真理世さんからの質問

>これまで、阿部さんが、「禅スクール」の看板のように掲げてきた「いまここ」。

>「いまここ」しかないと、何度も繰り返されてきたその「いまここ」と、

>今回記事に書かれた「大いなる意識」とは、同じものですか?

>それとも、違うものですか?



まったく同じものです。

宇宙には、これしか存在していません。


「いま」とは、この瞬間のことではなく、時間を超えた永遠のこと。

「ここ」とは、空間の一部ではなく、空間を超えた実存のこと。

そして「大いなる意識」とは、いまここに在り続ける永遠なる生命そのものです。


これはいまも、他でもないあなたの中で、本当のあなたとして鎮座しています。


ところが人間は外の世界に視線を向けて、そこで起こる様々な現象に一喜一憂して生きています。

その世界に安らぎはありません。

束の間の安らぎは訪れますが長続きすることはありません。


望み通りのものを手に入れても、またすぐに何かが足りないと感じ始めます。

その足りないものを、どこで見つけたらいいのかを考え始めるのです。


もし望むことすべてが叶ったとしたら(それは法則としてありえませんが)、その時はどうなっていると感じているのでしょう。

その時こそ、心からの安らぎと、幸せと、満足に包まれていると内心期待しています。


禅が伝えているのは、さらには「いまここ」という言葉で伝えているのは、すでにその宝は、あなたそのものとして、あなたに与えられているということです。


それを見つけるために外側の世界を探し続けるのではなく、まさにいまここで内側深く落ち着いていくこと。

するとそこに、自分が全体から分離されているのではないという智慧を見出します。

その智慧を般若(ブラジュニャー)と言います。


そしてそこに至る方法が波羅蜜多(パーラミータ)であり、瞑想や坐禅はその一つです。


8092656

先日行われた、阿純章さん(円融寺住職)との般若心経談義でも、同じことが語られました。

今日はそのショート動画をお届けします。


阿(おか)さんは、北京大学の東洋仏教思想史博士課程を修了した博識家ですが、自然体で分かりやすく解説してくれるので大好きです。

来期以降も引き続き、THE禅サンガの講師をお願いしています。


約2分間の動画です。