多くの人が勘違いしていることの中に「修行」があります。

修業とは、いまよりもっと上等な自分になるためとか、悟るためとか、何かになるために行うことだと思っているのです。


これは人のマインド(自我)が時間の中に存在しているから起きる発想です。


しかし実際には時間は存在せず、ただいつも「いま」だけが展開しています。

その「いま」を生きる態度を「修行」と呼ぶのです。


マインド(自我)の引力は強力で、うっかりするとすぐに頭の中の物語に吸いこまれてしまいます。

いつも頭の中を生きている人には、吸いこまれていることさえもピンときません。


思考が湧いたときに、それを思考だと見抜き、思考が作りだす物語に埋没することなく、いまここを生きることを「修行」と言うのです。

したがって幾多の禅師が言うように、修行そのものが悟りなのです。


そんな話を、つい一昨日に行った禅サンガのWeb講演の中でも向禅師と語り合っています。

その模様は禅サンガオープンキャンパスの冒頭に収録してあります。


そして4期の特別講師を務めてくれた、元Googleの人材開発責任者ピョートル・ジグバチさんとの対談。

このビデオはそのまま書籍にしてもいいようなとても貴重な内容となっています。

そして仏教学者の阿純章さんとの「般若心経談義」もノーカットで掲載しました。


これらの動画をオープンキャンパス開催中は一般公開していますので、この機会にご覧ください。


禅サンガはネット上で展開する魂の共同体ですが、会期中に数回、浜松の方広寺で実際の伝統禅に乗っ取った2泊3日の接心も行われます。(会員は参加費無料)

こちらの模様も10分程度のダイジェストビデオになっていて、実際の雰囲気を感じてもらえると思います。


向禅師とのコンビで始まった禅スクールは、発足して早20年になります。

禅と瞑想の普及は、不肖阿部のライフワークとしてこれからも続けていきます。

最終的に人の学びはここに集結すると確信するからです。


禅サンガオープンキャンパスはコチラからお入りになれます。



Benten_sippo

弁財天は仏法を守る護法の神です。

白隠禅師が空海の言葉として、このことを紹介しています。

若き空海の修行場でもあった天河弁財天社に、禅サンガの発足をご報告してから早3年が過ぎようとしています。

その間、いくつかの試練もありましたが、またこうして無事に5期を迎えられたことを、11月のご神事の際に報告してきます。



本当の幸せのありかはここにあるよ。

苦しみの終焉はここににあるよ。

人生で発見した宝を、これからも分かち合っていくことを誓います。