かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

カテゴリ: 父と子

どんな日曜日を過ごしていますか。 このところめっきり涼しくなったね。 なんて言いながらも、あいかわらず半袖のTシャツ一枚なんだから、沖縄はやっぱり暖かいのかな。 宮古島はさとうきび畑が広がっていて、時間が止まったみたいだった。 沖縄 ... 続きを読む



どんな日曜日を過ごしていますか。

このところめっきり涼しくなったね。


なんて言いながらも、あいかわらず半袖のTシャツ一枚なんだから、沖縄はやっぱり暖かいのかな。




宮古島はさとうきび畑が広がっていて、時間が止まったみたいだった。

沖縄本島とはまた一味違った趣のある島だ。


でもそこに暮らす人が抱える問題は、どこもあまり変わらないみたいだ。




講演が始まる直前、ある女性から相談を受けた。


「最近、子供が高校に行きたがらない。強く言えば反発するのでこれ以上は言えない。でもそうすると子供の思い通りになってしまって、どうしていいかわからない」

それが悩みで、疲れきっているみたいだった。

でも話を聞いてみたら、わが子よりずっと一生懸命に勉強してきていた。



その女性は2日間の講演会の両方に参加してくれて、終わった後に「すごく気が楽になった」って涙ぐんで喜んでくれた。


だからといって、すぐに現実が解決したわけじゃない。

でも彼女の気持ちが楽になれば、家族みんなの気持ちが前向きに明るくなるだろう。




子供も高校生くらいになれば、もう大人と同じような理解力を持っているので、親の言うことの中に矛盾や社会の形式だけを押し付けているような点を見抜いている。

だからたいていの場合、押し付けてもことは動かない。


その子が自らその気にならない限り、何も解決しないだろう。


じゃ、どうしたらいいのか。

それはそれぞれの親子関係で違うだろうから、一言では言えないけれど、僕の家の場合を話そうか。




僕は以前、テレビゲームばかりやっているわが子に、ギターを教えたいと考えていた。

ところがまったく興味を示さない。


親としたら、将来子供がロックスターかなんかになって、会場の片隅でそんな息子の晴れ姿を見て・・・なんて淡い夢を持っていたのだが、それは無残にも打ち砕かれた。


だいたい、そんなふうになってもらいたいのは僕であって、彼の人生は僕のものじゃない。



まったくあきらめていたら、最近になってギターを教えてほしいって自分から言ってきた。

どうやら高校で知り合った友達と、ロックバンドを結成したみたいなんだ。


エルレガーデンというバンドの曲をやるから、自分のパートを教えてくれって、まったく弾けない子が何を甘いことを言っているのかって思ったけど、これはチャンスとばかり特訓を始めた。



けっこう夜遅くまで練習していて、ひとつできるようになる度に喜んでいる。


またそのうち放り出してしまうかもしれないけれど、僕は彼の人生の流れを信頼している。

何がどうなろうと、きっと乗り越えていけると信じている。


彼以上に彼を信じている。


子供は子供なりに、自分のことを考えているんだと思う。

外からはうかがい知れないけれど、きっと将来に対する不安や、自分に対するさまざまな感情を持っていることだろう。



僕ら親にできることは、子供が自分に自信を持てるように励ましてあげることじゃないだろうか。

君は君のままでいいんだということを、欠点をたくさん抱えたありのままの姿、それが人間なんだってことを教えてあげて、気を楽にさせてあげることじゃないだろうか。



もし子供が木に登り始めたら、やみくもに「危ないからやめろ!」と言うよりは、黙ってその姿を見ながら、もし落ちてきたときのために、気づかれることなく木の下で命がけで受け止める準備をしているような親でありたい。


親であるのと同時に、仲のいい友人でありたい。

親子の立場や役割を離れても、一対一の人間同士として対等に関わりあえるような仲でいたい。



そして彼には、このことを伝えていこう。



自由に生きたらいい。

どんなときも、何があっても、僕はいつだって100%君の味方だから。


僕が生きている間は、何があっても君を守ってあげよう。

僕が死んだら、その現実を受け入れて、そのときの自分を生きなさい。


人生は結果のないゲームだから、あまり深刻になりなさんな。



今日もいい日でありますように。



最後まで読んでくれてありがとう。





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6年前、沖縄の青い海を二人で見つめていた。 ずっと無言で見つめていた後で、君はポツリと言った。 「パパ。僕たち長い長い旅に来たんだね」 あの時君は小学校4年生。 移住や転校をどのように乗り越えたんだろう。 ただの一言も転校について不 ... 続きを読む



