かんながら

阿部敏郎の公式ブログです。

カテゴリ: 願望実現

今朝の記事で、外側に心の満足を得ようとしても、それは難しいって話を書いたけど、だからと言って外側を求めちゃダメってことじゃないよ。 言いたかったことはね 「まわりの現実が○○になれば自分が幸せになる」 っていう生き方をやめて 「幸せな自分が ... 続きを読む
今朝の記事で、外側に心の満足を得ようとしても、それは難しいって話を書いたけど、だからと言って外側を求めちゃダメってことじゃないよ。



言いたかったことはね


「まわりの現実が○○になれば自分が幸せになる」

っていう生き方をやめて

「幸せな自分が○○を実現していく」

っていう生き方に変えようっていうこと。



それが願望実現の基本だと思う。

そしてそれは「いま」を生きることだ。




全ては自分の意識が創り出している。

ニコニコ





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おはよう。 今日の沖縄は久しぶりの雨模様。 「しに暑いばーよー」を連発していた毎日も、今日はつかの間の休息だね。 願望というのは、何かの必要性を満たそうとしているわけだけど、その必要性の多くは心理的なものだと思う。 たとえばお金がたく ... 続きを読む



おはよう。

今日の沖縄は久しぶりの雨模様。
「しに暑いばーよー」を連発していた毎日も、今日はつかの間の休息だね。




願望というのは、何かの必要性を満たそうとしているわけだけど、その必要性の多くは心理的なものだと思う。


たとえばお金がたくさん欲しい人も、お金そのものが欲しいわけじゃないでしょ。



あなたはお金そのものが欲しい?

中にはそういうマニアもいるかもしれない。


「昔の聖徳太子、あのデザイン好きだな」
なんて言って壁に飾っている人。


そういう人は別にして、僕たちが欲しいのはお金そのものじゃなくて、お金の力だよね。



それがあれば好きな事ができて、好きなものが買えると思うから欲しいんだよね。



さて今日はそんな話から入ってみよう。







お金がたくさんあったら何が欲しい?


大きな家、ハイテクカー、世界旅行、・・・




こうやって書いてみて、自分の想像力の無さにあきれるガ-ン


だって書きながら、実際に自分が欲しがっていないのがわかるから。




昔はそんなものにも憧れたけど、今は全然魅力を感じない。


どうしよう、この先文章が展開しないぞ。




だいたい何のために大きな家が必要なんだろう。


昔、住宅メーカーのテレビCMで、新築された二世代住宅の庭で、お爺さんと孫が剣道の練習を楽しそうにやって、和室では嫁と姑が仲良く華道かなんかやっちゃって、まーなんて幸せな家族でしょう、この家を建てればそうなれるんだねって思わせて、うっかりそっれに乗っかって、高い家を購入したけど、お約束の家族団らんはセットでついてこなかったなんて、笑えない話はいくらでもある。


