ムジャさんからのコメント


ここ最近の自分の変化。

真理や真理の追究がどうでもよくなってきました。

たまにやっていた瞑想も全くやらなくなり、何年も熱心に読んでいたこのブログにも興味が薄れてきています。(コメント欄の雰囲気が合わないだけかもしれませんが)

神様にそっぽ向かれたのかもしれませんね。

ま、いっか。やりたくなったらやるだろう。


その気持ち分かる気がします。

このじれったい真理への旅を、一心不乱に歩める人のほうが稀です。

何度も何度も、どうでもよくなる気持ちが訪れることでしょう。


でも一度真理の気配を感じたら、決して忘れることはできません。

あなたがこのようなことを書いてくることがその証拠です。


人はそうやって立ち止まり、また何かの拍子に歩み出すのです。

この旅は一度踏み出したら、後戻りすることはできません。

せいぜい立ち止まることくらいです。


puple-moon

僕は長年、真理への旅のガイドのつもりで活動してきましたが、旅自体を早めることはできません。

なぜならその旅は、当人のマインドが作ったドラマの中で行われているからです。

先に進んだような気がしていても、実際にはどこにも行きついていないのです。

この旅に終わりがあるとしたら、ドラマ自体が消え失せるしかないのですが、そのことはドラマの主人公である「自分」にはできません。


瞑想はその「自分」を薄める効果があります。

ところが悟るための瞑想は、悟りたいという「自分」を強めていくので本末転倒です。


何も期待せずにただ座ることを覚えれば、瞑想習慣は肉体と精神を和らげ癒してくれます。

その結果、生きることがスムーズになっていくのです。

これだけでも瞑想をする意義は十分にあります。


そしてあなたが本当の瞑想を知ったとき、違う言い方をすれば何も期待しないことができたとき、その時すでにゴールにたどり着いています。


ちょうど先日、そのような話をしたので、今日の動画として張り付けておきます。