6年前、沖縄の青い海を二人で見つめていた。

ずっと無言で見つめていた後で、君はポツリと言った。

「パパ。僕たち長い長い旅に来たんだね」


あの時君は小学校4年生。

移住や転校をどのように乗り越えたんだろう。



ただの一言も転校について不満を漏らさなかった君に、数年後に尋ねた。

「転校するのは嫌じゃなかったの?」

すると君は答えた。

「そりゃ嫌だったさ。でも僕が嫌だって言ったらパパ困ったでしょ?」



ふうん、けっこう健気な子供だったんだ。

子供は子供で、いろいろと考えていたのか。


確かにあの時、君が執拗に嫌がったら、僕は沖縄暮らしを断念していたよ。

ということは、君もこの運命の流れに一役買っていたんだね。





一緒に暮らしているといろんなことがある。

反抗期を迎えたときは、同じ部屋で息を吸うのも重たかったよ。


君は君で、僕のいろんな面を見て、失望したり憎んだりしたこともあっただろうな。

それが親子というものだから。



僕はね、親子とはいえ君をいい意味で他人だと思っている。

君は君の人生を歩んでいく権利があるし、それは僕とは別のものだから。


君が家族の沖縄移住を支えてくれたように、僕も君の自由な選択を支えていくよ。

そして、たとえ何があっても、君がどんな立場に立たされても、僕はいつも君の味方だよ。


だから好きに生きるがいい。

そしていつの日か、今の僕の心境をもっと深く理解する日が来るだろう。



その時は一緒に酒でも飲もう。

その日まで酒はやめておくよ。




僕の子供に生まれてくれて、ありがとう。





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今夜の息子との会話。 息子「モノを書くときは、主観的立場と客観的立場を使い分け、そのメリハリを斯く斯く云々(かくかくしかじか)の方法で書き表すんだよ」 父「お前、なんでそんなこと知ってんの?」 息子「だって中一のころから小説書きにはまって、 ... 続きを読む
今夜の息子との会話。



息子「モノを書くときは、主観的立場と客観的立場を使い分け、そのメリハリを斯く斯く云々(かくかくしかじか)の方法で書き表すんだよ」


父「お前、なんでそんなこと知ってんの?」


息子「だって中一のころから小説書きにはまって、さんざんネットで練習してきたから」


父「ずっとゲームばかりやっていたと思った」


息子「そしてね、いくら客観的になろうとしても、その客観性も主観的立場からの想像でしかないんだから、結局は妄想なんだよ」




父「・・・・」





息子「モノを書くときは、『・・・・』でごまかしちゃダメだよ!」





父「・・・・・・・・・・・・・・!!!」



以上、親子の会話の再現でした。





子供って・・・スゴイ!!!!



それじゃ、みなさん、また明日ニコニコ





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子供が一歳くらいのころ、よく僕の顔を見て何か演説していた。 何を言っているのかまったくわからなかったが、何かを言っていたことは確かで、その内容がわかったら面白いのにと思った。 けっこう前世の記憶かなんか残っていて、伝えておきたい事があったのかも ... 続きを読む


子供が一歳くらいのころ、よく僕の顔を見て何か演説していた。


何を言っているのかまったくわからなかったが、何かを言っていたことは確かで、その内容がわかったら面白いのにと思った。

けっこう前世の記憶かなんか残っていて、伝えておきたい事があったのかもしれない。




3歳くらいのころ、生まれる前はどこにいたか聞いたら、洞穴の中だといっていた。

いくつか分かれ道があって、パパとママに繋がる道にしたんだと言っていたけど本当だろうか。




そのころ、どんな夢を見るかと聞いたら


崖から落っこちる夢とかァ・・・

首をちょん切られる夢とかァ・・・

火山の火口に落ちていく夢とかァ・・・

拳銃で撃たれる夢とかァ・・・


って真顔で言うから、もう言わなくていいよって止めた。



まだちゃんと喋れる前だった。

だってガソリンスタンドのことを、ガドって言って、中のソリンスタンがぬけていたり、ボサボサ頭を、サボサボって言っていたころの話だ。



どこまでホントなんだろう。


受けを狙ったとも思えないし・・・ガ-ン



幼い子って不思議だよね。




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夜は智子さんがお店に行ってしまうので、息子と2人外食することもしばしばだ。 那覇に来てからは、歩いていろんなところに行って、新しい店を探索している。 昨日は台湾料理屋さんで、異国情緒を楽しんだ。 その帰り道。 小さな交差点でタ ... 続きを読む



