かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

カテゴリ: 心のメッセージ

頭の中には伝えたい事がたくさんあるのに、あれもこれもゴチャゴチャして何から書いていいかわからない。 とりあえず思いつくまま書いてみます。 僕らはみんなでもっと正直になっていいと思う。 正直になることによって救われる事がたくさんあるように思 ... 続きを読む



頭の中には伝えたい事がたくさんあるのに、あれもこれもゴチャゴチャして何から書いていいかわからない。

とりあえず思いつくまま書いてみます。



僕らはみんなでもっと正直になっていいと思う。

正直になることによって救われる事がたくさんあるように思う。


正直になると言っても、自分の秘密を全部話せと言っているわけじゃない。

誰だって生きていれば人に言えないことや、あえて言う必要のないことの一つや二つは抱えていることだろう。


そんなことではなく、自分が感じていることや、考えていることを、できるだけ正直に話してもいいんじゃないかと思うわけだ。


もちろんそのことによって、特定の誰かを故意に傷つけてはいけないけどね。


・・・正直って難しいね・・・




街を歩いていると、みんなは問題なく生きているように見えたり、自分以外の人たちは仲良くやっているように見えたりするときはない?


仲間が集まって楽しくやっているのに、自分だけがそこにいないような気がしてしまうことはない?


気に入られようとして笑顔を振りまいたり、必要以上に相手に気を使ったり、そんな自分が嫌だったりするとはない?


たとえばそんなことを正直に話せたとしたら、なーんだ自分だけじゃなかったのかって思えて楽になることもあると思う。

それにそんな自分は、別に悪意でそれをやっているわけじゃないんだし、ただ愛されたい、認められたいっていう気持ちで一生懸命生きているわけだしね。



きっと正直になるっていうのは、「愛されたい」っていう気持ちをダイレクトに伝えちゃうことかな。

そうすれば、それを得るために間接的にやっている多くのことから自由になれる。



僕らはそれぞれに性格や能力が違うけれど、心の奥底で抱えている問題は似ているような気がするんだ。

でも誰もそのことを言ってくれないから、自分だけがそういう問題を抱えているような気がしてしまう。


本当は、みんな似たようなものじゃないかと思うわけです。



みんながみんなを愛せるだけの余裕ができれば、もっと安心して自分でいられるのにね。


なんだかとりとめのない文章になっちゃったけど、僕の頭の中にある一端を書いてみました。






PS

今朝は書きたい事が2つありました。

どちらをここに書こうか迷ったけれど、もうひとつのメッセージは<随(かんながら)神>に書きました。

時間があったら覗いてください。




PSのPS

10月21日午後3時は東京の秋葉原。

10月27日午後8時は沖縄の母家。

え?何があるかって?


僕のライブ(バースデイライブ)があります。

話したい事がたくさんあるし、唄いたい歌もたくさんある。


会いに来てね。

愛したいし、愛されたいからラブ


楽しい時間を過ごしましょう。



お問い合わせは098-866-5880(母家)まで

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いつもありのままでいたいね。 ありのままの自分はいつも移り変わっている。 好みも感情も、いろんな自分がひっきりなしに現れて、そして消えていく。 その時、たとえどんな自分だろうと、そのままの自分でいたいよね。 もちろんあなたも、そのままで ... 続きを読む


いつもありのままでいたいね。


ありのままの自分はいつも移り変わっている。

好みも感情も、いろんな自分がひっきりなしに現れて、そして消えていく。


その時、たとえどんな自分だろうと、そのままの自分でいたいよね。


もちろんあなたも、そのままでいい。

気に入られようとして、自分を飾ることは必要ない。


僕は、いつだってあなたがありのままの自分でいられるように接してあげよう。


それが友達ってことだと思う。

僕はあなたと友達になりたい。



自分に素直に、自分に正直にいられるまでは、決して心の平安は訪れない。

いくらお金があっても、いくら多くの人から尊敬を集めても、自分のことは騙せないからね。


もし自分に正直になれないとしたら、そこにはたくさんの怖れが眠っている。

それは何だろう?


