起こることは全て決定されていて、自分の意志も存在せず、すべては全体の現れとして展開している。

これは全体目線で見た時の真実だけど、だからといってこの真実を地上目線で受け入れることはできないし、意味もないことだ。


全体目線から見れば、個人という存在そのものが幻想なわけだけど、この幻想はあまりに生々しくて、

「はいそうですか。幻想なんですね」

なんてわけにもいかない。


いま挙げた真実は、社会では完全に無視されているか忘れ去られているので、これからも伝えていくだろうけど、その一方で生々しいこの現実をどう生きていくのかのアドバイスも送っていきたい。

それが何もかも与えてくれた天への恩返しだろう。


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この阿部という現象は、通常の社会のレールからは完全に逸脱した人生を送ってきた。

にもかかわらず望んだことは全て叶えられてきた。

しかもそれを当たり前だと思っている。


頭は決して良いほうではない。

知能指数は人並み以下だと思う。

テレビのIQクイズなんか、答えられたことがない。

運動能力も低いし、歌だって元々は音痴だ。

とりえがあるとしたらルックスくらいだろうか。(ここ笑うとこ)


こんな無能な男がなぜ幸運としか言いようのない人生を生きてこられたのか。


その答えは一言で言うと

「うまくいくと信じているから」

これに尽きると思う。


人生とは観念の具現化だ。

自分はうまくいかないと信じている人は、本気になることもできないし、そのうちやる気も失せて、自分が失敗者だということを証明し続けることになる。

観念には、観念自体を証明していく習性があるからだ。


自分は誰とも親しくなれないと信じている人は、愛を与えてくれる人が現れても受け取ることはできない。

そして自分の周囲に壁をこしらえて、その観念を証明し続けていく。

そしてその結果を見て、さらに観念が強化されるというマイナススパイラルが発生していくのだ。


反対に、自分は成功する、必ずうまくいくという観念を持っていると、その観念が自らを証明することになり、こちらはプラスのスパイラルとなっていく。

音痴の僕が、まがりなりにも20代でメジャーデビューして何枚ものアルバムを残せたのは、自分は必ずうまくいくという信念に他ならない。

だから練習が苦にならないわけだ。


一度でもいいから、自分が抱えている観念を見守ってみればいい。

それがどのようにいまの人生を作りだしているのか愕然とすることだろう。


観念の力は想像を超えている。

実は

誕生も死も観念の産物なのだ。

実際には僕たちは生まれてもいないし、生まれていないのだから死ぬこともない。

この辺りの話はついて来られない人もいるだろうけど、最終的に伝えたいのはこういう話。


で、最後になったけれど、観念は変えることができる。

変えたければね。


マインドで観念を検証しても限界がある。

なぜなら、マインド自体が観念の作品だから。


ただ静かに坐って、自分というゲームから身を引く時間を作ること。

これが観念を浄化していく数少ない手段だと思う。

これらの観念を「カルマ」と呼ぶ人もいる。


スクリーンに映っている映像を変えようったって、それは無理な話。

ストーリーを変えたければフィルム自体を変えることだ。


今日の話は、「ふん、ふん、そうか」で終わらせずに、深く感じてみてほしい。



今日から、以前やっていたti-daブログにも、同じ記事を載せていくことにします。

ここに書いてきた4か月分の記事も、ほぼ移行することができました。

次回からはこちらへの記事のアップを終了して、古巣だけになっていく予定です。

ここにもお世話になりましたm(_ _)m


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【お知らせ】


大阪講演会のお知らせです。

12月17日

映像を交えて天河神事のご報告と、神道と神事の本当の意味、そして新しい人生「新生」をテーマにお話しします。

新しい年に向けて、きっと役に立ててもらえると思います。

お申し込みはコチラから。


東京の同様の講演は残り席わずかです。

コチラから。



来週の天河神社特別神事では、神事の他に瞑想会や無料コンサートが開かれます。

コンサートは、さとうみつろう君とのユニット「絶対他力」

瞑想会とライブには雲黒斎君も参加し、みつろう、黒斎、アベッチの初3ショットをお届けします。

すでに収容人数を超えているので受付はできませんが、これらの模様も何らかの方法でお届けできたらと思います。