11月18、19日の天河神社特別神事は、すべて満員となり、お申し込みは締め切りとなりました。

文字通り、北は北海道から南は沖縄まで、当日の天河は日本中の人達で賑わいます。

この賑わいこそが、長く天河に眠っていた国常立尊のエネルギーを復活させるものと予感しています。


昨日FBにもこの情報を載せたところ、

「国常立尊が立ち上がると、人の中に神が目覚め、完全な配置にチューニングされる」

というコメントをもらいました。


内なる神の目覚め。

これこそが長年望んできたビジョンです。



僕が初めて天河を訪れたのは平成元年3月のことです。

240年ぶりに執り行われる遷宮祭の4か月前です。


当時僕の心は、いまは亡きインドの覚者OSHOと共にありました。

まさか建て替えられた本殿の地中に、OSHOから天河神社に贈られた宝物が埋まっていることなど夢にも知りませんでした。

その宝物を埋める地鎮祭の折り、OSHOから寄せられたメッセージは


古い時代は終わりを告げようとしている。

古い人々はことごとく失敗した。

いま新しい人々が地平線から朝日と共に現れようとしている。

古い国家、古い社会、古い政治、古い経済、古い宗教は崩れ去り、 新しい世界が立ち現れる。

日本はその魁(さきがけ)となり、世界の雛形となる役割がある。



というものでした。


OSHOはアメリカにおいてあまりに大きな影響力を持ったことで、強烈なネガティブキャンペーンに見舞われ、最後は命を奪われることになります。

彼に悪印象を持つ人もいますが、彼が残した無数の真理の言葉たちは、いまもいっさい色あせることなく輝き続けています。



奉公していた間にもOSHOから日本に送られたメッセージが天河神社に届き、そのFAXを社務所に取りに行くように頼まれた時は、あまりの巡り合わせに身体が震えました。

そして遷宮祭で喜納昌吉氏に出会い、そこで、「来月からインドのOSHOのもとに一緒に行かないか」と誘われたのですが、なにぶんお金がなく、あきらめました。


しかし奉公を終えて帰京してみると、たった1件だけ仕事が入っていて、その仕事とは

「喜納昌吉とインドに行ってほしい」

というものだったのです。


レコード会社を変わることになった喜納昌吉のプロデュースを頼みたいとのことでした。

このときも、いったい何が起きているのかと思いました。


そのとき僕は天河と同時に、OSHOに呼ばれていると直感しました。

今日はカミングアウトして初めて話しますが、いまの僕の活動もOSHOの遺志を受け継ぐものです。


彼の遺志とは

禅のパワーと、瞑想の普及により、日本人の精神の殻を打ち破り、立ち上がることによって、大国の暴力に支配されたこの世界に影響を与え、新しい人類の誕生に寄与すること。


彼は日本の禅が宗教の本質を携えていると説き、亡くなるまでの最後の1年間は、禅のことだけを話し続けました。


彼が死の直前に日本に向けて残したメッセージがあります。



日本は今や世界の超大国だ。

危機に満ちたこれからの時代、 アメリカの世界支配がつくりあげてきた物質的な欲望と暴力から人類を解放する唯一の希望を日本が担うだろう

代わって日本は、世界を平和と繁栄の黄金の未来へと導くことができる!

世界は日本に注目している。

日本はこの大いなる責任を引き受けて立ち上がるべきだ。

大悟した禅師たちという日本の黄金の過去こそが、 新しい夜明けと、世界を導く洞察、責任、慈悲を 日本に与えるだろう

全世界の遺産相続を生まれながらの権利として主張する「新しい人間」を創造する上で、日本において東洋と西洋が出会いうる。

日本に今必要なのは、創造性、自発性、反逆精神という、「本来の面目」を取り戻す21世紀の禅革命だ

日本人の精神は、不幸なことに、もっとも規律を課せられた 精神のひとつでありつづけている

そして、その規律のなかで、すべての自発性と創造性が死んでいる

日本の自殺率が世界でもっとも高いのは偶然ではない

緊張があまりにも強いので、圧力と緊張のもとで生きるよりは、 自殺する方がたやすいようだ

そして、この圧力と緊張はひじょうに尊ばれているので、それに反逆する者はひどい非難を受ける

だから、日本には反逆者が存在しない

反逆そのものが、日本ではまだ知られていない

日本に必要なのは「新しい人間」の誕生へと向けて人類を導くことができるよう、その創造性と反逆と意識を 再び開花させることだ



OSHOが言う反逆とは、世界への反逆とか、常識への反逆という意味ではありません。

そのような反逆は、世界や常識と同じ土俵で反発しているだけです。


彼が言う反逆とは、それらを超えることであり、マインドを超えて何物にも縛られない自由な精神を持ち、己の心に従って生きることです。

そのとき初めて「自灯明」が実現するのであり、それ以前ではありません。


OSHOが言うように反逆者をこの国で生きるのは並大抵のことではありません。

それでもそこを生きる勇気が、新しい時代の礎になっていきます。

そして初めて、生きるとは何なのかを知るのです。



天河の奉公が終わった最後の夜に、一人本殿の前で祈りを捧げました。

「この身体と命を自由にお使いください」


そしてたったひとつお願いをしました。

「正真正銘の禅僧と出会わせてください」


その後多くの僧侶との出会いがありましたが、ほどなくして向禅師と出会い、その願いは叶えられました。

彼はこの内なる真理を、すべて理解してくれた最初の人となりました。


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僕はいまでも、天河とOSHOによって生かされていると感じています。

今回の天河神社の特別神事も、流れの中で自然に起きたことです。

国常立尊が立つことが、日本人の内なる神の目覚めに繋がるのであれば、なんと素晴らしいことでしょう。


当日お越しになる方にも、来られないけれど関心を持ってくれた方にも、心から感謝申し上げます。



祓えたまい 清めたまへ


かんながら