きっと何かを失うような気がするんだね。


でも、あなたは何も失くさないよ。

だって、あなたは最初から全部持っているんだから。



長年やってきた方広寺でのセミナーでは、そんなことを感じてもらうのが目的だった。

また始めてみようかな。



本当の自分を生きるのに、遅すぎるということはない。

いつだってそれは「いま」から始まっていくんだ。





まだ何も終わっちゃいないさ

まだ何も始まっちゃいないさ


「大空へ」より





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僕らは心の中に、ポッカリと空いた穴を持っている。 その穴を埋めるために、一生懸命いろんな活動をしているんだと思う。 愛する人を見つけ、この人と一緒なら穴が埋まるような気がする。 たくさんのお金や財産を手に入れたら埋まるような気がする。 仕 ... 続きを読む


僕らは心の中に、ポッカリと空いた穴を持っている。

その穴を埋めるために、一生懸命いろんな活動をしているんだと思う。



愛する人を見つけ、この人と一緒なら穴が埋まるような気がする。

たくさんのお金や財産を手に入れたら埋まるような気がする。

仕事が成功して、多くの賞賛や注目を集めたら埋まるような気がする。

完璧な人になって、みんなから尊敬されたら埋まるような気がする。



僕らはそうやって生きてきた。

少なくとも僕はそうやって生きてきた。



だけど・・・埋まらない。

どこまでいっても、いつも何かが足りない。

それは外側のものじゃ埋まらなかったんだ。



その答えは内側にあった。

多くの人がそのことに気づき始めている。







心のどこかで、探しものは心の中にある事を知っているのに、何故僕らは外側ばかり探しているのか。


そんな姿を表した小話が、イスラム教神秘主義のスーフィズムに伝わっている。

スーフィズムは禅に通じるところがあり、教義経典を学ぶことよりも、ダイレクトに真理を体得することを目的にした宗派だ。

この短い話の中にも、僕らの現状がうまく言い表されている




ある男が、自分の家の中で、宝箱を開ける鍵をしまい忘れちゃったんだ。

それは確かに家の中で失くしたのに、その男は外ばかり捜している。


自分の家の周りにないとわかると、こんどは遠く離れた隣町まで出かけていった。

そこにもないとわかると、男はさらに遠い町を探して歩いた。


そんな姿を見かねた賢者が、男に尋ねた。

「家の中で失ったものを、何故外で探すんだね」


するとその男は言った。

「だって家の中は暗いんですよ。外のほうが明るいから」




これが僕らの姿だ。


自分の幸せを外に求めても、そこにはないことがわかっているのに、それでもまだ外側を探すのにエネルギーを費やしている。


自分の内側は混沌としていて暗いような気がするから、しっかり向き合いたくないのだろうか。

それとも外側は自分を満たしてくれそうな魅力に溢れているからだろうか。



でも答えは内側にある。

いままでに世界中を探し回って、絶対的幸せ(神)を見つけた人は一人もいなかった。

いままでに内側深く入っていって、絶対的幸せ(神)を見つけられなかった人も一人もいなかった。



そのための方法は感謝と瞑想。

内なる神に感謝を捧げ、瞑想により内なる神に近づいていくんだ。

そして最後は、僕らが地球そのもので、ひとつの命だってことに行き着く。


そこにおいて心に空いた穴が埋まるんだ。




そろそろ方向転換してみようよ。





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僕がひょんな時にやる遊びを紹介するね。 イマジネーションを膨らませて人の顔を見てみるんだ。 その人の瞳の奥から、僕自身がこちらを覗いているって思ってみる。 自分がその人の身体に入り込んで外側の世界を見ているって。 ちょっと臆病で、ちょっと ... 続きを読む



僕がひょんな時にやる遊びを紹介するね。


イマジネーションを膨らませて人の顔を見てみるんだ。

その人の瞳の奥から、僕自身がこちらを覗いているって思ってみる。

自分がその人の身体に入り込んで外側の世界を見ているって。

ちょっと臆病で、ちょっと警戒していて、安全を求めて、できたら愛されたい、認められたい、幸せになりたい・・・・・そんな自分が、その人の瞳の奥からこちらを覗いている。