結局欲しかったのは、家そのものじゃなくて、家族が仲むつまじく、笑いにあふれたそんな家庭なわけだ。



僕らが欲しいのは、家や車や旅行といったシンボルそのもじゃなくて、それを手に入れたらセットで付いてくるであろう幸せや満足感が欲しいんだよね。

そう、衣食住がひととおり満たされた僕たちが、本当に望んでいるのは心の満足なんだ。



心の満足とは、心の欲求を満たすこと。



それじゃ、心の欲求ってどんなものがあるんだろう。


たとえば、安心、安全、信頼、愛、興奮、快楽、注目、賞賛、自尊心・・・その他もろもろ。



お金がたくさんあれば安心が手に入るというのは、お金が無い時の発想だ。

手にした物は失う可能性があるから、いつだって注意していなきゃならない。



特にこの変化の激しい時代は、金融や株取引など、何が起こるかわかったもんじゃない。

明日株が大暴落して、みんな紙くずになっちゃうかもしれない。


持っていないほうが安心だったりする。



人の信頼だってそうだ。

僕の資産家の友人は、自分に近づいてくる人がみんな、自分のお金目当てに思えるって話をしてくれた事があった。

お金があるばっかりに誰も信用できない。


凄い孤独感を抱えているんだよ。



あはは、お金が無いって幸せだねニコニコ




おっと、また話がずれてしまった。



何が言いたいのかというと、僕たちは心理的な欲求を満たしたいと考えているけれど、その方向が間違っているっていうこと。


それは外側の世界に求めても、絶対に無理なんだ。


なぜなら、この世の法則が「諸行無常」だから。


外側の世界は変化し続ける宿命にあるので、そこに寄りかかろうとすればするほど、悩みやストレスは尽きないことになる。




ふ~、なんだかおなか減っちゃったから、何か食べてくるね。



おなかが減って何か食べるのは肉体的欲求。



肉体的欲求は外側のもので満たすことができるよね。

だから僕たちは心理的欲求も外側のもので満たそうとしているのかもしれない。




長くなっちゃったけど、この続きはまた次回ね。

最後まで読んでくれてありがとう。




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おはよう。 あいかわらず我が家のワン子は、満たされた表情で身体をいっぱいに伸ばして眠っている。 それはそれで幸せだけど、でも自分の生活を自分の力で発展させることはできないよね。 僕らにはいろんな苦労もあるけれど、基本さえ押さえれば、自分や ... 続きを読む



おはよう。

あいかわらず我が家のワン子は、満たされた表情で身体をいっぱいに伸ばして眠っている。

それはそれで幸せだけど、でも自分の生活を自分の力で発展させることはできないよね。



僕らにはいろんな苦労もあるけれど、基本さえ押さえれば、自分やその環境を自分の力で高める事ができる。


人間に生まれてきたんだから、人間としての問題を抱えながら、人間らしく生きよう。



そんなわけで今日は、願望実現の基本を新しい観点から一緒に考えてみたいと思います。





願望を実現しようとする生き方には、プラスの面とマイナスの面があると思う。

今日はまずそんな話から始めてみよう。



プラスの面は、自分が現実を作り出していることを知り、起きていることの責任を引き受けて、自立していくことに繋がること。

自分自身や自分を生かしている宇宙を信頼し、生活の質を上げる事ができること。




マイナス面は、未来志向になることで「いまここ」を見失ってしまう可能性があること。

「もっとこうなりたい」という思いから、すでにいま満たされていることを忘れてしまうこと。


その矛盾する2つの側面を統合した時に、本当の意味での願望実現に繋がると思う。



最終的にはあらゆる人の願望は、「絶対的至福感」に行き着く。



「絶対的至福感」というのは、幸せ不幸せを超えたもの。

だって幸せはいつか不幸せに変わる宿命にあるから。



僕たちは「幸不幸」というひとつの状態を、あっちこっち移動しているだけなんだ。

それは2つでセットなんだよ。


だからそのような意味での幸せを追い求めても、それはさらに先にある不幸を追い求めていることになる。


何を言っているかわかる?


それがわかったら、僕たちが求めるのは「幸不幸」を超えた境地、絶対的至福感だってことだよね。


そのためには外側と内側の両方を高めていく事が大切だと思う。


そんな観点から願望実現の理論と実践を改めて考えてみたいんだけど、それって面白そうでしょ。


ぐふふ、僕自身が面白くなってきた。


こうやって読んでくれる人がいると思うと、自分の考えが再度整理できて本当にありがたいよ。



この先はしばらく、そんなことを伝えてみるね。





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昨日、とある人からメールをもらった。 その人は今、苦境の只中にいて、八方塞りで助けを求めている。 まず知って欲しいのは、どんな困難な状況もたった一晩で、よりよい方向に変わりだすということ。 自分が、時間がかかると思えば時間がかかるし、時 ... 続きを読む



