薄茶色さんのコメント

>すごい人がいなかったってことがめちゃくちゃ衝撃です。(すごくない人もいない)
>これ以上に大切なことはあるだろかと思う。


このポイントは、僕が最も伝えたいことの一つです。

人生の多くの部分を「比較」が占めているのは、自分という存在を確かめるための手段。

非二元の自分(ワンネス)をダイレクトに知れば比較は消えるのですが、二元の世界に生きる限り比較は消えません。


この世には凄い人がいて、人間を超越して神の域に達した人がいると信じています。

ヒマラヤの聖者とか、どこそこの僧院のマスターとか。


このような発想は、個人という固定された人格が存在しているという誤解から来ています。

実際に起きていることは、いまという中で、あらゆる人を通してあらゆる可能性が生じては滅しているだけのことです。

本当は、あんな人もこんな人もいないのです。

ただこの瞬間、何が現れているかというだけ。


なんども言いますが、「私」と呼べるような固定された実体はありません。

そのような「私」は思考が作り出したイメージであり、実際には存在していません。

ここが理解できれば他に説明することは何もなく、あなたも思考の呪縛から解放されていることでしょう。

瞬間瞬間、水の流れのように自由に生きていくことができます。


どこそこの聖者は、まだ自分が知らない大いなる宇宙の秘密を知っていて、それに比べたら自分などまだまだで、これからたくさんの問題を克服して、高みに登らなければならないという観念。

この観念がどれほど自分を貶めてきたことでしょう。


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いまの自分をどう感じていたとしても、この世に自分以上の真実はなく、それこそが宇宙の大いなる秘密です。

このことを証明するために、権威と言われている人達と出会い、いかに彼らも僕たちと同じ人間であるかを知らしめることに活動の重点を置いてきました。

いまはもう、そのことさえも当たり前になってしまいましたが、人間が持つ観念の強さの前には、ほぼ玉砕だったかも知れません。


この世にあなたの存在以上の権威は存在していません。

もっと言えば、あなたしか存在していないのだから。


安心していいですよ。

リラックスして、自分の存在を祝福しましょう。


すでにこの瞬間、あなたは宇宙のすべてから祝福されています。

これは言葉遊びではなく、事実です。