実際にその人の中にいるのは誰だろう。

自分とはまったく違う存在だろうか。

それとも自分とまったく同じ存在だろうか。


その確立は50%50%だよね。


でも今までは、自分とは違うという考え方を100%採用していて、もう一方の同じものという考え方をしたこともなかった。


だから最初は馴染めなくて、変な気持ちなんだけど、何度もトライしていると、ふとそうかもしれないって気持ちになってくる。


その瞬間、言いようのない連帯感が生まれて、その人がとても愛しくなるんだ。



同じ1つの命が、違う肉体、違う経験、違う価値観というフィルターを通してこちらを覗いている。

しかもそのフィルターの種類は、地球上に60数億人分、60数億種類もある。



それが真実だって思うわけです。

僕らはお互いの違いばかりが目立つけど、本当は「ひとつの同じもの」だってね。


ぼくらがお互いのフィルターを透明にして、精神のレベルで1つに溶け合ったとき、きっとそれこそがずっと求めていた感覚なんだろうな。



ひとつになりたい!!








PS

今夜、時間がある人~?

は~いパー



我が家のお店(母家)で納涼祭をします。

098-866-5880

浴衣姿の僕の涼しくなる話や、おきらく亭はち好師匠の面白涼しい落語など、楽しい時間を過ごしましょう。

7時からでチャージは1000円。

一人でも気軽に遊びに来てください。

「隣の家にへーができたんだって?」

「垣根」

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今朝も、精神性を学ぶ上での基本の話をしよう。 こうして毎朝記事を書くという習慣は、僕にとってきわめて重要な行為になっている。 というのも、書き始めるまでに約1時間の時間が必要で、それが僕の朝の瞑想の時間になっているからだよ。 怠け者の僕が ... 続きを読む



今朝も、精神性を学ぶ上での基本の話をしよう。


こうして毎朝記事を書くという習慣は、僕にとってきわめて重要な行為になっている。

というのも、書き始めるまでに約1時間の時間が必要で、それが僕の朝の瞑想の時間になっているからだよ。


怠け者の僕が、毎朝こんなに素晴らしい時間を過ごせるのも、読んでくれる人がいるおかげだ。




さて今日も伝えたい事がたくさん出てきた。

少し専門的な話になってしまいそうだけど、なるべくわかりやすく表現してみるね。



昨日、僕たちの成長を「こだわりのない素直な心」と書いたよね。



それじゃ反対に、「こだわりのある素直じゃない心」って何だろう。

それを・・・「自我」って呼ぶんだ。



そしてこの「自我」こそが、僕たちを苦しめる元凶であり、僕たちの精神を低いレベルに繋ぎとめようとする力だよ。



しかもこの「自我」はとてもずる賢い。

なんでも自分の都合のいいように変えてしまうんだ。


自我の無い状態こそが「こだわりのない素直な心」なのに、自我は「こだわりのない素直な心」を練習し、それさえも自分の一部にしてしまう。



言っていることわかる?


