今日は誕生日だから人生を振り返ってみようか。


若いころは、働き詰めの母を楽にしてあげようと頑張った。

当時はなぜ自分はハンデを持たされているのかと思ったけれど、そのおかげで頑張れて、ささやかな成功も手にすることが出来た。

人生は何が幸いするか分からないと思った。


そのうち、あんなに憧れて入った業界が急に色褪せて見え始め、虚無感に襲われた。

そんなある日、突然訪れた気づき。

「自分という主体」は思い込みだったと知った。

ことは自分がやっていたのではなく、「全体の力で、ただ起きていた」


流れに完全に任せてみようと思い立ったころ、天河神社を訪れた。

このまましばらく滞在したいと思っていたら、宮司がやってきて「しばらくここで手伝ってくれんか」と言ってくれた。

その日から今日まで生かされてきたのは、その底流に天河が流れていたからだと感じている。

理にあわない選択も、直感に従って行動してきた。

その勇気の背景にあったのは、神への信頼だったように思う。

振り返ってみれば出来過ぎの人生だった。


来月の特別神事は、熟慮して計画したわけではなく、ずっと大好きだった天河禊殿にまつわる不思議な話を聞いてから、あれよあれよで成っていった話。

こういうときこそ、その背後に大きな意味が隠されているというのは、長く生きてきた直感のようなもの。

ここからまた何かが動き出すような気がしている。


以上!



みじかっ。

60余年の人生も、言葉にすればこの程度のものだ。



lgi01a201312010200

もしいま、人生のすべてをかけたメッセージをあなたに贈るとすると、



「心配するな なんとかなる!」



人は無難や安心を優先してしまいがちだけれど、そうやって長く生きながらえることが人生の成功だとは思わない。

そのようにして死を待つよりも、一瞬のきらめきのほうが生の深みを知ることができる。


生きるというのは危険を背負ってこそだということが分かるだろうか。



だから心のままに生きてごらん。


「心配するな なんとかなる!」


2017年10月27日