pinoさん

>瞑想始めて5年良くなってるのかはよくわからないっす。泣

>活動的にはなりましたが、やりたい事も働く意思もあんま出てこないです。

>ただへんな焦りは随分と減った気がします。



マインドはこのように動いていきます。

活動的になった。

へんな焦りはずいぶんと減った

でも、やりたいことも働く意思もあんまり出てこない。


人は自分の変化を、いちいち認めることができません。

なぜなら、何ごとも身についてみれば当たり前になってしまうからです。

やりたいことができ、働く意思が出てきても、劇的に何かが変わるわけではなく、また足りないところに目がいくことでしょう。


以前、睡眠障害で、なんとか眠れるようになりたいと瞑想を始めた人がいます。

一年ほど経ったころにこんなことを言ってきました。

「確かに眠れるようにはなりました。仕事も人間関係も楽にはなりました。だからと言って何か特別に変わったこともありません。このまま瞑想を続けるべきでしょうか」

眠れることが目的だったのに、そうなってみればそれは当たり前。

眠れるからといって誰が歓喜することでしょう。


この傾向は僕たちの生活全般に起きていることです。

マインドには、決して満足できない基本的な構造があるのです。


したがって人になにかしてあげた時、そのことは早く忘れたほうがいいです。

あなたからみて、あなたのおかげで相手の人生に変化が現れても、当人はそのことをすぐに忘れてしまいます。

それどころか、あなたに期待外れの面を見て不満を持つ人もいます。

そういうとき人は、まるで恩を仇で返されたような気持ちになってしまうことでしょう。

いままでに似たような経験はありませんか?


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先日、感謝の難しさを書きましたが、これはマインドの特性なので誰かにあって誰かにないのではありません。

そのようにして自分を見つめなおした時、何か見落としていた大きなヒントを得るのかもしれませんね。


かくいう僕も、与えてもらった多くのことには無自覚で、足りないところに目がいってしまう傾向にあります。

いままで出会ってきた人達にどれほど感謝の気持ちを表現してきたことか。


それはあなたに対しても同じです。

あなたがいてくれるからこそ、こうして活動ができているのだから。



今日はこちらに頂いたコメントを扱ったので、ここに書きましたが、こちらのサイトでは、この記事を最後にします。


明日からは古巣のti-daブログに移ります。


短い間でしたが、大変お世話になりました。

関係者の皆様に心よりお礼申し上げます。



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