昨日、とある人からメールをもらった。

その人は今、苦境の只中にいて、八方塞りで助けを求めている。



まず知って欲しいのは、どんな困難な状況もたった一晩で、よりよい方向に変わりだすということ。


自分が、時間がかかると思えば時間がかかるし、時間はかからないと思えば時間はかからない。





現実は僕らの心が創り出しているんだ。



今までの人生を振り返ってみても、そういうことは起きていたはずだよ。

お金のことで心配して、にっちもさっちもいかなくなっていたのに、翌日なにか良い事があって、極度の心配から解放されたこともあったはずだ。


どんな状況も一時的なもので、必ずそれは変化していく。




今までに自分に起きた良いことや、奇跡的な偶然をできるかぎり多く思い出して、自分は守られている事を、人生の流れを信頼してもいいことを自分に言ってあげるんだ。


そうやって心の緊張感を解けば、肯定的に物事を見る余裕が生まれてくる。

奇跡はそんな心の状態から生まれるんだよ。




あなたは自分が願ったとうりの現実を創る事ができる。

だってあなたの存在そのものが奇跡なんだから。



大切なのは、自分のために何を思い描くか、何を求めるか、そしてその力が自分に備わっていることを信じられるかどうか。




一ヶ月前くらいからこのブログに書きだした願望実現の項目などをもう一度読み直して、その基本にそって生活してごらんよ。


たちどころに現実が変わりだすから。



それには時間がかからない。




だって、いつも「いま」だからねニコニコ



あなたは現実そのものを変えようとしなくていい。


その現実に対する、自分の態度と感情を変えるだけで、世界はたちどころに変わっていく。



基本・・・基本・・・ね。









今夜も「いまここ塾」やってます。
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おはよう。 また月曜日の朝だね。 今日あたりは会社が夏休みっていう人も多いのかな。 さて今日は「成功の基本」の話。 毎日の生活をこんな自分で生きられたら、幸せと成功に恵まれることだろう。 いつもいつも思い出して、そんな自分でいたい ... 続きを読む



おはよう。

また月曜日の朝だね。


今日あたりは会社が夏休みっていう人も多いのかな。



さて今日は「成功の基本」の話。

毎日の生活をこんな自分で生きられたら、幸せと成功に恵まれることだろう。


いつもいつも思い出して、そんな自分でいたいものだ。





前に伝えた、実現したい物事や、それを実現する時のキーマンになる人を自分に引きつける話、覚えているよね。


そんな引きつけの瞑想をやったあとの日々の生活の中で、それを実現するプロセスを早める生き方がある。



それは「愛」と「信頼」を生きることだ。



たとえば請求書の金額を払う時でさえ、愛の気持ちでそれをする。

もちろんギャラや給料を頂く時も、愛の贈り物だと思ってそれを頂く。


お金のやり取りの全部を、愛を表現し放射するチャンスだと思ってみる。


そしてできるかぎりの愛をみんなに与えるんだ。




親切な言葉、温かい言葉、愛にあふれる言葉を選んで使うようにする。


あなたを軽く見たり、無視したりするような人のことも、決して批判したり心の中で罰したりしないで、その人にも愛の気持ちで接するようにしてみる。


自分に優しい人や、よくしてくれる人を愛するのは簡単だけど、そうじゃない人に対してそんな態度で接する事が、僕らを急速に成長させ、幸せや成功をますます自分に引きつけることになる。


そして奇跡としか呼べないような出来事を起こしたり、よりよいものを自分に引きつけ始めるんだよ。




奇跡とは予期せぬ出来事のことで、自分の知らないところで共時性が生まれて、知らない間に事が成ってしまう。


執着や恐れを手放して、自分の人生の流れを信頼する時、大抵の場合は奇跡を生み出すことになるよ。



大いなる存在はいつも僕たちを見守って援助しようとしてくれている。

僕たちに必要なのは、その存在と繋がることであり、その存在とコミュニケートすること。


そのための波動が「愛」と「信頼」というわけだ。



努力や忍耐が必要という観念から自由になって、次々に奇跡を起こして欲しい状態を手に入れるような生き方をしようね。


誰にでもできることだから。







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おはよう。 日曜日の朝、沖縄は雲ひとつ無いいい天気だよ。 今日はどんな話をしようか。 実は今朝は6時半に目が覚めて、一旦はパソコンの前に座って、いつものように目を閉じて、何か言いたいことが出てくるのを待っていたんだけど、一時間経っても出て ... 続きを読む