その巧妙な自己欺瞞は幾重にも仕掛けられているので、自我の策略を見抜くのはとても難しいことなんだ。




今日伝えたい基本はそのことだよ。



たとえば、自我の特徴として「特別意識」というものがある。

「自分は他者と違ってユニークで特別な存在だ」という想いのこと。



本当は自分を特別だと思っている状態こそが最もありふれたあたりまえの状態で、自分があたりまえの存在だということを心底理解した人が特別な存在なのにね。



僕らは実際にはものすごくあたりまえな人間で、他者に優越意識を持てるような特別なものは何一つ持ち合わせていない。



でも自我はそれが面白くないんだ。

こうやって精神性を学んでいることさえも、自分の特別さにしてしまうんだよ。



物質主義を捨てた自分はとても精神的な存在ですよってね。


その愚かさを「精神の物質主義」(Spiritual Materialism)と呼ぶんだ。



精神の道を進むというのは、そんな自分と向かい合いながら、いっさいの正当化をやめて、自分の狡さや愚かさを見抜いていくことだよ。


その道の途上では、天使が花を投げてくれたりラッパを吹いてくれたりという華やかさは何も無い。



誰が見てくれるわけでも、誉めてくれるわけでもない。

乾いた砂利道を一人で淡々と進むような、とても地味な道のりなんだ。



でもその態度を基本姿勢にできれば、学びが本物になってくる。


今日伝えたことは、あらゆる本格的な修行僧や修行者にとっても、重要なポイントだと思う。




「自分」という囚われが消えた時、僕たちがひとつの同じもので、最初からすべてと繋がっていたことを思い出すだろう。

それは考えられる限り最大の祝福の体験だ。


こんな愚かで罪深い自分が、実際には宇宙から一瞬も見放された事がなく、それどころか想像を超えた深い愛で、いついかなる時も包まれていたことを知るのだから。



その愛は今も、僕をあなたを包んでくれている。




最後まで読んでくれてありがとう。

これからもいろんな言い方で、お話させてください。





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さて今日の話は自戒も込めて、基本の基本の話。 「いまここ塾」ではよく話すけど、ブログで伝えることは少ない。 ちっとも劇的じゃないし、奇跡的でもない。 耳が痛いだけで、聞きたくない話かもしれない。 だけどすべての成長の土台の話だよ。 ... 続きを読む



さて今日の話は自戒も込めて、基本の基本の話。

「いまここ塾」ではよく話すけど、ブログで伝えることは少ない。



ちっとも劇的じゃないし、奇跡的でもない。

耳が痛いだけで、聞きたくない話かもしれない。


だけどすべての成長の土台の話だよ。

だから最後まで読んで、しっかり頭の中に入れておいてね。




そもそも魂の成長って何だろう。

これから地球規模で人類の霊的成長が進むって言うけど、どこに向かって進むの?



日本で精神世界がブームになって10年余り。

ブームのおかげで多くの人たちが見えない世界に興味を持ってくれたけど、その半面で大切なことが等閑(なおざり)にされてきた。


それは「自分」だ。



最初に答えを伝えておくね。



成長とは・・・こだわりのない素直な心を取り戻すこと

方法は・・・・幾重にも身にまとった欺瞞の皮を剥いでいくこと。



皮を剥ぐ?

痛そうガ-ン


そう、それは実際に痛いし、屈辱的だし、骨が折れる作業なんだ。


だからみんなそこを見ないで、成長だ進化だと浮かれている。


ニューエイジブームの落とし穴は、なんでもショートカットして楽して結果を得ようとするところ。



「嬉しい」「楽しい」「幸せ」「ありがとう」「ツイてる」もいいけど、それは問題の本質を見ないで、麻酔薬を服用しているだけの話。

そういう話をしてくれる人が、時代の寵児のようにもてはやされる。

楽だし簡単だから一般受けするんだ。


誰も欺瞞に満ちた自分なんか見たくないからね。



それから一部の本やテレビの影響で「前世」ブームだけど、これもかなり危ない話。

いつかまた話す時が来ると思うけど、「前世」はあると言えばあるし、ないと言えばない。

物質界を超えた次元の話は、一言で言いきる事ができない微妙な世界だよ。


でもみんなその手の話に飛びつく。


何故か。

それは心の底で死を恐れているから、永遠の命を保障してくれるような話は嬉しいんだよ。

だからといって自分が魂の不滅を理解しているわけじゃない。

有名なあの人が言っているし、みんなも信じているからからそうだって思いたいだけの話。



僕はなにも、輪廻転生を否定しているわけじゃないよ。

もう一度言うけど、それは「ある」と言えばあるし、「ない」と言えばない。

その両方だ。


前世があるという考えは、過去が存在するということが前提になっている。

時間の観念の世界の話だ。

でも実際にはいつも「いまここ」があるだけで、過去も未来も存在していない。


そのような話は比喩としては面白いし、使い方次第では大いなる啓示に繋がる可能性もあるが、ひとつ間違えば誤解だけが残ることになる。


テレビなどで有名人が霊的世界の話をしてくれるのはプラスの面もあるし、彼らを批判するわけじゃないけれど、同時に人を惑わしている面もあると思う。


だからもし彼らが本当の事を理解しているなら
「これもたとえ話ですが・・・」
という前置きをすべきだと思う。


どんな話もすべては「方便」なのだから。



さてここまでの話はわかった?

