人生ではいろんな経験があるのに、その中でもいつまでも心から離れないシーンってあるでしょ。

中にはショッキングなこともあるけれど、美しいシーンもある。


僕にとって今も色あせずに残っているのは、平成元年3月のこと。

初めて天河神社を訪れた日。


近鉄の下市口からバスに揺られて1時間半。

昔はいまのような近道となるトンネルがなくて、曲がりくねった山道を延々と上って、古い小さなトンネルを抜けると、そこからが天川村。

急に「気」が変わったのが判った。

なんというか、「気」が凝縮しているというか、とにかく密度が変わった。


神社に一番近いバス停の「川合」で降りて、そこから徒歩30分くらいだったかな。


バス停から天河神社に向かう一本道の傍らに川が流れていて、その土手に座ってウォークマンを聴きながらしばし佇んでいた。

商業音楽の世界から完全に足を洗おうって決めていて、この先人生がどう流れていくのか全く分からなかったけれど、「自己」という錯覚から目覚めて数年が経っていて、この地球全体が自分の家のような気がしていた。


それまでの人生が逆転してしまうような気づきが訪れた後は、社会で生きるのが大変だった。

たまに宗教的関心を持っている人を見つけると、「私」は幻想で、すべてはひとつであって、同じ生命エネルギーが万物をまさにいま創造しているだけで、僕はあなたであって、上も下もなくて・・・

なんて話をするのだけれど、誰一人分かってもらえず、○○さんは釈迦の生まれ変わりだから、そこに入信して勉強したほうがいいとか、そんな返答しかもらえなかった。


ましてや、イケイケで仕事している人にはまったくこんな話は通じない。

世はバブルの真っ最中だったしね。


それでもなんとか音楽業界で仕事して、運も良くてすぐにいっぱしの顔になるのだけど、全然興味が持てなかった。

本屋に行っても、この気づきを説明してくれる書物もなく、だからいまの活動は、僕と同じように人生を超えた気づきを持った人へのガイドのつもりで書き続けている。


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土手に座りながら天川村の山々に囲まれた青い空をずっと見上げていた。

2羽のトンビが悠々と羽を広げて泳いでいた。


その時聴いていた曲が喜多郎の「シルクロードのテーマ
(この曲を聴きながら今日の記事を読んでみてね)


何度も繰り返し、同じ曲ばかりを聴いていた。

この時のシーンが僕の心に残るワンシーン。


何かを知っていたのかな。

しばらく天河神社に滞在することになるような気がしていた。

そしていつか、このトンビのシーンを本に書くような予感もした。



そこからの人生はまさに「かんながら」

起きることが起きて今日に至っているように思う。


この先も「かんながら」

いつどのような思考が湧いて、何を選ぶのかも、すべてお任せしながら生きている。




この世の苦しみが少しでも緩和されますように。



世界が平和でありますように。



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【お知らせ】

9月はいくつかのイベントがありますが、今日は初めてマントラ瞑想をする人のためのハートマントラ伝授のご案内です。


9月2日 東京

9月16日 博多 (先日17日とお知らせしましたが16日に変更となりました)


詳細とお申し込みはコチラから。