おはよう。

日曜日の朝、沖縄は雲ひとつ無いいい天気だよ。


今日はどんな話をしようか。


実は今朝は6時半に目が覚めて、一旦はパソコンの前に座って、いつものように目を閉じて、何か言いたいことが出てくるのを待っていたんだけど、一時間経っても出てこない。

というより瞑想状態が気持ちよくなってしまって、そのまま浸っていた。


その後犬を散歩に連れ出して、またパソコンの前に座って・・・



30分経っても何も出てこないから、とりあえず書き始めたら、なんだかんだこうして書いているよね。

この調子で一気に書いてみようか。



昔お釈迦さんが発見した大いなる真実の一つに「諸行無常」ってのがある。


すべての現象は移り変わっていくというもの。


繁栄はいつか衰退し、低迷状態のものはいずれ活気を帯びるというわけだ。


僕らの仕事や人生も同じで、何をやってもうまくいく時と、どうしようもないと思えるときがくり返し訪れるよね。


始めたときはワクワクした仕事も、いつのまにか「やるべき義務」になってしまうことだってある。



でも心配はご無用。


起きる出来事はいつだって「中立」だから。

その出来事自体に「いい」「悪い」が含まれているわけじゃない。


見方によってそれが決定されるんだ。



たとえばやっている仕事に情熱が持てなくなったとしたら、それは自分がさらに高みに登る時期がやってきていて、その準備に取りかかりなさいというシグナルかもしれない。


衰退も同じだ。

古いものが去っていき、新しいものがやってくるための道を開いてくれているんだ。


吸う呼吸、吐く呼吸・・・どちらも同じだけ大切だ。

だから今起きている現実に惑わされないでね。


いずれそれも終わるときがきて、また新しく何かが始まっていくから。



常に自分を成功者だと感じていれば、あらゆる現象は「チャンス」になるはずだよ。


この先、時代はますます変化していくだろうけれど、でも大丈夫。



あなたは起こる出来事がすべて、自分のより高い人生に向かうために用意されたものだって知っているからね。


それが

「人生の流れを信頼する」ってことだよ。



この感覚を徹底すれば、肩に抱えている荷物の半分を降ろすことができる。


そしてもっと自由な発想で、冒険心に溢れた人生を創り出していけるだろう。







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七夕だね。 今夜は母家で「七夕パーティー」があり、天の川研究家の阿部敏郎先生をお招きして、星にまつわるお話をしてもらう。 (チケットはSold Out) もっとも僕は「たなばた」より「たなぼた」が好きだ。 棚からぼた餅 この言葉は僕の人生 ... 続きを読む



七夕だね。

今夜は母家で「七夕パーティー」があり、天の川研究家の阿部敏郎先生をお招きして、星にまつわるお話をしてもらう。
(チケットはSold Out)



もっとも僕は「たなばた」より「たなぼた」が好きだ。


棚からぼた餅ニコニコ



この言葉は僕の人生の座右の銘かもしれない。




僕の人生で一番大きなぼた餅は、あるときふいに、好きな事をとことんやれば、やがてそれが自分を生かし人を生かすことになると知ったこと。



だからこの20年間は好きなことだけやってきた。


それをライフワークというのかな。



よっしゃ、今日はその話にしよう。




先日テレビを見ていたら、大工さんが家を建てるシーンがあった。

別々の木を絶妙に噛みあわせて一本の柱に変えていく。

寸分違わぬ技術がなせる業だ。




僕は犬小屋さえも作る事ができない。

工作の点数はいつも平均以下だったし、高専時代に旋盤や鋳型の実習があったとき、できた製品が僕だけ形が違っていた。


文化祭で当時流行っていたピースマークの木彫りのペンダントを作って売ったら、僕の作品が最後の最後まで売れ残ったガ-ン



これは何を意味するのか。

これらの作業は僕のライフワークじゃないってことだろう。



それじゃライフワークって何だろう。


まずは、それをやるのが好きだということ。

他の人より上手くできる事を知っているということ。

とことん追求してみたくなること。

追求していく途上で、既成のやり方に違和感を持ち、もっとこうしたほうがいいというアイデアが湧くこと。


そこまでくれば、それはライフワークに繋がる分野だと言えるだろう。

そんな新しいアイデアや技術は、同じようにそのことに興味を持つ人に貢献し、それが金銭などの形で自分に返ってくるんだ。



でも最初は、こんなことは単なる趣味で、どうしたって職業にはならないと感じるかもしれない。

自分が好きなことなんて、大したことじゃないって感じたりもする。



そんな人は「自分を敬う」「自分の好きなことを敬う」という習慣をつけよう。

何度も言っていることだけど「ありのままの自分を受け容れる」ことは凄く重要だ。


「自分がもっとこうならいいのに」という考えを捨てて、いまのあるがままの自分の素晴らしさをもっとたくさん見てあげよう。

そうすれば前に進む事が容易になってくるから。




自分にはまだ開発されていない能力(ライフワーク)があるはずなのに、それが何かわからないって思っている人もいるだろう。


そういう人はこんなふうに考えてみたらいい。

自分がそのライフワークを発揮するまでに必要な事が、すでに今までの人生で起きてきている。

今やっていることも、この先のより壮大でワクワクする活動のための布石作りなんだ。


今はわからないかもしれないけれど、人生には何一つ無駄は無く、その全てが統合されて花開く時が来るよ。


少なくともそう思うことは、人生の大きな意味に繋がっていくだろう。



このテーマも重要だね。


これも願望実現の主要テーマだと思う。


この週末、自分が何をやるのが好きで、自然にやっていることは何か、得意なことは何か、世間の価値観に惑わされずに考えてごらん。


人生においてもっとも大切な態度。


それは

「自分の人生の流れを信頼する」



だいじょうぶだよ。

すべてはうまくいっている。





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