要は、浮かれてないでしっかり地に足をつけようって話。


まだ半分しか話せていないけど、続きはまたね。



こんな面白くない話を聞いてくれてありがとう。



僕はあなたに一番の近道を示したい。

一見遠回りで骨が折れる道だけど、確実な道を共に歩みたいと思っています。




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インドにこんな話がある。 ある男が世界一のダイヤモンドを探して世界中を旅して回った。 それは苦難に次ぐ苦難に見舞われた大変な旅だった。 心身ともにぼろぼろになり、結局見つける事ができなかった男は失望のうちに帰国した。 そして我が家にも ... 続きを読む



インドにこんな話がある。



ある男が世界一のダイヤモンドを探して世界中を旅して回った。

それは苦難に次ぐ苦難に見舞われた大変な旅だった。

心身ともにぼろぼろになり、結局見つける事ができなかった男は失望のうちに帰国した。


そして我が家にもどり、息を引き取った。



それからしばらくして、その男の家が取り壊され、新しく家を建設するためにその土地を掘り返した。


すると、なんということだ。

その男の家の地中から、世界一のダイヤモンドが発掘されたのだ。





この話は、僕たち一人ひとりの状況と同じだ。


今日はそんな話をしよう。





僕らは幸せを外の世界に求めて、人生という果てしない旅に出た。

出会いと別れ、希望と失望、成功と挫折、彼方に見えた理想郷もたどり着いてみたら、今までいた場所と変わりない。


そんなことを繰り返しながら、やがては傷つき、汚れ、疲れ果ててしまう。


でもとことん疲れ果てるのは幸いだ。

足を止めて自分の中に帰ってくることができるからだ。

探す方向を逆転する事ができる。


その時、旅人は見出すんだ。

その宝が自分の中にあったことを。


「悲しむものは幸いだ。天の王国は彼らのものだ」
イエスキリスト




長い歴史の中で、外側の世界を探し続けて宝に出会った人は一人もいない。

その探求の先にあるものは失望と敗北だ。


そして同じく長い歴史の中で、自分の内側深く入っていって宝を見つけられなかった人も一人もいない。



内側に入っていくんだ。

するとそこに、何度も転生を繰り返しながら探しに探し求めてきた至高の宝を発見する。

なんとそれは最初から、自分の本質の一部として、自分として存在しているものだった。




答えは内側にある。

それを見つけたとき、自分も全ての人も、最初から救われていたことに気づくことだろう。



衆生近きを知らずして  遠く求むるはかなさよ

たとえば水の中に居て   渇を叫ぶが如くなり

長者の家の子となりて  貧里に迷うに異ならず

白隠禅師 坐禅和讃




あまりにも近すぎるから見えないんだ。

僕らは、ほんの僅かでも距離がないと見ることができない。


あまりにも自分に近すぎて、というよりは自分そのものなので、僕らは取り逃がしてしまう。



抱える問題を、ひとつひとつ取り除く必要は無い。

問題は一瞬にして全部消え去ってしまうから。



僕らが我が家に帰ってきたとき、そこに世界一のダイヤモンドを見つけたとき、まったく新しい感覚が生まれ、そして二度と元に戻ることは無い。


遅かれ早かれ、僕らは全員そこにたどり着くことになる。


それが宇宙の計画だから。

そこには髪の毛一筋ほどの狂いもなく、今も粛々と計画は進んでいる。



だから、大丈夫だからね。


本当だよ。

大丈夫だから。



だから微笑んでごらん。

後のことは天にお任せして、微笑めばいい。



はい、チーズ(^o^)






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