夜は智子さんがお店に行ってしまうので、息子と2人外食することもしばしばだ。



那覇に来てからは、歩いていろんなところに行って、新しい店を探索している。


昨日は台湾料理屋さんで、異国情緒を楽しんだ。




その帰り道。


小さな交差点でタクシーの運転手さんが、僕らに声をかけた。


「ねえ、お兄さん達、今から(女)遊びに行くの?」


さすが観光地のタクシーだ。

質問に無駄がない。




そう聞かれて、なんだかすごく嬉しくなった。



一つは息子がもうそんな年齢に見られたこと。

そして僕もお兄さんに入れてもらえたこと。



ぐふふ。


暗かったとはいえ、なかなか見る目のある運転手さんだった。



今夜はどこへ行こうかな。


今夜は母家にしますニコニコ






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沖縄に引っ越してきてすぐのこと。 息子と2人で海岸に出て、南国の夕暮れの海を見つめていた。 その時、彼が言った 「僕達、長い旅に来たんだね」 故郷に残してきた学校や友達のことを寂しく思ったのかもしれない。 そんなことはついに一言 ... 続きを読む



沖縄に引っ越してきてすぐのこと。

息子と2人で海岸に出て、南国の夕暮れの海を見つめていた。



その時、彼が言った

「僕達、長い旅に来たんだね」



故郷に残してきた学校や友達のことを寂しく思ったのかもしれない。


そんなことはついに一言も口にしなかった彼。




あれから6年が経つ。



僕は東京に歌を唄いに行って来る。

僕を待っていてくれる人たちがいるからね。


でもこれは短い旅だよ。





妻と子に、お土産は何にしようかな。


やっぱり「ひよこ」かな。




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最近息子と過ごす時間がまた増えた。 昨日は蕎麦屋に行った話をしたけど、その前に髪のカットに行ったんだ。 隣の鏡に映るのは、少年というよりは青年。 親の欲目だろうか、すごくカッコいいと思う。 僕が彼くらいの時は、いかに目立とうかと考え ... 続きを読む



最近息子と過ごす時間がまた増えた。

昨日は蕎麦屋に行った話をしたけど、その前に髪のカットに行ったんだ。



隣の鏡に映るのは、少年というよりは青年。

親の欲目だろうか、すごくカッコいいと思う。



僕が彼くらいの時は、いかに目立とうかと考えていたものだが、彼はいっさい派手なものを好まない。

またそこが味があるんだよななんて、やっぱり親の欲目だ。




幼い頃はなんでも彼の思い通りにして育ててきた。

自分が満たされなかったところは全部満たしてあげたと思う。




それがどうだ。

小学校3年生以前の記憶はほとんど何もないというのだ。



あんなに尽くしてやったのに・・・ガ-ン




やっぱり人生は思い通りにならないことが肥やしになり、そんな経験が生きるってことなのかもしれない。



全部が思い通りになったら、なんの刺激もなく成長もしないんじゃないかな。





僕なんか小学校3年以前の記憶は山のようにある。


楽しい思い出もあるが、多くは悔しかったことや惨めな経験だ。




それらのことが原因で、自分の性格はかなり歪んでしまったけれど、やっとここまできて少し本質を取り戻してきた。

そうやって道から外れた分だけ、本質がより豊かに味わえる気がする。




幸せだけっていうのも考え物だ。




もちろん彼はそれ以降、いろんな辛い経験もあったようで、それが今の彼の性格にも影響しているように見える。


いつかそんなところも乗り越えてくれると信じている。




変な言い方だが、人生は苦しむためにあるのかもしれない。

そうやって自分の存在の深みに触れていくんだろうな。





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