おはよう。
今日はクリスマスイブ。


明日はイエス・キリストが生まれた日だね。


彼の誕生は世界に大きなインパクトを与えた。
西暦はまさに彼の誕生に起点を置いているくらいだ。


今日は、聖なる人に思いを寄せて見よう。



彼はどんな人だったんだろう。


僕たちがキリストを心に描く時は、西洋画に描かれた彼の顔や姿が基になっている。
そのどれもが深刻そうな愁いを帯びた顔だ。


まるで聖者は世の中の悲しみを一身に背負っているかのごとく描かれている。


近年になって作られた映画に出てくるキリストも、みな同じような印象だ。




彼の肖像がはじめて描かれたのは、彼が死んで数百年経ってからだ。

もちろん実際に見た人が描いたわけではない。

作者の想像の産物だ。


そこにはギリシャ哲学以来の西洋人特有の深刻さが投影されているように思う。





僕は思う。

彼はとても愉快で、明るく美しい青年だったのではないかと。



もし僕が同時代の人間なら、深刻そうな青白い顔をした男の話を聞きに山に登ろうとは思わない。

あれだけ多くの人を惹きつけたのだから、大きな魅力に溢れていたに違いない。

さらにはユーモアに溢れた人だったように思う。


真理に触れた者なら、そこにあるのは笑いと限りない優しさだからだ。

その優しさは、弱き者が発する軟弱な優しさではなく、真理に反するものをことごとく粉砕する、力強い慈悲だ。





結局彼は殺されてしまう。


そんなキリストを死に追いやったのは、悪人でもなく、ずるがしこい権力者でもなく、善良な市民達だった。

しかも彼らは救世主を待ち望んでいたのだ。




それなのになぜキリストを殺したか。


そこには現代にも通じる、聖者や真理に対する偏見と誤解があると思う。






今日はクリスマスイブ。



歴史上類稀な、聖なる若者の事をじっくり考えてみたい。