今日の話は、僕の子供の頃のストーリーから始まります。


僕はとてもエネルギッシュでヤンチャな少年として育ちました。

目立ちたがり屋で、怒りっぽく、先生に指導されるのが日課のような子でした。


これは僕の生まれながらの性格だろうと思っていたら、ある時母が意外なことを言いました。


「あなたは幼い頃、本当に静かで手のかからない子だった」


とても驚きましたが、そう言われてみて、いつから今のようになったのかと、子供心にゆっくり振り返ってみたら、思い当たることが幾つかありました。


小学校の低学年のころ、友達の一人が

「お前はあんなことされて、よく怒らないでいられるな」

と言ったのです。


それまでも周囲の子たちとの違和感を強く持っていて、彼らが夢中になることにも興味がわかず、なんとか彼らの仲間入りをしたかった僕は、何から何まで彼らを真似ていました。


「あんなことされて、よく怒らないでいられるな」

そうか、ああいう時は怒るのか、とばかり今度は怒る練習を始めました。


最初は怒ったふりのような感じでしたが、だんだん本物になっていったような気がします。


それがいつの頃からか、怒りの種を見つけると、瞬時にそこにエネルギーをつぎ込んで、爆発させます。

「ここは怒る場面だ」

と自分に言い聞かせるようにして。


この傾向は大人になってからも続きました。

怒りの気配を感じてから、その怒りを表現するまでの時間はどんどん短くなり、いつの間にか瞬間湯沸かし器になっていました。

よく自分を観察してみると、ずっと同じメカニズムが働いていたのが分かります。


その後、いろんな気づきを得るようになってからは、今度は逆のことを始めました。

怒りの種を見つけた時に、それをただ見守るというふうに変わっていったのです。


通常、怒りが湧いたときの対処法は2つあります。

ひとつはそれを表に出してしまうこと。

しかし怒りを表現すれば、相手にも自分にも悪影響を与え、より面倒な事態になっていきます。


そのことを知っているので、もう一つの対処として怒りを抑圧します。

我慢して抑え込むのです。

しかし抑圧した怒りは心の奥に溜まったまま、いつか爆発することになります。

あの松居一代さんもそうだったのかもしれません。


2

3つ目の対処法があります。

それは怒りが湧きそうになった時、その怒りにエネルギーを与えないこと。

具体的に言えば、怒りをただ見守るのです。


怒り自体にはエネルギーはありません。

自分がそこにエネルギーを注ぎ込んでいるのです。


見守ることで怒りとの距離ができ、エネルギーの供給が止まり、その関係は絶たれます。

そうなると、怒りはしばらくの間はそこにあり続けますが、やがては消えていくことになります。


それが消えていくとき、それまで以上の静寂が訪れます。

まるで怒りが、静寂を作りだすための装置だったかのように。


静寂から突如生じる怒りの感情は、その静寂をより豊かに、そして深いものにしていく装置のようなもの。


これはあらゆるネガティブな感情の効果的な使い方になります。




覚者とは怒りが無くなった人のことではなく、その怒りを見守る人のこと。


見守る

観照する


これが目覚めであり、あなたの本質です。


今度怒りが湧いたら試してみてください。

最初のうちは古い習慣が根強く残っているので、うまくいかないかもしれません。


でも何事も練習です。

これはその気になれば誰にでもできることなのだから。


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さて話はまったく変わりますが、さとうみつろう君と真面目に音楽ユニットを結成しました。

親子ほども歳の離れた二人ですが、ギターを持てば年齢は超越されます。

9月23日の秋分の日が初お披露目になりますが、その練習ライブを有料で公開します。

え?練習を有料で?


はい、本当はそれがお披露目なのですが、二人ともまだ自信がないので、練習ライブと銘打てば、そこにエクスキューズも生まれるだろうという、天才みつろう君の発案です(笑)


それでも見てみたいという人は、ぜひいらしてください。

なんたって記念すべきデビューとなる練習ライブ。


場所は沖縄の阿部さんちの瞑想スペース。

8月23日20時からです。

お申し込みはコチラから。