまさに、僕をあなたを生かしているのとまったく同じものだ。



その点において、僕たちとキリストも釈迦も何も変わらない。



ただ違いは、彼らは自己を超越し、その全体意識がそのまま機能していた点だ。




キリストは僕たちが本来何者なのかを教えてくれたのだ。


僕たちが神そのものであることを、僕たちが神の子であることを教えてくれたのだ。




聖なる夜に、自分の中のキリストに近づいて見よう。




合掌